COP29の振り返りと トランプ時代の気候変動対策 - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2025.02.04

COP29の振り返りと トランプ時代の気候変動対策

2024年11月11日から24日(2日延長)にかけて、アゼルバイジャン共和国・バクーにて開催されたCOP29(国連気候変動枠組条約第29回締約国会議)。ここではその模様を総論的に振り返りながら、不安定化する世界情勢の中で気候変動対策はどう進展していくのかを予想していきます。
話を聞いたのは、かつて国際協力銀行にて「融資のための環境ガイドライン」やCO2排出削減を支援する融資のための「MRVガイドライン」を作成するなど環境金融にも取り組み、現在は三井物産戦略研究所で気候変動問題や生物多様性の資金メカニズムの分析をしている本郷 尚シニア研究フェローです。

「ファイナンスCOP」を体現した ハードルの高い金額目標

――まずは「COP29」に参加された率直な感想をお願いします。
本郷 次回COP30は5年ごとの「目標の見直し」という大きなテーマがあるため、COP29は当初から「繋ぎのCOP」になると予想されていました。削減目標強化が議論の中心にならなかったのは予想通りだったのかなと思います。

メディアでも大きく取り上げられたように、気候資金に関する「新規合同数値目標(NCQG)」※1を、2035年までに年間3000億ドル、官民合わせて年間1.3兆ドル以上というような数字が大きく取り上げられました。議長国は会議の成果をプレイアップ(強調)したいわけです。そういった意味でも、議長国は以前から「ファイナンスCOP」ということを謳っていました。これも予想通りになったと思います。
※1:新規合同数値目標(NCQG) = 気候変動対策のための資金を、途上国に拠出する目標のこと
――従来の年間1000億ドルでも高いハードルでした。かなり無理のある数字のように思えます。
本郷 はい。官民合わせて年間1.3兆ドルの話も含め、簡単な目標ではありません。また、数字だけは合意しましたが、資金の使い方などは議論されていません。
――どういうことでしょうか。
本郷 気候変動対策には巨額の資金が必要なため、原資の確保が欠かせません。しかし、排出削減のためであれば資金量だけでなく、GHG(温室効果ガス)削減量の目標も必要になってきます。どのようにお金を使っていくのか。それによってどれくらい成果が出るのかもわからず、金額だけが先行しているように感じました。
本郷 尚|ほんごう たかし三井物産戦略研究所 国際情報部 シニア研究フェロー2011年より三井物産戦略研究所。1981年日本輸出入銀行(現国際協力銀行)入行。特命審議役環境ビジネス支援室担当などを歴任。旧経済企画庁、旧日本興業銀行に出向。国際排出量取引協会理事、ICAO CORSIAタスクフォース、ISO TC207(Carbon Neutrality)、ISO TC265(CCS)などに参加。文部科学省・環境エネルギー科学技術委員会、環境省・CO2削減事業検証評価委員会、NEDO技術委員、各種委員会・研究会などに多数参加。獨協大学経済学部非常勤講師、法政大学人間環境学部非常勤講師
本郷 尚|ほんごう たかし
三井物産戦略研究所 国際情報部 シニア研究フェロー
2011年より三井物産戦略研究所。1981年日本輸出入銀行(現国際協力銀行)入行。特命審議役環境ビジネス支援室担当などを歴任。旧経済企画庁、旧日本興業銀行に出向。国際排出量取引協会理事、ICAO CORSIAタスクフォース、ISO TC207(Carbon Neutrality)、ISO TC265(CCS)などに参加。文部科学省・環境エネルギー科学技術委員会、環境省・CO2削減事業検証評価委員会、NEDO技術委員、各種委員会・研究会などに多数参加。獨協大学経済学部非常勤講師、法政大学人間環境学部非常勤講師
――資金を負担するのは先進国となっています。もはや先進国だけでは支えきれないという議論はないのでしょうか。
本郷 実はそこもポイントになっていて、官民合わせて年間1.3兆ドルのほうは、中国のような「新興国の協力を歓迎する」といった内容になっています。ASEANの国々を見ても、貿易収支の黒字が続き、外貨準備高も貯まっています。そんな中、もはや先進国と途上国という二分化の話ではないのではないかという流れが生まれ始めています。

日本に追い風!? 国際的なクレジットの運用が決定

――COP29では、「パリ協定第6条(市場メカニズム)」の完全運用化がついに決まりました。改めて、概要と注目ポイントを教えてください。
本郷 パリ協定第6条は、GHG排出削減量を各国が目指すだけでなく、さまざまな国で協力することで効率的に削減し、さらなる削減を目指そうというものです。まずは自国で削減することが原則ですが、補完手段としての「国際排出量取引」※2をルール化するものが6条になります。

先ほど、「新規合同数値目標(NCQG)」の話をしましたが、その達成手段のひとつとしても、排出量取引の重要性が確認されたとも言えます。
※2:国際排出量取引 = 排出削減目標を達成するため、国同士で排出量相当の取り組みまたはクレジットの取得・移転をおこなうこと
※排出量取引について詳しく知りたい方は、「排出量取引とは?メリットや今後の課題をわかりやすく解説!」をご覧ください
※カーボンプライシングについて詳しく知りたい方は、「カーボンプライシングとは?の概要と日本の導入状況を詳しく解説」をご覧ください
――アラブ首長国連邦で開催された2023年のCOP28では、6条4項(国連がルールを決めて運用する排出量取引)と6条2項(2国間でルールを決めて運用する排出量取引)で必要なルールがすべて合意することが期待されていましたが、合意できませんでした。今回はなぜ合意できたのでしょう。
本郷 そもそも、排出量取引は何のためにするのか。日本などは、自国の削減だけでは目標達成が困難なときに、6条の仕組みである「国際数量取引」を使って補完しましょうという考えです。EUは違っているようで、1.5℃目標に整合するには現在の各国の「NDC(国別削減目標)」※3だけでは足りないので、より早い段階で野心的な削減努力をしてNDCを引き上げるべきだという考え。国際排出量取引は、目標引き上げに使うべきだと考えていたようでした。
※3:NDC(国別削減目標) = パリ協定の参加する各国が、5年ごとに提出・更新する温室効果ガス(GHG)排出削減目標のこと
――削減レベルを上げるために使うべきだと。
本郷 2028年までは新たなルールは作らないことで合意しており、現在のルールで運用することになります。私の見立てでは、6条2項に関しては各国の判断を尊重しますよ、ということが再確認された点は重要だと思います。
ただ、6条4項に関しては、削減量の計算手法(方法論)について重要とされる項目は合意され、個別に方法論を検討する作業と並行してそのガイダンスをつくる作業がこれから始まります。目標達成に向けた補完的手段なのか、EUが考えるように目標をさらに引き上げる手段なのかは、技術的な話ではありますが、政治的な交渉が必要になると思います。
――EUの真の目的はどこにあるのでしょうか。
本郷 いろいろあると思いますが、環境と経済のバランス、さらには環境問題への取り組みを利用した成長戦略が背景にあると思います。EUは世界をリードするように排出量の削減・規制をしてきました。今後、政策をさらに強化するとEU産業の国際競争力を低下させ、経済に悪影響をあたえる可能性が指摘されています。
「炭素国境調整措置(CBAM)」※4が典型ですが、先行してきたEUが不利にならない、むしろ得をする仕組みをつくりたいということだと思います。
※4:炭素国境調整措置(CBAM) = EU域内の製造事業者に課せられる炭素コストと同等額を、輸入品に対して課すこと
――これまで、日本は「JCM(二国間クレジット制度)」に注力してきました。6条2項の運用化は追い風かと思います。この決定は、日本企業にどんな影響がありますか。
本郷 パリ協定は国と国の目標の話なので、本質的には企業を規制するものではありません。ただ、日本では「GX-ETS(排出量取引制度)」が2026年4月から始まります。これは実質的な排出量規制ですから、対象企業の削減目標と日本政府が出しているNDCとの整合性が求められることになります。

その中で、企業が自社の取り組みだけではGX ETSでの目標を達成できない場合には、JCMを使って排出量を相殺することが認められています。日本の2030年のNDC達成は簡単ではありませんので、JCMという6条2項のクレジットを使うことになるでしょう。つまり、日本には6条2項のクレジット需要があると考えられます。

また、日本はJCMの実績を積んできています。他国の6条2項の仕組みに比べて、実績でも実需の面でも相対的に進んでいるとみられています。JCMにとっては追い風です。ただ、今回決まったのはあくまでも全体の枠組みなので、具体的にどう運用されるのか、二国間における相手の動向も含め今後も注視する必要があります。

すべての国が排出削減目標(NDC)をもっているので、排出削減事業の効果を自国の目標達成に使うのか、クレジットとして輸出、他国の目標達成に使うのか、相手国は考えることになるからです。相手国は投資誘致効果を含め総合的に判断することになるでしょう。
※パリ協定について詳しく知りたい方は、「パリ協定とは?脱炭素に関する日本の取り組みと現在地をわかりやすく解説」をご覧ください
※JCMについて詳しく知りたい方は、「JCM(二国間クレジット制度)とは?仕組みやパートナー国を紹介」をご覧ください
※GXリーグおよびGX-ETSについて詳しく知りたい方は、「GX(グリーントランスフォーメーション)とは? GXリーグやGX推進法についても解説」をご覧ください

脱炭素は安定的なエネルギー確保があってこそ

――COP29の動向で、ビジネスパーソンが知っておくべきトピックスはありますか。
本郷 エネルギー問題は大きく取り上げられていましたね。IEA(国際エネルギー機関)のファティ・ビロル事務局長は、COP28において「1.5℃目標のドアは閉ざされてはいない。再エネのキャパシティを2030年までに3倍にすればいい。毎年2%改善しているエネルギー効率を2倍に引き上げればキャッチアップできる」と気候変動対策強化についての話をしていました。

COP29では、そもそもエネルギーがなければ経済は回らないよねと。そのうえで、いかにバランスよく脱炭素を実現していくのか、を強調するニュアンスに変化していました。当たり前と言えば当たり前の話ですが、大きな差ではないでしょうか。この点は産業界も同じように感じていたところではあります。

「十分なエネルギーの確保ができなければ、脱炭素の議論をすることもできない」。そういった言説が生まれた背景には、ロシアのウクライナ侵攻で悪化したエネルギー危機があります。さらには、脱炭素に必要な資源や資機材の中国依存度が高まっていることが挙げられます。

それらを戦略的に使われてしまうと、脱炭素どころかエネルギー自体が危うくなるため、地政学リスクを本気で考える必要が生まれました。
――中国に依存している、脱炭素に必要な資源とはどんなものでしょうか。
本郷 一つの例は、強力な磁石をつくるときに必要なレアアースです。ざっくりとエネルギーの約1/3は動力、つまりモーターなどです。風力発電もモーターの逆回転が利用されていますから、強力な磁石による高効率なモーターは脱炭素には欠かせないのです。EVで使われるリチウムイオンバッテリーの主要原産地はオーストラリアですが、加工の8~9割は中国。太陽光発電に使われるポリシリコンの9割近くも中国です。
――COP29における中国のスタンスというのは、どのようなものなのでしょう。
本郷 全体として言えば、途上国の代表であるという立場を変えていません。一方、先ほどお話ししたように、中国も資金を拠出すべきという雰囲気は生まれています。

これまで、先進国が拠出すべきという話の根底には、「産業革命以降たくさん排出してきたのは先進国でしたよね」という歴史的な責任論があります。しかし、今や中国は最大排出国であり、累積排出量も決して少なくない。計算方法によっては、近い将来に超えてしまうわけです。そういった意味でも、先ほどお話をしたように、先進国と途上国という二分化がどこまで続くのか。そこを変えていかない限り、世界的な気候変動への取り組みで大きな変革はないと思います。
――次回のCOP30は、どうなりそうでしょうか?
本郷 次回は2025年11月にブラジルでの開催が予定されています。議長国ブラジルのルーラ大統領はアマゾンへの関心が極めて高く、COP30の中心テーマはアマゾンとなり、アマゾンの自然価値をいかに認めさせるか、その中で生物多様性への取り組みも混ぜ込んでくる可能性があると思います。

トランプ大統領就任とアメリカ企業の動き

――世界情勢という意味では、トランプ大統領の就任が大きな話題です。また、EUも景気悪化や政治の不安定化など問題を抱えています。COP29において、気候変動どころじゃないという空気感はありましたか。
本郷 気候変動対策というのは、経済が好調な時期でないと進みにくいと言われています。過去の経験を見ても、それが現実です。これまでも、経済が好調になってから少し遅れる形で盛り上がってきました。逆に言えば、経済の調子が悪くなると気候変動対策もスローダウンします。

1997年の京都議定書が採択された後には、アジア通貨危機がありました。2005年の(京都議定書)発行後に盛り上がりを見せましたが、2009年にはリーマンショックがきた。日本は2011年に震災がありました。そういった過去の状況を振り返っても、今はスローダウンが始まる時期にきていると思います。

それとは別に、気候変動に対する企業の目標の中には、理想を追求するあまり、現実から乖離しているようなものもないとは言えません。現実的なものへの見直しが必要だという声も高まっていました。トランプ政権の政策への対応をきっかけにして、足もとを踏まえた現実的なものに見直そうという動きがあるのは確かです。ただ、長期的に脱炭素を目指していることには、変化はないとみています。過熱した動きに対する揺り戻しともいえます。
――脱炭素を目指す国際的な銀行連合「ネットゼロ・バンキング・アライアンス」から、米国の大手金融機関が続々と脱退していますね。
本郷 あれも、そもそも無理な内容もあったことが背景のようです。世の中にはネットゼロを比較的早く達成できる会社と、そうではない会社などいろいろある。目指すところは同じでも、産業や地域によって外部環境は異なっており、それを一緒くたに同一歩調をとることを求めるのは無理があるわけです。
――今後、米国企業の動きはどうなると予想されますか。
本郷 私が意見交換しているのは、COPに参加しているような気候変動に関心の高い人たちなのでバイアスがある可能性があります。ただ、一般的には、国際的に展開している米国企業は、トランプ大統領だろうがなんだろうが脱炭素は長期的な取り組みとしてやらなくてはいけないという意識があると感じます。一方、ドメスティックな企業と話すと全然違う話が出てくる。そこは米国企業でも二分化されるでしょう。

また、トランプ政権では米国内における排出規制と名のつく政策は徹底的に潰すと予想しますが、実際は良く見極める必要があると思います。インフレ削減法で排出削減技術を支援しますが、これは従来型のエネルギー産業も支援しています。CO2削減技術のある米国企業が海外展開することも歓迎すると思います。米国が儲かるわけですから。気候変動対策か否かではなく、米国産業に有利か否か、に視点を変える必要があると思います。

そんな複雑な状況ですが、大事なのは将来的に再び気候変動対策が強調される時期が必ずくるということです。経済活動が活発になり、人口も増加するなか、地球環境への負荷が大きくなっていることは間違いありません。長期トレンドで見れば、気候変動対策の重要性は揺るがない。そう考えると、逆に、次のピークに備えて、今こそ投資のチャンスとも言えます。

個人的には、2050年までに少なくともあと2回くらい、気候変動対策への高まりがくると考えています。さらに言えば、2050年で終わりではありません。そういったサイクルを見通しながら、長期的な投資をすることが企業戦略として必要です。

リアリティのある気候変動対策へ。長期的な視点で投資を考える

――以前から、本郷さんはバランスが大事だという話をされていました。
本郷 皆さん「サステナブル」という言葉をよく使いますが、その取り組みの中には極端なものもあり、サステナブルではないことが多々あるんです。企業にとって真のサステナブルとは、100年企業のように長く存続すること。企業にはさまざまなステークホルダーがいます。株主だけではなく、従業員やお客さんも大事なステークホルダーです。赤字を出してまで環境問題に取り組んでいたら、従業員もお客さんも困っちゃいますよね。

もちろん、ネットゼロを目指すことは重要です。その高い目標を持ちながらリアリティのある解を求め、取り組みを継続することが大事だと思います。
――これからの投資という意味では、どのようなものが候補にあがるのでしょうか。
本郷 足もとで言えば、電力システムの安定化に関することです。再エネを増やすほど電力系統は不安定になりますので、安定化対策は必要です。あとは地政学的リスクへの対処ですね。少数の国に調達が集中している資源や素材があれば、調達先を分散させるための投資は確実に必要でしょう。

長期的な視点では、ネットゼロの実現に向けてネガティブエミッション技術が必要になってきます。しかし、これは1~2年で利益が出るような話ではありません。
※5:ネガティブエミッション技術 = 大気中のCO2など温室効果ガスを直接的に回収・除去する技術の総称。大気中のCO2を直接回収する「DAC(ダイレクトエアキャプチャー)」や、工場などで排出されたCO2を地中深くに貯留・圧入する「CCS(二酸化炭素回収・貯留)」などがある
※CCSについて詳しく知りたい方は「CCUSとは?CO2を再利用して排出量削減に導く取り組みを解説!」をご覧ください
――日本の脱炭素に向けた取り組みについて、最近注目していることはありますか。
本郷 これまで気候変動に関することは、企業の環境部門がおこなっていました。最近は経営企画部門へと移り、経営戦略として議論されることが増えているようです。気候変動対策への取り組みが本格化している表れで、良い変化だと評価してよいと思います。
それぞれの会社が経営戦略のコアに位置づけ、より現実的な目標を定める時代になりました。
――気候変動対策がスローダウンする流れに乗るのではなく、実践的で着実な取り組みをおこなう時期にきているわけですね。
本郷 はい。繰り返しになりますが、気候変動対策という長期トレンドに変わりはありません。ある種のバブルが消えかかり、地に足のついた対策を取り始めた状態です。取り組みのスローダウンがあれば、そこをいかにチャンスに変えるかが求められています。
――本日はありがとうございました。

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