カーボンインセットとは?意味やカーボンオフセットとの違い、メリット・課題を解説
カーボンインセットは、企業が自社のサプライチェーン内で温室効果ガス(GHG)排出を削減する取り組みです。カーボンインセットを導入することで、持続可能な事業運営と競争力向上にも貢献します。本記事では、カーボンインセットの意味やメリット、課題について解説。国内外でカーボンインセットを導入している企業の事例も紹介します。
カーボンインセットとは
温室効果ガス(GHG)の削減に向けた取り組みが企業で進んでおり、その中でもカーボンインセットは、今後のサプライチェーン管理において重要な役割を果たすと期待されています。まずは、カーボンインセットとは何かについて解説します。
カーボンインセットの意味
カーボンインセットとは、自社のサプライチェーン内で温室効果ガス(GHG)排出を削減するために、環境保全プロジェクトなどに投資し、持続可能な事業運営を目指す取り組みです。サプライチェーン全体で環境負荷を減らすためには、企業が主体的に環境保全に取り組むことが重要です。
カーボンインセットの具体例として、以下などが挙げられます。
・森林再生
・アグロフォレストリー(森林農法)…農業と林業を組み合わせた持続可能な農法。
・リジェネラティブ農業…土壌や生態系を回復させながら農業を行う持続可能な農法。
・再生可能エネルギーの導入
企業が自社のサプライチェーン内での環境保全プロジェクトに直接投資することによって、持続可能な事業モデルを確立することができ、結果として競争力の向上にもつながります。
カーボンインセットが注目される理由
カーボンインセットは、フランスの非営利団体IPI(International Platform for Insetting)が普及を進めている概念で、脱炭素の手法として欧米で注目されています。
気候変動対策として、「地球の気温上昇を1.5℃未満に抑える」ことが目標とされていますが、CO₂の排出削減だけではその実現は困難です。そのため、自然環境や生態系を回復させながらCO₂を吸収する手法が求められています。
また、2011年には温室効果ガス(GHG)の排出量を算定・報告する国際基準「GHGプロトコル」のScope3基準が制定されました。これにより、企業のサプライチェーン全体(製品の原材料調達から製造、流通、販売、アフターサービス、消費者による利用、廃棄に至るまでの過程)におけるCO₂排出量の管理が求められるようになり、カーボンインセットの重要性が一層高まっています。
Scope3とは?全15カテゴリの内容やCO2排出量の算定方法を紹介!
Scope3(スコープ3)は、製品の原材料調達から製造、販売、消費、廃棄に至るまでの過程において排出される温室効果ガスの量(サプライチェーン排出量)を指し、Scope1(自社での直接排出量)・Scope2(自社での間接排出量)以外の部分「その他の間接排出量」を指します。
この記事では、Scope3の説明から、Scope3のカテゴリ(分類)や取り組み事例などについて詳しく解説します。
サプライチェーン全体でCO2排出削減を目指す
企業の活動は、製品の原材料調達から製造、流通、販売、アフターサービス、消費者による利用、廃棄に至るまでの過程に至るまで、多岐にわたります。この一連の流れをサプライチェーンと呼びます。
CO2排出量を削減するためには、製品やサービスの生産・提供の過程だけでなく、サプライチェーン全体での取り組みが不可欠です。個々の工程での対策だけでなく、サプライチェーン全体で環境負荷を抑えることにより、大きな成果が期待できます。
例えば、自然資源の適正管理のもとで調達した原材料の使用や、再生可能エネルギーを利用した製造を行うことで、環境負荷の低減が可能になります。また、このような方法で製造された商品やサービスを利用することで、サプライチェーン全体のCO2排出削減につながります。
カーボンインセットとカーボンオフセットの違い
カーボンインセットとカーボンオフセットの違いは、温室効果ガス(GHG)排出削減のアプローチにあります。
カーボンオフセットは、自社で削減できない温室効果ガス(GHG)排出量を、他の場所で削減・吸収されたカーボンクレジットを購入することで相殺する仕組みです。一方、カーボンインセットは、自社のサプライチェーン内で温室効果ガス(GHG)排出量を直接削減する取り組みです。
カーボンインセットでは、企業がサプライチェーン内で投資を行うことで、事業活動と連動しながら環境負荷を低減し、持続可能な経営を実現できます。
カーボンインセットとカーボンニュートラルの違い
カーボンインセットは、自社のサプライチェーン内での排出削減を指します。自社の事業活動に直接関係する領域でCO₂削減を進めることが特徴です。
一方、カーボンニュートラルは、自社のサプライチェーン外での植林やカーボンクレジットの購入などでCO₂の吸収量を相殺し、排出量を実質ゼロにする取り組みを指します。排出量の削減だけでなく、外部のオフセット(相殺)を活用することも可能なのが特徴です。
カーボンインセットの認証とプロセス
カーボンインセットには、カーボンオフセットのような統一された国際基準はまだありませんが、認証制度やガイドラインが活用されています。カーボンインセットの認証と一般的な認証プロセスについて紹介します。
カーボンインセットの認証
カーボンインセットには、現在、国際的に合意された統一的な基準や認証制度がなく、検証や認証が必須ではありません。しかし、第三者による検証を受けることでプロジェクトの信頼性が高まるため、多くの企業は既存の基準に従い、独立した検証者や監査人と連携しながらカーボンインセットプロジェクトを実施しています。
認証基準は、プロジェクトの特性や目的に応じて企業が選択することができます。カーボンインセットを提唱しているIPIの基準が一つの例です。IPIはカーボンインセットに取り組む企業向けの
ガイドラインを公開しています。
出典:
Insetting Explained-IPI
カーボンインセット承認のプロセス
IPI(Insetting Explained-IPI)の基準に基づくカーボンインセット承認プロセスは以下の通りです。
まず、カーボンインセットプロジェクトの提案者はプロジェクトの詳細を提出します。これには、プロジェクトの目的、実施方法、期待される環境効果などが含まれます。次に、独立した第三者機関がプロジェクトの評価を行い、基準に適合しているかを確認します。この評価には、プロジェクトの技術的実現可能性、環境への影響、持続可能性などが含まれます。
評価が完了すると、プロジェクトは承認プロセスに進みます。承認プロセスでは、プロジェクトの詳細が公開され、関係者からの意見を募集します。この段階で、プロジェクトの透明性と信頼性が確保されます。最終的に、プロジェクトが基準に適合していると判断されれば、カーボンインセットとして承認されます。
承認後、プロジェクトの進捗状況は定期的に監査され、報告されます。これにより、プロジェクトが計画通りに進行し、期待される環境効果が達成されていることが確認されます。
出典:INSETTING PROGRAM STANDARD (IPS)
カーボンインセットの主なメリット
カーボンインセットは、温暖化対策や自然保護に貢献できるだけではなく、企業にとってもメリットがあります。IPIの解説を参考に主なメリットを紹介します。
出典:
Insetting Explained-IPI
CO2排出の抑制で気候変動対策に貢献
カーボンインセットの主な目的は、自然環境を守りながらCO₂排出量を削減することです。農業や林業を活用することで、森林破壊や土地の放棄といった問題を解決し、生態系の回復を促進することで、CO₂排出削減と気候変動対策を同時に実現します。
IPIによると、自然を基盤とするソリューションの活用により、地球の気温上昇を1.5℃未満に抑えるために必要な削減量の1/3を達成できるとされています。
企業の生産性と競争力の強化
カーボンインセットを導入すると、農地や森林の管理が改善され、原材料の安定調達が可能になり、企業の生産性が向上します。また、地元の生産者を支援しながら生産性を高め、気候変動対策を進めることで、競争力の強化にもつながります。
さらに、低炭素で再生可能な慣行をサプライチェーンに組み込めば、持続可能なビジネスモデルの確立が可能です。環境に配慮する企業としての評価も高まり、ブランドイメージの向上が期待できます。
パートナーシップの強化
カーボンインセットは、サプライチェーン全体での取り組みを重視し、企業間のパートナーシップを強化します。共通の目標に向かって協力することで、企業同士の信頼関係が深まり、単なる金銭取引を超えた結びつきが生まれます。
また、サプライヤーとの連携を強化することで、サプライチェーンの透明性が向上し、排出量削減の新たな機会が生まれます。これにより、企業は持続可能なビジネスモデルを確立し、関係者との信頼に基づくパートナーシップをさらに強化できます。
カーボンインセットの課題
カーボンインセットはCO2排出量の削減や企業活動に対するメリットがある一方で、導入に際していくつかの課題も存在します。ここでは、カーボンインセットに関する課題についても紹介します。
初期投資の負担が大きい
カーボンインセットの導入には、高い初期投資が必要です。特に中小企業にとっては、投資によって事業の脱炭素化が進む一方で、業務プロセスの変更や新技術の導入に伴う負担が生じ、さらにその後のモニタリングなど長期的なコストも課題となります。
また、再生可能エネルギー設備の導入や製造プロセスの改善には多額の費用がかかるため、短期的な費用対効果を見込みにくい側面があります。そのため、導入に慎重になる企業も少なくありません。
正確な測定と検証が困難
温室効果ガス(GHG)の削減量の正確な測定と検証が困難なのも大きな課題の一つです。排出量の基準値を把握し、インセット後の削減量と比較する必要がありますが、このプロセスには多くの不確実性が伴います。
また、測定には高度な技術や専門知識が求められ、精度の高い検証が難しいという問題もあります。この測定の難しさがカーボンインセットの信頼性を損なう要因となり、企業の投資意欲を低下させる一因となっています。
国際規格がない
カーボンインセットには国際的に認知された統一基準がないことから、企業間での取り組みの比較や評価が困難であることも課題です。
また、国際規格が存在しないことで、カーボンインセットへの投資判断や効果の検証が複雑化し、企業の意思決定を困難にしています。
カーボンインセットとは異なりますが、カーボンオフセットに関する国際規格やガイドラインの計測方法や考え方を広く参考にする必要があります。
カーボンインセットの企業事例
カーボンニュートラルの実現に向けて、さまざまな企業がカーボンインセットの導入を進めています。ここでは、国内外のカーボンインセットの導入事例を紹介します。
ネスプレッソ:500万本の植樹を実施
ネスプレッソは、「すべてのネスプレッソコーヒーをカーボンニュートラルにする」という目標を掲げ、温室効果ガス(GHG)削減に取り組んでいます。
その一環として、PUR Projetと協力し、コロンビア、エチオピア、コスタリカなどで500万本の植樹を実施。これにより創出されたカーボンクレジットを自社の排出削減に活用し、カーボンインセットを実現しています。
さらに、小規模生産者を支援するために退職基金を設立し、生産者の生活水準向上を目指しています。
DHL:SAF活用の輸送サービス
DHLジャパンは、日本で持続可能な航空燃料(SAF)を活用した業界初の輸送サービス「GoGreen Plus」を導入しました。このサービスでは、SAFを使用することで輸送に伴うCO₂排出量を削減し、企業の脱炭素化を支援します。
「GoGreen Plus」は、顧客がスコープ3排出量の削減を目指すための選択肢として、3つのサービスライン(Plus、Plusベーシック、Plusカーボンリデュース)を提供。さらに、SAFによる削減量を顧客ごとに分配し、証明書を発行する仕組みを採用しています。
このサービスを利用することで、SAFへの投資がロジスティクス部門の排出削減に貢献し、企業のサプライチェーン全体における温室効果ガス(GHG)の削減が可能になります。
エタノール由来のSAF(持続可能な航空燃料)で脱炭素社会の実現を目指す
化石燃料を使わない航空燃料のSAF(持続可能な航空燃料)が、世界的に大きな注目を集めています。さまざまな製造方法があるなかで、三井物産がエタノールからSAFを生産する米国LanzaJet社の技術に注目したのは何故なのでしょうか。さらには、国内生産に向けてどのようなヴィジョンを描いているのでしょうか。その取り組みについて話を聞きました。
商船三井:GHG排出削減量をトークン化
商船三井は、オランダの123Carbon B.V.と協力し、代替燃料を使用して創出した温室効果ガス(GHG)排出削減量をトークン化し、取引可能にしました。これにより、海上輸送におけるScope3排出量の削減を目指す顧客に対し、削減量を提供できるようになりました。これは、アジアの船社として初の取り組みです。
削減量は、Methanex Corporationのバイオメタノール燃料を使用した「Net Zero Voyage」プロジェクトで得られたものです。信頼性と透明性を確保するため、第三者機関の検証を受け、ブロックチェーン技術で取引履歴を管理し、さらにSmart Freight Centreの基準にも準拠しています。
商船三井は、この取り組みをカーボン・インセットの一環として位置づけ、海運業界の脱炭素化を推進しています。
カーボンインセットで持続可能な事業モデルの実現を
自社のサプライチェーン内で温室効果ガス(GHG)排出削減に取り組む方法として注目されているカーボンインセット。自然環境を回復させることでCO2排出を削減し、持続可能な事業モデルを確立できるだけではなく、企業の競争力強化やパートナーシップの強化にもつながる手段です。
今後、ますます多くの企業がこの取り組みを導入し、より良い未来に向けた努力を続けることが期待されます。
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