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八代 侑輝

Zalar Holding S.A.
Directeur Chargé de Mission

アフリカの新興国、モロッコ。八代侑輝は、この国で高まるタンパク源需要に応えながら、その先に自らが志す「貧困のない世界」への挑戦を広げていく。


鶏肉=環境負荷が低く宗教の制約の少ないタンパク源

鶏肉=環境負荷が低く宗教の制約の少ないタンパク源

私は今、モロッコで養鶏事業に取り組んでいます。こちらに来て2年7ヶ月になります。

(※2024年9月時点)

世界の人口が爆発的に増えていく中で、動物性タンパク質の供給が今後人口増加に追いつかなくなる「タンパク質危機」が懸念されています。私たちのビジネスはこの問題に応えるものです。

鶏肉は、生産する上での環境負荷が相対的に低く、宗教上の制約も少ない上に安価なタンパク源です。豚肉はイスラム教徒が、牛肉はヒンズー教徒が食べられませんから、鶏肉はとにかくポテンシャルが高い。私は、世界の食の安定供給の最前線にいるという意識で仕事しています。

ふだんの職場は、首都カサブランカにあるザラールのオフィスです。ザラールは三井物産の出資するモロッコ最大の農業・食品関連企業。穀物の輸入から、飼料製造、孵化、養鶏、と畜、食肉加工まで一手に担っています。

ザラール自体はホールディングカンパニーで、各事業は約10もの事業会社が手がけていますから。実際には現場から現場へ飛び回る毎日です。飼料生産や養鶏成績のデータをたえず集め、日本サイドに共有し課題を洗い出す。三井物産のネットワークであらゆる角度から解決のリソースを探し、新たな協業先なども見つけていく。

こうしたあらゆる事業強化の取り組みのハブとなるのが私の役目です。

日本式の冷凍唐揚げをモロッコで

日本式の冷凍唐揚げをモロッコで

一番大変だったことと、一番嬉しかったことですか?うーん、答えは同じかもしれません。「KARAAGEプロジェクト」です。現在進行形の案件ですが。

モロッコで他社が真似できない高付加価値商品として、日本式の唐揚げの冷凍食品を広めようとしているんです。ただ、それが一筋縄ではいかなくて。

ザラールには冷凍食品の生産設備がないためパートナー探しから始めたんですが、「唐揚げ」と言ってもこちらの人はまったくイメージできないですから。変なものを作って異物混入でもあったら困ると、なかなか協力してもらえませんでした。

それなら彼らにも分かるものから、と冷凍チキンナゲットから始め、一歩一歩進めてきました。「ナゲットと唐揚げって何が違うの?」と思うかもしれませんが、工場にとっては大違いなんです。ナゲットはミンチ肉を使用した成型加工品で1つ1つ形も重量もほぼ同じ。唐揚げは切り身肉を使用するのですべてバラバラ。味付けも独特で、難易度がまるで違います。

モロッコにはモロッコのやり方があり、そのやり方に自負もある。それをリスペクトしながら少しずつ理解を得て、信頼を重ねて、実現に向かっていく。遠回りだけど、それは必要なことなんだと学びました。最初は疑い半分だった相手が試作品を「おいしい!」と言ってくれた時は最高に嬉しかったですね。今、商業化の最終段階に入っています。

大学時代、ケニアでのボランティアを通じて知った現実

大学時代、ケニアでのボランティアを通じて知った現実

実は、私は大学時代ケニアで教育ボランティアをしていたんです。大学を1年休学して、孤児院で算数を教えながら子どもたちの身の回りの世話をしていました。

子どもの頃の夢は、国連機関で働くこと。中学生の時にある本を読んだことで貧困問題への関心が芽生え、「貧困のない世界をつくりたい」という想いを抱くようになりました。大学では開発学を専攻していましたが、アフリカの実情を自分の目で確かめ、また自分が進むべき道を探りたいという思いからケニアに行きました。

そして、そこで人生を変える2つの経験をしました。

ひとつは、優秀な人材でさえ仕事を見つけるのは容易でないという現実を知ったこと。ボランティアを通じてケニアの最難関大の学生と何人も親しくなりましたが、満足できる働き口がない。国のためにと能力を磨いても、それを活かす機会がない。だから頭脳流出が起きてしまう。支援だけじゃダメなんだ、産業を育て雇用を生み出さなきゃダメなんだと思い知りました。

もうひとつは、身ぐるみ強盗に遭ったこと。ある日、首都ナイロビの路上で6〜7人の集団に後ろから襲われたんです。引き倒され、殴られ、蹴られ、財布もパスポートも何もかも奪われて無一文になりました。当時負った傷跡は今も残っており、見る度に思い出します。

本当にショックでしたね。「この国のために」なんて思い上がっていた自分を、ケニアという国に全否定されたように感じました。考えも、行動も、すべて拒否されたように。

ただ、それ以上にショックだったのは、その強盗たちが私と同世代の若者だったことでした。時間がたち冷静になってくると、自分と彼らと何が違うのかと思うようになりました。自分も同じ立場なら、やってしまうのかもしれないって。

生活が本当に苦しかったら、人は生きるための選択をせざるを得ない。日本人である自分が、日本人という立場でできることがあるとしたら、彼らと共に産業を興し、働く機会を創り、その選択肢を広げる力になることじゃないか。そう思い、三井物産に入りました。

ザラールの事業は、モロッコでおよそ3,000人の雇用を支えています。そんなザラールの一員として、モロッコの社会に少しでも役立てていれば、大学生の頃の自分にちょっとは胸を張れるのかなと思います。

「貧困のない世界」を実現するために

今後の事業展開としては、何よりまず「KARAAGEプロジェクト」を成功させたいですね。もう詰めのところまで来ています。お店に並ぶ日が楽しみです。日本式の冷凍唐揚げが流通に乗れば、モロッコはもちろん、アフリカ全土で初じゃないでしょうか。

西アフリカ諸国や中東、そして欧州への将来的な輸出も考えています。モロッコはそのすべてにアクセスしやすい地理的メリットがありますから。輸出網の構築には、私たち三井物産のネットワークが大きく貢献できるはずです。

ただ、それとは別に私には個人的な目標があります。それは、絶対的な貧困層を抱えるサブサハラアフリカの国々に雇用を生み出すことです。そこへ事業を広げ、働く機会を創ることで貧困を減らせたら、私にとってこれ以上のやりがいはありません。

あとは、「いつかは」というレベルですけど、自分の携わる事業でケニアの産業育成と貧困削減に寄与できたらという想いがあります。大学時代の経験に、ケリをつける意味でも。

ケニアには東アフリカ最大のスラム街があるんです。それをなくすような、アフリカ全土で「スラム街」という言葉自体が過去のものになるような、そんな影響力のある事業を生み出せたら。なんて、一生をかけた夢ですね。

でも、中学生の自分が考えたこと、大学生の自分が突きつけられたこと、すべてがつながって今があります。当時感じたことを、ずっと忘れたくないんです。いつまでも初心を忘れず、進み続けたい。そう思っています。

2025年2月掲載