株式会社GEOTRA(ジオトラ)
KDDIのGPS位置情報と機械学習技術を掛け合わせ、生活者ひとりひとりの行動分析が可能な全く新しい人流データをご提供します。
三井物産とKDDIのジョイントベンチャーとして誕生したGEOTRAは、人流ビッグデータの分析をおこない、街づくりやマーケティングなど幅広い分野に活用しています。「位置情報データ活用のプロフェッショナル」を掲げる同社は、鳥取県とどのような取組みをおこなってきたのでしょうか。
きっかけは ゴールデンウィークにおける鳥取砂丘周辺の渋滞対策
──鳥取県が、GEOTRAの人流ビッグデータを活用することに至ったきっかけからお尋ねします。
松井 私は2022年4月に道路局道路企画課へ配属となりました。高規格道路の整備や国土交通省との連携・調整が主な業務ですが、最初に取り組んだのがゴールデンウィークの鳥取砂丘周辺の渋滞対策でした。
松井 俊樹|まつい としき
鳥取県庁 県土整備部 道路局 道路企画課 係長
広島大学工学部(第四類)を卒業後、2001年に鳥取県庁に入庁。本庁と県内事務所において、道路や河川整備に係る計画調査や工事監理にたずさわる。地域課題に対し新しい視点でソリューションを提案し、これまでに「由良川における塩水遡上対策」「AI技術を活用した河川管理高度化実証実験」等の独創的・先進的な事業を展開。2022年より道路企画課にて県内の高規格道路整備や渋滞対策事業に係る計画調整を担当。
──渋滞は、鳥取県内で社会問題となっていたのでしょうか。
松井 はい。鳥取砂丘へ至る道路の数が限られていることや駐車場不足が原因で、県内の新聞やテレビのニュースで取り上げられるほど関心の高い問題です。渋滞長が4キロを超えると県立中央病院という救急医療施設にまで影響がおよび、そうなると緊急搬送に支障をきたしてしまいます。これは絶対に避けなければいけません。
2022年のゴールデンウィークは、コロナ禍からの回復期だったこともあり渋滞長は1.5キロ程度でしたが、過去には6キロを超えた例もあるので、国・県・市・警察が連携して渋滞対策に取組んでいます。
画像提供:鳥取県
──GEOTRAの人流ビッグデータを活用しようというアイデアは、どのように生まれたのでしょうか。
松井 ゴールデンウィーク期間中に臨時駐車場を設置してそこからシャトルバスを運行したり、交通誘導員が迂回路を案内したりと、以前から関係機関が連携して渋滞対策をおこなってはいます。一方で、鳥取砂丘周辺ではキャンプ場やサイクリング施設がリニューアルし、グランピング施設や海外資本の高級ホテルが開業予定など、砂丘周辺エリアの活性化と高質化が進み、渋滞も激しくなることが予想されます。
砂丘の入り口にカウンターがあるので観光客数は把握できますが、どこから・どういうルートでお見えになったのか、どのような属性の方が何時間くらい滞在しているのか、といったデータはありませんでした。これまでの対症療法的な渋滞対策ではなく、新しい観点で取組が必要なのではと考え、ビッグデータの活用を検討することとなりました。
さまざまなビッグデータを検討しGPSデータに着目
松井 はい、たとえばスマートフォンのアプリが取得するGPSデータを使うことを考えましたが、アプリが作動しているときにしかデータを取得できない可能性があるなど、情報の密度に不安がありました。Wi-Fiを設置し位置情報を取得する案は初期投資の問題があり、ETC2.0を活用する案はまだ搭載車両が少ないという課題がありました。なるべく多くのデータを得たいということから、携帯電話のGPSデータの活用に行き着きました。
──携帯電話のGPSデータを用いるにあたって、課題はあったのでしょうか。
松井 個人情報の保護という観点から、データの二次利用について大きな制約がありました。KDDIには携帯端末のGPS情報から利用者の位置情報を取得してデータ化する「KLA(KDDI Location Analyzer)」というツールがあり、官公庁は無料でトライアルすることができました。しかし、データを直接分析する場合には、個人情報保護のため制約があったのです。
そこで、KLAのデータを個人情報に配慮しつつ、もっとミクロに分析できれば渋滞対策に活用できるのではと考え、いろいろと検索したところ、GEOTRAがそうした技術をお持ちだと知りました。陣内さんとウェブ会議でお話をさせていただくことになり、2022年の7月に事業がスタートしました。
──陣内さんは、鳥取県の課題を聞いて、どのようにお感じになりましたか。
陣内 当時、GEOTRAはまだ設立間もないタイミングでしたが、弊社の技術を使って細かいデータをお出しすれば、課題解決につながりそうだと思いました。もうひとつ、松井さんはシミュレーションのお話もされていて、たとえば新しい道を作ったときの交通流の変化のシミュレーションなど、そういう面でも弊社のソリューションが貢献できそうだと感じました。
陣内 寛大|じんない のぶひろ
株式会社GEOTRA 代表取締役社長
三井物産株式会社 エネルギーソリューション本部 Sustainability Impact事業部
2018年入社。入社後、経営企画部のデジタルトランスフォーメーションチーム(現・デジタル総合戦略部)にて、DX関連事業立ち上げや全社DX戦略の策定等を担当。2020年よりスマートシティ等の新規事業開発に従事し、2022年5月にKDDI株式会社とともに、株式会社GEOTRAを設立。
──前回の取材で、個人情報を保護しながら正確なデータが提供できる技術をGEOTRAが持っていると伺いました。
陣内 本来、携帯電話のGPSなどから細かく正確なデータは取れているんです。しかし、ある人がこの街路を歩いてどこに移動したという軌跡は、プライバシーの問題があるので使えません。そこで合成データと呼んでいますが、ペルソナのようなものを立ててヴァーチャルな仮想のデータを作り直すことで、プライバシーを守りつつデータの細かさを維持しています。こういう技術をやっているのは日本で弊社しかないと思います。
ただし、行政や地方自治体の意思決定にビッグデータを使っていただくにあたっては、精度の検証などのハードルがあるので、これをどう乗り越えていくのかはいまも一緒に考えさせていただいています。
行政が活用するには データの信用性・正確性が重要
──2022年の7月に事業がスタートしたということですが、次はどのようなステップになりましたか。
松井 まずは2022年度内を目処に、鳥取県の交通流を再現して精度を確かめる業務を進めることになりました。先ほど陣内さんがお話しになったように、行政としてビッグデータを施策に活用するにあたっては、データの信用性・正確性を県民のみなさまに説明できないといけないわけです。
時系列でお話をすると、2022年9月に国土交通省の「ビッグデータ活用による旅客流動分析実証実験事業」に応募しました。応募主体は GEOTRAで、共同事業者が鳥取県という形です。
陣内 30数社の応募のなかから8社が採用され、そこにGEOTRAも含まれていました。
松井 県の業務にプラスして国交省からの補助金も活用し、まずはコロナ前の2019年ゴールデンウィークと、コロナ明けの2022年ゴールデンウィークの交通流データを作成していただき、精度を検証しました。
トラフィックカウンターとの突合で精度検証
松井 国交省が主要幹線道路にトラフィックカウンターという機器を設置しており、車両が何台通過したのか、実数をカウントしています。鳥取県東部管内にも十数カ所設置されていて、この数字とGEOTRAのデータを突き合わせました。
最初はなかなか数字が合わなくて、どういう理屈でデータが生成されたのかを陣内さんと細かいところまで確認しました。現実の人の動きをモデリングできるよう、データを生成するルールを変更しながら、精度を高めていったんです。
GEOTRAの交通流再現データ
トラフィックカウンターのデータ
──ルールの変更をするにあたって、大きな進展があった事例があれば教えてください。
陣内 日本全国のデータを作るとデータ量が莫大になるので、鳥取県のデータを作るわけですが、するとどこかで人流を切らないといけない。当初は鳥取県の中で動いている人のデータを作っていましたが、ゴールデンウィークには他県から車で来る人もいるので、外から入ってくる人の移動をうまく取り入れるようにしました。
また、この道路は制限速度が50キロで車線数は2車線、というパラメータが実態に即していないケースもあったので、そこを修正しました。トラフィックカウンターによる実数をいただいていたので、精度検証の作業は進めやすかったです。
こんなに細かいデータがわかるのかと驚いた
──松井さんは、GEOTRAのデータをご覧になって、どのように思われましたか。
松井 精度の話を別にすると、幹線道路以外の街路まで、こんなに細かいデータがわかるのかと驚きました。ダッシュボード上でいろいろな操作ができて、時間ごとの車両台数・男女比・年代・行き先の目的も推定で表現されています。
──GEOTRAのデータを用いることで、鳥取砂丘周辺の渋滞対策は変わりましたか。
松井 2023年の3月までは精度検証の期間でしたので、2023年のゴールデンウィークの段階では、ようやく状況が見えてきたというところでした。ただ、これまでは高速道路から直接鳥取砂丘に向かう方が多いと思われていましたが、GEOTRAのデータによって実は鳥取駅周辺から行かれる方も多いことがわかったんです。
もうすぐ2024年のゴールデンウィークを迎えますが、駅周辺のホテルや飲食店に案内を置くなど、いままでとは異なる施策がとれると考えています。ただし、1年半ほどご一緒してみると、GEOTRAのデータは渋滞のピークを評価・分析するよりも、交通流全体を分析することに向いているようにも感じます。
交通流全体の分析で 道路行政の幅が広がる
松井 たとえば混雑した道路に並行して新しくバイパスを作る場合、旧道の交通量が減って、旧道もバイパスもスムーズに走行できるようになると考えられます。その際、費用対効果を考えて事業推進の可否を決めるわけですが、現在は対象路線や周辺の主要路線の交通量の変化を元に便益を算定しています。
一方、GEOTRAさんのデータを用いると、バイパス整備の影響を受ける細い街路の交通量変化まで表現することができます。バイパスを整備することで生じうる効果と弊害を、主要路線だけでなく街路レベルで表現し、事業に着手する前に予測して他者へ分かりやすく説明できるようになると思います。
──GEOTRAのデータ活用にはさまざまな可能性があるということですね。
松井 GEOTRAのデータはいろいろな使い方ができると思っていて、現在、鳥取県では公共交通政策の部局でも活用を進めています。どこの地方都市も人口が減って公共交通のあり方が課題となっています。鳥取県の場合は交通系ICカードの導入が遅れているので、どのような属性の方がどこからどこへ移動しているのかというデータがありません。そんな中、GEOTRAのデータは公共交通の施策にも活用できると思います。
──鳥取県とGEOTRAの事業の今後の展望をお聞かせください。
松井 GEOTRAのデータの正確性を高めることと、他のデータと組み合わせることによって、これまで可視化できていなかった人の動きや車の動きを再現し、事前に事業効果を予測したり、検証することができるようになると思います。他者が理解しやすい表現が可能になり、事業の的確性を評価した上で政策を立案するといったEBPM(エビデンスに基づく政策立案)の実現に向けたツールとなり得ると思います。
そういったユースケースを積み重ねていくことで、データの精度と汎用性は高まるでしょうし、全国で「うちの県でもこういう取り組みをやってみたい」という機運が生まれるかもしれません。
陣内さんにもお話ししましたが、ぜひ論文を書かれるとよいと思っています。今回、鳥取大学工学研究科の桑野将司教授にご協力いただき、交通工学の見地からアドバイスをいただいています。土木学会のようなアカデミックな分野で発信していくことで、自治体も採用しやすくなると思います。
陣内 まさにおっしゃる通りで、いま社員と苦労しながら論文を進めています。
渋滞対策は結果的にCO2排出削減にもつながる
──最後に陣内さんにうかがいたいのですが、こうした取り組みはCO2削減にもつながると思います。いかがでしょうか。
陣内 鳥取県の取り組みはCO2排出削減が主眼ではありません。しかし、渋滞はCO2排出を増大させる原因でもあります。
海外の道路事業者の事例を見ると、道路をリニューアルする際に発生する渋滞を緩和させると同時に、CO2を減らす施策に取組んでいます。たとえばリニューアルのために高速道路を閉鎖すると、下道が渋滞します。そこで、渋滞によるCO2排出量の増加と、渋滞を迂回して走行距離が伸びることによるCO2排出量の増加を定量比較すれば、「環境負荷の低いほうを選ぶことができる」という取組みです。
今後は車だけでなく、航空や船舶、鉄道など、交通ネットワークの変更によるCO2の増減がさらに注目されるはずです。弊社はそこを可視化して分析していくことをやっていきたい。現在、大学の先生と初期的なディスカッションを始めています。
──渋滞が減ることによる経済効果と、CO2削減量が定量的に把握できるということですね。本日はありがとうございました。
位置情報データ活用のプロフェッショナルとして、多様なお客様と共に、データ活用を通じて社会を前に進めたいと考えています。まずはお気軽にご相談ください!
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