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"100年先の森"をつくる。伝統×革新の価値創造モデルとは

NewsPicks Brand Design

2025年2月7日


森は、生きている。人と自然、伝統と革新が出会う。
いま、三井物産が持つ日本全国の社有林で、いにしえから続く森林経営の知恵と、最先端テクノロジーが交差。カーボンニュートラルへ向けて、新たな価値創造が動き出している。
未来図を描き始めた「三井物産の森」プロジェクトに携わる担当者たちに話を聞いた。

命を育む多様性の森

──三井物産の社有林は、日本全国に75カ所、約45,000ヘクタールもあるとのこと。これをどれぐらいの人数で管理しているんですか。

細島  三井物産の社有林管理は、私の所属する三井物産フォレストが担当しています。社員は現在62名です。

さらなる増員も目指していますが、作業の大半は地域の事業者の方々と協働となります。

北海道では大きな森の近くに事務所を構え、社員が毎日森に足を運んでいます。また、本州では、青森から熊本、大分まで、社員が各地を飛び回って管理しています。

──それほど広大で数も多い三井物産の森ですが、たとえばどんな生命が息づいているのでしょうか。

細島  それぞれの森に、驚くべき生命のモザイクが広がっています。

北海道の石井山林では、クリンソウという希少な植物が群生していますし、おなじ北海道北部の宗谷山林には、「幻の魚」と呼ばれるイトウが生息しています。

福島県の田代山林(山頂には一部、国有林も含まれる)は約1,000ヘクタールの森で、その3分の1が尾瀬国立公園に指定されています。

ここは一般の方々も登山を楽しめ、山頂では息をのむような景色が広がります。

地域固有の高層湿原植物の宝庫、田代山林

──それぞれ非常に豊かな森なんですね。

細島  昨年は、京都の清滝山林が「自然共生サイト」に認定されました。

これは「30by30」(2030年までに陸と海の30%以上を健全な生態系として効果的に保全する)という国際的な目標に関連する画期的な認定です。

現在は山形の金目山林も、この「自然共生サイト」の認定を申請中です。

清滝山林は京都の伝統行事に必要な材料となるアカマツやコバノミツバツツジも提供

他にも、国際的な持続可能性基準として「FSC®」(Forest Stewardship Council®=森林管理協議会)があり、三井物産の森すべてにおいて基準を満たし、認証(※)を取得しています。

※2024年12月現在。ライセンスCODE:FSC-C057355

FSC®認証は、森林の生物多様性、地域社会や先住民族、労働者の権利を守り適切な森林管理を広めるための国際的な認証制度ですが、審査項目は多岐にわたり、認証を維持することで森林の施業へのハードルは、コストも含めてかなり上がります。

そうしたハードルにもかかわらず認証を取得するのは、大規模森林を預かる企業として、その取り組みを客観的に評価していただくことに意義があるからです。

また、ただ森林を管理するだけでなく、地域と共生する森林経営であることも重要です。そのため、現場の仕事も、伐採計画の立案、区画測量、地元の作業員や森林組合との契約交渉、森林を活用した文化貢献に関わる取り組みまで多岐にわたります。


森林管理のDX最前線

──そうした森林経営において、テクノロジーはどう活用されているのでしょうか?

前田  2019年から本格的に導入した航空測量により、データによる森林管理が大幅に進みました。

航空機にカメラとLiDAR(レーザー光)を搭載し、高精度で森林の全容を捉えています。

具体的には、レーザー光線を地上に照射し、反射してくる光の時間差から森林の三次元構造を分析します。従来の人手による測量と比べると、データの精度と効率は桁違いです。

細島  デジタル技術導入以前は、広大な森林を把握するために、実際に人が歩いて調査していたので多くの時間がかかっていました。たとえば樹高も目視で計測するため、精度にはばらつきがありました。

数十万発/秒のレーザーパルスを照射し、地表から樹冠までの高さ、樹木の密度、下草の状況などを詳細に把握(画像提供:アジア航測株式会社)

ですが、いまでは航空機一回の飛行で、数千ヘクタールの森林の詳細な三次元マップが作成できます。

前田  航空測量自体は成熟した技術ですが、そこに日々進化する衛星データとAIによる解析技術を組み合わせて活用しています。

映像からどのような情報を読み取れるか、どういった異常を検知できるかなど、情報解析の分野は大きな進展があります。

森林管理システムの画面。黒枠はクレジット申請対象地、青枠はそのうち異常発生の可能性を示す
(出典:「Google Cloud 公式ブログ」2023年12月8日)

細島  現場の感覚から言えば、革命的な変化ですね。これまで人間の目や経験に依存していた森のマッピングが、客観的なデータによって裏打ちされるようになりました。


森林J-クレジットの挑戦

──そうしたテクノロジーによって森林の「J-クレジット」も可能になったとのこと。改めて、J-クレジット制度の概要から伺えますか。

前田  J-クレジット制度は、カーボンクレジット(企業や組織が実施した温室効果ガスの削減量や吸収量を認証して取引可能な権利としたもの)の一つです。

経済産業省、環境省、農林水産省が共同で運営し、省エネ設備の導入、再生可能エネルギーの利用、そして森林管理を通じたCO2の削減・吸収量を国が認証する制度なんです。

認証されたクレジットは経済的価値を持ち、売買が可能です。

中でも森林J-クレジットは、日本のNDC(国が定める温室効果ガス削減目標)に貢献し、豊かな森林資源の保全を進めるうえでも、極めて重要な役割を担っています。

──そしてJ-クレジット事業もまた、テクノロジーに支えられていると。

前田  そうです。2020年末頃、社有林の現場では、「森林のCO2吸収量をクレジット化するためには、人手による測量が必要」との声がありました。ですが、「航空測量データを活用できるのでは?」という仮説を立てて、社有林での実証実験を行ってみたんです。

ただ、実際に進めてみると、単に技術的な問題ではなく、制度そのものを変革する必要が出てきました。

──制度改正も必要だったと。

前田  ええ、技術自体はすでにあって、三井物産フォレストがスマート林業を進める中、航空測量の技術を取り入れて森林のデータは蓄積されていました。

しかし日本では、航空測量技術を排出権取引に応用するための制度が整備されていませんでした。

そこで、各省庁・行政機関との調整や、航空測量技術の専門家との議論も重ねて、制度と、社有林での実証実験で得たデータを用いた技術の両面から包括的にアプローチしていき、ようやく可能となりました。


持続的なパートナーシップへ

──現在の取り組み状況はいかがですか。

前田  現時点で、私たちは500万トン超の森林J-クレジットのプロジェクト登録を予定しています。

──J-クレジットを購入する側となる企業の反応はどうでしょうか。

前田  2026年度から本格稼働する排出量取引制度を見据えて動きが活発化しています。

以前は、J-クレジットの認知度が低く、需要量も少ない状況でした。しかし、いまは2030年、2035年の削減目標達成に向けて、具体的にどれくらいのクレジット調達(購入・創出)をするか、各社が検討を具体化させていると感じています。

また、最近はFSC®認証を取得した森林であることに魅力を感じて、私たちの社有林から創出されたJ-クレジットを求めていただく声もあったり、J-クレジットの創出元である森自体のストーリーに注目いただくケースも出てきています。

──具体的な取引事例として、マツダとの協業が話題になりました。

前田  マツダ様との協業は、ただのクレジット取引にとどまらないパートナーシップの象徴的な事例ですね。

マツダ様は2035年にグローバル自社工場でのカーボンニュートラル実現に向けた一施策として、長期的なクレジット調達を決定しました。具体的には、岡山県の森林整備を行う「おかやまの森整備公社」のJ-クレジットを、マツダ様が複数年度にわたり購入します。

重要なのは、これが単なるクレジットの売買ではない、という点です。 中国地方の森林保全、地域活性化など、より広い文脈での協業を目指しています。つまり、森林の価値を守り、育てていくための長期的なパートナーシップなんです。

──なるほど。しかしながら、J-クレジットについては、「CO2に値段をつけ、必要に応じて売買される商品」という理解にとどまっている方も少なくないと思います。

前田  実際、その側面もあります。放っておけば、二次流通市場で値段が乱高下する取引対象となる可能性もあるでしょう。

ただ、私たちが追求しているのは、そういった短期的な利益ではありません。むしろ、長期にわたって安定的な価値創造の仕組みを構築することです。

私たちは、航空測量データを活用した大規模な森林J-クレジット創出・活用を通じて、その後のデータを活用した地域の森林管理の効率化、再造林の促進や自然資本取組、さらには地域経済の活性化まで視野に入れています。

単に「J-クレジットをつくって、売買して、終わり」というアプローチでは誰も本気で取り組みたいとは思わないんじゃないでしょうか。重要なのは、その先で必要とされる価値をいかに創造できるかだと思います。

細島  その視点だと、アウトドアメーカーのゴールドウイン様との協業も象徴的です。

ゴールドウイン様の「THE NORTH FACE」ブランドで、リュック1点の購入につき1本の植樹を行うキャンペーンを、当社の社有林を舞台に実施したんです。消費者の方々に森林保全の意義をじかに感じてもらえる画期的な取り組みだと思います。

さらに、アパレル製品の輸送時に発生するCO2のオフセットにも、当社社有林で創出された森林J-クレジットを活用いただいています。この取り組みは、林野庁主催の「森林×ACTチャレンジ」でも認定されました。


価値創造の新たなモデルを

前田  重要なのは、J-クレジットはあくまでも移行期の解決策だということです。

2050年のネットゼロに向けて、現時点で削減が難しいCO2排出についてオフセットする役割を担います。ですから、将来的には、企業のCO2排出削減が進み、クレジットへの直接的な依存度は下がっていくべきだと考えています。

私たち三井物産も、国内企業との新たな接点として、本事業を「ドアオープナー」と位置付けています。森林J-クレジットでの取引を機に、企業の脱炭素課題に対して、様々な脱炭素ソリューションを提供する。

かつ、それを入り口として、森林をともに守り育てることを実現していくパートナーを増やしていきたい。目指すところは、一企業の排出権取引にとどまらない、総合的な環境価値の創造です。

──「三井物産の森」について、おふたりはどのような展望をお持ちですか。

細島  木材市況を見ても、林業は非常に厳しい状況にあります。木を売る以外に収益を上げることが難しい中で、木を育てる過程そのものがクレジット化できる仕組みは、林業にとって非常に心強い支えになっています。

森林が気候変動対策や自然資本として注目され始めたいま、そのさらなる価値向上をともに目指してくれる企業を増やしたい。広大な社有林を長年守り育ててきた私たちだからこそできることは、まだまだたくさんあると思います。

そして、今後も持続可能な森林経営のために、伝統とイノベーションのバランスを大切にしていきたいですね。環境価値の経済価値化は重要ですが、その先にある「100年先の森づくり」という視点を忘れてはいけないなと。

前田  長きにわたって守り受け継がれてきた三井物産の森と、京都議定書の時代から20年以上培ってきた三井物産の排出権取引における知見、ネットワーク、そしてデジタル技術など、複合的な要素が絡み合っており、非常に革新的な事業だと感じています。

この森林DXとJ-クレジットの取り組みを通じて、環境価値の創造と経済価値の両立という新しいモデルを確立していきたい。

それが、次の100年に向けた私たちの挑戦です。

NewsPicks Brand Designにて取材・掲載されたものを当社で許諾を得て公開しております。

2025年2月7日 NewsPicks Brand Design

取材: 九龍ジョー
撮影:  山田 薫
デザイン: 小鈴キリカ