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小野川 貴
経営企画部 企画室
次長
三井物産の切りひらく新たな領域、スポーツ施設の運営ビジネス。「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」での取り組みは、小野川貴の個人の想いからスタートした。
スポーツビジネスの本場で
私はいま経営企画部にいますが、入社後4年間は鉄鋼畑にいました。その後、より最終消費者に近いところで仕事をしたいと思い、衛星放送やTVショッピングなどのメディア事業に携わりました。TVショッピングも、番組の中身を自分たちでつくってみたり。既存の商流に入っていくより、ゼロから「つくりたい」タイプでしたね。
マツダ スタジアムのプロジェクトのきっかけは、2004年9月から1年間行ったNYでの海外研修員時代の経験です。高校・大学とアメリカンフットボールをやっていたこともあり、本業の傍ら個人的関心からニューヨーク大学でスポーツビジネスを学んだんです。自費で(笑)。いわば趣味ですね。
学んだのはスポーツファシリティマネジメントです。教授は、「スポーツビジネスは『チケット販売』『放映権販売』の時代を経て、これからは『施設経営ビジネス』の時代だ」と。90年代から建て替えブームとなっていた、メジャーリーグのスタジアムに仕掛けられたビジネスアイデアの数々を学びました。
しかも、当社の40年来のパートナーであるARAMARK SERVICES INC.(以下アラマーク)が、メジャーリーグ球団の飲食運営を手がけているといいます。当社とアラマークが共同出資するエームサービスも、長野オリンピックや日韓W杯などで飲食運営の経験がある。ノウハウは何とかなりそうです。
そして、学んでいくうちに、趣味を超えて「日本でもビジネスにできるんじゃないか?」とスイッチが切り替わりました。
さらに大事だったのはタイミングです。今までにないファシリティビジネスを目指すなら、理想はスタジアム自体を運営視点も踏まえて建設すること。つまり、新造か建て替えのタイミングがベスト。でもそんなこと、数十年に一度しかない。ところが、広島市民球場がまさにそのタイミングだったんです。「今しかない!」と思い、ニューヨークから東京の本店と連携し、まずは広島市にアプローチしました。
ファイナンスも含めあらゆる可能性を探り、同じく長年メジャーリーグのスタジアム運営を研究されていたカープの皆様を、フードサービスとスポンサーシップマーケティングという形でサポートさせていただくことになりました。
3年がかりの準備とリーマンショック
2005年9月に帰国してからは、いわば“言い出しっぺ”ですから、フードサービスもスポンサーシップも、あらゆることに関わって準備を進めていきました。エームサービスのメンバーにアラマークで研修を受けてもらったり、逆にアラマークの幹部に広島に来てもらい、球団の方々にノウハウを提供してもらったり。まったくのゼロから新球場プロジェクトに関わらせていただいたことで、微力ながらさまざまな角度からお役に立てたのではないかと思います。
2008年8月からは、いよいよ私自身も広島に赴任しました。スポンサーシッププログラムの営業に専念し、翌年春のスタジアム開場に向け、3年がかりの準備のラストスパートです。
ところが、ここで想定外の事態に陥りました。8月に赴任してすぐ、9月にリーマンショックが起きたのです。景気が冷え込むと、広告費は真っ先に削られます。「今までにない球場ができます!」なんて語っても、目には見えませんから。どれだけ営業してもまったくスポンサーについていただけない。あの時期は本当にキツかったです。
結局、スポンサーシップに関しては初年度は厳しい状況となりました。が、そんな中でも、チームメンバーと、当社の中国支社や各営業本部が築いてきた幅広い企業とのネットワークに支えられ、また、長年のカープと地元企業との強い絆に助けていただきました。本当に感謝しかありません。
このように苦労しながら船出し、少しずつ数字を伸ばしていったので、いま現在のキャンセル待ちが出るほどスポンサー申込みをいただけている状況は本当に嬉しいです。感無量ですね。
世の中の幸せの総和を上げる仕事
一番心に残っているのはやはり、2009年の4月10日。公式戦初開催の日です。自分のやってきたことが形になり、満員のお客さんが「楽しい、楽しい」と言ってくれた。しかも、それをオフィスじゃなく現場で、自分の目で見ることができた。あの喜びに勝るものはありません。
振り返ってみると、就職活動では、自分は「インフラをやりたい」「後々まで残ってみんなの役に立つものを作りたい」と言っていたんです。結果的にではありますが、それに少し近いことをできたのかなと感じます。
ちょっと大袈裟かもしれませんが、私は、我々の収益の源泉は「世の中の幸せの総和を上げること」じゃないかと思っているんです。
誰かから買ってきたものを誰かに売っても、どちらかに無理を強いて不利益があれば、それはゼロサム。また両者が満足していても、もしかしたら環境に悪影響を与えているかもしれない。誰かが無理に働かされているかもしれない。そういう事業は、長い目で見れば結局うまく続かない。すべてをトータルで見た時、幸せが「純増」するものをつくる。そのとき初めて、その「純増」分から利益を分けてもらえるんじゃないかと。
私はそんなビジネスをしたいと考えています。
「つなぐ」から「つくる」へ
これからのことを言うなら、いま経営企画部で進めている取り組みを加速させ、私たちの仕事の新しい在り姿を形にしていきたいです。当社の社員が面白いと感じたビジネスの種を最速でプロトタイプ化するために、必要なものをすべて揃え、あらゆる点でサポートする。そんな取り組みです。
従来、商社の機能は「つなぐ」という言葉で語られることが多かったように思います。しかし、時代の大きなうねりの中で、私たちの役割は「つなぐ」から「つくる」へと進化しつつあります。
三井物産には、一人ひとりが組織人である前に「アントレプレナーシップを体現する個人」であれ、と求める文化があります。だからこそ、球場運営ビジネスへの参入という私の提案も、会社に認めてもらうことができました。
主体的にゼロからビジネスをつくる動きを加速させる仕組みを、自ら持つ。それができれば、三井物産はもっともっと社会の役に立てる。私は、そう考えています。
2018年10月掲載