CDP評価で見る日本企業の脱炭素戦略と国際的課題
CDPスコアは企業経営や投資に影響を与える国際的な評価指標です。CDPの役割や日本企業の気候変動対策、中小企業や自治体の取組み、政府の支援の重要性について伺いました。
2000年に英国で設立された非営利団体CDP。現在CDPのランク評価は、企業の環境情報開示として定着しました。2023年度はすべての質問書を合計して世界で約2万もの企業や自治体が、CDPを通じた情報開示を行っています。
資金調達や企業ブランド、リスク管理等に世界的な影響を持つCDP評価に対して、日本社会はどう向き合うべきなのか。CDPと協力関係にある公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)の藤野純一さんにお話を伺いました。
企業のCDP活用はリスク管理からイノベーションへ
藤野 CDPは、2000年に英国で設立された環境情報開示を促進する非営利団体(NGO)であり、企業や自治体に対して温室効果ガス排出や環境リスクの開示を求めるプラットフォームとして発展してきました。その後、ESG投資や脱炭素の流れが加速する中で、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)等の国際基準と整合性を持たせながら進化しています。
CDPの質問書のテーマは気候変動に限らず、水資源管理や森林保全にも及び、国際的なESG評価の一次データ源として活用されています。 CDPは、企業に共通の質問書を送ることで、比較可能な一次データを集めています。一方、最近では企業がサステナビリティに関する情報を財務報告に組み込むための基準として、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)や、企業が自主的にサステナビリティを報告するための基準であるGRI(グローバル・レポーティング・イニシアティブ)等の国際基準もあります。これらの基準は、それぞれ異なる役割を持ちながらも、統合的に運用される傾向があり、大きな違いはありません。
CDPは、自らの評価基準(スコアリングメソドロジー)を策定しているところが特徴的です。つまり、国際基準に整合しているかを確認できるのです。すなわち、TNFDやTCFDといったフレームワークと連携しつつ、企業が環境リスクを適切に開示し、投資家や市場が正しく評価できる仕組みを提供しています。
藤野 純一(ふじの じゅんいち)
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES) 上席研究員/サステイナビリティ統合センター プログラムディレクター
1972年生まれ。東京大学(工学博士)修了後、国立環境研究所へ。政府の委員会でパリ協定の目標値策定に参画、内閣府「環境未来都市」の委員として自治体支援等。現在は日本・アジアの国や都市の脱炭素化・SDGsの実践支援、「脱炭素先行地域」評価委員会(座長代理)。気候変動のCOPには2005年から継続して現地参加。現場の活動を大事にしている。
——CDPへの対応が、企業にはどんな影響があるか。特に投資家、あるいは消費者への影響について教えてください。
藤野 先進的な企業は、CDPの開示フレームワークを活用しながら、自社の気候変動対策を加速させています。しかし、多くの企業にとってはリスク管理の一環としての対応が主流となっています。特に日本では、「取り組まなければならないから対応する」という受動的な姿勢の企業が多く見受けられる一方で、グローバル市場では、ESG評価の一部としてCDPスコアが取引条件の一つとなるケースが増えています。 例えば、自動車業界やサプライチェーン全体では、CDPを含むESG開示基準を満たすことが競争優位性の要因となる場合があります。
投資家は、CDP評価の高い企業をESGリスク管理が進んでいる企業として評価する傾向があります。一方、CDPのスコアが低い企業や開示を行わない企業は、投資家にとってリスクと見なされる可能性があり、特に欧州市場ではCDPの評価が資金調達や投資判断に影響を与えることがあります。
消費者向けの影響については、CDP自体の認知度は一般消費者の間ではまだ限定的ですが、企業のブランド戦略やマーケティングを通じて間接的な影響を与える可能性があります。 例えば、環境配慮型製品を提供する企業がCDPの高評価を活用してブランディングを行うことで、消費者の購買行動に影響を与えるケースも見られます。 そのため、企業はCDPの評価を単なるリスク管理としてではなく、積極的にブランド価値を向上させるためのツールとして活用することが重要でしょう。
CDPと国際基準への関与。日本企業の役割
——日本企業の気候変動に対する取組みは、国際的に見てどのような水準にあるとお考えですか。
藤野 CDPは、「開示、認識、管理、先進的取組み」の4段階で、企業の環境情報開示と対策をスコアリングし、A(リーダーシップ)からF(未開示)までの評価を与えています。CDPのAリストに日本企業が多く掲載されていることは、日本企業が国際基準への適応力を備えていることを示しています。しかし、基準に適応するだけでなく、より積極的に基準策定のプロセスに関与することが重要です。 例えば、TNFDには、数多くの日本企業がアーリーアダプターとして参加しています。こうした動きが今後のESG評価の枠組みに影響を与える可能性があります。 欧米企業や国際機関が強い影響力を持っている中で、日本企業がどのように協力してルール形成に関与するかが鍵となります。
CDPの評価基準は、CDPという専門NGOが主導して策定されますが、企業や投資家のフィードバックも考慮される仕組みとなっています。 一方、TCFD、ISSB、TNFDは、企業が直接参画してルール策定に影響を与える機会があるため、日本企業はこれらの場に積極的に関与し、国際的なルールづくりに貢献していただきたいです。
藤野 例えばパタゴニア社のように、抜本的な事業構造の転換を行い、環境配慮型のサプライチェーン管理を実践する企業もあります。日本企業においても、気候変動対応を単なるリスク管理ではなく、競争力強化の機会として捉え、イノベーションを促進することが求められます。
——CDPに回答する上で、企業の課題は何でしょうか。
藤野 企業の多くは、CDPの質問書への対応に慣れてきていますが、今後求められるのは、単にデータを提出するだけでなく、どのように評価され、それをどのように経営戦略や投資判断に活かすかという視点です。 また、国際的な会議やサステナビリティ評価の場で、積極的に自社の取組みを発信する能力(グローバルコミュニケーション力)を高めることが、競争力の向上につながります。
今後、CDPの評価基準が進化し、企業の具体的な取組みや実績がより厳しく問われる可能性があります。 そのため、日本企業は単に基準に従うのではなく、科学的根拠を持った提案を行い、国際的なルールづくりに積極的に関与する姿勢が求められます。
私は、気候変動のCOP(締約国会議)には、2005年に行われたCOP11から毎回参加していますが、特にここ数年は、多くの政府や国際機関、支援機関、企業等が会場内にパビリオンを設置するようになり、さまざまな主体の気候変動対策をプレゼンし合うExpo(万博)の様相を呈しています。日本政府もジャパンパビリオンを設置していますが、ここ数年は企業と連携しながら、環境技術や脱炭素の取組みを国際的な場でより積極的に発信しています。
藤野 このような機会を活用しながら、日本の企業や自治体が持つ優れた環境技術や持続可能なビジネスモデルを、グローバルな視点で共有し、国際的な議論をリードするための人材を育成することが今後の課題です。 これにより、日本が環境・サステナビリティ分野で更なる影響力を発揮できると考えています。
——現在の社会風土を改革するために、何が必要なのでしょうか。
藤野 企業によっては、攻めと守りのバランスが偏り、あまり変化を求めず、より守りに入っている印象があります。5年後や10年後だけでなく、2030年や2050年といった長期目標が求められる中で、短期的な業績を優先しがちな経営姿勢が課題となっています。 企業の存続も重要ですが、「何のためにビジネスをしているのか」を見失い、利益のみを重視する姿勢が意欲のある若い世代からも問われています。
また、社会風土という意味では、企業に限らず国も同じです。アメリカでは、2018年にトランプ政権が中国製太陽光パネルに最大30%の関税を課し、国内産業の競争力強化を試みました。 一方、日本ではFIT(固定価格買取制度)を導入することで再エネ導入量は増えたものの、国内の製造業の競争力強化には十分な対策が講じられませんでした。 1974年の「サンシャイン計画」等、日本はかつて太陽光発電技術の先駆者でしたが、2021年時点で世界市場における日本の太陽光パネル生産シェアは1%未満に低下しています。
エネルギー安全保障の観点からも、日本の再エネ技術や産業政策の強化が求められています。近年では、水素エネルギーや次世代型蓄電技術への投資が進められていますが、国際競争力を高めるためには、更なる産業戦略の策定と市場形成支援が必要です。 日本の企業や政府が連携し、再エネ技術をはじめとする脱炭素技術の研究開発・普及策を強化し、国際市場での影響力を高めることが期待されます。
——日本企業が今後、高評価を得るための効果的なアプローチはありますか。
藤野 今後、企業の評価は、ESG基準に基づく情報開示の透明性と、具体的な温室効果ガス削減の成果がより求められていくでしょう。特に、CDPやTCFD、TNFDといった国際的なフレームワークに対応し、開示データの信頼性を向上させながら、具体的な行動をとることが重要です。
そのため、単に「できる対策」を講じるだけでなく、数値的な削減目標を明確に設定し、本当に削減が進んでいるのかについて第三者認証を取得するなどの対応が求められます。
一方、中小企業等の現場では、「会社の存続」「後継者問題」「投資の回収期間の不透明さ」といった切実な課題が挙げられます。政府は、省エネ対策を支援するために、すでに「省エネルギー投資促進支援事業」や「エネルギー使用合理化等事業者支援事業」等の補助金制度を提供しています。しかし、特に小規模な企業には情報がなかなか届かないケースや、そもそも制度の対象条件から外れているケースもあり、より多くの企業が利用しやすい制度設計が求められます。
特に最近、高騰する光熱費が経営そのものを圧迫しており、ほとんどの企業が対応を迫られています。徹底的エネルギー消費の効率化は経済的メリットにもつながりやすいでしょう。加えて安価になった太陽光発電を積極的に導入することも重要です。国としては、単に補助金を提供するだけでなく、中小企業の現場の実態に即した柔軟な支援策を構築することが求められます。
危機意識とリーダーシップで変革を
——CDPはどのように進化していくと思われますか。
藤野 現在ではESG情報の評価や投資家向けの指標として、グローバル市場において重要な役割を果たすようになりました。 今後、CDPの評価基準はTCFD、ISSBやTNFDといった国際的な基準との整合性を高め、より包括的なESG評価の枠組みを構築する方向に進化する可能性があります。 そのため、日本企業も単に後追いで基準に適応するだけでなく、ルール形成のプロセスに積極的に関与し、科学的根拠に基づいた提言を行うことが求められます。
特に、アジア太平洋圏の視点を考慮したルールづくりが重要になってきます。日本の企業が国際的な枠組みに積極的に関与し、TNFDのようにルール策定の初期段階から参加することで、サステナビリティ基準の策定に影響を与える機会を増やすことができます。 そのため、日本企業や政府が連携し、持続可能な発展のための国際ルールづくりに戦略的に関与することが今後の大きな課題となります。
SDGsのフレームワークもうまく活用しながら、日本が持続可能な社会の実現に向けて、積極的な提案と貢献を行うことが期待されます。 すでに問題意識を持っている日本企業も多く、今後の更なる発展に期待しています。
——中小企業、あるいは自治体や政府に対して、どんなことを期待されていますか。
藤野 多くの中小企業は、優れたアイデアや独自の強みを持っています。これらの企業が持つソリューションは、更にマーケットを開拓しうる力があるため、大学や研究機関、大企業等と連携し、持続可能なビジネスモデルを構築することが重要です。 CDPに代表されるESG評価は、大企業を中心に適用されるケースが多いため、中小企業は、サプライチェーン全体の脱炭素化に貢献しながら、競争力を高めることが求められます。
自治体にとっては、CDPは主に企業向けのフレームワークとして受け止められていますが、「CDPシティ(CDP Cities)」のように自治体向けの評価制度も存在します。そのため、既存のCDP、TCFD、TNFDの基準を活用しながら、自治体の脱炭素施策をより評価しやすい指標を発展させることが重要です。
政府については、例えばエネルギー基本計画の策定において、市民や中小企業の視点をさらに反映させる仕組みの強化が求められます。 2023年度には、エネルギー政策は有識者会議やパブリックコメントを通じて議論されていますが、より幅広いステークホルダーが関与し、透明性を高めることで、実効性のある政策が生まれるでしょう。
また、日本の地域特性を活かした脱炭素政策が重要です。例えば、東北地方では冬の寒冷環境により暖房用のエネルギー需要が高く、高断熱住宅の普及や再生可能エネルギーを活用した地域エネルギーシステムの整備が、地域経済の発展にもつながります。 政府は、こうした地域ごとのエネルギー政策を支援し、実践的なカーボンニュートラル政策を推進すべきです。
どんな組織も、危機意識が芽生えないと変化を起こそうという動機が生まれず、「我がこと」として、主体的に取り組まないのではないでしょうか。それぞれのリーダーが何を感じ、どのようにして先取りした動きを取れるのか。例えば、首長自らが変容し、ピンチをチャンスにしていくような地域には、人も集まってくるはずです。その時に旧体制的なトップダウンや内部リソースだけに頼るのではなく、外部のリソースも積極的に活用して、小さくても、早く、しかし確実にプロジェクトを動かし、致命的でない(数多くの)失敗をしながら、成功事例を作ること。そして、上位下達的ではなく、地域の優れたソリューションを支えるフォロワーがどんどん生まれてきたらと思います。
気候変動の話に限らず、国際的な視点をもち、一人ひとりが常に違和感をごまかすことなく、自由に意見を言える社会風土や組織を作っていくことも、大変重要だと考えています。
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