気候変動イベントClimate Week NYCから考える、経済界のできること
世界最大級の気候変動イベント「Climate Week NYC」に出席された、日本気候リーダーズ・パートナーシップ共同代表、三井住友信託銀行フェロー役員の三宅香さんに、現地の様子や今後の展望について伺いました。
気温上昇や干ばつ、豪雨災害など、気候変動の脅威はもはや、世界中で見られるものになってきました。2015年に採択されたパリ協定では、気温上昇を1.5度に抑えることを至上命題に定め、日本における温室効果ガスの排出量削減は、「2030年度までに(2013年度比で)46%削減」が目標となっています。
企業も政府も、削減目標に向けた努力を重ねるなか、この課題に対し世界の経済界ではどのような認識でいるのでしょうか。2024年9月にニューヨークで開催された「Climate Week NYC」の様子を、三宅香さんにお訊きします。
企業も政府もNGOも、今こそ行動のとき
——Climate Week (クライメート ウィーク) NYCとは、どのようなイベントでしょうか。
三宅 Climate Week NYCは気候変動対策を議論するイベントで、2009年から毎年ニューヨークで開催されています。主催はClimate GroupというNGO団体ですが、国連総会が同時期に同じニューヨークで開催されていることもあり、各国のリーダーや大臣など政府関係者も多く出席しています。
会期中は、各国のグローバル企業を中心に、ビジネスの観点から気候変動対策を考える議論が盛んに行われます。私も三井住友信託銀行のフェロー役員として民間企業の立場から、他の国の状況を聞いたり、気候変動に関する世界の潮流を知ることを目的に参加しました。
三宅 香(みやけ かほり)
JCLP共同代表、三井住友信託銀行フェロー役員。米国ウェスト・バージニア大学を卒業後、1991 年にジャスコ(現イオン)株式会社へ入社。国際本部、財務部等を経て、2008 年に子会社であるクレアーズ日本株式会社代表取締役社長に就任。13年にイオンに復帰し、執行役員などを歴任。19年にJCLP共同代表就任、22年に三井住友信託銀行に入社、ESGソリューション企画推進部フェロー役員 。
三宅 今年のテーマは「It's time」でした。このテーマは、気候変動対策が「時間との戦い」であることを改めて示すものである、とオープニングセレモニーから強く主張されていました。もちろん「時間がない」ということ自体はこれまでも言及されていましたが、今年は特に、緊急性を持ちながらもポジティブに、It’s time to act、みんなで行動をする時だ、という姿勢を強めていたと思います。
*Climate Week NYCについて詳しく知りたい方は「「Climate Week NYC 2024」世界最大級の気候変動イベントとは?」をご覧ください
三宅 この数年参加していますが、今年は特に盛り上がっていたように感じました。去年に比べて会場も広く、おそらく例年の3倍くらいの人が来ていたのではないでしょうか。会期中はメインのハブ会場だけではなく、マンハッタン中で、様々な企業や団体がイベントやセミナーを開催しており、今年はなんと全部で900ものセッションが開催されていたそうです。連日、朝食の時間からカクテルパーティまで、Climate Weekの参加者たちは様々なイベントをハシゴして、各国の政策や企業の取り組みなどについての情報交換やネットワークづくりを行っていました。
法整備で勢いをつけたアメリカの再エネ、次のレベルへ
——ハブ会場でもさまざまな議論のテーマが挙げられていたようですが、気になった議論などがあれば教えていただけますか。
三宅 脱炭素における一丁目一番地は、電力の脱炭素化ですね。電気のグリーン化という点では、この数年、太陽光と陸上風力を中心にした再エネの導入が世界中で一気に進みました。特にアメリカにおいては、この動きを大きく後押ししたのが、IRA(インフレ抑制法)という法律の成立です。
*IRA(Inflation Reduction Act、インフレ抑制法)は2022年に成立した、アメリカのクリーンエネルギー推進と気候変動対策に関する法律。再エネ業界に対する大規模な支援とインセンティブの提供によって、温室効果ガスの削減を加速させることを目的とする。
三宅 昨年2023年のClimate Week NYCの時もすでにIRAは成立していましたが、今年は成立から約2年が経過し、現実的にお金が回り始めているといった印象を受けました。効果数字でも発表され、IRAによって生まれた雇用は数十万人とのことでした。
2024年は大統領選があるため、結果次第ではもしかしたら環境政策が止まってしまうのではないかという不安もあるようでしたが、これほど大きく経済の後押しをしたIRAを根こそぎ無くすようなことは現実的ではないだろう、という見解が多かったです。
また、こうした議論の場ではよく、Low-hanging fruit(ローハンギングフルーツ)、手が届くような低い位置に実っている果実、という表現が用いられます。少し手を伸ばせば届くような、実行しやすく、すぐに成果も出せる対策から進めるべきだ、という意味ですね。この数年で “ローハンギングフルーツ“の数々が、IRAの後押しもあって一気に刈り取られた(進んだ)、という声を多く聞きました。次はもう少し高い位置に生っている果実、つまり少し困難な実(課題)を取りに行こう、という議論が多く聞かれました。例えば、電気の送配電システムです。日本でも例外ではないですが、先進国を中心に従来型の大型発電設備を中心とした送配電システムから再エネを中心としたものへの改革が必要なのですが、問題は複雑で巨額の資金を必要とすることから、まさにもう少し上の果実(課題)と言えます。
また、製品の製造プロセスなどで、現状、ガスや石油、重油などを使っている工程の、どの部分を、どの程度電化できるのか。技術革新を含め、もっとチャレンジしなければならないという意識が高まっているようです。それはもちろん電気だけの話ではなく、水素やアンモニアなどの脱炭素エネルギーの活用も含め考えていかなければなりません。
企業の悩みは切実だからこそ、横の連携を生かして
三宅 いろいろな会場で挙がっていたのは、情報開示に関する議論です。日本でもまさに今、ISSBの導入が検討されている時ですが、世界でも同じ動きが進んでいます。
*ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)は、企業のエネルギー施策に関する国際的な基準であり、気候変動に関連するリスク情報をどのように開示するべきかを明確にするもの。
しかし企業側にとって、情報開示は非常に負担が大きいことも確かです。内容を理解するための勉強も必要ですし、何よりもコストが掛かります。だからこそ、今一度、なんの為にやるのか、という原点に立ち返る議論がされていました。もちろんデータの正確性は非常に大切であり第三者認証の必要性も理解しますが、あの膨大なデータの量と、世界の企業の数を掛け算すると、本当に現実的なのか。みんな、情報開示及びデータプラットフォームのあるべき形を模索する議論もありました。
背景には、この10年くらいで投資家の状況が変化したこともあると思います。企業の環境的責任が認識され始めた10年ほど前に比べて、機関投資家の環境リテラシーも上がり、尚且つデータの質も良くなったことで、ちゃんと取り組んでいる会社に対してきちんと資金が流れる。そうした気候変動対策への資金の流れが、以前よりも進んでいるように思います。
アメリカはやはり、IRAという法律が大きなきっかけになったのでしょう。多くの企業を後押しし、民間の投資資金もかなり集まったことで、結果的に経済も成長しています。
三宅 では、なぜアメリカにはお金が流れ、日本には流れてこないのか、とも思います。技術もある日本企業の皆さんにはぜひ、今が千載一遇のチャンスであり、グリーンテックなどで脱炭素に貢献する資金や投資を呼び込むんだ、という捉え方をしてみて欲しいです。ISSBの情報開示や統合報告書の制作なども、負荷になる側面だけを見ると「一体何のためにこんなことを」と思ってしまうかもれませんが、その理由は結局のところ、access to capital、投資を呼び込むためのはずです。
今年のClimate weekをはじめ、最近では、海外の日本に対する印象が変化しているのを感じます。私が最初に携わりはじめた2017年ごろは、石炭火力発電への依存を批判されるなど、Japan Bashing(バッシング、批判)がありました。その後、数年前までは、もはや日本には関心が寄せられていない、期待すらされてない、Japan Passing(パッシング、素通り)という状況で、怒られることもなくなっていました。しかし今年は、「日本は大事なマーケットだから、もう少しがんばって欲しいんだ」という声をたくさん聞き、変化を感じました。
これには理由が大きく2つあると考えています。1つは、実に野心的なネットゼロの目標を立てているGAFAを始めとする巨大なグローバル企業にとって重要なマーケットであること、そしてもう1つは、ここ数年の地政学的なリスクの視点から日本は重要なマーケットとして捉え直されているということです。だからこそ日本とのビジネスを切り捨てたりせず、「日本は大切なマーケットだ、だからがんばって変えていこうよ」と考えてくれていることに、明るい気持ちを覚えました。
企業だからこそ、政策とのバランスもチャンスに変えらえる
—— 日 本企業の可能性に対して、期待されているんですね。
三宅 前回、トランプ大統領がパリ協定から離脱した際、関係者がみなガッカリする中で、実はアメリカの民間が立ち上がっていました。離脱直後に開催された2017年COP23の会場でも、経済界や州知事などが連携し、We are still in.(私たちはまだ参加している)というコピーを掲げ、目的意識は変わらない姿勢を示しました。米国の民間が士気を下げずにいたことが、結果として、その後数年間のパリ協定の有効性を後押しした形となりました。
日本各地で講演などをさせてもらうと、企業の方から「民間が環境施策をがんばっても政治に左右されやすい」という声を聞くことがあります。もちろんアメリカだって現状の勢いが変わってしまう可能性も十分あります。しかし少なくともClimate Weekで出会った経済界の人たちは「政治がどうであれ、自分たちにはするべきことがあり、継続しなくてはいけない」という意識を持っていました。だからこそ、日本市場に対しても諦めずにいてくれる。もっと再エネを増やしていこう、企業から政策に影響を与えていこう、と前向きです。
日本の政策のなかでも、環境省の脱炭素先行地域の取り組みには、私も注目しています。脱炭素先行地域に選ばれると交付金がつき、地域活性にも寄与するものだと思っています。
これまでは東京や大都市の大企業が中心となって進めてきた脱炭素が、今後はこのような政策の後押しをもって、より地方に広がり、地域活性化の一環としても機能しながら、中小企業も参画した取り組みが増えていくこと期待しています。
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