2021年3月に会社設立、国内製造をポリシーとした大型定置用蓄電池、EV充電ステーション、電力小売り事業(PPA)など、幅広くスピーディに展開してきた「PowerX(パワーエックス)」。創業の原動力となった、世界初の電気運搬船も実現が近い中、そのビジネスモデルや未来予想などを取締役 兼 代表執行役社長 CEO 伊藤正裕さんにお話しいただきました。
高校生で起業、大学に進学せず経営者の道へ
上野 PowerXについてお話しを伺う前に、まずは伊藤さんの経歴を教えていただけますか。
伊藤 高校時代にIT企業を起業(2000年)しまして、大学には行かず14年間経営をしておりました。基本的にはソフトウェアの会社で、後半は新聞や雑誌などの電子書籍をやっていましたが、イグジット(投資回収)したいという投資家の声が強くなり、2014年にZOZO社に株式交換で売却することになりました。
その後、ZOZOの技術系子会社の社長になり、創業者である前澤(友作)さんから「体を測る技術ができないか?」ということで「ZOZOSUIT」を手がけました。そこからZOZO本体の役員になるのですが、今度はYahoo!からM&Aによる買収話があり、TOBに関する交渉役もやっていました。
伊藤 正裕|いとう まさひろ
株式会社パワーエックス 取締役 兼 代表執行役社長CEO
2000年株式会社ヤッパを創業。2014年M&Aにより株式会社ZOZOに入り、ZOZOテクノロジーズの代表取締役CEOを経て、2019年株式会社ZOZOの取締役兼COOに就任し、「ZOZOSUIT」「ZOZOMAT」「ZOZOGLASS」など数多くの新規プロダクトの開発を担当し、ZOZOグループのイノベーションとテクノロジーを牽引。2021年3月に株式会社パワーエックスを設立
上野 ビジネスパーソンとして貴重な経験をたくさんされていますね。
伊藤 若くして社長になるとメンターがいないので、振り返ってみると無駄な動きが多かったなと思います。そういう意味ではZOZO時代、とくに前澤さんはマーケティングやコミュニケーションに長けていますし、あとはロジックですね。データドリブンな考えをする方でしたので、いろいろと勉強することができました。
前澤さんが去ったあとはCOO(最高執行責任者)になるのですが、新商品をいろいろと開発するなかで「SDGs」に取り組む必要性が出てきました。そこで日本の電力について勉強する機会があったわけです。
伊藤 はい。このまま行くと、原発を再稼働して太陽光発電をたくさん増やしてもカーボンニュートラルは実現できないと。最後は洋上風力発電の話になるのですが、どの記事を読んでも(高額で埋設が難しい)海底ケーブルがネックになると書いてある。そこから「電気を運ぶ船」のアイデアを思いつくわけです。
上野 そうは言っても、ベンチャーで始めるには難しい壮大なアイデアですね。
上野 昌章|うえの まさあき
『Green & Circular』編集長
三井物産株式会社 デジタル総合戦略室DX第二室 兼デジタルテクノロジー戦略室 次長。1993年入社、情報産業本部やプロジェクト本部において、ITや再生可能エネルギー関連の新規事業開発に従事。2020年10月よりデジタル総合戦略部にて脱炭素関連事業のDXに取り組む
ビジネスモデルこそ重要。あとから変更ができない
伊藤 蓄電池について調べてみると、まさに再エネ普及の鍵を握っていたわけです。しかも、日本ではまだ大量につくっている会社がない。一方、海外では成長産業でしたから「まずは蓄電池をやろう」と。船の開発は当分収益が見込めませんから、その間に蓄電池で大きな会社になれるのではないかと思い、2021年にZOZOを辞めて「PowerX」を立ち上げました。
上野 蓄電池ビジネスにおいては、どのような事業構想を描かれたのでしょう。
伊藤 蓄電池をつくるには、第一に「開発技術力」が必要です。「生産」するには物流・サプライチェーン・生産技術も必要です。さらに、莫大な「資本力」が必要です。この3つを揃えるには、手法は一つしかありません。
技術者は専門家ですから、専門家が見たときに「この船、乗ってもいいな」と思える船になっているかどうか。つまり「ビジネスモデル」に尽きるわけです。そこで、創業して最初にやったことは、個人資金をすべて注ぎ込んで「ボードメンバー」をリクルーティングすることでした。
上野 え? 最初にボードメンバーを集めたのですか。
伊藤 そうです。弊社のボードメンバーは3名おり、皆さん外国人で現在も当社の社外取締役です。パオロさんは元テスラ幹部で、元日産でもあるイタリア人。「モデルS」の立ち上げ時にサプライチェーンのグローバルヘッドをやっていて、現在はノースボルトという蓄電池会社の共同創設者でもあります。製造業および電池の経験があり、メガベンチャーとして莫大な資本を集めた経験がある。
もうひとりは、シーザーさんという元Googleの方で「Chrome OS」や「Google Pay」をつくられた方。マークさんはゴールドマン・サックス証券でマネージングディレクター兼パートナーをやられた方で、環境系NGO「ザ・ネイチャー・コンサーバンシー」のCEOを10数年間やられていました。
この3人をなんとかリクルーティングして、何度もビジネスモデルを投げ込んでいったわけです。
上野 最初にボードメンバーを集め、強固なビジネスモデルをつくるという発想は、ビジネスや経営について熟知していないと生まれてこない発想です。
伊藤 ビジネスモデルを大事にしたのは、ZOZOで学んだ最大の教訓です。ZOZOのビジネスモデルは最強ですから。
それに、ビジネスモデルというのは建物の基礎みたいなものなので、あとから変えられないんです。さらに、TAM(対応可能な全体の市場規模)の選び方も重要で、間違えるといくら苦労しても大きくなれません。逆に、潤沢なTAMに行けば成長もしやすい。ここも最初にしか選べないんですね。
上野 確かにそうですね。そこからはどう動かれたのですか。
伊藤 残ったお金でビジネスモデルを「宣伝」することにしたのですが、「蓄電池をやる」と言っても誰も記事にしてくれません。そこで、ZOZOではよくやっていたのですが、まずは注目されやすい「電気運搬船」のかっこいい動画をつくって、WEBサイトをつくって、ライブ配信をしたわけです。
注目が集まればエンジニアが見に来てくれる。そこで、電気運搬船の下に蓄電池ビジネスのことを書いたんです。結果的に良い技術者がたくさん応募してくださり、良い技術が入ってきました。ビジネスモデルが良くて、良い技術者がいると、資金も集まってくるわけです。
VIDEO
PowerX - Reimagining power transfer technologies. Accelerating the adoption of renewable energy.
伊藤 現在、年間で約3000名の方が応募してくださっています。そこから30~50名を採用しているので倍率は高いです。大企業の中核的な技術を持った、トップ・オブ・エンジニアのような方が入社されているので、ベンチャーといえど技術力では大企業に劣りません。
Power Base
岡山県玉野市にある日本最大級の蓄電池組立工場。蓄電池生産ライン以外にも、研究開発センターやオフィススペース等を今後整備する
国産の蓄電池は、経済安全保障においても必要
上野 ものづくりからサービスまで垂直統合のビジネスモデルですが、これも当初からの狙いなのでしょうか。
伊藤 そうですね。蓄電池は燃料の代わりになるものです。燃料にはエネルギーが貯蔵されていて、そのエネルギーを取り出すために燃やします。燃料を持っていれば好きなときに好きなエネルギーを出せる。これは蓄電池と一緒です。蓄電池はエネルギーを貯める行為こそあれ、エネルギーを取り出す装置です。
今後、CO2を排出する燃料が使えなくなれば、エネルギーを貯めるための蓄電池が必要になっていきます。
一方で、燃料の世界には古くから必ず国策企業やローカルプレイヤーが各国にいます。経済安全保障において絶対必要だからです。
日本で再エネが普及し、エネルギー自給率が高まるほど、自国でちゃんとエネルギーを制御できるか、エネルギーを貯めて取り出せるかが重要になってくるわけです。外国製の電池を日本の電気系統につないで、中身はブラックボックスなんてことはありえないわけですから。
伊藤 しかも、再エネの普及というのは、政治的な立場を超えて合意できます。CO2排出を減らして環境に良く、災害を減らし、エネルギー自給率も上がる。さらに、エネルギーコストが下がることで、国内製造業の競争力も上がる。これはみんなが同意できることですよね。
そんなこともあって、蓄電池の制御、生産、製造、すべてを日本で持つ。ここに参入しようと思ったわけです。
上野 想像していた10倍くらいのスケールで考えられていて驚きました。
伊藤 データ・ドリブンでロジカルに考えると、シンプルにこれしかないんです。しかも、安い蓄電池ができれば、安くなった太陽光発電と組み合わせることで火力発電に勝てる、送電線を引き直すことに勝てるんです。
上野 PowerXの蓄電池に使われているのはリチウムイオンですか。
伊藤 はい。ただ、PowerXはバッテリーセルに依存しないことをコア・コンセプトに掲げています。セルは何でもいいんです。
当社は三元系のリチウムイオンではなく、より安全性の高いリン酸鉄リチウムイオンを使っています。一般的に電池の「残量」は電圧を測ればわかるのですが、リン酸鉄リチウムは最後までほとんど電圧が変わらない。そのため、残量を見るには「電圧」だけでなく「電流」も測らないといけない。
その技術を当社はずっと開発していまして、電圧と電流を測り、アルゴリズムで把握して電子制御しています。それが大きな特徴でもあるわけです。そのため、将来的に新しい電池が生まれても対応できるわけです。当社の仕事を簡単に言うと、電池を箱詰めして、長い時間安全に制御することなんです。
PowerX Mega Power
大容量2.7MWhの国産定置型蓄電池。高品質であることはもちろん、海外製品と遜色のない価格競争力があり、日本製のため故障時なども素早くメンテナンスに駆けつけることができる。また、強固な情報セキュリティで安心して使用できる
PowerX Cube
蓄電池容量358kWh、最大 80kWの出力が可能なパワーコンディショナ内蔵のオールインワン蓄電池システム。店舗や小さな工場に併設でき、太陽光発電などとつなげば電気代の削減、BCP対策(リスク対策)として使用できる。AIが充電計画を作成して管理するため、効率的な運用が可能
垂直統合のサービスは利用者に優しく使いやすい
上野 サービス事業といいますか、電力事業もやられていますよね。
伊藤 蓄電池の市場は、2040年までに10数兆円の累積需要があるとされています。PowerXは国産メーカーとして、それまでにどれだけシェアを取れるかという勝負をしています。しかし、設備をつくって売っているだけではコモディティ化していくことが予想されます。
例として貯水槽タンクを想像してほしいのですが、当社は電気の電力タンクを日本全国に販売しています。そこから派生して、今後再エネなどの電気量が増えれば、当社が電気を売ることも想定しています。なぜなら、タンクをつくっている人が使いこなした方が、効率的な電気販売ができる可能性が高いからです。
X-PPA
昼間の太陽光や風力、国内バイオマスなどのベース電源に加え、日中に太陽光によって発電された電力を蓄電池に貯め、電力需要の高まる夕方以降の時間帯に「夜間太陽光」としてオフィスビルや商業施設などに供給。再エネ活用率最大100%も可能な法人向け電力販売契約(PPA)
伊藤 テスラのEV充電器が素晴らしいのは、クルマと充電器を同じ会社がつくっているからです。アカウントを共有できるので、充電器を差した瞬間、認証する必要もなくクレジットカード決済ができる。すごく使いやすいわけです。
そのように垂直統合でサービスを提供することで、お客さんは蓄電池のことを考えずに必要な量の再エネを使うことができる。お客さんが欲しいのは蓄電池ではなく、再エネなわけですから。
上野 ロジックがシンプルで、誰もが納得できる話ですね。私もテスラに乗っていたことがありますが、あの充電体験は感動的でした。
伊藤 当社の「PowerX アプリ」と「Hypercharger」の組み合わせも使い勝手が良いですよ。スマホで予約すれば、QRコードをかざすだけで勝手に決済してくれます。そういうことは同じ会社がやっていないとできないんです。
PowerX チャージステーション
国内最速級(最大150kW、2台同時充電時:最大120kW)の蓄電池型超急速EV充電器。蓄電池による電力需要の平準化、BCP対策の活用も可能。道の駅や各種自動車メーカーも導入している
PowerX アプリ
App Store、Google Playからアプリダウンロード可能。EV充電ステーションを選んで予約。支払いは事前登録したクレジットカードで自動決済。再エネ100%のグリーンモビリティにすることもできる
2027年頃からEVが本格的に普及し始める理由
上野 EVの販売減少など、最近はネガティブな報道もあります。そこはどうお考えですか。
伊藤 EVは絶対普及すると思っています。これもシンプル・エコノミクスなのですが、この一年半で電池の価格は半分以下になりました。その安い電池を使ったモデルを製品化するのに、自動車メーカーは型式証明などで約3年かかります。つまり、2027年頃には現在のハイブリッド車と変わらない価格になる。
消費者が次に気になるのはガソリン代です。いまは補助金が大量に注ぎ込まれていますが、いつまでも続けられないので燃料代は確実に上がります。さらに、エコカーの普及でガソリンスタンドは減少する一方です。
充電ステーションの設置はガソリンスタンドより遥かに安いですから、身近な場所に急速充電器がたくさんあり、家でも充電でき、車体価格がガソリン車と同じになったら皆さんEVを買うと思います。
上野 ぐうの音も出ないです(笑)。ここ数年、夏の酷暑などもあって脱炭素への意識が高まりつつあります。その一方で、脱炭素化はなかなか進まない状況ですが、日本における課題はどこにあると思われますか。
伊藤 これもシンプルで、国としてのポリシーがないことです。ドイツはすでに再エネ比率が50%と、日本の2040年度目標を達成しています。なぜなら、「炭素税」の導入などCO2排出にペナルティを設けているからです。
日本でも、環境に悪い選択をしたらネガティブなインパクトがあるようにしなければ、脱炭素は進まないと思います。逆に言えば、何かしらのペナルティを設けた瞬間に一気に進むと思います。
伊藤 もうひとつ大事なポイントは、各種政策提言がされていないにも関わらず、太陽光と蓄電池を活用したほうが火力発電よりも安くなってしまったことです。
火力発電の燃料は輸入品ですし、燃料の高騰のみならず、為替相場や航路の安全性などにも左右されます。そう考えると、再エネの普及はエネルギー自給率の向上とイコールですので、脱炭素社会の実現は叶うと考えています。
上野 環境のためという切り口だけでなく、経済合理性や安全保障の面から見ても再エネの普及、脱炭素社会の実現はほぼ確実だというわけですね。
現在、電気運搬船の計画はどれくらい進んでいるのでしょうか?
海底ケーブルを敷くよりも電気運搬船のほうがお得
伊藤 電気運搬船「Power Ark」と、そこから派生したバージ型電気運搬船「Power Barge」があるのですが、どちらも96個のコンテナを積むことができ約2万世帯分が1日に使用する電気を運ぶことができます。一隻あたりの電池モジュールは1万4400個と膨大なのですが、その生産ラインも完成して稼働しています。現在、2027年からの商業運航を予定しています。
伊藤 まずは離島への送電に使われる可能性が大きいです。数万人規模の離島は日本に何ヵ所もあり、現在はディーゼルを運んで発電機で電気を起こしているので高いんです。また、離島は国立公園に指定されていたり、平地が少なかったりとメガソーラーを設置することが困難です。とはいえ、何かしら電気を届けなくてはいけない。電気運搬船はそこを担うことができます。
上野 離島での発電コストが下がるかもしれないわけですね。
伊藤 電気運搬船の価値は他にもありまして。例えば襟裳沖、ここは洋上風力発電が有効だとされるのですが水深が深い。海底ケーブルを敷くのは高額なだけでなく、海底300m未満でないと埋設できないため、相当ハードルが高い海域です。
そこで、すでに火力発電所の停止が予定されている苫小牧に電気運搬船で運び、火力発電所の送電線につなげば陸の系統新設も海の系統新設も必要なく、電気を届けることができるわけです。設備投資なく安く洋上風力発電を運用することができます。
上野 電気運搬船の最大のメリットですね。それにしても、創業から約3年でここまで実現しているのはすごいことです。
伊藤 競合には中国勢が多いので、早くやらないといけません。当社では「チャイナスピード・ジャパンクオリティ」と言っています。これを維持するには「選択と集中」が必要で、余計なことは一切できません。
上野 最後に、この事業を通じて叶えたい夢を教えてください。
伊藤 我々は「永遠にエネルギーに困らない地球」をミッションとしています。そのうえで、2030年までに「自然エネルギーの爆発的な普及を実現する」を目標にしています。
人生は短いですから、後世に残せるものなどほとんどありません。ただ、事業家として、社会を少しでも良い方向に変えていきたい。ポジティブで前向きな功績を残していきたい。そうでないと、やる意味がないかなと思っています。
上野 PowerXの事業は間違いなく後世に大きなインパクトを残すと思います。本日はありがとうございました。
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