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石井翔

機械・輸送システム第一本部
交通プロジェクト部 旅客事業開発室
欧州担当マネージャー

鉄道発祥の地・英国で、JR東日本と共に旅客鉄道事業を推進する。鉄道会社と総合商社の知見をかけあわせることで新たなビジネスの可能性を切りひらく石井翔の挑戦は、まだ、始まったばかりだ。


現場主義にもとづく需要予測

プロ中のプロに囲まれて

私が手がけているのは英国の旅客鉄道事業ですが、同国の鉄道の仕組みは日本とはだいぶ違います。政府が保有する各路線の営業権(フランチャイズ)を、入札によって民間企業が獲得し、数年単位で運行業務を担うのです。

三井物産は、2017年8月、オランダ国鉄傘下のAbellio UK社(以下アベリオ社)とJR東日本とともに、英中部を走る路線「ウェスト・ミッドランズ」のフランチャイズを落札しました。総延長899km、現在の1日あたり運行本数1300本、年間乗降客数7360万人。ロンドンからバーミンガム、リバプールなどを結ぶ主要路線です。同12月からすでに運行を開始しており、2026年まで約10年にわたり人びとの暮らしを支えていきます。

私は、落札からさかのぼる1年4ヶ月前、2016年4月に3社で結成した80名の入札チームに参加。プロジェクトの第一歩から関わり、英国への長期出張という形で、4月から11月まで半年以上にわたり入札作業を支えました。

全体を牽引したのは、英国内で複数の路線を運営し豊富なノウハウを持つアベリオ社です。私が所属していたのはレベニューチームという、需要予測を担当するチーム。チームメンバーは8人おり、私以外はすべてアベリオ社のメンバーでした。レベニューチームの仕事は、他チームが検討した車両変更や時刻表変更などの改善策で毎年の利用者数がどのくらい増えていくかを算出することです。

特筆すべきは、このシミュレーションが非常に細かく行われていることです。たとえば、ベンチを新しくするとお客様は何人増えるか?ホームに屋根をつけると何人増え、監視カメラをつけると何人増えるか?細かな改善プランひとつひとつに対し緻密に計算し、データを積み上げ、事業計画を立てていくのです。

現場のリアルな状況を知ることを重視し、約170の駅すべてをチームメンバーが分担、実際に足を運んで自らの目でチェック。土日にカウンターを持って列車に乗り、乗客の人数を数えたりもしました。英国運輸省から混雑度のデータなどは提供されていましたが、決してそれを盲信しない。もしかしたら運輸省が調べた日は雨だったかもしれないし、近隣でイベントがあったかもしれない。そうした条件の変化で数字は変わり得ます。予測の精度を上げるため徹底した現場主義を貫いていたのは非常に勉強になりました。

プロ中のプロに囲まれて

「三井物産だからこそ」の実現

いちばん大変だったのは、とにかく経験の差を埋めることですね。まわりは既に何件も入札を経験しているメンバーや、鉄道会社に出向経験があり現場を知り尽くすメンバーなど。いわばプロ中のプロばかり。初日の会議から知らない専門用語が飛び交い、あせりました(笑)。

エクセルやビッグデータの活用に関してはそれなりに知見はあるつもりだったのですが、大学で高度な統計学を専攻していたメンバーもおり、見たこともない数式を次々と使っていたり。業務時間後にさまざまな資料を読み込むなど、最初は食らいついていくのに必死、というところからスタートしました。

向こうでは各担当に任されている部分が大きく、こちらがまとめた数字を上司があまりチェックしない。お前もプロだろうというスタンスです。入札書類に間違った数字が記載されて提出されれば、それが公式なものとして英国運輸省への約束になるわけですから。とても緊張感がありました。

ただ、半年以上一緒に仕事していく中で信頼を積み重ね、最後のころは駐車場関連の予測はすべて私に任せてもらえるまでになりました。どの駅に、どのくらいのスペースで、何台分の駐車場を作ると、どれだけ乗客が増えるか。そんなシミュレーションです。

レベニューチームのメンバーとは日本に帰ってきた後もコンタクトを取り続けています。業務上疑問が生じたときは、個人的に意見を聞いたり。もちろん守秘義務の許す範囲でですが。そういう信頼関係というか、絆を作れたのは何よりうれしいですね。私の財産です。

「三井物産だからこそ」の実現

今後は、何よりも「三井物産だからこれがやれた!」という改善策や事業を具体化したいですね。鉄道発祥の地・英国で日本企業が運行に携わることは、大きなチャレンジです。事実、日本式のノウハウへの現地の期待も大きい。しかし、それはいわばJR東日本の知見への期待です。それだけなら三井物産がいる意味がありません。

自動車や飛行機など他の交通手段や、不動産事業、ICTに関する知見など。当社の総合力を活かし、アベリオ社・JR東日本だけでは生み出せない事業の広がりを何としても実現したいと考えています。特にデジタルトランスフォーメーションを実現したいというのが個人的な思いです。

実はこの5月末から事業会社への出向が決まり、英国に赴任することになりました(*本稿作成は、2018年4月)。やはり、現地で直接事業に関われるのはうれしいです。入札チームとしてさまざまな改善策を出し、運輸省に提案し、受注できた。その改善策を着実に遂行するところまでやりきりたい、そして三井物産の人間として、それ以上のプラスアルファを生み出したい。そう考えています。

ただ、そのためには学ばなければならないことがたくさんあるのも事実です。入札チームで仕事していた頃、印象的だったことがあります。忙しい時期でもアベリオ社のスタッフは6時か7時までに効率的に仕事を終わらせて帰るんですね。帰って何をしているか聞いたら、ある同僚が「MBAの勉強をeラーニングでやっている」と言うんです。プライベートの充実はもちろん、自分のキャリアのために自分で自由に勉強している。とても刺激を受けました。

私自身に関して言うと、いま真っ先に伸ばしたいのは「語学」と「統計学」です。今後もアベリオ社の専門家たちと対等に仕事するには必須かなと考えています。あとは、「鉄道会社の経営そのもの」を学びたい。報告書を読んで状況を把握するだけでなく、自ら改善策をどんどん出せるようになりたいです。

現場の仕事を進めながら並行して、ということになりますが、絶対必要だと考えています。目の前の仕事に追われるのではなく、新しい視点を手に入れて、新しいビジネスを切り拓けるように。自分をもっと伸ばしたい。自分を伸ばす責任がある、なんて言ったら、ちょっとカッコつけすぎかもしれませんが。

2018年5月掲載