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齋藤 武

ヘルスケア・サービス事業本部
ヘルスケア事業部 医療事業第一室長

アジア最大級の民間病院グループIHH Healthcare Berhad(以下IHH)。そこを起点に、アジア全域で質・量ともに圧倒的に不足している医療を提供できるヘルスケアエコシステムをつくっていく。その挑戦は、齋藤武の熱意から始まった。


総合商社としての新しい領域への挑戦

総合商社としての新しい領域への挑戦

私はIHHのプロジェクトを、初期段階から担当しています。2011年の出資参画当初の準備にはじまり、株式取得の交渉等を経て、今ではボードメンバーとして経営に携わっています。また2019年5月からはシンガポールに二度目の赴任、より深くIHHの事業にコミットしていきます。

(※本稿は2019年4月に取材)

いわば当社で最もIHHに関わっている人間ですが、実を言えばそれより前、2000年代の半ばから、海外の病院事業に参入できないかとずっと探りつづけていました。事実、出資直前までいき、ギリギリで見送ることになった案件もありました。

病院事業は、いうなれば“命に関わる”事業。それだけに、三井物産に限らず、他の商社も含めてそう簡単には参入できないという空気があり、未開拓の領域でした。

しかし、私はむしろ、病院数を増やし質のいい治療法などを広めることで、助けられなかった“命を助ける”事業、これこそ総合商社が強みを発揮して人の役に立てる分野だと思っていました。

日本には8,000強もの医療機関があるためイメージしづらいのですが、アジアの多くの国では病院の数が絶対的に足りません。グローバルに病院を経営するプレイヤーがほとんどいない中、IHHはアジア全域で病床数を増やせる稀有な存在です。

私たち三井物産は、IHHが国を越えて成功できるよう、それぞれの国で最適なパートナーを紹介することができます。医師・看護師など、人材確保の仕組みをつくることもできます。IHHの成長につながる周辺事業の創出や、AI・ビッグデータの活用をはじめ先進国で取り組みの進むテクノロジーを取り入れ、アジアに新たな医療を提供することも可能です。

あらゆる角度からIHHを支え、医療サービスの質を上げながら、予防・予後まで俯瞰した周辺事業とリンクさせ、アジア全域にヘルスケアエコシステムをつくりたい。アジア全体のQOL(Quality of Life)を上げることに貢献したい。そう考えています。

まさにこれからの時代の、総合商社ならではの仕事だと思います。

MBA時代、同期の一言から始まった

私が三井物産に入社したのは、1995年のこと。財務部を経て、自らの希望でヘルスケアの分野に移りました。これから伸びていく領域で、自分で新しい仕事を創りたいと思ったんです。

医薬品の原料輸入などを担当していましたが、2000年前後から急速に商社のビジネスが変わっていくのを感じました。物流・トレーディングから、事業投資へという流れです。

「仕事が変わる」という直感はあったものの、私には投資の知識がありません。本格的に学ぶ必要があると思い、MBA留学しました。2002年のことです。

その頃、とても仲のいい同期がシンガポールにいて、「どんなビジネスに可能性があるか?」と、しょっちゅう国際電話で話していたんです。お互い、自分たちの仕事がどんどん変わっていくことを肌で感じていましたから、何ができるか、何が新しいか、四六時中考えていたんですね。

「アジアの病院は面白いぞ」 —— 彼のそんな一言がIHHにつながっていくのだから、それこそ面白いものです。

MBA取得後、米国三井物産で投資実務を手がけていた私は、その一方でアジアの病院事業について個人的に情報を集めていました。担当していた投資先はどれもとても成長性のある企業でしたが、病院の周辺領域だけではなく、もっとヘルスケアの中心で、新しいビジネスをつくりたい。もっと主体的に事業経営に関わる仕事をしたい。そう思っていました。

そこでMBAで構築した人脈をたどり、IHHの前身であるParkway Pantaiの株主であるファンドにアプローチ。関係を積み重ね、出資のOKを取り付けるところまでいったんです。ところが、様々な事情から、最終的に出資は見送りとなってしまいました。あれは本当にショックでした。

若かったこともあり上司に食ってかかりましたが、上司の答えは「お前の気合いと根性が足りないからだ」というもの。今の時代なら問題になりそうな発言ですよね(笑)。でも、私はむしろエールだと感じました。俺を納得させろ、そうすれば後押ししてやる、という意味だと。

そして、また機会は来ると信じて、アジアの病院事業について調べ尽くしチャンスを待っていたんです。だから2011年にIHHへの出資にGOが出た時は本当にうれしかったですね。

もちろん、その元上司は強力にバックアップしてくれました。

三井物産が誇れる2つのもの

三井物産が誇れる2つのもの

三井物産には、誇れることが2つあると思います。ひとつは、若手に思いきって任せる文化。もうひとつは、個人では描けないビジネスのスケール感です。

難しい局面、重要な局面でも、「お前が行ってこい」「お前が何とかしてこい」そんな無茶振りすれすれの言葉で若手に権限をくれます。実際、「これ、ふつうの会社なら上司の横で見てるだけなんじゃないか?」というような場面でも、仕事を任せてもらってきました。大変でしたが、その信頼に応えようとすることで成長し、今の自分ができたと思っています。

仕事のスケールでいうと、「アジアのヘルスケアを変える」という規模の夢を思い描ける環境はそう多くはないですよね。たとえばIHHのボードメンバーはグローバルな金融グループの元CEOやマレーシアの大臣経験者が歴任しています。そうした中で対等に議論ができ、パートナーとして仕事を進められるのは、やはり三井物産が築いてきたネットワークや信頼を活かせるからだと感じています。

私は学生時代にアイスホッケーをしていたこともあり、「チームで勝つ」ということに強い思いがあります。三井物産というチーム。IHHというチーム。チームの力で、これからも新しいビジネスに挑んでいきたいと思っています。

アジア最大手の病院グループの成長をドライブする

2019年3月、三井物産はIHHの株式を追加取得し、32.9%を保有する筆頭株主になりました。

アジアで最大級、世界でも5本の指に入るような大きな病院グループの成長をドライブさせる。そんな立場です。決まった時は、「ついにここまで来た」という感慨がありました。MBAの頃に思い描いたことを、15~16年かけて実現できるところまでたどりついたぞと。今までやってきたこと、築いてきた人脈、すべてを活かしていきたいと思っています。

これから実現したいことは2つ。ひとつは、アジア各国でよりよい医療を提供することです。よりよい医療とは「結果が出る医療」ということ。治療効果とコスト効率を両輪で上げることで、はっきりと目に見える形でアジアの医療の質を向上させることが目標です。

もうひとつは、ビッグデータでアジアの医療を進化させること。IHHは、国をまたいで少なくとも年間600万人の外来患者、60万人の入院患者を抱えています。このデータの力を活かすことで、「予防」と「疾病管理」の2つの領域を飛躍的に向上させることができると考えています。重い病気になる前に発見・治療できる。その結果、医療費も下がる。たくさんの人にそんな未来を届けたいんです。

MBAの頃から15~16年越し。ようやく一番やりかったことのスタート地点に立った、ともいえます。アジアにヘルスケアエコシステムをつくる。アジアのQOLを上げていく。そのために何ができるか?いま、心からワクワクしています。

2019年6月掲載