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Business Innovation

サウジアラビアの砂漠から、
サステナブルな農業を。

生鮮食品の80%を輸入に頼る砂漠の国、サウジアラビア。その過酷な気候に左右されない植物工場システムを通して、三井物産は世界の課題を解決するサステナブルな農業をカタチにしようとしています。


サウジアラビアの砂漠から、サステナブルな農業を。画像

農業が転換期を迎えています。気候変動による栽培時季の短期化や、水資源の枯渇、耕作地の減少、また世界的に広がる農薬や化学肥料の使用制限など。持続可能性が危ぶまれる一方で、世界人口は2050年には98億人にまで達すると見込まれています。増え続ける人口を支えるだけの農作物をいかに生産するかは、今や人類の最も大きな課題のひとつです。

その答えのひとつが、アメリカの環境・公衆衛生学者ディクソン・デスポミエ氏が1999年に提唱した「垂直農法」です。生育条件を完全にコントロールした屋内環境(植物工場)で行うこの農業は、気候や立地に左右されず、自然環境への負荷も減らせることから大きな期待を集めています。

三井物産は、この垂直農法を取り入れた植物工場事業をサウジアラビアで展開。農業の新たな可能性を切り拓いています。

最先端の「垂直農法」を取り入れた植物工場

先端の「垂直農法」を取り入れた植物工場

サウジアラビアの首都リヤド。800万人の住民を抱えるこの一大消費地から、南東へ車で1時間。砂漠の真ん中にそのプラントはあります。

総敷地面積6,000m²、栽培面積3,500m²。三井物産が、イタリアのスタートアップZERO社、サウジアラビアの流通最大手のひとつTamimi Markets社と共に設立した、いわゆる植物工場です。最先端の垂直農法で、新たな農業ソリューションを目指しています。

垂直農法とは、屋内で環境をコントロールして行う農業です。栽培用の機器をタテ(垂直方向)に積み上げ、栽培面積を広げることからこの名前で呼ばれています。

光・温度・湿度・空気の流れ・二酸化炭素濃度・養分・水分など。生育条件をAIやIoTで常に制御し、最も生産量が上がる条件を自動学習しながら栽培するため、従来の農業をはるかに上回る生育速度や収穫量を期待できます。

そこで進められているのは、「工場」という言葉のイメージとは正反対の、環境負荷が低くサステナブルな農業へのチャレンジです。

実は、従来型の農業は、「社会全体で使用する水の総量」の70%もの膨大な水を必要とします。栄養分の流出により海水・淡水汚染の約80%を引き起こすとも言われ、また広大な土地を用いることから自然破壊や生物多様性への影響も指摘されるなど、近年農業のあり方そのものが見つめ直されています。

それに対して、垂直農法では従来農法のわずか5%しか水を使用しません。無農薬で済み、また消費地近くで作物を育てるため輸送時のCO2を削減できるなど、環境負荷を大きく減らすことができます。

経営上のメリットという意味でも、気候に左右されず生産量・品質を安定化し計画生産できること、物流費を抑え新鮮な作物を届けられること、特定の栄養価を高めた作物を育てられることなど数多くの長所があり、まさに次世代の農業と言えます。

国土の95%が砂漠、生鮮食品の80%を輸入に頼る国で

その一方で、垂直農法にはこれまで大きな課題がありました。コストです。

高機能のハードとソフトを必要とする植物工場には多額の導入費用がかかります。従来型のビニールハウスの最高水準のものと比べた場合、植物工場はトータルで約4倍のコストがかかり普及を妨げてきました。

私たち三井物産は、2020年初めにタスクフォースを立ち上げ、あらゆる角度から植物工場事業への参入を検討。「どの市場で」「どの技術を使い」「どんな作物を生産するか」という事業設計を精緻化することでコストの問題はクリアできるという判断に至りました。

1年以上にわたって市場調査を重ねた結果、私たちが選んだエリアは“湾岸アラブ諸国”。食料の輸入依存度が国によっては97%に達し、電力が世界で最も安価に手に入る地域です。その中で最終的にサウジアラビアに絞りました。

サウジアラビアの砂漠から、サステナブルな農業を。画像

サウジアラビアは、人口3,700万人。国土の95%が砂漠で、生鮮食品の80%を輸入に頼っています。輸入野菜は高価格にもかかわらず品質が低く、この国の食生活の悩みの種です。

サウジアラビア政府は、経済と社会の変革を目指す『ビジョン2030』の中で「水資源の最適活用」と「食料の安全で計画的な備蓄」を掲げており、まさにイノベーティブな農業ソリューションが求められています。

私たちは、生鮮食品に特化したサウジアラビアのスーパーマーケットの草分け的存在Tamimi Markets社をパートナーとしました。同社は国内で唯一24時間営業を認められており、2012年以降店舗を15から100以上に増やしています。強力な販売網を持つことから、スピーディに事業を拡大できると考えています。

60社の中から選ばれた技術パートナー

技術パートナーであるZERO社は、2018年に設立されたイタリアのスタートアップです。米国と欧州の60社もの候補から選びました。そこには4つの理由があります。

第一に、経営陣が深い知見を持っていること。CEOが農学・生物学の博士号とソフトウェア業界での実績を、CTOがハードウェア、エンジニアリングの専門知識を持っており、トップ自らが技術的裏付けのある高度な経営判断を下すことができます。

第二に、システムを100%独自開発していること。垂直農法を手がける企業のほとんどが既存システムを組み合わせ使っているため非効率や高コストに陥る中、すべてを自社開発することで、費用対効果が高く拡張性のあるプラットフォームを築いています。

第三に、クリーンな栽培方法。業界の90%が水耕栽培方式を採用しているのに対し、ZERO社は宙に浮かせた植物の根にミスト状の培養液をスプレーする空中栽培方式(エアロポニックス)を採用。雑菌の混入リスクが圧倒的に減る上に、設備が軽量で済み建設コストを抑えられます。

そして最後に、より高付加価値な分野への拡張性。競合他社のほとんどが葉モノ野菜や果物しか栽培できないのに対し、ZERO社の技術はバイオ医薬品やウェルネス領域などにも幅広く応用できます。ベネチアのカ・フォスカリ大学を筆頭としたイタリアの国公立大学・研究機関と共同で「未来農業イニシアチブ」を推進しており、意欲的な開発に取り組んでいます。

ZERO社のテクノロジーは世界的に見ても非常にユニークです。三井物産の事業構想に、ZERO社のこの技術力がかけ合わさることで、「構想」が現実に暮らしを変える力になっていくのです。

葉モノ野菜から医薬品原料まで

葉モノ野菜から医薬品原料まで

2023年12月に工場が完成。現在(*2024年2月)、試験操業がスタートしており、ベビーリーフ、リーフレタス、ハーブ等の葉モノ野菜が栽培されています。2024年第2四半期に出荷開始を予定しており、葉モノ野菜100トン、イチゴ50トンを当面の年間生産目標に、年内には順次事業規模を拡大していく予定です。

しかし、それは第一歩に過ぎません。私たちは長期的な目標として、より付加価値の高い製品へ事業を広げていくことを目指しています。

たとえば、ワクチンの原料などの医薬品原料の生産可能性も視野に入れ、世界規模で植物由来のあらゆるアプリケーションを生産する「植物生産プラットフォーム」 を目指していきます。

このビジョンの実現に向け、三井物産は2023年2月、ZERO社への出資を行いました。サウジアラビアの事業の枠を超え、同社の技術開発とグローバルな成長を支えていきます。

三井物産は、中期経営計画2026「Creating Sustainable Futures」において、人類の課題に持続可能なソリューションをもたらす事業創出を掲げています。そしてそのためのビジネスモデルとして「創る・育てる・展(ひろ)げる」、すなわち、「事業の芽を見出し→コア事業を拡げ→周辺事業と組み合わせて事業群を形成する」というモデルを示しています。

植物工場を起点に私たちが思い描く事業の広がりは、まさにその一例です。

ビジネスの力で社会の課題を解決し、世界中の暮らしをより健やかに、豊かにしていく。そのための確かな一歩が、サウジアラビアの地に刻まれています。

2024年5月掲載