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矢口 雄基
米国三井物産
Director, Data Driven Management
Integrated Digital Strategy Dept.
Corporate Planning Div.
世界の最先端をいくデータビジネスのプレイヤーがそろう米国。矢口雄基はその最新の動向を追いながら三井物産グループ全体の経営革新に挑んでいる。
三井物産グループに、データドリブン経営を
私はいま、ニューヨークから、世界中の三井物産グループの経営をデータやAIを用いて変革する取組みを進めています。(※2025年12月当時)
キーワードは、「データ・AIの民主化」。専門家に全て頼るのではなく、全社員が日常的に、自らの現場で最先端のデータ分析を基に意思決定を行い、事業価値を向上させる。これが「データドリブン経営(Data Driven Management:以下DDM)」の狙いです。
もともとは私一人が草の根で進めていたチャレンジだったのですが、経営陣に価値を認めてもらい、昨年よりグローバルのタスクフォースを任される形となりました。現在は東京・北米・中南米を中心に100以上の部門・関係会社で150以上のプロジェクトを特定、推進しています。業種も幅広く、食料、流通、モビリティ、化学品、ウェルネス、エネルギー、インフラなど、あらゆる領域をカバーしています。
たとえば、米国ネブラスカ州を拠点に中古トラックのオークションを全米展開するTaylor & Martinという会社があります。私たちは、同社のメンバーとともに、これまで活用しきれていなかった膨大な落札データを活かし、「価格予測」と「惜敗顧客へのアプローチ」を実現させました。
出品検討者に精度の高い落札予想額を提示して信頼を得る一方で、過去にあと一歩で落札に届かなかった"惜敗顧客"を自動でリスト化。次の入札で刺さる商品・メッセージを自動提案する仕組みを構築しました。購入意欲の強い層だけに絞り、効率の良いアプローチが可能になっています。
米州で成功を重ね、欧州、中東、アジア、そして東京の三井物産本店を中心としてグローバルにDDMを推進する体制が正式に敷かれました。この4月(*2026年)には、本店にて「グループDDM戦略推進室」を新たに立ち上げ、私が東京に帰任してグローバルの取組みをリードすることになります。これからさらにスケールを上げ、グループ全体の経営革新を加速させていくことにとてもワクワクしています。
昼は商社パーソン、夜はデータサイエンティスト
私がデータの可能性に注目したのは、社内制度を利用して留学したハーバード・ビジネス・スクールでのことでした。
MBAでは人脈の構築も大きな目的の一つですが、コロナ禍で学生同士の交流もままならない。そんな中、少しでも成果を得たいと学んだデータサイエンスに夢中になりました。データが三井物産の事業に与える巨大なインパクトが見えた気がしました。
当時の報告書を見返すと、途中からは経営とデータサイエンスを組み合わせることでどう価値創造できるのかについての話一色です。そのくらいワクワクしていました。
卒業後はとにかく実地で試してみたくて、米国三井物産で自主的に活動を始めました。昼間は自分の本来の仕事をした上で、夜に進める"勝手プロジェクト"。いわば、熱量で走る草の根プロジェクトです。
誰に頼まれたわけでもない。誰がホメてくれるわけでもない。なのにワクワクして関係会社のマネジメントにデータプロジェクトを提案し、夜な夜な自分で機械学習モデルをつくり、その成果を発表していきました。
そして、この活動が広がっていったんです。1年半ほどで米国三井物産の経営陣に進捗を認められ、自分のリソースの一部を正式に使えるようになり、やがて100%を使えるようになり、チームに入る仲間が増え――。米国有数の大学でデータサイエンスの修士号を取ったスタッフがビジョンに共感し入社してくれたり、この取組みを自分もやりたいと志願してくれる仲間ができた時は特にうれしかったですね。
現場の一社員の業務スコープ外の取組みに周囲が乗ってくれ、経営が価値を認めてくれ、世界5万6千人(*2025年3月現在)のグループ全体の経営革新にだって挑ませてくれる。それが三井物産のカルチャーです。その期待になんとしても応えたいと思っています。
現場主義をデータの世界で切り拓く
いまふり返ると、自分のこれまでの仕事もすべてデータが関わっていました。
1,000本以上の井戸から生産されるシェールガスの収益を分析する。オンラインリテール事業のオペレーションを最適化する。デジタルマーケティング領域のスタートアップ投資を手がける。こうした現場での経験に、ハーバードでの学び・データサイエンスの理解を組み合わせることで現在の取組みが生まれました。
そう、DDMは何よりも現場をエンパワーするものなんです。結局のところデータを使うのは人間ですから。現場の一人ひとりが、日々のビジネスのリアルな状況下でカンタンに使えなければ意味がありません。
思えば私は、強い現場感をもって働く先輩方の姿に惹かれて三井物産に入りました。しかし今や「現場」という言葉の意味自体がかつてとは変わってきているように感じます。
顧客を理解するため、マーケット感覚を身につけるため、さまざまな場面でデータ解析が「現場感ある21世紀の商社パーソンの必須知識」になりつつあるのではないかと。
DDMを通して、私は現場主義をデータの世界で切り拓きたいと考えています。
三井物産グループ全体としての価値創造を
DDMの取組みは、今後どうなっていくか。米州での成功モデルをいかに世界に広げるかがテーマですが、そこには質的な変化もあります。
第一段階は一つ一つの会社がそれぞれにデータの使い道をカタチにし、共通のプラットフォームにのせ、それぞれの価値を実現するところまで。ここはだいぶ成功事例が積み重なってきました。
次の段階は、その使い道をグループ内の他社にも持っていく「横展開」と、三井物産と関係会社、関係会社同士をどう「つなぐ」かの設計です。三井物産が幅広い事業を持つ強みが、ここで活きてきます。
米国企業は特定の領域に特化した事業戦略を持つケースが多く、多様な事業領域に出資する三井物産の戦略は非常にユニークです。そのため「なぜ三井物産には多様な事業領域が共存しているのか」「なぜ三井物産はオペレーションと事業投資が社内に存在しているのか」といった、会社の存在意義に関わる質問をハーバード時代にもよくされました。私はこの本質的な問いに対して、データという軸で解を提示したいと思っています。
たとえばサプライチェーンをまたいで情報を共有することで、個別事業のみに取り組んでいる会社にはできない意思決定ができる。そう考えています。
例をあげると、自動車事業の需要の動きを鉄鋼製造に活かすといったことを考えています。データ活用を深化させることで、三井物産グループならではの複合的な事業価値を生み出したい。これが私の大きな目標です。
もうひとつ、三井物産という枠を越え、日本企業全体を活性化したいという想いもあります。
日本企業はしばしば、ハードウェアやオペレーションに強くソフトウェアに弱いと言われます。しかし、ソフトウェアの世界でAIや機械学習のコモディティ化が急速に進むいま、この時流の恩恵を最も受けられるのは、そうした技術で変革する事業現場をもつ会社に他なりません。
三井物産の現在のポートフォリオはテック領域以外のビジネスが多いですが、逆にこれはオペレーション理解をレバレッジし、テック企業には起こせないイノベーションを起こせるという意味で、千載一遇のチャンス。三井物産の事業経営をデータの力で変えることでモデルを示し、日本企業全体に新たな波を起こせないか。そんな夢も抱いています。
2026年8月掲載




























































