近年、気候変動や自然資本の劣化等、生物多様性の保全が企業にとって重要な課題となっており、企業は情報開示やネイチャーポジティブ実現への取組強化が求められています。この記事では、LEAPアプローチとは何か、4つのフェーズ(Locate、Evaluate、Assess、Prepare)とその具体的なポイントについて、事例を交えて詳しく解説します。
LEAPアプローチとは?TNFD開示のための評価手法
LEAPアプローチの目的とTNFDフレームワークにおける位置づけ
LEAPアプローチは、企業が自然資本に関するリスクと機会を特定、評価、管理する評価手法です。具体的には、企業活動が自然環境に与える影響、及び自然環境の変化が企業活動に及ぼす影響の両面を評価します。
この手法は、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が定める情報開示フレームワークに沿って、企業が必要な対応を進められるように支援することを目的としています。そのため、LEAPアプローチはTNFDの考え方を実践するための詳細なステップとして設計されています。
LEAPアプローチを活用することで、企業はTNFDの求める情報開示をよりスムーズに、効率的に進めることが可能になります。また、開示した情報をもとに、自社のビジネスと自然との関係性をより深く理解し、持続可能性を意識した経営戦略を描くことができます。
TNFDフレームワークV1.0と開示推奨14項目
LEAPアプローチは、国際的な情報開示基準であるTNFDにもとづいて設計されています。なかでも、2023年9月18日に発行された「TNFDフレームワークV1.0」では、企業が自然との関わりを的確に把握し、関連するリスクや機会を評価・開示するための包括的なガイダンスを提供しています。
このフレームワークは、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの柱から構成されており、企業はこれらに基づく14の開示推奨項目に沿って情報を開示することが求められます。
透明性の高い情報開示は企業にとって不可欠であり、LEAPアプローチはTNFDで開示すべき項目を実践的かつ効率的に取りまとめる手法として注目されています。
LEAPアプローチの具体的な進め方:Scopingと4つのフェーズ
LEAPアプローチは、Scoping(スコープ設定)と、Locate(発見)、Evaluate(診断)、Assess(評価)、Prepare(準備)という4つの主要なフェーズで構成されています。
これらのフェーズで情報を収集・分析し、意思決定に活用します。
【準備】Scoping(スコープ設定):分析対象の明確化
Scopingは、分析の対象範囲(事業活動、地理的範囲、自然資本要素)を評価対象とするかを明確化します。これにより、LEAPの各フェーズにおける分析の方向性が定まり、評価プロセスの効率化と重要なリスク・機会への的確な対応が可能になります。
方法
・自然資本への依存度と影響の評価
例:農業関連企業では、土地利用の変化、水資源の利用、生物多様性への影響等
ポイント
・組織のリソース管理と効率的な調査
・プロジェクト推進に向けたチーム内外の合意形成とリソース確保
・実用的かつ包括的なスコープ設定のためのステークホルダーとの対話
・初期段階における二次データの活用と、段階的なトレーサビリティ・精度向上の取組
【L】Locate(発見):自然との接点を発見
Locateでは、企業活動が自然に与える影響、及び自然の変化が企業活動に及ぼす影響を特定します。Locateの結果は、次のEvaluateにおけるリスク評価の基礎となるため、自然との接点を網羅的に特定することで、より正確なリスク評価が可能になります。
方法
企業の事業活動と関係する潜在的な問題や生態系を特定するために、3つのフィルター(セクター、バリューチェーン、地理的位置)を用いて自然に関連する問題を絞り込み、優先順位をつけます。
・セクター(業種ごとに想定される影響)
例:食品・飲料セクターの場合は農業や水資源に与える影響等
・バリューチェーン(調達・製造・流通等、各段階での影響)
例:原材料の調達による森林減少リスク等
・地理的位置(活動地域特有の影響)
例:熱帯雨林での活動による生物多様性の損失等
ポイント
・サプライチェーン全体を考慮した、直接的・間接的な影響評価
・定量的なデータと定性的な情報収集例:現地のコミュニティや専門家からの情報
【E】Evaluate(診断):自然への依存とインパクトを診断
Evaluateでは、自然資本への依存度と自社活動の環境影響を総合評価します。
方法
・事業活動における自然資本への依存度の評価
例:原材料の供給、水資源の利用、生態系サービス等
・生態系や地域社会等の自然環境に与える影響の評価
例:土地利用の変化、水質汚染、大気汚染、生物多様性の損失等
ポイント
・定量・定性データの統合的活用
・優先課題への段階的アプローチとリスク対応
【A】Assess(評価):自然関連のリスクと機会を評価
Assessでは、Evaluateで特定された自然資本への依存と影響にもとづいて、自然関連のリスクと機会を評価します。これらが企業の財務や事業戦略に与える影響を分析し、対応すべき優先順位を設定します。
方法
・シナリオ分析やストレステストによる自然環境変化リスクの予測・評価(リスク評価)
例:気候変動、水不足、生物多様性の減少等の自然環境の変化、サプライチェーン、生産拠点、市場等への影響
・自然資本を活かした新たな価値創出と事業機会の特定(機会評価)
例:新規市場への参入、環境配慮型商品の開発、ブランド価値の向上、競争優位性の確保等
ポイント
・定量データ(KPI、財務指標等)と定性データ(顧客・従業員の声等)活用による意思決定
【P】Prepare(準備):リスク・機会への対応を策定、開示準備
Prepareでは、Assessで特定されたリスクの軽減や機会の最大化に向けて、社内の利害関係者との議論を踏まえた具体的な行動計画を策定します。対応策を実行し、進捗を定期的に評価することで、自然資本に関するリスクと機会を効果的に管理し、TNFDの開示にも対応します。
方法
・リスク対応策の策定
例:サプライチェーンの見直し、生産工程の改善、自然資本への投資等
・機会を最大化する方法の発見
例:新製品やサービスの開発、環境技術の導入、地域社会との連携等
・情報開示の準備と対応
ポイント
・SBTs for Nature*の手法を用いた目標設定
・設定した目標の経営戦略への統合
・情報の透明性を高めるための、ステークホルダーとのコミュニケーション
*SBTs for Nature(Science-Based Targets for Nature)とは企業が自然資本に対する影響を科学的に評価し、具体的な目標を設定するための国際イニシアティブです。
LEAPアプローチのメリットと企業事例
LEAPアプローチは、企業が自然との関わりを見直し、持続可能な成長を目指す上で有効な手法です。ここでは、LEAPアプローチの具体的な導入メリットと、国内外の先進事例を紹介し、実践を通じて見えてくる、その活用価値に迫ります。
LEAPアプローチ活用のメリット
LEAPアプローチを活用することで、企業は主に4つのメリットを享受できます。
1. 投資とステークホルダー関係の強化
自然資本への対応は、ESG投資の拡大を背景に、投資家や顧客、社会全体からの評価を高めます。さらに、LEAPアプローチによる自然情報の開示は、ステークホルダーとの信頼構築や企業評価の向上にも寄与します。
2. リスク回避と意思決定の改善
自然資本への依存・影響を体系的に評価することで、原材料調達コストの増加やサプライチェーン断絶リスクを軽減します。LEAPアプローチで得られる情報は、戦略策定や資源配分等、意思決定の質を高める支援にもなります。
3. 新たな事業創出とイノベーション促進
自然資本の持続可能な利用を起点に、環境配慮型製品・サービスの開発機会が広がります。LEAPアプローチは、自然課題解決に向けた新たな技術・ビジネスモデル創出を促し、イノベーションを推進します。
4. 法規制への対応
自然関連の法規制や基準への準拠を支援し、コンプライアンスリスクを軽減。将来的な規制強化にも柔軟に対応できる体制づくりに貢献します。
これらのメリットにより、企業は長期的な持続可能性を確保し、競争力を高めることができます。
企業事例:Nestlé
Nestléは、LEAPアプローチを活用して主要製品ラインにおける自然資本への依存度や影響を特定し、水資源の効率的な利用や持続可能な農業慣行の推進に向けた戦略を策定しています。
例えばNestléは、工場での水使用効率の向上や農業サプライチェーンでの水管理改善、地域社会との連携による安全な水へのアクセス支援プロジェクトの実施等、水資源の持続可能な利用に取り組んでいます。また、Alliance for Water Stewardship(AWS)認証の取得を通じて、国際的な基準にも対応し、自然資本の保全と企業価値の両立を目指しています。
企業事例:キリンホールディングス
キリンホールディングスでは、スリランカの紅茶農園、日本のブドウ農園、豪州の水ストレス地域等、各地域における自然関連リスクと機会の評価にLEAPアプローチが活用されています。
LocateとEvaluateの段階では、水資源の変動や気候変動による影響等、自然資本への依存とインパクトを特定。例えば、紅茶農園では季節的な水不足や土壌劣化、日本の農園では気候変動による収穫時期のズレ、豪州では慢性的な水不足による生産リスクが分析されました。
Assessでは、これらが事業に与える影響を定量・定性の両面から分析。さらに、Prepareの段階で灌漑設備の導入や耐候性品種の活用等、地域ごとの具体的な対応策を策定し、統合的なリスク管理を進めています。
このように、LEAPアプローチは気候や地理、事業形態に応じて柔軟に適用でき、持続可能な農業経営と長期的な自然資本管理に貢献しています。
「三井物産の森」におけるLEAPアプローチの活用事例
三井物産は、国内で約45,000ヘクタールの社有林「三井物産の森」を保有・管理しています。これらの森林では、持続可能な森林経営を通じて自然資本の価値を高める取組みが進められています。
2024年2月には、LEAPアプローチにもとづき、北海道の石井山林における自然関連リスクと機会の分析を実施しました。この分析では、「生物多様性の保全」や「森林の持つ公益的価値」といった観点から、現在の森林経営がポジティブなインパクトをもたらしていることが明らかになりました。
「三井物産の森」におけるLEAPアプローチ | 生物多様性 | 自然資本 | Environment | サステナビリティ | 三井物産株式会社
自然関連課題の特定と評価のための統合的なアプローチとしてTNFDが推奨するLEAPアプローチによる分析を、自然資本の価値を高める森林経営を実現している「三井物産の森」(北海道/石井山林)を対象とし2024年2月に実施しました。
LEAPアプローチでネイチャーポジティブ経営を加速する
TNFDの目的は、世界の資金の流れを「ネイチャー・ポジティブ」に貢献する方向へと転換させ、生態系や自然資本の保全・再生を後押しすることにあります。
このフレームワークは、サステナビリティ関連情報を財務報告に統合する動きにも対応しており、企業が経営層レベルでの戦略立案やリスク管理に活用できる信頼性の高い情報の提供を目指しています。最終的には、資本配分や資産評価といった意思決定の質を高めることが期待されています。
*自然資本を活用した企業の「ネイチャーポジティブ経営」への移行は、環境省も推進しています。詳しくは、「
環境省も後押し。生物多様性は人類全体にとっての「サバイバル戦略」 」をご覧ください。
TNFDに沿った情報開示は、ネイチャー・ポジティブ経営の出発点です。開示は目的ではなく、持続可能な経営を実現するための継続的な取組の一手段です。
その意味でも、LEAPアプローチは、企業が自然との関わりを正確に把握し、持続可能な経営の実現に向けて戦略的に対応していくための有効な指針となるでしょう。効率的かつ実効性のある情報開示を推進し、ステークホルダーとの信頼構築にも寄与するアプローチとして、今後ますます重要性を増していくと考えられます。
参考
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