EV新車比率97%のノルウェーから学ぶ、再エネと社会設計のヒント - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2025.08.05

EV新車比率97%のノルウェーから学ぶ、再エネと社会設計のヒント

ノルウェーがEV先進国となった背景には、再エネ由来の電力供給、EVに有利な税制優遇、充実した充電インフラ、そして国民の高い環境意識が複合的に作用しています。その要因を深掘りし、日本のEVシフトへの示唆を探ります。

EV(電気自動車)の普及が先進的な北欧・ノルウェー。ダイナミックな税制優遇やインフラ整備、生活者の高い環境意識等、その背景には持続可能な社会を支える制度設計と、丁寧な合意形成のプロセスが重要な役割を果たしています。
国内外の自然エネルギー政策に精通する、環境エネルギー政策研究所(ISEP)の古屋将太さんへの取材を通じて、ノルウェーをはじめとした欧州諸国や米国、中国といった主要国のEV戦略や再エネ政策を俯瞰し、日本のEVシフトと再エネ移行に向けたヒントを探ります。

EV普及の好循環を作った、ノルウェーならではの理由とは

——2025年4月、ノルウェーでは新車登録のEV(BEV+PHEV)の比率が97.4%、バッテリーEV(BEV)単体でも97.0%に達したそうですが、これほどの普及率を叶えた要因は何でしょうか。
古屋 ノルウェーは間違いなく、世界で最もEV普及が進んでいる国です。まるで違う星なのかと思うほど、違う世界ですね。この背景にはいくつかの要因が考えられます。経済的要因、政策的要因、社会的受容性等の多様な背景の中で、特異な前提条件の一つとして挙げられるのはエネルギー構造的な背景です。

ノルウェーは電力供給のほぼ100%を再生可能エネルギーで賄っています。水力発電が95~97%、残りは風力発電、ガス・火力はわずかに使われている程度です。そのためエネルギー政策や温暖化対策に関して、多くの国が「どうやって化石燃料に依存した電力から脱却するか」から考え始めなければならないのですが、ノルウェーはその必要がありません。つまり最初から電力のエネルギー転換を考える必要がないので、「エネルギー政策の検討負荷が低い」という特殊な前提条件がありました。そのため、ノルウェーのエネルギー政策ではかなり早くから、電力ではなく、輸送燃料における化石燃料の脱却に優先順位をおいて議論することが可能だったのです。
古屋さんのお写真
古屋 将太(ふるや しょうた)
特定非営利活動法人環境エネルギー政策研究所(ISEP)研究員。デンマーク・オールボー大学大学院博士課程修了(PhD)。国内外の再生可能エネルギー政策や事例を調査・研究すると同時に、各地の地域主導型再生可能エネルギー事業開発の支援をおこなう。再生可能エネルギー、蓄電池、EV等に関する最重要レポートを解説する専門ポッドキャスト番組 ”Energy Intelligence and Foresight” を配信中。
古屋 EV普及を加速させた一因は、2013年に発売されたテスラ「モデルS」でしょう。ノルウェーでの納入開始と同時に、6基の急速充電ステーション「スーパーチャージャー」も設置されました。そもそもノルウェーが非常に裕福な国であることも、EV普及の要因にあったと考えられます。当時すでに、1人あたりのGDPが10万ドル(約1,000万円)ですから、モデルSのような高級車を購入できるユーザーも多かったわけです。
初期のEV利用者は、ある程度の不便さはありつつも、基本的に自宅でEVを充電すれば問題なく利用できることや、ガソリン車に比べて圧倒的にランニングコストが安いこと、冬期は航続距離が下がるものの事前にバッテリーを温めておけば、雪国であっても問題なく乗れるなど、経験的にEVの理解を深めて、早々にメリットを享受していきました。それを見聞きした周囲の人々が「次の車はEVにしてみようかな」と思い始めるようになります。
この動きと並行して、自治体や国も公共充電ステーションの整備方針を打ち出し、充電環境が充実していきました。徐々にEVの車種も増えていきますし、普及の好循環が始まっていったと言えます。
2024年2月に米国CNBCが公開したドキュメンタリーでも、いかにノルウェーでEVが浸透しているかが報道されていました。例えば、ガソリンスタンドには20基以上のEV充電器が並び、マクドナルド等の店舗にも設置されています。自宅に充電器がない人も多いのですが、集合住宅への設置にもサポートがあったり、自治体の方針で路上充電器が整備されるなど、日常に違和感なく溶け込んでいるのが伝わってくる内容でした。
*物価付加価値税とは、EUやアジア等の国で、物やサービスの購買時に課せられる間接税のことです。
ノルウェーのEV充電スポット

充電は「権利」。ノルウェーのEVインフラ戦略

——ノルウェーでは充電に関する法整備が施されて、EV利用者を後押しした、と聞きました。
古屋 ノルウェーでは2018年から、集合住宅のオーナーは合理的な理由がない限り、充電設備の設置を拒否できないという「充電の権利」が施行されました。多くの住民に「なぜ私たちには充電器がないのか」という、ある種自然な不満や疑問の声が出てきたためで、他のヨーロッパの国や米国の州レベルでも、同じ時期に同じ意見が出ていたようです。
充電設備のコスト負担は国によって方法が異なるようですが、いずれにしてもユーザーメリットを起点にし、EV普及という政策目標を進めるためには、充電は非常に重要な問題であることは間違いありません。政策が整備されれば、それに従って新しいビジネス創出の機会にも繋がりますので、非常にスマートな政策だと見ています。
——一方でプラグインハイブリッド車(PHEV)が顕著に減少していますね。
古屋 PHEVはさまざまな実車検証によって、CO2排出の削減効果があまりない、むしろガソリン車とほとんど変わらない、ということが分かってきました。そのためノルウェーでは、ZEV(ゼロエミッション車)にも含まれていません。利用者にとっても、夜間に自宅で手軽に充電できるバッテリーEVに比べて、ガソリンを入れに行かなくてはいけないPHEVはあまりメリットが感じられなくなっています。
一方、国土が広大な中国では現在、長距離走行が可能なPHEVの販売数が伸びています。しかし、近い将来、充電ステーションの整備と、電池性能の向上によってバッテリーEVの航続距離が伸びる見通しがあることを踏まえれば、今後PHEVが爆発的に増える可能性は低いのではないかと思います。PHEVは、本格的なバッテリーEVへの移行という大きな潮流の中で、過渡的な存在だと捉えています。

エネルギーの安全保障を視野に。ZEV(ゼロエミッション車)普及の現在地

——EUは2035年までに新車をすべてZEV(ゼロエミッション車)にする目標が掲げられています。この目標をどのようにご覧になっていますか。
古屋 とても妥当な目標だと思います。太陽光、風力、蓄電池、EV等、新しいエネルギー関連のテクノロジーは、約10年ほどで既存のテクノロジーと置き換わる、S字カーブの普及をしていきます。これは量産によるコストの圧倒的な低下と、それによって利用者が増え、性能も向上することが原動力になるためです。米国の研究所であるRMI(Rocky Mountain Institute)のX-Changeレポートでも、2030年には世界の新車に占めるEVの割合が最大86%、中国では少なくとも90%に達すると予測されており、EUの目標は現実的だと言えるでしょう。
またEVの話は必ずエネルギーの話とセットです。EVを普及させたい政策立案側の最大の意図は、エネルギーの安全保障であると考えられます。再エネの増加と自給こそ、エネルギーの安全保障を確保する上で非常に重要であることは、国際機関でも2018年ごろから議論されていましたし、2022年以降のウクライナ情勢によって、その重要性がはっきりと示されました。他国に依存するエネルギー構造からいかに脱却するか。そしていかに、再エネで作った電力で輸送を賄うのか。エネルギーの安全保障の確保は政策的にも最も重視されていることだと思います。
出典:ISEP「X-Change 自動車」
出典:ISEP「X-Change 自動車」
——EVの普及において欧米、そして中国、日本、それぞれの現状をどう捉えていますか。
古屋 今、普及スピードが最も速いのは中国です。それに追随しているEU、アメリカはもう少し時間がかかるでしょう。普及という面だけでなく、製造においても中国を抜きにEVは考えられません。特に電池は、製造とサプライチェーンの避けられない要所を中国が握っており、恐らくどこにもひっくり返せないほど確立しています。貿易でも、中国はすでに実績ベースで自動車の純輸出国になっています。
日本は、世界的な自動車大国としての歴史や想いがあり、一矢報いるプレゼンスを確保したいところではありますが、状況は刻一刻と急速に変化しているため、従来のマインドセットの延長では対応できないだろうと思います。そこで大事なことは、この状況をフロー(流れ)ではなくストック(蓄積)、一時的なトレンドではなく資源や技術の蓄積として理解することです。中国で作られたとしても、日本で導入してリサイクルしながら使っていれば、マテリアルは循環し続けますし、化石燃料の使用を減らし、日本の自給率を高めるツールになるからです。そうした実績を増やして、自分たちの自給率と自立度を高めていくことが、日本にとっての重要な戦略だと考えています。

専門家が考える、日本でEVが主流になる時代

古屋さんのお写真
——クリーンエネルギー全体について、どんな未来がくるとお考えですか。
古屋 ノルウェーでテスラ「モデルS」のユーザーが起点となったように、具体的なメリットを享受して、それを周りに広げていく動きが活発になれば、社会的な受容速度は上がっていきます。日本では最近、再エネの賦課金の負担ばかりが強調されていますが、実際に太陽光発電や蓄電池を導入した方々は、電気代が高騰する中、自家発電した電気を使うことでコストが安定するメリットを強く感じているはずです。
普及が広がることでコストは下がり、そして性能も良くなっていく。例えば東京都では、再エネ補助金が非常に手厚くて、導入しない方が損というほど良い条件が出てきました。日本人は、うまくいってることを人前で大きな声で言わないようにする傾向もあると思いますが、メリットを周囲に伝えていくことで、クリーンエネルギー普及のS字カーブは加速する。きっと明るい未来が期待できると考えています。
——日本社会におけるEVの普及は、この先どう変化するでしょうか。
古屋 ISEPの所長がテスラに乗っているのですが、一緒に移動すると静かで乗り心地が良いなあと感じますね。私自身は近距離の移動時、特例特定小型原動機付自転車(電動原付)* に乗っているのですが、静かで、坂道でもスムーズに移動できるので、とても快適なんですよ。また、EV車の後ろを走る時は排気ガスがないので、EVは大気汚染を防いでいることにもあらためて気付きました。
2026年後半には、EV販売数世界1位のBYDが、軽自動車のEVを日本に投入する、という公式発表もありましたし、今後はEVの車種も充実して、コストが下がることも確実です。遅かれ早かれ、大多数の人がEVに乗り換えていくことになるでしょうから、できるだけ早めにEVのメリットを実感してもらった方が良い経験になるはずです。次に車を選ぶ時、EVという選択肢にも目を向けてみることは、未来への備えになると思います。
* 特例特定小型原動機付自転車は、2023年の道路交通法改正により新設された車両区分で、最高速度20km/h以下、定格出力0.6kW以下、車体寸法の長さ190cm以下・幅60cm以下で、16歳以上であれば運転免許不要で公道や一部の歩道を走行可能です。
そして最も大きなインセンティブであり、EV普及の要因となったのは「税金を取らない」という政策です。日本をはじめ、多くの国でEVの普及促進=補助金となりがちですが、もともと高税率の北欧諸国では自家用車を所有すること自体、非常に高くつきます。ガソリン車の場合は、日本の消費税にあたる物価付加価値税*が25%かかる上に、輸入税や道路税といったさまざまな税金も課せられます。EV車が非課税になれば、「安いからEVにしよう」という選択肢が出てくる。これはEVが選ばれる決定的なポイントだったと思います。他にもEV利用者にはさまざまなメリットがありますが、現在では新車のほとんどがEVとなり、ガソリン車並みに負担を求めるような調整も始まっています。

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