Power-to-X時代到来。世界初のe-メタノール商業プラントが始動のコラム - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

ソリューション低炭素燃料

最終更新:2025.08.13

Power-to-X時代到来。世界初のe-メタノール商業プラントが始動

再生可能エネルギーを使い、水からつくるグリーン水素とバイオマス由来のグリーンCO2を合成して製造する「e-メタノール」。伝統的製法に比べ、95%以上のGHG削減効果があると言われます。三井物産ではヨーロピアンエナジー社と共に、世界初となるe-メタノールの製造をデンマークで開始しました。今回は、e-メタノールの基本情報からプラントの特徴、今後の展望までを担当者に聞きました。

世界初・世界最大となるe-メタノールの商業生産にあたり、三井物産では二つの事業本部が共同で取り組んでいます。一つはメタノールのトレーディングを得意とし、メタノール製造事業にも出資参画しているベーシックマテリアルズ本部 メタノール・アンモニア事業部。そして、インフラや生産設備の整備・構築を得意とするプロジェクト本部 プロジェクト開発第四部です。世界的に注目されるビッグプロジェクトですが、そもそもe-メタノールが注目されている理由はどこにあるのでしょうか。

低炭素燃料の本格需要はEUの海運業界から生まれた

――e-メタノールを含む低炭素燃料に注目が集まっています。その背景を教えてください。
宮本 欧州を中心に脱炭素に向けた取り組みが進んでおり、規制も強まっています。よく知られているのは、2030年までにGHG排出量を1990年比で55%削減する目標を掲げた政策パッケージ「Fit for 55」です。この目標達成に向けて、EUは2005年から運用してきた排出量取引制度「EU-ETS」を強化・拡充しています。

低炭素燃料に関連する動きとしては、EU-ETSの対象が2024年1月より海運分野へと拡大されました。EU域内の港を発着する船舶のGHG排出にも、炭素価格が適用されるようになったのです。さらに、船舶燃料のGHG排出削減を義務づける規制「FuelEU Maritime」も、2025年1月から施行されています。
※EU-ETS含む、排出権取引制度について詳しく知りたい方は「【解説】CO2排出権取引の国際動向とJ-クレジットの未来」をご覧ください。
宮本 ディアウ 勇守歩|ミヤモト ディアウ ユスフ三井物産株式会社 プロジェクト本部 プロジェクト開発第四部 欧州・豪州事業室2024年入社。Kasso事業を含む欧州での新規事業開発を担当
宮本 ディアウ 勇守歩|ミヤモト ディアウ ユスフ
三井物産株式会社 プロジェクト本部 プロジェクト開発第四部 欧州・豪州事業室
2024年入社。Kasso事業を含む欧州での新規事業開発を担当
――この規制は海運業界にとって厳しいものなのでしょうか。
宮本 FuelEU Maritimeに関しては、5年ごとに削減目標が上がります。2025年は2%削減(2020年比)と影響は少ないですが、2030年には6%削減、その後も5年ごとに約2倍に増えていき、2050年には2020年比80%削減と目標が大幅に強化されます。そのため、将来を見据えて本格的に取り組む必要があります。

低炭素燃料の主な種類と特徴

――船舶で使える低炭素燃料にはどのようなものがあるのでしょう。
福沢 主には、低炭素メタノール(バイオメタノール / e-メタノール)・バイオディーゼル・LNG・低炭素アンモニアの4種類です。
船舶で使える低炭素燃料の種類
船舶で使える低炭素燃料の種類
――簡単に特徴を教えてください。
福沢 バイオディーゼルは船に大きな改造を加えることなく使用することができます。しかし、原料となる廃食油などの供給量に限界があり、コストも上がってきています。

一方、低炭素メタノール・LNG・グリーンアンモニアを使う場合は、船の改造や新造が必要になります。また、LNGやアンモニアは常温では気体のため、低温または高圧での貯蔵・輸送が必要となります。加えて、アンモニアは毒性・臭気があることから取扱いに気を付ける必要があります。

その点、低炭素メタノールは常温で液体のため輸送時などで扱いやすいことが利点です。
福沢 英治|フクザワ エイジ三井物産株式会社 ベーシックマテリアルズ本部 メタノール・アンモニア事業部 低炭素ケミカルソリューション室 室長補佐2007年入社。グローバルでの汎用化学品トレーディング業務、中東での発電事業、米国での化学品(メタノール)製造販売事業開発に従事。2023年9月より現所属室となり、Kasso事業の操業開始に向けた良質化と共に、世界中での低炭素メタノール事業の事業開発をおこなっている
福沢 英治|フクザワ エイジ
三井物産株式会社 ベーシックマテリアルズ本部 メタノール・アンモニア事業部 低炭素ケミカルソリューション室 室長補佐
2007年入社。グローバルでの汎用化学品トレーディング業務、中東での発電事業、米国での化学品(メタノール)製造販売事業開発に従事。2023年9月より現所属室となり、Kasso事業の操業開始に向けた良質化と共に、世界中での低炭素メタノール事業の事業開発をおこなっている
――メタノールは身近な燃料ですが、船を動かすほどのパワーがあることに驚きました。
福沢 ほぼメタノールだけで航行することは可能です。しかし、同じ距離を進むために必要なメタノールの数量は体積にして重油の2.5倍程度。つまり、熱量は重油の半分以下です。
――燃料タンクの容量を2.5倍にしないといけないわけですね。
福沢 理論上はそうなります。実際は、デュアルフューエル(Dual Fuel:二元燃料)またはDF船と呼ばれる、2種類の燃料タンクを積んで使い分けながら航行する方法がとられます。重油とメタノール、重油とアンモニアというように組み合わせます。
――主に4種類の低炭素燃料があるなかで、海運各社はどのような戦略を立てているのでしょうか。
金子 船の種類や運航航路にもよりますし、船の新造時期や段階的に強化される規制導入時期との兼ね合いで各社それぞれ異なります。燃料の調達コストのみならず、お金も時間もかかる船の建造など、さまざまな要素が複雑に絡み合うことが問題を難しくしています。私たちサプライヤー側も、各社の動向を見ながら投資検討を進めているところです。
金子 大波|カネコ タイハ三井物産株式会社 ベーシックマテリアルズ本部 メタノール・アンモニア事業部 低炭素ケミカルソリューション室 マネージャー大学卒業後、自動車メーカーの法務部に所属。2023年12月三井物産入社、現所属室に配属。Kasso事業の操業開始に向けた支援を実施中
金子 大波|カネコ タイハ
三井物産株式会社 ベーシックマテリアルズ本部 メタノール・アンモニア事業部 低炭素ケミカルソリューション室 マネージャー
大学卒業後、自動車メーカーの法務部に所属。2023年12月三井物産入社、現所属室に配属。Kasso事業の操業開始に向けた支援を実施中
――相当難しい判断になりますね。なお、コンテナ船などは世界中を寄港します。EUの規制というのはどの範囲に関わるのでしょうか。
福沢 EU加盟国の港湾を発着する限り、そのルールに従うことになります。EUの港湾間を運航する船であれば、燃料消費量のすべてに規制が適用されます。一方、アジアなどEU域外からEUへ向かう船であれば、全航路 で使用した燃料の50%に対する削減義務があります。つまり、EU港~EU港間は100%、EU港~非EU港間は50%が規制対象です。
――今後、この動きは諸外国にも波及していくのでしょうか。
福沢 「IMO(国際海事機関)」という国連の専門機関においても、GHG排出量削減に向けた基本合意が今年4月になされ、今年10月に採択される見込みです。また、「グリーン海運回廊 (Green Shipping Corridor)」と呼ばれる、2国間の航路におけるGHG排出削減を検討する政府間交渉も進められています。

低炭素メタノールの種類とe-メタノールの優位性

――低炭素メタノールには、e-メタノールとバイオメタノールがあります。それぞれの違いを簡単に教えてください。
金子 違いは製法です。伝統的製法のメタノールは天然ガスを原料とします。バイオメタノールでは、食物残渣、藁や木材チップ、都市ゴミなどのバイオマスを高温で発酵させて、メタノールの原料となるCO, CO2および水素を得て合成させることで製造されます。

e-メタノールは、再生可能エネルギーを使用する点に特徴があります。再生可能エネルギーを使用して水を電気分解することで得られた水素と、バイオ由来のグリーンCO2との合成により製造されます。
e-メタノールとバイオメタノールの違い
e-メタノールとバイオメタノールの違い
――e-メタノールの優位性はどこにあるのでしょうか。
金子 GHG排出削減率です。バイオメタノールは原料にも左右されますが、一般的に化石燃料比で70~80%削減できます。一方、e-メタノールは製造条件によりますが95%程度削減できます。

また、EUでは運輸部門での非バイオ由来再生可能燃料「RFNBO(Renewable fuels of non-biological origin)」の使用義務が定められています。具体的に例を挙げますと、欧州委員会のRenewable Energy Directive IIIは、EU加盟各国が2030年に1%以上の導入を事業者に義務付けることを要求しています。また、FuelEU Maritimeは2034年から船舶燃料の2%をRFNBOとする義務を課しています。

バイオメタノールではこの要件が充足できず、今後の規制対応においてe-メタノールに優位性があります。
――三井物産ではe-メタノールの製造に向けて、ヨーロピアンエナジーと共に「Solar Park Kasso APS」(以後、ソーラーパーク カッソ)に出資しました。その理由を教えてください。
福沢 当社では古くからメタノールのビジネスを展開してきました。アメリカやサウジアラビアでは、合計年間300万トン以上のメタノールを伝統的製法で生産しています。そのなかで、EUを中心に脱炭素の流れが出てきました。今後、船舶燃料を皮切りに、陸上・航空燃料、化学品と、長期的にe-メタノールの需要が増えると予想しており、需要の中心地であるEUでの投資を決めました。

再エネを気体や液体燃料、化学物質に変換する「Power-to-X」

――ヨーロピアンエナジーはどのような会社なのでしょうか。
古山 再生可能エネルギー発電所の開発・運営をおこなうディベロッパーです。発電所からの売電収益や、開発した発電所を金融投資家等に売却して売却益をあげていくビジネスモデルです。
古山 直也|フルヤマ ナオヤ三井物産株式会社 プロジェクト本部 プロジェクト開発第四部 欧州・豪州事業室 室長補佐2011年入社。物流インフラ事業・日本国内でのNew Downstream事業・再生可能エネルギーによるオンサイト・オフサイトPPA事業開発を担当。2024年8月から現組織でKasso事業を含む欧州での新規事業開発を担当
古山 直也|フルヤマ ナオヤ
三井物産株式会社 プロジェクト本部 プロジェクト開発第四部 欧州・豪州事業室 室長補佐
2011年入社。物流インフラ事業・日本国内でのNew Downstream事業・再生可能エネルギーによるオンサイト・オフサイトPPA事業開発を担当。2024年8月から現組織でKasso事業を含む欧州での新規事業開発を担当
――ソーラーパーク カッソが生まれた背景を教えてください。
古山 再生可能エネルギーが盛んな国々では「Power-to-X」と呼ばれるプロジェクトに注目が集まっています。これは、再生可能エネルギーをより付加価値のある低炭素燃料や化学物質に変換していくというものです。ヨーロピアンエナジーはもちろん、デンマークもその取り組みに積極的であり、ソーラーパーク カッソが生まれました。
――世界初・世界最大のe-メタノール製造プラントということですが、その特徴を教えてください。
古山 まずは、ソーラーパーク カッソが所有する太陽光発電所が隣接していることが挙げられます。太陽光発電所は日射量によって発電量も変動しますし、その売買をおこなう電力価格も需給バランス次第でマイナスになることがあります。私たちは太陽光発電所の発電量と電力価格を踏まえ、e-メタノールプラントの稼働調整をおこなうことでオペレーションの最適化を図りながら、製造コストの低減を目指しています。
カッソ e-メタノール施設(画像提供:ヨーロピアンエナジー)
カッソ e-メタノール施設(画像提供:ヨーロピアンエナジー)
――隣接する太陽光発電所は、e-メタノール製造専用ではないのでしょうか。
古山 e-メタノールのプラントにも使用しますが、時間帯によっては余剰分を売電します。また、ときには電力市場から購入することもあります。
――原料となる二酸化炭素はどこから調達するのでしょうか。
古山 近隣から家畜の糞尿を集め、発酵させてつくる「グリーンCO2」を使用します。デンマークは酪農国であり、プラントのある場所はグリーンCO2を回収しやすい地域であることも特徴のひとつです。
e-メタノールフロー図

メタノールに関する知見と総合力で成功へと導く

――この事業における三井物産の役割を教えてください。
金子 ヨーロピアンエナジーは、これまでにメタノールを扱った経験がありません。そのため、当社のメタノールに関する知見やマーケティングといった部分を期待されています。

現在、船を専門とするモビリティ第二本部を始めとした当社各本部と協働しながら、船会社や化学品会社といった顧客となり得る各社に働きかけています。
古山   また、プロジェクト本部の強みを活かして、HSE(衛生・安全・環境)やマネージメント、建設履行の支援。そして太陽光発電施設の運転といったオペレーションの最適化、さらにはファイナンスの効率化などの機能発揮もおこなっています。
福沢 私たちは、再エネはもちろん今回のような化学プラント開発においても実績があります。ソーラーパーク カッソでは、三井物産の総合力という価値を提供しています。
――海運大手のマースクのみならず、おもちゃメーカーのレゴグループや医療品大手のノボノルディスクといった企業が需要家になっています。e-メタノールはどのように使われているのでしょうか。
金子 レゴグループやノボノルディスクは、ポリアセタール(POM)という素材で使用します。強度が高いので、レゴグループではレゴブロックのタイヤとタイヤをつなぐ車軸等の部分に使われます。ノボノルディスクでは、糖尿病治療薬用のインスリン注入器等で使われる予定です。
――今後の展望を教えてください。
福沢 世界的な脱炭素の流れは変わらないと考えています。私たちはメタノールビジネスで培ってきた知見を生かしながら、低炭素化の需要に応えていく。さらにPower-to-Xの流れもとらえていく。この二つの新しいステージに取り組むチャンスだと考えています。

そのためにも、まずはソーラーパーク カッソ事業を成功させることに集中していきます。

未来の子どもたちのためにより良い地球を残していく

――最後に、この事業を通じて叶えたい夢を教えてください。
金子 メタノールの強みは、日用品から燃料に至るまで使われる汎用性の高さにあります。現在はその多くが化石燃料由来ですが、将来的にe-メタノールに替わり、日用品レベルまで普及する未来を描いています。
福沢 エコフレンドリーな製法であるe-メタノールが普及し、より身近なものになればと思っています。そのときには、「世界初の商業生産プラントに関わったんだよ」と子どもたちに自慢したいですね(笑)
古山 私も子どもたちにより良い地球を残していきたいと考えています。それに資する案件にたずさわれていることを幸せに感じています。また、世界初という困難にチームでチャレンジできていることも私の財産です。必ずプロジェクトを成功させたいと思います。
宮本 三井物産に入社してまだ二年目ですが、規模が大きく、有意義な案件に関われることに感謝しています。e-メタノールを社会に普及させ、次の世代にバトンタッチできるよう頑張っていきたいです。
――本日はありがとうございました。

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