ファッション産業は、CO2排出や資源消費、水使用、廃棄問題等、ライフサイクル全体を通して、環境への負荷が大きい産業とされています。そこで、環境問題を解決するために、多くの企業の間でサーキュラーエコノミーや脱炭素化を推進する動きが広がっています。業界が抱える課題とそれに対する企業の取組み、更には消費者のエシカル消費やリユース・リサイクルを進めることの重要性等を解説します。
ファッション産業の環境負荷の現状と課題
ファッション業界におけるCO2排出量の現状
出典:日本総研『環境省 令和2年度 ファッションと環境に関する調査業務』
環境省が発表した2019年時点の供給量をもとにした調査によると、1着の服を生産する際に排出されるCO2は25.5kgと推計されています。また、同調査によれば、国内のファッション業界のCO2排出量は年間約9700万トンです。これは、日本の総CO2排出量の0.8%を占め、世界のファッション業界から排出されるCO2の約21億600万トンの4.5%に相当すると伝えられています。ライフサイクルの中で特に排出量が深刻なのは、原料調達から製造段階です。生産段階では、大量のエネルギーが消費され、原材料調達や縫製・組み立て等の加工工程でも多くのCO2が排出されます。また、廃棄された衣類全体の約70%近くが可燃ごみや不燃ごみとして焼却処分・埋め立てられています。
また、服1着を生産する際に必要な水は2,368リットルと推計されています。国内に供給される衣類の生産に必要な水の量は83.8億㎥であり、そのうち、91.6%が原材料調達段階で使用されています。この水量は、日本国内で消費される水の10.4%に相当します。さらに、合成繊維の衣類は、洗濯や普段の著用でマイクロプラスチックが洗濯水と共に排出され、マイクロファイバーが空気中に放出されます。
このような状況を改善するためには、業界全体で持続可能な生産方法やリサイクルの推進が急務です。サーキュラーエコノミー(循環経済)(*1)の概念を導入し、リサイクル素材や再生可能エネルギーの活用、商品の寿命を延ばす工夫が求められています。*1)サーキュラーエコノミー(循環経済):従来の3Rの取組である、ごみの発生を減らす「リデュース」、繰り返し使う「リユース」、資源として再生利用する「リサイクル」の3つの環境保全につながる取組みに加え、資源投入量・消費量を抑えながら、製品・サービスを通じて付加価値を生み出す経済活動であり、資源・製品の価値の最大化、資源消費の最小化、廃棄物の発生抑止等を目指すものです。また、循環経済への移行は、企業の事業活動の持続可能性を高める取組みでもあります。
気候変動がもたらすファッション業界への影響
気候変動は、ファッション業界の生産や購買にも深刻な影響を及ぼしています。異常気象や洪水、干ばつといった極端な現象が増加する中で、綿花・合成繊維等の主要素材の生産基盤を不安定化しています。これにより、生地の製造や染色にも影響を与え、製品の品質管理の難易度も上がっています。
また、日本においては夏季の高温・長期化が季節商品の需要構造を変容させ、従来の高単価な秋冬物中心の収益モデルが崩壊の危機に直面しています。
一方、気候適応への需要として、機能性素材(防水・通気性)への消費者ニーズが高まっています。業界全体では脱炭素化や生産プロセスの持続可能性課題への取組みが急務となっている中、消費者は価格面で厳しく、環境配慮型商品への支払い意欲が低いという二面性が顕在化しています。このように、ファッション業界は、気候変動の影響と多様化する消費者ニーズへの柔軟性と対応力が求められています。
ファッション産業の脱炭素の取組み
2021年8月には、経済産業省、環境省、消費者庁は「サステナブルファッションの推進に向けた関係省庁連携会議」を開催し、衣類の生産から廃棄までの全プロセスにおけるCO2削減に向けた包括的な取組みを開始しました。こうした動きは、企業だけでなく消費者の行動変容を促すことを目指しています。
業界団体レベルでも、脱炭素へ向けた取組みが積極的に進められています。ジャパンサステナブルファッションアライアンス(JSFA)は、ビジョン2030として、「ファッションロスゼロ」と「カーボンニュートラル」においてそれぞれ目標を掲げています。また、ファッション産業全体での目標では、統一の基準を用いた各過程における単純焼却及び埋め立て量の可視化やその削減、温室効果ガスの可視化を目標としています。
企業レベルでは、原材料調達から製造、流通に至るまでの各プロセスで脱炭素化が進められています。これには、サステナブルな原材料の調達、生産過程でのエネルギー効率の改善、輸送時のCO2排出削減等が含まれます。
ユニクロのサステナビリティ戦略
ユニクロは環境負荷軽減のため、革新的なサステナビリティ戦略を展開しています。その代表例の「BLUE CYCLE JEANS」は、従来の製造プロセスに比べて水の使用量を最大99%削減しています。特殊なレーザー加工技術と少量の水で済む洗浄工程を採用することで、水資源の節約と環境保護を両立させています。
また、「RE.UNIQLO」プロジェクトでは、不要になった製品を回収し、再利用しています。第一弾として、回収したダウン商品を再利用した「リサイクル ダウンジャケット」を発売し、国内外での回収活動を拡大しています。
さらに、ペットボトル由来の再生ポリエステルを使用した「ドライEX」やフリースなど、素材面でも環境負荷の低減を図っています。AIによる需要予測や在庫管理により、過剰在庫や欠品を抑え、効率的なサプライチェーン運営を実現しています。今後は「服から服へのリサイクル」をさらに進め、循環型モデルの構築を目指しています。
無印良品の環境配慮型商品開発
無印良品は、創業以来「素材の選択」「工程の点検」「包装の簡略化」という3つの視点で環境に配慮した商品開発を行っています。オーガニックコットンや再生素材を活用し、品質を保ちながら資源の有効利用を図っています。
製造工程では、規格外素材や端材を活かし、廃棄を減らす工夫を実施。包装は紙製資材や共通容器を用い、過剰包装を避けています。
さらに、AIによる需要予測や在庫管理を導入し、廃棄ロスの削減と業務効率化を両立。店舗では衣類のアップサイクルや地域連携型の循環プロジェクトも展開しています。
H&Mのサーキュラーエコノミーへの挑戦
H&Mは、サーキュラーエコノミーの実現に向けて、積極的な取組みを展開しています。2013年から世界中の店舗で古着回収サービスを導入し、不要になった衣類や布地を回収しています。回収された衣類は、再販売、リメイク、または原材料としてリサイクルされ、資源の有効活用を促進しています。
パリの旗艦店では2018年からリペアサービスを開始し、商品の修理だけでなく、刺繍やパッチワーク等のカスタマイズも提供しています。これにより、衣類の寿命を延ばし、廃棄物の削減に貢献しています。
さらに、H&Mは2030年までに再生可能素材100%の使用を目指すという野心的な目標を掲げ、2040年までにクライメートポジティブ(自社で発生するCO2排出量よりも吸収量のほうが多い状態)を達成することを宣言しています。
H&M財団が支援する「サークル・エコノミー」団体が2025年1月に発表した報告書によると「世界の繊維産業におけるリサイクル原材料の使用率がわずか0.3%」であることも明らかになりました。この課題に対し、H&Mは日本の技術を活用した衣類のリサイクルシステム「Looop」などを導入し、店舗内で衣類をその場で再生する取り組みを進めています。こうした取組みを通じて、H&Mは循環型ビジネスモデルの構築に挑戦し続けています。
個人の選択が未来を変える、サステナブルファッション
ファッション産業の環境負荷が注目される中、私たち一人ひとりの消費行動が持続可能な未来をつくり出す鍵となっています。サステナブルファッションの浸透は、個人の選択から始まります。
エシカル消費の重要性
エシカル消費とは、環境や社会に配慮した製品を選んで購入する消費行動を指します。私たちがエシカルな選択をすることは、需要という形で企業に対し、環境負荷の少ない製品開発を促すメッセージとなります。例えば、リサイクル素材や非化石燃料素材、生分解性素材(*2)によって作られた商品を選ぶことで、それらの素材の需要が高まり、企業はより環境に配慮した商品の開発に注力するようになります。
*2) 生分解性素材:自然環境下の酵素や微生物によって分解される素材。プラスチックごみ問題の解決策として注目されています。
長く着られる服選び
サステナブルファッションの実践には、買い替えの頻度を減らすことも重要です。トレンドに左右されにくいデザインや、耐久性の高い素材を選ぶと、長く愛用できる服を手に入れることができます。また、ボタンの付け直しやほつれの補修等、小さな手入れを心がけると、服をより長く楽しむことができます。こうしたメンテナンスの意識を高め、衣類の寿命を延ばし、ファッションをより持続可能な形で楽しむことができます。
リユース・リサイクルへの貢献
不要になった衣類は、リユース(再利用)やリサイクル(再資源化)に回すことで、資源の有効活用に貢献できます。リユースの方法としては、フリマアプリや古着店の利用、シェアリングサービスの活用等、選択肢が増えています。リサイクルにおいては、多くのブランドが独自のリサイクルの取組みを展開しており、これらを利用することで衣類の再資源化を促進できます。また、自治体の衣類回収サービスを利用するのも、身近なリサイクル方法の一つです。
ファッション業界の持続可能な未来に向けて ― 消費者の行動変容の重要性
ファッション業界の持続可能な未来の実現には、企業の取組みと消費者の行動変容の両輪が不可欠となります。企業は、環境負荷の低い素材の使用や、サーキュラーエコノミーの導入を積極的に進めており、リサイクル素材やバイオマス素材の活用、衣類の回収・再利用システムの構築等がその一例です。また、デジタル技術の活用も積極的に進んでおり、AIを活用した在庫管理システムの導入により、過剰在庫や品切れのリスクを大幅に減らし、効率的な在庫管理を実現しています。サプライチェーン管理においても、AIと機械学習を活用したシステムにより、受発注量の予測等が行われ、より効率的な運営が可能となっています。
一方で、消費者の行動変容も重要な役割を果たします。サステナブルな商品を選ぶことは、企業の方向性を変える力となります。消費者一人ひとりの小さな選択が、ファッション業界全体の未来を大きく変える可能性を秘めています。
今後、ファッション業界が真に持続可能な未来を築くためには、企業の透明性と責任ある行動、そして消費者の意識的な選択が不可欠です。私たち一人ひとりがその変化の担い手となることが求められています。
参考
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