EUバッテリー規則からはじまる脱炭素社会への本格的チャレンジ - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

コラム

最終更新:2025.02.04

EUバッテリー規則からはじまる脱炭素社会への本格的チャレンジ

EUで発効された「欧州バッテリー規則」施行の背景や主旨、日本経済や国内企業に及ぼす影響について「サステナブル経営推進機構」(通称「SuMPO(さんぽ)」)の鶴田 祥一郎さんにお伺いしました。

脱炭素社会移行への重要アイテムの一つが、バッテリーです。2023年8月、EUで発効された「欧州バッテリー規則」は、日本経済にも影響を与えることが予想されています。社会課題の解決に繋がるビジネスモデルを支援する一般社団法人「サステナブル経営推進機構」(通称「SuMPO(さんぽ)」)の鶴田 祥一郎さんに、本規則の施行の背景や主旨、さらに国内企業に及ぼす影響についてお伺いしました。

急ピッチで進むバッテリー 規制の背景

——バッテリー規則が定められた背景について教えてください。
鶴田 2050年目標のカーボンニュートラル達成に向けて策定されたEU Green Deal(EUグリーンディール、欧州経済成長戦略)に関連しています。その中で「ESPR(以下、エコデザイン規則)」と呼ばれる、さまざまな製品の共通ルールに基づき、バッテリー分野に特化して定められたのが、バッテリー規則です。策定の背景には、一定の出力を維持することが難しい再生可能エネルギーを貯めておくことを目的として、車載および定置型バッテリーが果たす役割に期待が集まっていることがあります。
一方でバッテリーは、製造時の環境負荷が高い製品です。例えば、電気自動車の場合、ライフサイクル全体では、10年で12万キロといわれる走行時よりも製造時の環境負荷が大きいのですが、GHG排出量の6割はバッテリーが占めているというデータもあります。そのためバッテリーに特化して細かく規制する必要があり、この規則が策定されました。
鶴田 祥一郎(つるた しょういちろう)
鶴田 祥一郎(つるた しょういちろう)
一般社団法人サステナブル経営推進機構 LCA本部長/秋田県立大学シニアディレクター/株式会社LCAエキスパートセンター取締役/武蔵野大学兼任講師
2007年社団法人産業環境管理協会に入社。ISO14001の審査員評価登録制度、ISOに準拠したエコリーフ(現:SuMPO EPD)やカーボンフットプリント制度の構築・運用、LCAのコンサルティング業務に従事。2015〜2016年度に環境省地球温暖化対策課に出向し、技術開発実証業務などに従事。2019年に一般社団法人サステナブル経営推進機構の設立により、転籍。現職ではLCAを中心としたコンサルティング業務、SuMPO EPDプログラム業務に従事。2024年4月より現職。
——どのようなことが規定されているのでしょうか。
鶴田 バッテリー規則の中では製品のライフサイクルにおける安全性と環境負荷の削減が重要視されています。リサイクル材を何%以上使わねばならないという再資源の使用率や、どれだけリサイクルできてい
るかという再資源化の割合、またリサイクルを目的とした製品使用後の回収率など、多岐にわたります。
日本も含めて、バッテリーを販売している企業はアジアに多く存在し、それらの企業は今後、前述のような各指標をEUの基準に合わせる必要が出てきます。細かい数値や罰則などは今後徐々に決まっていくとされていますが、リサイクル材の確保や回収率、安全性といったことが、生産コストよりも重視されるようになります。そのため製造はもちろん販売形態も、例えば所有からレンタルやリース、サブスクリプションへ転換するという視点も必要になってくると思います。
——大きな転換を迫られているのですね。
鶴田 そうですね。バッテリーに限らず、重視されていることは安全性と脱炭素の2点です。設計の段階から、製品のライフサイクルをエコデザインにすることが求められますので、この規則によって、抜本的な見直しの機会が得られると考えています。
また、製造におけるデューデリジェンス(適正評価)も大きな影響が出てくると思います。バッテリーはリチウムやコバルトなどの希少鉱物を使用しますので、企業側の責務として、採掘する人々の人権や労働の安全性を把握しておかねばならなくなります。さらに、採掘に伴う森林伐採や大量の水使用を考慮し、生物多様性や水資源の枯渇に配慮した工場の立地や、そこで使用する電力に至るまで配慮が求められてくるでしょう。将来的なバッテリーの需要が増えれば増えるほど、こうした要素が大きくビジネスに関わってくると感じています。

DPP(デジタルプロダクトパスポート)導入の影響と課題

——バッテリー規則に基づいた「バッテリーパスポート」が義務化されると聞いていますが、どのようなものですか。
鶴田 バッテリー規則は、その上位概念であるエコデザイン規則の中で、バッテリーに特化して定められた規則です。エコデザイン規制では、製品のライフサイクルの中に、製造履歴や環境への影響といった情報を入れ、透明性とトレーサビリティを担保する「デジタルプロダクトパスポート(以下、DPP)」の導入が検討されていますが、その一つとして早急に整備が求められているのが「バッテリーパスポート」です。
欧州グリーンディールの全体像(EU Webサイト及びEcochain WebサイトをもとにSuMPO作成)
欧州グリーンディールの全体像(EU Webサイト及びEcochain WebサイトをもとにSuMPO作成)
鶴田 バッテリーの自然発火による火災などで安全性が急務になっていますし、原料調達の側面においても、資源が豊富ではないEU圏内において、貴重な資源をどのように域内で循環させるかという地政学的、政治的なルールメイキングでもあると思います。その意味ではこの規則は、同じく資源が限られている日本でも、未来を考えるきっかけになるのではないでしょうか。
——バッテリー以外にもDPPのようなパスポートの導入を先行している業界はあるのでしょうか。
鶴田 バッテリー以外でも、環境負荷の高い建築製品の分野では、かなりのスピードで取組みが進んでいる印象があります。また、ファッションの分野でも季節性やトレンドが強く、売れ残ってしまったものは焼却処理されてきました。今後はそれが禁止されることになります。大量に残っても絶対にリサイクルに回さなくてはいけませんので、こうした規則やプロダクトパスポートの導入に注目していると聞いています。
——DPP導入における課題もあるのでしょうか。
鶴田 このパスポートは、製品に関するあらゆるデータを、消費者と企業がそれぞれの視点で見ることが可能なプラットフォームであるといえます。しかし、現時点ではまだどこが主な管理運用をするのかまでは決まっておらず、新しいビジネスが生まれるチャンスでもあります。ただし、どのようなルールのもとでそのプラットフォームを構築するのかが明確に定まっていないため、欧州のファッション業界ではすでに複数の異なるプラットフォームが作られ、それぞれに対応する企業も大変だと聞いています。
データセンターマシンルーム
鶴田 そこで日本においては経済産業省の主導のもと、IPA(情報処理推進機構)という独立行政法人のなかにあるDADC(デジタルアーキテクチャ・デザインセンター)が中心となって、バッテリーに関する統一的なガイドラインを作成する動きが始まっています。
——その意味で日本は先行しているんですね。
鶴田 前提としてはEUの計画が半年以上も遅れており、それに伴って日本でも対応が遅れているのが現状です。ただ私の個人的な意見ではありますが、将来的な変化を見越してルール作りに動いているという意味で、日本のほうがEUよりも先行しているように感じています。おそらく、EU側の状況を見ながらも、リーダーシップを取って国際交渉の議論を進めるために、日本は日本で独自に先行したいと考えているのではないでしょうか。
鶴田氏

抜本的な見直しの鍵は「コミュニケーション」

——DPP、あるいは、バッテリーパスポートの導入に向けて、日本の企業が今から考えておくべきことはどんな点だと思われますか
鶴田 いろんな側面があるとは思いますが、まず、こうした導入の良い面だと言えることは、製品の透明性が上がり、安全性や環境への影響を投資家に見てもらえることです。EUでも日本でも、バッテリーは大きく拡大していく産業だと考えられています。一方でサプライチェーンの抜本的な見直しの必要性、例えば、カーボンフットプリントであれば、算定だけではなく検証も受ける流れなどは十分に考えられます。今後、こうしたコスト負担は、各企業に対応が求められることでしょう。
データベースのような、それぞれが扱うデータに関しても、コミュニケーションは重要な課題になってくるはずです。製品情報は、消費者にも開示されるようになるため、投資家や顧客企業への対応だけでなく、製品のマーケティング視点も踏まえた対策やチーム作りが必要になってくるかもしれません。また企業活動における温室効果ガスの量はScope1・2・3と3つに分類されているわけですが、今回の規則でこれらの段階に加え、製品別、サービス別とさらに細分化されていきますので、各社の管理運営も大変になると思います。
しかし、この規則の導入で製品の長期保証やメンテナンスの体制を整えるといったことが進み、それと同時に、多方面とのコミュニケーションが活性化することによって、さらに良い面も必ず生まれてくるはずだと考えています。

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