人権と環境を優先。政治的事情も越え、EU発デューデリジェンス指令の影響力 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

ソリューション可視化

最終更新:2025.04.22

人権と環境を優先。政治的事情も越え、EU発デューデリジェンス指令の影響力

企業の人権・環境デューデリジェンス強化が求められる中、その重要性とCSDDDの影響、日本企業の対応と課題について日本政策投資銀行(DBJ)松山氏にお話しをうかがいました。

2024年7月、欧州で発効された​企業持続可能性デューデリジェンス指令(以下、CSDDD)は、児童労働や強制労働等の人権侵害、森林伐採や水質汚染等の環境破壊といった深刻な社会問題に対応するために、企業に対して調査・分析(デューデリジェンス)を求めるものです。
日本政策投資銀行(DBJ)企業調査部サステナビリティ室の松山将之さんに、CSDDDの重要性、そして日本企業の現状と課題について伺いました。

見落とされがちだった課題、「人権」と「環境」

——企業のサプライチェーン管理において、CSDDD及び人権・環境デューデリジェンスが求められている背景を教えてください。
松山 人権・環境デューデリジェンスが注目されている理由は、サプライチェーン全体における人権・環境リスクと、それを把握・管理することが重要とされているからです。デューデリジェンスという言葉からM&A(企業合併と買収)をイメージする方も多いと思いますが、ここで言うデューデリジェンスはまったく違うもので、サプライチェーン全体を対象に、実効性のある取組みの推進を求めることです。
従来は、事業活動における情報開示が中心であり、サプライチェーン全体を振り返る時に、どうしても見落とされがちだったのが、人権と環境についてでした。社会課題を根本的に解決するためには、全体を視野に入れた取組みが不可欠であり、情報開示や投資家とのエンゲージメントにおいても非常に重視されています。
政治的背景や各国の事情によって見えていなかった人権や環境の問題が、今回CSDDDが法規制されたことで、より明確に表面化し始めたと言えるでしょう。
*CSDDD(企業持続可能性デューディリジェンス指令)とは、2024年7月にEUによって発効された、企業の環境・人権への配慮に関する規制です。
松山 将之(まつやま まさゆき)
松山 将之(まつやま まさゆき)
日本政策投資銀行設備投資研究所主任研究員。研究分野は企業開示。住友信託銀行(現 三井住友信託銀行)を経て2008年に入行、2013年より現職。非常勤として経済産業研究(RIETI)コンサルティングフェロー、武蔵野大学客員教授に従事。現在、TCFDコンソーシアム企画委員会の委員や経済産業省による「企業情報開示のあり方に関する懇談会」(2024年)のメンバーなど、我が国における企業開示に関するさまざまな議論に携わる。
——EUでのCSDDDの特徴と、日本政策投資銀行(DBJ)の役割について教えてください。
松山 EUでは、2020年に始まった環境負荷を評価するEUタクソノミーを皮切りに、企業に対するサステナビリティ関連の開示規制や義務を段階的に導入してきました。その最新の動きと言えるものが、2024年夏に成立したCSDDDです。
大きな特徴は、サプライチェーン全体を対象に義務付けるという点であり、今までの自社に関する情報開示だけでは不十分であるという認識に基づいています。約2年の議論を経て成立したこの規制は、企業に対してより一層厳しい対応を求めるものだと言えます。
私たちDBJは、政府系の金融機関として、公共性の高い投資や融資を行うことを求められています。私の所属する研究所はインハウスのシンクタンクとして、企業様から開示された情報を活用し、その情報が企業価値や金融取引にどのように影響するのかを分析しています。またその研究成果を外部に発信したり、さまざまなネットワークを通じて組織内に還元することで、政府と民間、あるいはアカデミアと実務を結びつけるような研究活動を行っています。そのうえで、非財務情報やサステナビリティに関する開示が、企業の中長期的な価値創造にどのように貢献しているかを定量的に示すことができれば、それは当行の投融資判断にとどまらず、他の金融機関におけるリスク評価や投資戦略にも広く応用され得ると考えています。情報の分析とその応用可能性を通じて、金融市場全体における透明性と健全性の向上にも資することを目指しています。

投資や融資などファイナンスの側面からも注目

金貨を積む男性の写真
——CSDDDによって、企業が新たに求められることは何でしょうか。
松山 CSDDDは、企業の行動プロセス全体に着目しています。そして、各ステップが形式的な対応にとどまらず、実質的な改善と継続的な見直しにつながるよう、規制を通じて実効性のある取組みを促している点が特徴です。すなわち、プロセスの可視化と改善を繰り返すことによって、企業がより責任ある行動主体として持続可能な社会に貢献することが求められていると考えております。
これまでも国際的なガイドラインで人権デューデリジェンスの重要性は示されていましたが、CSDDDによって法的に義務付けられ、関係者の認識がより深まったように感じています。企業本体だけでなく、サプライチェーン全体を対象としている点が特に重要であって、以前と比べてもより厳しくサプライチェーン全体を把握することが企業に求められています。
そして他のEUの規制と同様、従業員数、売上高、EUとの関係といった一定要件を満たす日本企業に対しても段階的に域外適用されますので、日本企業もEU企業と同様に対応する必要が出てくるでしょう。
——日本企業の取組み状況はいかがですか。
松山 日本では2022年に、経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を公表しました。国際的な動向を踏まえ、日本企業がどのように取り組むべきかを示したもので、画期的かつ丁寧なものだと評価しています。
実際、策定時も企業からの意見聴取や他の国際的ガイドラインとの整合性等、多角的な検討がなされ、どのような道筋で日本にグローバルスタンダードを織り込むことができるのかが示されています。そのため多くの日本企業が、すでに人権尊重の取組みを進めてきました。
しかしこれまでの取組みは、企業の体制構築や投資家を含むステークホルダーに重点が置かれていました。今後はCSDDDを初めとする規制強化の中、投資や融資といったファイナンスの側面から、人権・環境デューデリジェンスの情報がどのように活用されるのか、注目されています。ルールが統一化され、規制が加わることで、規制に沿って開示していくことが必要となります。

人権も環境も、「本質的な問いかけ」を要検討

多様な人々が働く様子
——人権デューデリジェンスの取組みを強化したい、あるいは課題を感じている企業に向けて、具体的なステップやアドバイスはありますか。
松山 まずは、人権デューデリジェンスの対象となる事柄が、企業にとって重要かどうかを見極めることです。気候変動対策はビジネス機会の側面を見出すことができれば投資を呼び込みやすいのに対し、人権デューデリジェンスは、主に負の影響に対処するためのものだと言えます。個別性が高く、取組みが難しい側面もあるでしょう。
だからこそ、形式的な方針から作り始めるのではなく、人権問題の負の影響を低減することが、企業価値にどう貢献できるのか深く検討し、企業価値への影響と重要性を明確に認識した上で、実効性のあるデューデリジェンスに取組むべきです。これにより、企業は持続可能な成長を目指し、社会的責任を果たすことができます。さらには開示情報の利用者である金融機関との対話も深まり、よりよい評価につながると考えられます。
課題としては、新しい社会的課題が出てくるたびに、企業が表面的な対応に終始してしまう傾向があることです。サステナビリティに関するさまざまなテーマが出てくる中、他社に遅れまいと焦る気持ちも理解できますが、本質的に取組むことが重要だと思います。
金融機関などの情報利用者も、開示された情報をどう活用するべきか、十分に理解できていない場合も考えられます。規制ができたからといって、すぐに具体的な金融行動に結びつくわけではありません。企業は、情報利用者がどのように情報を使うのかを理解し、移行計画や行動計画を策定して、準備を整えてから開示しても遅くはないと思います。
——では、環境デューデリジェンスに取り組むメリットも教えてください。
松山 ESG投資における企業価値の議論は、ポジティブな側面に偏っている傾向があると思います。環境デューデリジェンスも、ネガティブな側面について評価を行い、その影響をどう管理・改善していくかが重要です。
環境デューデリジェンスを通じてネガティブな側面も議論できるようになると、これまでESG投資では手がつけられずにいた領域を開拓することにも繋がります。問題点の把握や、課題解決策の検討とその開示を通じて、より包括的な企業評価が可能になると期待されています。
またこれまでは、投資家だけでなく、サプライチェーンに関わる幅広いステークホルダーと環境について対話を重ねることも簡単ではなかったと思います。しかし、環境デューデリジェンスが規制として明確化されたことによって、サプライチェーン全体におけるさまざまなステークホルダーと対話を深める機会が生まれるはずです。それまで十分にできていなかった、ステークホルダーとの連携強化が可能になる機会だと思います。

規制ラッシュも一段落。今こそ見極めのチャンス

インタビューを受ける松山さんの写真
——日本国内において、企業の人権・環境デューデリジェンス強化に向けた事例や支援策はありますか。
松山 人権に関して、2017年頃から人権方針を策定し、継続的に見直しを行っている企業は少なくありません。CSDDDの策定をきっかけに、その取組みが公表されていきます。これから人権・環境デューデリジェンスに取組む企業は先行企業のベストプラクティスを学び、自社のビジネスにとって重要なものは何か、自社のビジネスモデルとどう整合するのかを検討することが重要です。
熱心に取り組んでいる企業のサステナビリティレポートには、背景やプロセスが詳細に記述されており、非常に参考になります。ベストプラクティスを共有することで、企業間の学びが促進され、情報利用者も具体的な取組み事例を知ることができます。
今後はそういった情報の連携も検討される可能性はあると思いますが、規制への対応や形式的な連携ではなく、より本質的な情報交換や議論の場が形成されることが望ましいですね。
EUでは先日、サステナビリティ関連の規制を簡素化し、企業の負担軽減を目的とした法案(オムニバスパッケージ)が公表され、CSDDDの適用開始時期や、サプライチェーンの対象範囲が一部見直されることも発表されました。ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)やCSRD(企業サステナビリティ報告指令)についても同様の傾向が見られますので、欧州全体として、急ピッチに進んできた規制導入が落ち着きを見せていると思います。
日本企業にとってはあらためて、人権・環境デューデリジェンスにおいて自社に必要なものを見極めるよい機会になるのではないでしょうか。海外の動向に左右されることなく、自社の企業価値向上につながる取組みを進めて欲しいと思います。
——人権や環境意識を日本企業に浸透させるには、何が重要だと思われますか。
松山 企業文化として人権・環境意識を浸透させるためには、組織内でのコミュニケーションが重要です。私は、技術系の社会人大学院などで講義をする機会があるのですが、所属企業の統合報告書を読んでいるかと聞くと、ほとんど手が挙がりません。本来、情報開示は作成するだけでなく、社内で共有し議論するプロセスこそが重要です。
ディスクロージャーを作成する担当者だけでなく、一般社員が意義や内容を理解する機会を設けること。表彰制度やコンテスト等を活用し、社員の意識を高める工夫や、経営層が積極的に関与し、メッセージを発信するのも有効だと思います。組織の壁を越えてコミュニケーションを取り、浸透させてほしいと思います。

関連する記事

関連ソリューション

ご質問やご相談など、
お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォームはこちら