サステナビリティを「事業の前提条件」にする ―― 事業プロセスへの実装から見えた三井物産変革のリアル
有価証券報告書へのサステナビリティ情報開示の高度化が2027年に実施されるなど、企業を取り巻く環境が大きな転換点を迎えようとしています。これまで「コストセンター」と見なされてきたESG対応において、いかにしてマインドと共に組織と事業も変革していくのか。三井物産は6年がかりで、「事業活動の前提条件」として組織に溶け込ませてきた。その取組みを推進してきたサステナビリティ経営推進部長・恩田ちさと氏に、e-dash代表の山崎冬馬が、ESG対応と組織のすり合わせ、現場への地道で現実的なアプローチ、そして揺るがない志を聞いた。
サステナビリティはもはや事業活動の「前提条件」
山崎:多くの企業がサステナビリティへの対応を迫られるなか、いちはやく三井物産は中期経営計画2026において「Creating Sustainable Futures」を掲げ、サステナビリティを経営の中核に据えて来ました。
恩田さんがサステナビリティ経営推進部長に就任されてから6年が経過しました。この6年での社内における変化は、実感されていますか。
恩田:はい、大きく変わりました。端的に言えば、サステナビリティを事業活動の「前提条件」だと認識しています。人権、気候変動、自然資本という3大テーマを毀損しながら行う事業は、もはや永続できないと思っています。
社内稟議の審査でも、それらへの配慮が中長期的に担保されているかを確認しています。仮に今後、世の中でサステナビリティへの逆風が強まったとしても、この方針は揺らぐことはないでしょう。そういう視座で見ています。
恩田 ちさと|おんだ ちさと
三井物産株式会社 執行役員 サステナビリティ経営推進部長
一橋大学卒。1995年に女性総合職4期目として入社。化学プラント部に配属された後、関係会社や基礎化学品燃料部への出向などを経験し、2000年よりベネズエラに2年駐在。その後プロジェクト本部の中南米担当に帰任、船舶・航空本部への社内出向等の経験を経て、2014年よりプロジェクト本部の中南米担当部署にて室長に。2020年よりサステナビリティ経営推進部長、2023年4月より現職。
山崎:現実には、多くの企業において、サステナビリティは依然として「コスト」や「報告義務への対応」だと位置づけています。三井物産において、その段階はもはや過ぎているんですね。
恩田:それを端的に表しているのが当社の中期経営計画の変遷です。過去の中計ではサステナビリティを独立した一つのテーマとして扱っていましたが、現行の中期経営計画2026ではあらゆるビジネスと融合させ、未来に繋げていくことを目指して取組みを進めています。
今後は、あえて「サステナビリティ」と銘打たなくても、全ての事業活動に当たり前のように組み込まれている。そういう段階に進んでいくと考えています。
山崎 冬馬|やまさき とうま
e-dash株式会社 代表取締役社長
三井物産株式会社に入社後、主に電力等のインフラ事業の新規案件開発及びM&Aを担当。2015年に米シリコンバレーに駐在し、エネルギーやモビリティ等のクリーンテック分野でのベンチャー投資・事業開発を担当。帰国後、e-dashの事業を企画・立案し、2022年のe-dash株式会社の設立と同時に代表取締役社長に就任。
山崎:恩田さんが6年間にわたり取組まれてきたなかで、特に重視されたテーマや大きな転換点はありましたか。
恩田:もっとも大きい転換点は、気候変動・自然資本・人権を別々のテーマではなく「統合的に」捉えるアプローチに舵を切ったことですね。
例えば、自然豊かな環境に太陽光発電所を建設するケースを考えてみましょう。 気候変動の観点では貢献になりますが、自然資本の観点では大きな毀損です。さらに、パネルの製造元によっては人権リスクも生じ得ます。
ある軸においては100点の取組みでも、他の軸で大きなマイナスがあれば、それは持続可能とは言えません。すべての軸に配慮することが大切なんです。
山崎:3つの分野を包括的に評価するアプローチは、当時としては先駆的でした。
恩田:気候変動と自然資本を統合的に捉える企業はありましたが、人権を含めた3分野での統合的アプローチを明確に打ち出したのは、私が知る限り当社が初めてだったと思います。今では「統合的アプローチ」は広く使われる言葉になりましたが。
総合商社ゆえの難しさ、総合商社だからできること
恩田:もう一つ意識してきたのは、収益性との両立です。収益が上がらなければ環境配慮への投資もできないし、持続的な事業活動そのものが成り立ちません。
収益を上げて企業が成長しながらサステナビリティを担保する。この二つは矛盾するものではなく、表裏一体だと考えています。
山崎:特に事業部では、収益へのこだわりは強いはずです。そうした現場レベルにおいてサステナビリティを実装していくことについて、総合商社ならではの難しさは何がありますか。
恩田:二つあります。一つはステークホルダーの多様性です。商社は複数のステークホルダーと関わり合って事業を行いますが、それぞれ立場や考え方が異なる。一つのステークホルダーだけを重視するわけにはいかないなかで、収益確保も含めたバランスをどこに置くのか、という観点での難しさです。
もう一つは、事業ごとに脱炭素の成熟度がまったく異なることです。石炭火力を使っている相手に一足飛びに再生可能エネルギーへの転換を求めるのはハードルが高く、そのような相手に対して、まずガスへの転換、ガスを使っている相手には再生可能エネルギーへの移行と、段階に応じて取り組むべき内容が違います。従って、画一的なソリューションを押しつけるだけでは対応できません。
山崎:なるほど。一方で、こうした多様なメニューを持っていることは総合商社の強みでもありますよね。
恩田:おっしゃる通りです。多様なステークホルダーの存在は事業推進の難しさでもありますが、そうした関係性のなかで事業を展開することで、多様なソリューションやメニューを蓄積し、相手の状況に応じて最適なものを提供していくことができるのが総合商社ならではの強みです。
さらに言えば、多様なメニューを持っていること自体は、政治的リスクや地域ごとの規制変動に対するヘッジにもなっています。
山崎:お話をうかがうほどに、総合商社におけるサステナビリティ推進は、困難であるけれど必然的な取組みだと再認識しました。
恩田:究極的には、サステナビリティの実現は社員ひとりひとりが当たり前のことと捉え、事業におけるサステナビリティのためにはどうすべきか、実現にはどのようなリスクがあるのか、と考えなければいけないことなんです。
制度を作らず、行程に溶け込ませ、マインドを変える
山崎:その「当たり前」を組織に浸透させるのは容易ではありません。恩田さんは具体的にどのような取組みを実施されてきたのでしょうか。
恩田:サステナビリティは理念的に捉えられることが多いですが、私が意識してきたのは、サステナビリティを現場での一つの判断軸になるよう仕組み化することでした。現在、三井物産が実行するほぼ全ての事業案件は、検討段階から稟議の審議にまでサステナビリティ経営推進部も関与しています。
また、例えば人権デューデリジェンスは時間をかけて推進主体を当部から各事業本部へ移管しました。現場の一人ひとりが、自身の担当する事業にどのようなリスクがあり、どう社会に貢献できるかを考え抜く必要があるんです。そうやって業務のなかで自分事として意識してもらうことで、会社の文化としていくことが重要だと考えています 。
山崎:制度面でも何か変わったのでしょうか。
恩田:はい。かつては環境・社会リスクのある案件を「特定管理事業」として別カテゴリで稟議を上げる制度がありましたが、5年前に廃止しました。もはや特定のリスクではなく、全ての案件に普遍的に存在するリスクだという認識です。
結果として、当部が回覧する稟議の数は圧倒的に増え、事業本部の側もリスク分析のなかに環境・社会リスクを自主的に組み込むようになりました。今後は稟議のフォローアップ、つまり稟議で約束したことの履行確認にも注力していきます。
山崎:三井物産は16もの事業本部があり、商材も地域も多岐にわたります。ひとりひとりの社員に対しては、どのようにして浸透を図ってこられたのでしょうか。
恩田:すべての事業本部において担当者を置いていただいて、その担当者を通じてサステナビリティに関する考え方やルールを各事業本部や本部長に伝えていただいています。
もちろん、すべての社員に対して研修やeラーニングも実施しており、知識として理解してもらっていますし、各本部長には少なくとも年に2回、私から直接当社のサステナビリティに関する取組みと状況についてお話しています。
山崎:総合商社のような複雑で巨大な事業領域やサプライチェーンを持つ組織においては、そのように丁寧に進めることが変革において必要なのですね。
恩田:商社は扱う商材も地域も多岐にわたるため、何かを実現するにあたって正解は一つではありません。だからこそ、地に足のついた現実的なサステナビリティ推進が必要です。
そのなかで、様々なステークホルダーを巻き込みながら行う事業が多く、それぞれの優先順位のバランスを取りながら収益もしっかり上げていく難しさがあります。
山崎:事業部からの反発はなかったのですか。
恩田:私が就任した2019年頃は、世の中のサステナビリティへの意識は今ほどではありませんでした。一方で、三井物産ではすでに全社的なCO2排出量の算出を行っていて、その数字を見れば気候変動へのインパクトは一目瞭然です。だから、各事業本部においても、当然のことと受け止められたんだと思います。
こうして振り返って見れば、とにかく地道に事業本部や社員とコミュニケーションを図ってきたことが大きかったと思います。
ESGを通じて外とつながり、外からも評価される
山崎:本当に地道かつ細やかな取組みには頭が下がります。こうした変革への取組みは、時に担当者を孤立させることもありますが、恩田さんご自身はいかがでしたか。
恩田:サステナビリティ経営推進部は、ひとつの部署ですべての事業本部と相対するので、就任当初は悩むことも多かったです。そこで、他の総合商社のサステナビリティ担当者に声をかけ、情報交換の場を作りました。この連携はもう4〜5年に渡って続いています。
競合関係にある商社同士ですが、この分野では出し抜き合いは意味がない。自社の立ち位置を確認し、他社の取組みを参考にしながら、業界全体のレベルを上げていくという意識が共有されています。この時のメンバーは、今でも気軽に相談しあえる関係です。
山崎:e-dashでも金融機関同士の連携を支援していますが、同様の光景があります。メガバンク同士が、本業では競争関係にありながら、サステナビリティの領域では「一緒に進めたい」と声をかけてくださる。個社の利益を超えた共通課題だという認識が、業界を横断して広がっていると感じます。
一方で、世界に目を向けてみれば、米国のパリ協定離脱、欧州の規制緩和など、外部環境が目まぐるしく動いています。グローバルに事業を展開するなかで、この変化をどう捉えていますか。
恩田:政治動向による制度変更などによって、案件の進行速度に多少の影響はあると思っています。
しかし、脱炭素や人権尊重、自然資本が中長期的に重要な課題であることは、変わらないと思います。当社にとって必要だと考える取組みを地道に続けていくことが、外部環境が揺れ動く状況において最も重要な当社の基本姿勢だと考えています。実際、現在の環境変化をうけて、当社として方針を変えたことは一つもありません。
昨年からは欧州に専門人材を駐在させ、現地の企業やEU関係者と直接ネットワークを構築しています。彼らからのフィードバックも、「政治は政治、企業活動は別」という点で一致しています。
山崎:サステナビリティの取組みが企業価値にどう結びつくのか。これは多くの担当者が経営層への説明に苦慮するテーマです。恩田さんはどう実感されていますか。
恩田:最も強く実感しているのは、パートナーや顧客からの信頼獲得です。先日、ある海外パートナー企業の副社長が来日された際に、当社のサステナビリティの取組みと社員のボランティア活動について説明しました。
面談後に「三井物産さんはこういう面でもしっかりやっている。今後さらにパートナーシップを深めたい」と言っていただいた。国内の顧客や投資家との対話でも同様の反応があります。
今この瞬間、サステナビリティが直接収益を生んでいるとは言い切れませんが、着実に取組みを進めることで、顧客やパートナー、投資家といったステークホルダー、そして社会からの信頼を獲得することにつながっていることを実感しています。
山崎:まさに、非財務の取組みの企業価値化ですね。
志 ――「未来に選択の余地を残し続ける」
山崎:最後に、サステナビリティ推進に携わる読者の皆様に向けて、恩田さんの志をお聞かせください。
恩田:私の志は、「未来に信念のたすきをつなぎ、未来における選択の余地を残し続ける経営を実現すること」です。昨日よりも今日、今日よりも明日、少しずつでも世の中を良くしていきたい。
6年間やって来ましたが、正直なところまだ道半ばです。すぐに結果が見える仕事ではないし、様々なステークホルダーが存在するなかで常にただ1つの正解があるわけではありませんので、心がくじけそうになることもあります。
でも、自分が大事にしている言葉が一つあって、それは「コミットメント」です。自分のやっていることで会社が少しずつ変わっている。その小さな成果に目を向けて、次への力にしていく。
サステナビリティの推進に取り組む全ての方に、そうした姿勢が何かのヒントになれば幸いです。
山崎:恩田さんとの対話から、改めてサステナビリティの推進は担当者の姿勢に懸かっていることを痛感しました。
事業活動の「前提条件」となるような仕組みをいかに組織にインストールするのか。そして社員ひとりひとりが「当たり前」だと考える文化づくり。この両面をぶれることなく進めていく上で、恩田さんの「コミットメント」がカギだったと思います。
e-dashとしても、そうした志を持つ企業の推進者の皆様に伴走し、実装の力で貢献していきたいと考えています。
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