ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、人類の経済活動が自然や生物多様性に与える負の影響を抑制するとともに、すでに損なわれた生態系や生物多様性を回復・再生させることを目指す概念です。ネイチャーポジティブの背景や生物多様性との関連、国際的な取組みや日本政府の戦略、さらに企業と地域社会の役割について詳しく解説します。企業や地域社会が連携して自然環境の保全に取り組むことが、持続可能な未来への鍵となります。
ネイチャーポジティブとは?背景や生物多様性との関連
ネイチャーポジティブ(自然再興)とは
ネイチャーポジティブとは、人類の経済活動が自然や生物多様性に与える負の影響を抑制し、回復軌道にのせることを目指す概念です。具体的には、生物多様性の損失を止め、生態系を健全な状態に戻すことを意味します。この考え方は、地球の持続可能性を確保するために不可欠であり、近年、国際社会で重要視されています。
2019年に発表されたIPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の報告書では、現在の地球における生物の絶滅速度は過去1,000万年間の平均速度の数百倍に達しているとされています。
ネイチャーポジティブは、森林再生、湿地復元、海洋保護区の設定等、多様な活動を通じて実現されます。重要なのは、これらの活動が、地域社会のニーズと調和し、経済的な利益も生み出すように設計されることです。
また、ネイチャーポジティブは、国際的な目標としても位置づけられています。特に、2020年を基準として、2030年までにネイチャーポジティブを実現することが、昆明・モントリオール生物多様性枠組で定められた「2050年ビジョン」を達成するために重要とされています。この「2050年ビジョン」は、すべての人に必要な利益を提供しつつ、生態系サービスを維持するために、地球規模で生物多様性を守ることが求められています。
なぜネイチャーポジティブに取り組むのか
世界中で進行する生態系の劣化や気候変動は、私たちの生活に多大な影響を及ぼしています。そのため、持続可能な社会の実現に向けた取組みが急務となっています。
経済的な観点からも、ネイチャーポジティブは重要です。生態系サービスは、農業、漁業、観光業等、多くの産業を支えています。生物多様性の損失が続けば、食料供給、水質浄化、気候調整に影響が及び、私たちが日々あたりまえに享受している恩恵や、関連産業に影響を及ぼし、経済的な損失につながる可能性があります。
さらに、ネイチャーポジティブへの取組みは、これらのリスクを軽減し、持続可能な経済成長を促進する力を持っています。加えて、ビジネスにおける技術開発や製品・サービス等による市場の変革を通じて、生物多様性保全へ貢献することもできます。世界経済フォーラム(WEF)2020年報告書によると、ネイチャーポジティブ経済への移行により、2030年までに年間10兆ドルのビジネスチャンスが生まれ、約4億人の雇用を生み出すと言われています。
脱炭素やカーボンニュートラル、生物多様性との関連性
脱炭素とネイチャーポジティブは、相互に深く関連しています。森林、湿地、海洋等の自然生態系は、地球の炭素吸収源として機能しており、温室効果ガスを吸収する重要な役割を担っています。ネイチャーポジティブの取組みは、これら生態系サービスの機能の維持強化につながり、カーボンニュートラル社会の実現に寄与することになります。
多くの国や企業がカーボンニュートラル社会の実現に向けて取組みを進めていますが、生物多様性はこれらの実現に向けて切り離せない大切なテーマです。そのため、私たちは、気候変動対策と生物多様性保全の両立を目指し、総合的なアプローチが求められるのです。
ネイチャーポジティブの国際的な取組み
出典:Nature positive 『Nature Positive Initiative』
ここでは、ネイチャーポジティブの国際的な取組みの中から、これまでの注目すべき取組みを紹介します。これらの取組みは、生物多様性の保護と持続可能な経済成長を両立させるための重要なステップです。
昆明・モントリオール生物多様性枠組み
昆明・モントリオール生物多様性枠組みは、2022年12月にカナダのモントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)で採択された、2030年までの新たな世界目標です。この枠組みは、生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せることを目指し、意欲的な目標と具体的な行動計画を提示しています。
この枠組みでは、「2030年までに、陸と海の30%を保護地域とする(30by30)」という目標が設定されました。この目標は、生物多様性の保全において重要な地域を保護し、生態系の機能を維持することを目的としています。また、絶滅危惧種の保護、生態系の回復、遺伝資源の保全等、多様な目標が掲げられています。
昆明・モントリオール生物多様性枠組みは、各国政府に対し、これらの目標を達成するための具体的な政策と行動を策定することを求めています。また、企業や市民社会等、社会全体の取組みを促進するための枠組みも提供しています。
そして、2024年にコロンビアで開催されたCOP16では、生物多様性の保全と持続的利用のための国家的な戦略や行動を定める「生物多様性国家戦略及び行動計画」(NBSAP)を提出した国数は43カ国、国別目標を提出した国数は119カ国となりました。生物多様性保全の取組みが世界中で加速しており、持続可能な未来を目指すために、国際社会が一丸となって協力しています。
G7 2030年自然協約
G7 2030年自然協約(Nature Compact)は、2021年のG7コーンウォールサミットで採択された生物多様性保全のための協約です。この協約は、G7各国が2030年までに生物多様性の損失を止め、回復を目指すこと、各国がそれぞれの国内状況に応じて、具体的な目標と行動を設定することが盛り込まれています。
また、この協約は、ネイチャーポジティブに向けて今後10年間で進めるべき「移行」「投資」「保全」「説明責任」の4つの主要行動についても記載されています。
「移行」は、サプライチェーンでの自然資本、例えば森林や農地の利用方法を、適法かつ持続可能な形に変えることが求められます。具体的には、農地を使用する際に、その土地の生態系に与える影響を最小限に抑えることが大切です。
「投資」は、自然資本への投資を増やすだけでなく、地域開発やビジネスの意思決定時に自然資本への影響を考慮することが重要です。例えば、再生可能エネルギーを推進するために太陽光パネルを設置する際、その設置が周囲の植物や動物に与える影響を慎重に評価する必要があります。
「保全」は、世界の陸地と海洋の少なくとも30%を保護(30 by 30)し、自然資本の回復を目指すことが掲げられています。これにより、生物多様性の保護と回復が進むことが期待されています。
「説明責任」は、各国が自然資本に影響を与える行動について責任を負い、その進捗を国内外でレビューすることが求められています。また、産業界や金融界と連携し、企業が自然資本を意識した活動を推進することが重要です。
TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)との関係性
ネイチャーポジティブとTNFD(自然資本財務情報開示タスクフォース)は、どちらも自然資本の保全と回復を目指す枠組みですが、そのアプローチは異なります。両者は、企業や金融機関が自然資本への影響を評価し、適切に対応するために補完的な関係にあります。
一方、TNFDは、企業や金融機関が自然資本リスクと機会を評価し、開示するための枠組みを提供します。これは、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)のアプローチと類似しており、以下の4つの柱に沿った評価及び開示を準備する実務的な方法を示しています。
①ガバナンス: 自然資本に関するリスクと機会の管理を担当する組織の構造とプロセスを評価します。
②戦略: 自然資本が組織の戦略、業績、及び財務計画にどのように影響するかを分析します。
③指標と目標: 自然資本に関連するリスクと機会を定量化し、進捗を測定するための指標と目標を設定します。
④リスク管理: 自然資本に関連するリスクを特定、評価、管理するためのプロセスを導入します。
このようにして、TNFDは企業や金融機関が自然資本に関する情報を体系的に評価し、透明性を高める具体的な手段となります。
ネイチャーポジティブに向けた日本政府の取組み
生物多様性国家戦略
日本政府はネイチャーポジティブの実現に向けて、さまざまな戦略を掲げています。その一つである「生物多様性国家戦略2023-2030」は、日本が生物多様性の保全と持続可能な利用を目指すための基本方針で、2023年3月に閣議決定されました。この戦略は、愛知目標や昆明・モントリオール生物多様性枠組等の国際的な目標を踏まえ、日本が達成すべき具体的な取組みを示しています。
戦略の中核として、「2030年ネイチャーポジティブ」の達成が掲げられ、その具体的な目標として「30by30目標」があり、これは2030年までに国土の30%を自然保護区域とすることを目指しています。また、「ネイチャーポジティブ経済の実現」として、経済活動と自然資本の保全を両立させるための行動計画も示されています。
このように、生物多様性国家戦略は、日本が生物多様性の保全と持続可能な社会の実現に向けて具体的な行動を示し、取り組むべき事項をまとめた重要な指針となっています。
ネイチャーポジティブ経済移行戦略
日本政府による二つ目の戦略として、「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」があげられます。これは、2024年3月に環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の連名で策定されたもので、企業や金融機関、消費者の行動を変え、自然を保全する経済に移行するためのビジョンと道筋を示しています。戦略の主な内容は以下のとおりとなります。
・企業の価値向上プロセスとビジネス機会の具体例:自然資本を活用した新たな成長の機会を示し、具体的なビジネスの可能性を提供します。
・ネイチャーポジティブ経営への移行にあたり企業が抑えるべき要素:企業が自然資本を保全するために必要な具体的な行動や要素を示します。
・国の施策によるバックアップ:政府が企業のネイチャーポジティブ経営を支援するための施策を具体化しています。
この戦略は、自然資本を活用しつつ経済成長を目指すものであり、企業や金融機関、消費者が一体となって自然を保全する経済への移行を促進します。
*ネイチャーポジティブ経営について詳しく知りたい方は、「
環境省も後押し。生物多様性は人類全体にとっての「サバイバル戦略」」をご覧ください
ネイチャーポジティブに向けて企業と地域に期待される役割
ネイチャーポジティブの実現には、企業と地域社会の積極的な参加が不可欠です。企業は自社の自然環境への影響を評価し、どのような活動が生物多様性や自然資本に影響を与えているのかを明確にすることが重要です。これには、土地利用、水資源、エネルギー消費等の環境データの収集や分析が含まれます。その後、TNFD等のガイドラインに沿って、事業戦略を見直し、ネイチャーポジティブな目標を設定することが重要です。例えば、サプライチェーンにおける生物多様性リスクを特定し、持続可能な調達を推進するなどの取組みが考えられます。
また、OECM(OtherEffective area-based ConservationMeasures)の設定も、企業が貢献できる分野の一つです。OECMとは、保護地域以外の場所で、生物多様性の保全に貢献している地域を指します。企業の所有地や事業所周辺地域等をOECMとして認定し、生物多様性の保全活動を行うことができます。
さらに、ネイチャーポジティブなビジネスを創出することも重要です。生態系サービスを活用したビジネスモデルの開発、環境に配慮した製品やサービスの提供等が考えられます。これらのビジネスは、企業の収益性を高めるだけでなく、生物多様性の保全や社会全体の持続可能性にも貢献します。
一方、地域社会は、地域の特性を活かした生物多様性保全活動を展開することが期待されます。地域の自然環境や文化を理解し、地域住民のニーズに合った保全活動を行うことが重要です。例えば、里山や湿地の保全や再生等、多様な取組みが考えられます。
企業と地域社会が連携し、それぞれの強みを活かすことで、ネイチャーポジティブの実現に向けた取組みを加速させることができます。
三井物産の取組み
生物多様性 | 自然資本 | Environment | サステナビリティ | 三井物産株式会社
三井物産は生物多様性保全を目指し、事業活動や社有林「三井物産の森」を通じて、森林・海洋資源の持続的利用や環境負荷の軽減に取り組んでいます。国際基準に基づくESGリスク評価や、生態系モニタリングを実施し、持続可能な資源管理を推進。また、RSPOやFSC®といった認証取得や外部イニシアチブへの参画を通じ、グローバルな保全活動にも貢献しています。
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