気象予報士 森朗さんに聞く。気候変動を食い止めるその対策とは?
テレビやラジオでの天気予報をはじめ、気象予報士による講座開催など、幅広い活動をしている株式会社ウェザーマップ。120名以上の気象予報士が所属、専門の研究機関や予報センターも併設し、独自の気象予報を配信しています。同社代表取締役の森朗さんに、気候変動の危機的な現況と、それを食い止めるためのマインドセットについてお伺いしました。
もはや日本に「春夏秋冬」はない
——気象予報士として、昨今の気候変動をどう感じていらっしゃいますか。
森 この仕事を30年近くしていますが、いわゆる春夏秋冬、季節ごとの教科書的な現象は、もうほとんど無いと言えます。近年、極端な豪雨や猛暑の激しさが増し、変化のスピードが加速しています。
それは我々が見ているデータや統計でも明らかになっています。例えば、1933年に山形市で観測された40.8℃が、これまでの日本の最高気温でした。しかし1994年、東海地方で40℃が観測されて以来、過去40℃超えの記録70回のうち、62回は2000年以降に観測されています。
熱中症で亡くなってしまう方も、2000年代前半は年間500人程度でしたが、現在では毎年約1,500人にまで増えています。
森 朗(もり あきら)
1959年東京都生まれ、兵庫県西宮市育ち。
慶應義塾大学 法学部政治学科卒業後は日鉄建材工業(現日鉄住金建材)に入社し、経理・総務・営業職に従事。趣味のウィンドサーフィンや海好きが高じて1995年に気象予報士資格を取得し、ウェザーマップに入社。TOKYOMX気象キャスターを経て、TBS「ひるおび」など、テレビ・ラジオ番組に多数出演。全国で講演活動も行っている。2017年7月よりウェザーマップ代表取締役社長。著書「異常気象はなぜ増えたのか-ゼロからわかる天気のしくみ」(祥伝社)、監修「気候危機がサクッとわかる本」(東京書籍)など
——なぜ、気温上昇が異常気象につながるのでしょうか。
森 気温が上昇することにより、海水が蒸発し大気中の水蒸気量が増え、雨の量が増えます。しかも年間降水量が多くなるだけではなく、一度に降る雨量が極端に増えるようになります。そうした変化のスピードがあまりにも早く、道路や堤防といったインフラ整備の対応も追いついてない状態で、危険性が高まっています。
また雨だけではなく、短時間に降る雪も増え、極端な積雪が起こります。最近冬になると、高速道路や国道での立ち往生が頻発しているのも、温暖化の影響と言えるでしょう。
スパコンの予想を超える異常気象
——気象予報士として勉強されたこともどんどん更新されていると思いますが、気候変動はお仕事にどのような影響を及ぼしていますか。
森 現在、天気予報は気象庁のスーパーコンピューターから弾き出していますが、降水量にしても気温にしても、これまでに例を見ない極端な予想が出るケースが増えました。その結果の見極め方に苦労しています。
例えば雨の場合、本当にこんなに降るんだろうかとにわかに信じがたく思っていても、実際その通りに降ったりするので、見極めが非常に難しいんです。
また、災害の可能性がある場合はやはり安全面を重要視して、多少大げさとも思える予想もありました。10年程前までは、さすがにこんなには降らないだろうと思える時には伝え方のニュアンスを変えたりしていました。しかし最近は「多いところで300ミリ」と出しても実際は450ミリ降ったりします。現実の現象がコンピューターの予測を超えてしまうことも多くなりました。
森 そう、怖いです。だから最近は全体の状況を見ながら、「実はもっと降るかもしれない」とか、「予報は九州北部と出ているけど、もう少し南の方で降ったり、広い範囲になるかもしれない」などと伝えることが必要になります。
昔は概況を踏まえながら、気象庁からの情報をそのまま伝えていれば大丈夫でした。ところが今は、その気象庁が出している情報に加え、独自で考えながら伝えないといけない。作業内容も変わっていますし、天気予報自体が難しくなっています。経験値がないとうまく分析できないことも増えています。
自己防衛策は、多角的な情報収集
——情報を得る側の私たちは、どのようなところに注意していけばいいのでしょうか。
森 天気予報の見方を変えることが必要になっていると思います。例えば「雨予報だったのに、晴れている。予報が外れた」ではなくて、「予報で降るはずだった雨はどこへ行ったんだろう?」と考えてみていただきたいのです。
また、局地的であったり特異な現象の場合は天気予報の内容が入手先によって異なる場合があります。そういう時こそ、「言っていることが人によって違うのは、何かありそうだ」と考えることです。自己防衛策ですが、テレビやラジオ、アプリなど、いろいろなところから気象情報を仕入れるようにしていただきたいです。
また時期的な影響を把握することも大切だと思います。最近は5月頃から夏のような気温になったり、10月ぐらいまで暑かったり、また、梅雨から夏にかけてはゲリラ雷雨も非常に多くなり、秋が深まってから台風が来たりします。日本は四季があると言いますが、むしろ雨季と乾季がある東南アジアのような気候になってきていると感じています。
——気象予報が難しくなっているとのことですが、後輩の方々にはどのようなご指導をされていますか。
森 気象庁の予報はこうだけど、かつてはこんなこともあったよ、といった経験値はできるだけ伝えるようにしています。ただ悩ましい問題として、スーパーコンピューターの存在があります。
気象庁の天気予報は世界中のいろいろな場所を観測したデータを初期値とて、精緻な計算の末に結果を出すわけです。単純に言うと、観測値を入れたら予報が出ました、という状態なので、スーパーコンピューターの中身はブラックボックスです。
予報の精度が上がっているのは確かです。しかし、昔はコンピューターの予報がもし外れた場合でも「ということは、おそらくこのあたりの計算が違っていたんだろう」と、長年の経験から何かピンと来るようなものがあったわけです。しかしそうした経験のない人にとって、コンピューターの予報が外れた際、何がどうしてこうなったのか分かりようがありません。全てコンピューター化されたからこそ、アナログでの経験値はやはり伝承していく必要があると思っています。
——森さんの後輩世代はスーパーコンピューターの予報から始めてる方もいらっしゃるということですね。具体的にはどのように気象予報を出すのでしょうか。
森 会社によっては自前のスーパーコンピューターで予報を出しているところもありますが、やはりスーパーコンピューターのデータに関しては、気象庁のものが一番性能がいいと思います。そのデータは公開されていますので、私たちはそれをもとに、独自で天気予報を出しています。気象庁と同じような作業ですが、気象庁と我々の予報が違ってくることもあります。
さらに私たちは、予報センターという部署で刻々とチェックし、小刻みに修正しています。必ず話し合いや複数の意見を取り入れて、気象庁の元のデータを補う体制を作っています。
森 AIは、予想したものを一般の方に伝える時に、喋り言葉に翻訳するとか、自動音声化などのために活用しています。AIは結局、機械学習です。少し乱暴な言い方をしてしまうと、過去にあるものを学習するだけです。いま地球では過去にないことが起きているわけで、経験のない極端な予測はAIでは難しいとも感じています。これまで起きたことと極端にかけ離れた未来のことはなかなか再現しにくいため、人の目によるチェックがどうしても必要になってくるわけです。
また先ほどお伝えしたとおり、気候変動のスピードがものすごく早い。地球の歴史上では、寒冷化と温暖化が何度も繰り返されてきました。今から2万5千年前の地球はものすごく寒くて、その後急激に温暖化が進み、今の時代に繋がっています。この温暖化が特に激しい時の温度変化は、0.025℃でした。しかし0.025℃の気温上昇でも、天明の大飢饉などが起きるほど影響が出ていたわけです。
それに比べて、いま世界の気温上昇は0.7℃です。過去のものすごい変化と比べても、1ケタ違う。さらに日本付近の気温上昇は、100年間で1.3℃という、さらにすごいスピードで進んでいます。コンピューターのプログラムもAIも、もちろん人間の経験値も、みんな追いつけないようなスピードで気候変動は進んでしまっているのが現状です。
——業界としては、これからどのようなことを目指しておられるのでしょうか。
森 これまで天気はあくまでも予報、それを聞いてどうするかはその人任せ、という状態でした。しかしこれからは、防災情報まで踏み込むことが大事だと思っています。天気予報の業界全体として、「このような可能性があるからこうしてください」と伝えるということです。
今も気象庁から警報などを市町村単位で出しており、今後も必要なことですが、もっとパーソナルなところまで伝えたい。例えば、高齢者や障がいをお持ちの方は、同じ場所でも危険の度合いが全然違うからです。将来的に、個別の情報提供ができればベストだと思っています。
気温測定は通常、地上から1.5mの高さで行います。しかし、背の低い子どもたちの体感気温は、大人よりも7℃も高くなるという実験結果も出ました。大人だって暑いのにさらに7℃も高く感じているとしたら、もっと慎重になる必要があります。子どもたちに関することはとても大事なテーマと考えていますので、近い将来、指標のようなものを発表する予定です。
気候変動を食い止めるのは一人ひとりの知識と個性
森 個人レベルは皆すでに、すごくがんばっていると思います。マイボトル、エコバック、なるべく化石燃料由来の製品を使わないようにとか、ある意味、もうやり尽くしています。しかし、大気中の二酸化炭素濃度は下がっていません。今できることは何ですかという質問が一番困りますね(笑)
先日ある高校生と話しをする機会がありました。周りの大人たちが、「これは環境にいいからとか、二酸化炭素の削減になるとか言うけど、みんな宣伝文句として言ってるんじゃないか?僕は信じられないです」と言うんです。正直その気持ちを否定しきれませんでした。ただ結果として、私は「勉強しなさい」ということを彼に伝えました。もし誰かに、「気候変動にいいとかエコだ」と言われた時に、「自分で判断できる知識を持つことが大事だよ」と。これは特に若い世代に絶対必要なことだと思います。
もう一つ、一番大きな力は消費者の意見だと思います。これだけ温暖化が進んで二酸化炭素を減らさないといけない時、やはり企業にできることはとても大きい。その企業を動かすのは、消費者の意見です。1人の意見だったら聞かないかもしれないけど、ムーブメントにして「こうすれば売れる」と消費者から伝えることです。
ここまで温暖化が進んだのも消費者の意見だったと言えるでしょう。便利さを追求するなかで、産業活動が盛んになって温暖化が進んだのであれば、同じようにブレーキをかけるのも消費者の意見じゃないでしょうか。
大事なことは、みんな一人ひとりが勉強し、気候変動に対するマインドを持ってもらって、他人を強制せずに自らが行動する世の中になること。一人ひとりが動き出して、大きなバタフライエフェクトの起点になれるかどうか。それが最も大事だと思います。
——バタフライエフェクトを起こすため、ビジネスパーソンのマインドセットはどうあるべきだと思われますか。
森 仕事と個人の線引きをしている方もいると思いますが、1人の消費者として、自分のお仕事を見ていただくことが求められます。その上で、どうしたらカーボンニュートラル、あるいはカーボンオフセットになるのか、常に考えながら業務に取り組んでいただくのが良いのではないでしょうか。
同じような人ばかり増えると、結局、企業風土みたいなものに集約してしまうでしょう。それは非常につまらないことだと思っています。
一人ひとり違う個性を持っている人たちで、会社としてのまとまりも特にない。でも会社として新しい発想や商品、取り組みが生まれてくるような風土を醸成することが、気候変動を食い止めるバタフライエフェクトにとても重要だと思っています。
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