TNFDとは?TCFDとの違いや開示内容、国内外の動向をわかりやすく解説
TNFDとは、企業が自然資本との関わりを評価し、リスクや機会を情報開示するための国際的な枠組みです。自然資本や生物多様性の保全が気候変動と並ぶ重要課題として注目される中、TNFDはその対応を促進する役割を果たしています。本記事では、TNFDの概要から14の開示項目、LEAPアプローチ、世界と日本の最新動向までをわかりやすく解説します。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)とは?
TNFDとは、企業が自然資本や生物多様性に関わるリスクや機会を把握し、それらの影響を財務的な観点から情報開示するための国際的な枠組みです。正式名称は「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures」で、日本語では「自然関連財務情報開示タスクフォース」と訳されます。
TNFDの目的は、自然環境への負荷や依存を可視化することで、自然の保全や回復を促す取り組みに資金が流れる仕組みを整え、持続可能な社会と経済の実現を後押しすることです。企業がTNFDに沿った開示を進めることは、ESG経営の信頼性を高めるだけではなく、投資家からの評価や長期的な企業価値の向上にもつながります。
TNFD設置の背景と経緯
TNFDは、企業の経済活動が森林や海洋、生態系といった自然資本に大きく依存しているという現実を背景に誕生しました。
自然環境が損なわれることで、農業や林業などの一次産業はもちろん、金融や不動産、観光、製造業といった多くの業種にも深刻な影響が及びます。生物多様性の喪失や資源の枯渇が進行すれば、供給網の混乱や事業継続のリスクも高まり、経済全体の安定性が脅かされる可能性もあります。
このような課題意識のもと、TNFD構想は2019年のダボス会議で発表され、その後のG7環境大臣会合などを経て国際的な支持が広がりました。2021年には正式なタスクフォースとしての体制が整えられ、企業が自然資本に関するリスクと機会を開示し、投資家が的確な判断を下せるようにフレームワークが整備されました。
TNFDとTCFDの共通点と相違点
気候変動問題に対応する取り組みとして知られているのが、2016年に金融安定理事会(FSB)が設立したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)。TCFDは、企業が気候変動問題への影響を考慮し、脱炭素に向けた取り組みを財務情報とともに開示するための枠組みです。TNFDとTCFDの共通点と相違点について解説します。
TNFDとTCFDの共通点
TNFDはTCFDの枠組みに準拠しており、どちらも4項目を共通の柱として構成されています。
1、ガバナンス
2、戦略
3、リスクと影響の管理(※TCFDでは「リスク管理」)
4、指標と目標
このうち、TNFDでは「リスク管理」が「リスクと影響の管理」と表現されており、自然環境に与える影響の側面まで含めて評価する点が特徴です。
また、TNFDとTCFDには以下のような共通点もあります。
・環境リスクの特定、測定、報告を体系的に行うアプローチを提供している
・ 企業や金融機関が環境リスクおよび機会をより明確に開示することで、投資家やステークホルダーが情報に基づいた意思決定を行えるよう支援している
・ いずれも、環境リスク管理における取締役会の監督責任を明確にしている
こうした共通項目を持つことで、企業にとってはTNFDへの取り組みのハードルが下がり、将来的なISSB(国際サステナビリティ基準審議会)基準への統合もスムーズに行えると期待されています。
また、気候と自然の情報を整合的に開示できるようになったことで、投資家やステークホルダーによる包括的なリスク評価が可能となります。
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)とは?開示基準の概要と日本企業への影響・動向を解説
ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、企業のESG(環境・社会・ガバナンス)情報を国際的に統一した基準で開示するために設立された機関です。この記事では、ISSBが設立された背景や従来の基準と変わった点、ISSB開示基準の概要について解説。日本企業に与える影響や、今後の動向についても探ります。
TNFDとTCFDの相違点
項目
TCFD
TNFD
目的
環境リスク(気候変動)に関する情報開示
環境リスク(自然資本全体)に関する情報開示
対象領域
気候変動(主にCO₂排出量や気候リスク)
自然資本全体(生物多様性、陸・海・淡水・大気など)
焦点
サプライチェーンにおける気候関連リスクの把握と管理
バリューチェーン全体における自然資本への依存・影響・機会の特定と開示
情報開示の範囲
主に温室効果ガスの排出量や気候への適応策
自然環境への依存・影響に関する包括的な情報(地域特性や生態系への影響なども含む)
特徴
気候変動に特化し、比較的対象が限定されている
気候以外の要素も含むため、より広範かつ複雑な情報開示が求められる
TNFDとTCFDは、いずれも環境リスクの情報開示を目的としていますが、焦点を当てる課題や開示対象の範囲には明確な違いがあります。
TCFDは「気候変動」を中心とした枠組みであり、主にサプライチェーンにおけるCO₂排出量や気候関連リスクの把握とその管理に関する情報開示を企業に求めています。一方で、TNFDは「生物多様性」を含む「自然資本」全体を対象としており、TCFDに比べて対象範囲が広いのが特徴です。
TNFDはバリューチェーン(価値連鎖)における自然関連情報の開示、例えば気候リスクだけでなく「陸・海・淡水・大気」の幅広い領域を含む自然や生物多様性への「依存・影響・機会」についての包括的な情報開示が求められています。各地域の特性や自然資本の多様性を考慮して、バリューチェーン全体における総合的な自然関連リスクの把握・管理・開示が必要です。
TNFDを理解するためのポイント
TNFDを理解するためには、まず「自然」とは何か、そして企業にとって自然がどのようなリスクや機会につながるのかを把握することが大切です。ここでは、TNFDが定義する自然の範囲と、企業活動における自然関連リスクや機会について整理します。
TNFDによる「自然」の定義
TNFDでは、自然を「陸域」「海洋」「淡水」「大気」の4つの領域で構成されるものと定義しています。これらの領域には、森林、湿地、サンゴ礁、農地といった多様な環境資産が含まれており、生態系を通して人間社会やビジネスに不可欠な資源やサービスを提供しています。
生物多様性はこうした環境資産の質や回復力を維持するための鍵となる要素です。経済活動は自然との相互依存関係の中でのみ持続可能であるとされています。
自然関連のリスクと機会
TNFDでは、自然関連のリスクと機会が企業のビジネスにどのような影響を与えるかについて明確に示しています。
企業の事業活動は多くの場合、森林や水、土壌、生態系といった自然資源に依存しており、これらが損なわれると、原材料の供給不足や調達コストの増加といった具体的なリスクが生じます。たとえば、森林破壊や水資源の枯渇は、事業運営に直接的な支障をきたしかねません。
一方で、自然環境の保全や回復に企業が積極的に取り組むことで、新たな市場や製品・サービスが生まれるなど、ビジネスチャンスの創出にもつながります。
こうしたリスクと機会を正しく評価・管理し、経営戦略に組み込むことは、企業の持続的な成長と競争力の向上につながります。TNFDは、自然資本を経営判断に取り入れる重要性を示しているのです。
TNFDの開示内容
TNFDでは、企業が自然関連のリスクや機会を適切に把握し、情報開示するための枠組みが示されています。ここでは、正式版フレームワークv1.0に基づく14の開示項目や、その実践を支える「LEAPアプローチ」について解説します。
TNFDのフレームワーク v1.0
2023年9月、自然関連のリスクと機会を管理・開示するための「TNFDのフレームワーク v1.0」が発表されました。これまでベータ版としてv0.1からv0.4までの段階的な公開が行われてきましたが、「v1.0」が正式な最終版となります。
このフレームワークは任意適用とされていますが、すでに多くのグローバル企業で開示の取り組みが進んでおり、今後はサステナビリティ情報開示の新たなスタンダードになることが期待されています。
TNFDのフレームワークは、主に「開示推奨項目(14項目)」と「LEAPアプローチ」の2つの要素で構成されています。
「開示推奨項目」は、TNFDが企業に対して求める情報開示の内容を体系的にまとめたもので、企業が開示を行う際には、「一般要件」の6項目とあわせて、この「開示推奨項目」と「LEAPアプローチ」に沿った対応が求められます。
<一般要件>
1、マテリアリティの適用
2、開示範囲
3、自然関連課題が存在する場所
4、他のサステナビリティ開示との統合
5、時間軸
6、先住民族や地域コミュニティ、影響を受けるステークホルダーとのエンゲージメント
TNFDの開示推奨項目(14項目)
TNFDでは、自然関連のリスクと機会を適切に管理するための行動指針として、「ガバナンス」「戦略」「リスクと影響の管理」「指標と目標」の4つの柱を設け、それらをさらに14の項目に分けて情報開示を推奨しています。
【TNFDフレームワーク|4つの柱 × 開示項目一覧】
ガバナンス
戦略
リスクと影響の管理
指標と目標
自然資本に関する依存・影響・リスク・機会への対応について、組織内の監督体制や責任の所在を明示する
自然関連リスク・機会が事業戦略、財務計画、ビジネスモデルに与える影響を明らかにする
自然関連リスクをどのように特定・評価・優先付け・管理しているかを開示する
自然関連課題を評価・管理するための指標と目標、進捗状況を開示する
A. 取締役会が自然関連課題にどう関与・監督しているか
A. 短期・中期・長期における自然関連のリスクと機会の特定
A(i). 自社の直接事業における依存・影響・リスク・機会の評価方法
A. リスクや戦略に用いている主要な指標の開示
B. 経営陣がリスクや機会の把握・管理にどう関与しているか
B. 自然関連課題がビジネス戦略・財務計画にどう影響するか
A(ii). バリューチェーン全体(上流・下流)の自然との関係性の評価
B. 自然資本への依存・影響を測るための定量指標
C. ステークホルダーへの配慮、人権方針、先住民との関係性などのガバナンス体制
C. 複数の自然シナリオを想定した戦略のレジリエンス評価
B. リスク管理体制・プロセスの整備
C. 管理目標とその達成状況(実績)の開示
D. 重要な自然資産や生物多様性の優先地域との関わり
C. リスク対応戦略・行動・予算との整合性
LEAPアプローチ
LEAPアプローチは、TNFDが企業向けに提示した、自然関連のリスクと機会を把握・開示するための4段階のプロセスです。「Locate(発見)」「Evaluate(診断)」「Assess(評価)」「Prepare(準備)」の頭文字をとって名づけられており、企業が自社と自然との関係を深く理解するためのガイドとして活用されています。
導入は義務ではなく推奨とされており、自主的な取り組みを促す位置づけとなっています。
【Locate(発見)】
自社の事業活動やサプライチェーンが自然環境や生物多様性と接点を持つ場所を特定するプロセスです。この段階では、優先的に対応すべき地域や、脆弱な生態系に対する依存や影響を可視化することが目的とされています。
【Evaluate(診断)】
企業活動が自然資本にどう依存し、どのような影響を与えているかを分析するステップ。環境資産や生態系サービス、環境要因を洗い出し、定量・定性的に評価します。
【Assess(評価)】
自然との関係性から生じるリスクや機会を特定し、影響の大きさや優先度を整理します。リスク軽減策や既存の管理手段も含めて総合的に評価し、意思決定の基礎とします。
【Prepare(準備)】
これまでのステップで得た分析結果を踏まえ、達成すべき指標および目標を設定し、開示に向け準備を進めます。
企業がTNFDに取り組むメリット
TNFDへの取り組みは、企業が自然との関係を可視化し、持続可能な経営を実現するための有効な手段です。自然関連の情報を開示することで、ステークホルダーの信頼を得られるだけでなく、ESG投資や資金調達にもプラスに働きます。
自社の事業と自然環境との接点を見直すことで、リスクの洗い出しが進み、新たなビジネスチャンスを創出できる可能性があります。
TNFDは、特に以下のSDGs目標にも対応しており、環境への配慮を重視する企業姿勢をアピールする手段としても有効です。
・SDGs目標6:安全な水とトイレを世界中に
・SDGs目標12:つくる責任 つかう責任
・SDGs目標13:気候変動に具体的な対策を
・SDGs目標14:海の豊かさを守ろう
・SDGs目標15:陸の豊かさも守ろう
投資家や消費者からの評価向上、優秀な従業員の採用にも寄与し、企業価値の向上が期待できます。
TNFDをめぐる世界と日本の現状と今後の動向
TNFDは各国で導入や情報開示に向けた動きが進んでいる一方で、制度や手法の整備には課題も残されています。ここでは、世界の最新動向とあわせて、積極的に取り組む日本企業の動きについて紹介します。
国際的な注目が高まるも政策整備はまだ不十分
TNFDへの国際的な関心は高まりを見せていますが、政策や手法の整備はまだ十分とはいえません。UNEP FIとUNEP WCMCによる2024年のレポートでは、G20加盟国のうち自然関連情報の開示に関する政策を十分に整備している国は少数であり、国際的な標準化が課題となっています(*1)。
CDP(*2)は各国政府に対し、明確な政策の策定とリーダーシップの発揮を求めています。また、CDPはTNFDと連携し、2024年以降の質問書にTNFDフレームワークを反映する予定です。
さらにTNFDでは、自然関連情報の開示を表明した企業を「TNFDアダプター」として一覧で公開しています。2024年12月時点でアダプターに登録されている企業は517社にのぼり、そのうち日本企業が135社と最多を占めています。
*1…参考:UNEP FIとUNEP WCMCによる2024年レポート Accountability for Nature
*2…CDP(Carbon Disclosure Project):企業や自治体などの環境情報開示を促進する国際的な非営利団体
日本企業のTNFD対応は世界をリード
日本企業のTNFDへの関心は高く、2024年1月時点でTNFDに基づいた情報開示を早期に宣言した企業321社のうち、日本企業は81社と、全体の約4分の1を占めています。
2023年6月には、自民党が当時の岸田首相に対して「ネイチャーポジティブ」を推進する政策提言を提出し、その中でTNFDの開示やESG投資の促進が強調されました。
さらに2023年9月には、環境省がTNFDに対する拠出を行い、国内でのTNFDの普及と理解の促進を図っています。
TNFDとは自然資本と向き合う経営の新たな基準
TNFDは、企業が自然資本との関係を見える化し、持続可能な経営へと転換するための枠組みです。気候変動に加え、生物多様性や自然資源への影響も含めた情報開示が求められる今、TNFDへの理解と対応は、企業の信頼性や中長期的な価値を高める重要なステップとなります。今後の国際的な動向にも注目が集まっています。
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