米国のバイオ燃料戦略。トウモロコシで挑む脱炭素社会 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2025.09.17

米国のバイオ燃料戦略。トウモロコシで挑む脱炭素社会

農業大国・米国で盛んなトウモロコシ由来のバイオ燃料。脱炭素社会実現に向けた可能性について、アメリカ穀物協会日本代表の浜本 哲郎さんに伺いました。

植物由来のエネルギーとして注目を集めているバイオエタノール燃料。主にトウモロコシを原料とし、化石燃料からの脱却を目指すグリーンエネルギーの一翼を担うと期待されています。バイオエタノールの持続可能性や、市場の動向、今後の展開とは。

バイオ燃料の主原料、米国でトウモロコシ増産の背景

——近年トウモロコシを原料にしたバイオマス燃料(以下、バイオ燃料)の需要が急増しています。これはトウモロコシの生産や輸出にも影響を及ぼしているのでしょうか。
浜本 米国では近年、年間約3億8,000万トンのトウモロコシが生産されています。比較対象として日本のお米の生産量は年間700万〜800万トンですので、非常に大量であることが分かると思います。
米国におけるトウモロコシ生産量は1989~1991年の平均値に比べて、2017年度は91%増加しています。特に、RFS(Renewable Fuel Standard)と呼ばれる「再生可能燃料基準制度」が導入され、エタノール混合ガソリンが本格化した2005年以降は、トウモロコシの生産量も大幅に増加しました。増加した分のほぼ全量がエタノールを製造する原料として利用されています。
浜本 哲郎(はまもと てつお)
浜本 哲郎(はまもと てつお)
アメリカ穀物バイオプロダクツ協会 日本代表
1976年東京大学農学部卒業、1980年同農学系研究科博士。同年に理化学研究所研究員、ミシガン州立大学、カリフォルニア大学客員研究員兼務を経て、1995年在京米国大使館スペシャリスト(米国国務省、米国農務省)として日米間の科学、農業の情報交換に携わり、2006年日本モンサント社にて遺伝子組み換え作物の情報発信。2008年よりアメリカ穀物協会(現アメリカ穀物バイオプロダクツ協会)日本代表として勤務。米国産飼料穀物、バイオエタノールの日本市場での普及を図っている。
浜本 トウモロコシの生産量を増加できた主な要因は、さまざまな農業技術の向上にあります。まずひとつは、種子の品種改良や遺伝子組み換え技術。風通しが悪いと害虫が発生するため、一般的に密植は避けますが、虫害を受けにくい品種に変えることで密植を可能にし、収穫時のトウモロコシの粒の大きさをほとんど変えずに同じ面積に植えられる本数を増やせるようになりました。
それから農業用ドローンの進歩。ドローンを使い、トウモロコシの栽培に適した土地では種まきの密度を狭めてたくさん栽培したり、逆にあまり適さない土地では間隔を開けて種まきをするといった効率化が実現できています。
あとは機械の大型化です。トラクターが一度にカバーできる範囲を1.5倍にすれば、3分の2の時間で同じ作業が完了できる、あるいは同じ時間内で1.5倍の面積に手が回る、という効率化が叶います。こうした複合的な技術の進歩によって、単位面積あたりの収穫量(単収)を増やしてきました。
トウモロコシの輸出量については、長年米国が世界的シェアを占めていました。ウクライナは戦争前まで生産量・輸出量を伸ばしており、ブラジルも近年、安定的に拡大を続けています。
日本の年間輸入量は、約1,500万〜1,600万トン。そのうち1,000万トン以上が米国からの輸入です。産地の多様化によって競争相手は増えているものの、今後も米国は主要な輸出国として、日本への安定供給を担い続けると考えられます。一方で、日本の消費者視点では、状況に応じた産地の多様化はリスク分散につながります。米国のトウモロコシ産業にとっても、海外市場を考慮する際、多様化は活性化に繋がり、良いことでもあると思っています。

米国の農業政策と燃料生産を両立するサステナブルな農法とは

——米国政府の農業政策は、バイオ燃料産業にも何か影響を与えているのでしょうか。
浜本 ガソリンに10%のエタノールを混合して使用することは、先ほどお伝えしたRFSに基づいて行われています。RFSの存在はバイオエタノールの需要拡大、ひいては穀物生産、特にトウモロコシの生産拡大に貢献しました。周辺技術や関連産業の発展・振興策にも繋がっています。
バイオエタノールの活用浸透は、他産業への脱炭素化に貢献することも重要な点だと思います。エネルギー効率の高い生産方法等、より効率的な手法への転換を促進するための補助金も検討されていますので、こうした施策もいずれプラスの影響にはたらくでしょう。トランプ政権の目的とは異なるかもしれませんが、いずれにせよ持続可能性の促進はコスト削減にも繋がり、さまざまな良い影響があるはずです。
——トウモロコシはデンプン質が豊富で発酵しやすいため、バイオ燃料の主要な原料になっていると思いますが、他の穀物の可能性もありますか。
浜本 世界的にはやはりトウモロコシが主流の原料ですが、ブラジルではサトウキビ、欧州では小麦等もバイオ燃料の原料として栽培されています。米国でも一部では、グレインソルガム(コーリャン/タカキビ)も使われますが、主流はやはりトウモロコシですね。
将来的には、トウモロコシの茎や葉、木材パルプ等のセルロース系原料を用いた、第2世代のエタノール生産も期待されています。特にセルロース系を含む「非可食性原料」と呼ばれるカテゴリーについては、現在、技術面やコスト面における研究が進んでいます。実用化にはまだ時間を要すると思いますので、実用化までの橋渡しとして、トウモロコシやサトウキビを原料とするエタノール製造も重要だと考えています。
第2世代のバイオ燃料はエタノールと同様の分野での利用が想定されています。パルプや木材チップなど、より多様な原料が使われるようになると考えられており、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構) のプロジェクトではゴミを活用して、焼却の代わりとなる処理を施し、エタノールを作るといった取り組みも行われています。こうした試みは技術と共にますます加速化していくと思いますので、期待しています。
出典:アメリカ穀物協会「バイオエタノールとは?」
出典:アメリカ穀物協会「バイオエタノールとは?」
——遺伝子組み換え技術、あるいは微生物を活用した技術等の可能性もありますか。
浜本 遺伝子組み換えは、本格的に取り組めば非常に有効な手段となり得ますが、現時点ではそこまで具体的な話は耳にしていません。微生物等の活用によってわずかでも生産量や効率を高める点においては、ある酵素の開発が挙げられると思います。トウモロコシの茎や葉等、繊維質原料の利用は難しいことなのですが、トウモロコシの粒の表層にある繊維質の皮を分解する酵素が開発されたんです。それにより粒の皮まで余すことなくエタノールに変換できるようになりつつあります。
——それだけバイオ燃料に関する生産が高まっている中、土地利用や水、生産コストといった課題に対して、米国ではどのように対応しているのでしょうか。
浜本 土地については、栽培面積を増やすことなく、単収を上げることが有効的だとされています。水に関しては、先端技術を活用した「精密農業」に基づき、データを見ながら必要なところだけに水やりをする手法の導入が進んでいます。米国の場合、雨に頼っていますので、地下水も枯渇させてはいけないという意識は非常に高く、サステナブルな農法も積極的に導入されています。
農法のトレンドとしては、主に2つ挙げられます。ひとつは、畑をなるべく耕さない不耕起栽培、または制限耕起と呼ばれる農法です。これは作業の省力化に加えて、地中のCO2を大気に出さず、栄養分を含んだ土壌の流出を防ぐという効果もあります。もうひとつは、冬の間などにクローバーやライ麦といった被覆作物を植えることです。カバークロップと呼ばれるもので、畑を覆うことで土壌の水分が保たれ、窒素を土中に固定するため肥料となり、翌年の栽培時には水や栄養が蓄えられています。
コストについては、農薬、肥料、燃料といった投入資材の効率化が鍵になります。肥料や農薬は水と同じように、GPSを活用した農地モニタリングによって必要な場所にのみ重点的に撒くこと。燃料もトラクターの大型化や、その他の技術を積極的に導入して、コストを低減する取組みが進められています。
——バイオ燃料の需要拡大の中で、食料と燃料で、取り合いになる懸念はないのでしょうか。
浜本 トウモロコシの総生産量のうち、約3分の1強が家畜飼料、もう3分の1強がエタノール原料、そして残りが主にスターチ(デンプン)と食品用、あとは輸出用。さらにスターチ用は、油としてデンプンを絞った後に出る残渣も、約3分の1は家畜用飼料として再利用されています。ちなみに、これらはそれぞれ違う種類のトウモロコシです。食卓に上がるスイートコーンやポップコーンといった食用は、産業用トウモロコシに比べると非常に少なくて、おそらく1パーセント以下です。
出典:独立行政法人農畜産業振興機構「トウモロコシの需給(2025年7月11日発表)」より作成
出典:独立行政法人農畜産業振興機構「トウモロコシの需給(2025年7月11日発表)」より作成
食料vs燃料のように言われることもありますが、私たちはむしろ食料&燃料と捉えています。業界としても両方の供給を安定させたいと考えており、先ほどお伝えしたように、2005年のRFS導入から順調に増えてきた生産量と、エタノールの需要量がちょうど合うようにバランスも考えられています。
懸念することと言えば価格上昇ですね。トウモロコシの価格も他の物価と同様に上がっており、日本にも影響を及ぼしていることです。健全な物価上昇は経済循環の上で大事だと思いますし、これが日本経済の活性化につながることを願う気持ちです。農産物のため豊作あるいは不作の年もありますし、輸出元の多様化も踏まえて、長期的な視点で世界全体のバランスを取ることが望ましいです。

脱炭素社会の実現へ。バイオ燃料が果たす役割と今後の展望

浜本さんのお写真
——脱炭素社会の実現に向けて、バイオ燃料の役割が重要になっていくと、社会や経済にはどのような変化が現れると思われますか。
浜本 輸送に関する影響は大きいと思います。エタノールの場合、ガソリンに10%混合して使うことで、炭素排出量をすぐに10%減らせるという大きな役割があるからです。マクロ経済的には大きな影響はないかもしれませんが、車は多くの消費者が日常的に使う、身近な乗り物です。その給油がエタノール混合ガソリンになり、少しでも脱炭素に貢献している意識を持ってもらえることは、消費者が自らができることの1つとして、社会的価値は大きいと思います。
——2050年カーボンニュートラル社会の実現に向けて、社会に対してどんな変化を期待されますか。
浜本 2050年カーボンニュートラルの実現は、とても野心的な目標ですよね。実現に向けて、やはりバイオ燃料が脱炭素化の施策に組み込まれることを期待しています。車はガソリンからEV化が進んでいますが、液体燃料が消えることはないでしょう。液体燃料として大きな役割を果たすバイオ燃料は、今後ますます求められ、いずれ一般的になっていくはずです。
エタノール自体、お酒のアルコールと作り方もよく似ているものです。人類に馴染みのある、昔からの技術を活かしているものだとも言えます。技術の用途を広げていくことは非常に良いことだと思いますので、皆さんにとっても身近なものだと感じていただけるとうれしいですね。バイオ燃料の推進によって、脱炭素社会の実現に貢献していきたいです。

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