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コラム

最終更新:2024.03.19

生物多様性は、気候変動と合わせて考える。IUCN道家哲平さんが示す「まず取り組むべきこと」とは

気候変動に関するCOP同様、生物多様性に関するCOP(生物多様性条約締約国会議)も、約2年に一回、開催されていることをご存知でしょうか。2024年はCOP16の開催が予定されており、世界目標の進捗に注目が集まっています。COPをはじめとする重要な会議への参画や国際動向の取りまとめ役として活躍されている、国際自然保護連合(IUCN)日本委員会事務局長の道家 哲平さんを訪ねて、ビジネスの視点から見た生物多様性の問題についてうかがいました。

生物多様性条約のCOP、前回までを振り返る

――道家さんはこれまで生物多様性のCOPに継続して参加されています。今年のCOP16について考えるためにも、前回のCOP15の感想から教えていただけますか。
道家 COP15は、生物多様性条約における世界目標の設定を主なテーマにして、2022年12月7日から19日までの間に開催されました。しかし実はその前から、世界目標の交渉プロセスは4年に及んで議論が進められていました。自然環境を守りながら暮らす国々と、主に自然を消費してビジネスを回す国々が、どんな目標をもって協力し合えるのか。先進国が自国の自然だけではなく途上国の自然資源を浪費してしまっている状況では、本当に難しい議論でした。私も公式の会議は全て参加しましたが、まさに紆余曲折だったと言えます。
道家 哲平(どうけ てっぺい)
国際自然保護連合(IUCN)日本委員会事務局長。千葉大学大学院在籍時の翻訳ボランティア活動を経て、2003年より日本自然保護協会(NACS-J)に所属。同協会が事務局を務める国際自然保護連合(IUCN)事務局担当職員を兼務後、2016年に事務局長に指名。2008年の生物多様性条約(COP9)以降、全COPに出席し、2010年愛知県で開催されたCOP10では、NGOグループの全体運営を統括。生物多様性の世界目標に向けて、行政・企業・自治体・NGO・研究者をつなぐ「にじゅうまるプロジェクト」を展開する他、世界動向の情報収集と分析、分かりやすい発信を実践する。各種委員会検討会の委員就任や講演等多数。
道家 議論を重ねたことを表す一例として、「ブラケット」の数があります。ブラケットとは、まだ全体合意に達していない、再検討の余地がある文言箇所につけるカッコ [  ]のことです。COP15の開催前は、30数ページの締結文書の中に1,100箇所ものブラケットがありました。何度も交渉会合を重ねながら、COP15開催時には700箇所までに減らし、会期中は残りの700箇所について議論を進めました。
195カ国が合意できる目標を定めるため、細やかに議論を重ねたことで「ネイチャーポジティブ」や「30by30(サーティ・バイ・サーティ)」など重要なキーワードがいくつも誕生しました。それを思うと、とても重要な4年間の議論であり、COP15の成果を振り返るときに、この4年間の意味を考えずにはいられません。

「ネイチャーポジティブ」「30by30」とは

道家 またCOP15では、気候変動条約でうまく進んでいることを生物多様性条約でも参考にしよう、という動きが見られました。例えば「気温上昇を、2℃を十分に下回る程度に抑え、1.5℃に近づくよう努める」に対応する生物多様性のキーワードになる言葉を模索したこともそのひとつです。最終的に「ネイチャーポジティブ」という言葉で合意しました。
ネイチャーポジティブとは、自然を回復軌道に乗せるために、生物多様性の損失を止め、さらにプラスに反転させることを意味しています。これまでの環境配慮は、自然に対するマイナスの影響がゼロに近づくよう、軽減する考え方をしていました。しかし負荷をゼロにするだけでは回復に転じることができません。自然資源は、回復力を後押ししながら使う形に転換する必要があり、ネイチャーポジティブとは、私たちが危機意識を共有するための言葉だと言えます。
そしてもうひとつのキーワードが、「30by30」。これは「気候変動の”カーボンニュートラル”に相当するような、生物多様性の目標は何だろう?」の答えです。カーボンニュートラルによって「世界で排出できるCO2の上限」が意識されます。30by30が意味することは、自然資源を持続可能に保つために、自然と人間が共にあるエリアが必要であり、人間が自由に使える土地の量に制限を持たせる考え方です。具体的には、2030年までに少なくとも30%を守ること。工場を建てるとか人工的なことは7割までにとどめて、3割は自然が守られ、その自然の恵みが享受され、人間との共生が叶う場所に変えましょう、という目標です。
こうしたキーワードができた最大のメリットは、国際的な取り決めの速度が速められることにあると考えています。実際、気候変動条約では、パリ協定ができたことで「カーボンニュートラル」と「1.5℃目標」というコンセプトが明確になりました。それに伴い、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が作られています。
生物多様性でも「ネイチャーポジティブ」と「30by30」が誕生したことで、TCFDならぬTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)、つまり、Nature-relatedのNを基準としたリスクや機会の開示が作られました。加速度的な変化のきっかけという意味でも、COP15は非常に意義のある場だったと言えます。
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生き物が絶滅していく現状

――基本的なことですが改めて、気候変動だけではなく、生物多様性の損失についても企業が取り組む必要があるのはなぜか、教えていただけますか。
道家 端的に言えば、自然の危機が止まらないからです。私たちIUCNでは絶滅危機にある野生動植物のレッドリストを作成しているのですが、この数年、絶滅危惧種の数はすごい勢いで増えています。日本人にとって縁遠い生き物だけではなく、身近な生物も絶滅の危機にあるんです。
例えば、マツタケ。原因は、採取時に周辺まで取りすぎる影響や、自然火災が考えられます。アワビも日本では3種類が食されていますが、2022年から3種類ともレッドリストに絶滅危惧種として入りました。また食卓でもお馴染みのアトランティックサーモンやサワラも、このままの速度で減っていくと絶滅危惧種になってしまう、現時点では準絶滅危惧種とされています。
ミツバチの減少について聞いたことがある方もいるかもしれませんが、なかでもマルハナバチはヨーロッパとアメリカで絶滅の危機にあります。日本ではまだハチを業者から購入できているので、ミツバチの減少問題に鈍感でいられるかもしれませんが、マルハナバチはトマトやブルーベリーを実らせる存在です。そもそも世界の食べ物の75%は、ハチを含めた自然の受粉機能によって育つので、マルハナバチのような存在が減っている現状は、ビジネスどころか私たちの生活にも無関係ではありません。私たちIUCNも絶滅のおそれのある野生生物の種を「レッドリスト」としてとりまとめています。
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――国内企業の問題意識にも高まりを感じられますか。
道家 情報の速さや関心の差はさまざまですが、決して日本企業の問題意識が低いと思ったことはありません。生物多様性条約のCOP10が愛知県で開催された時も、日本企業の参加はたくさんありました。また前述のとおり、TNFDの情報開示ができたことが、より大きな転機になったと感じています。
生物多様性のTNFDは、グローバルな枠組みが作られているうちから日本の協議会が早々に発足しましたし、同時に企業でも、それまでは社内のCSRや社会貢献といった範囲だったことから「本気で取り組まないといけない」とギアチェンジしたような、急速な変化を感じます。実際COP15の日本企業の参加数は、COP14から3〜4倍に増えていました。
私たちIUCNでも、2006年頃から企業との取り組みが増えています。いろいろな企業と協力し合い、ビジネスをどう変えていくのか、という協力関係に向けた動きですね。 いつも国際会議を終えると報告会を開くのですが、COP14から15にかけて、報告会の参加者も半分は企業の参加になりました。金融機関の方を含めて、NGOとの情報交換や、市民団体が思う課題をいち早くキャッチしようとする、明らかな企業の意識の高まりを感じます。あと私の講演依頼も、企業からのご依頼が増えましたね。一社が単体でご依頼くださることもありますが、業界団体に向けてお話しする機会も増えています。

ポイントは、地域で横に広がる協力体制

――企業活動が複数地域に及ぶ場合などは、どのように考えて取り組めるのでしょうか。
道家 IUCNのビジネス向けガイダンスでも紹介しているのですが、一団体や一企業だけで進めることではなく、協力を前提にしてもらうことが大切です。例えば、一社だけでただ植林を行うことよりも、その地域全体の自然回復につながることを考えることです。そのためには、地域ごとに戦略やアクションプランをまとめることがとても重要になります。同じ地域にある複数の企業、あるいは同じ地域に関係する企業同士で協力し合うことがこれから必要です。地方自治体も、生物多様性地域戦略を作るなどして、協力の土壌を構築するべきでしょう。
また、そもそも地域の自然にとって良い状態をどう定義するのか、という問題もあります。これは「エコシステムアプローチ」という、自然と付き合うための12原則にまとめられているのですが、第一に挙げられていることは、土地・水・生物といった自然資源の利用は社会的選択によると明示されています。つまり、地域における自然との付き合い方は地域が主体になって決める、ということです。あくまでも地域社会が、自然との関わり方やどんな状態を目標にするかを決めるのが原理原則になります。
例えば社有林を所有する企業もありますが、自社の社有林だけの活用方法を考えるのではなく、その地域における社有林の価値を考えること。自然環境における地域戦略を考えて、関係する企業間を取りまとめ、地域にとって良いプランを練ったりする、生き物や自然環境をよく理解したコーディネーターのような役割が求められていくでしょう。そうした“グリーンジョブ”を作っていく時代になっていくと思っています。
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目標から具体的なアクションへ。COP16の争点とは

――今年開催されるCOP16、注目されている点を教えてください。
道家 生物多様性条約のCOP16は、2024年10月にコロンビアで開催予定です。キーテーマの一つが、世界目標の実施です。COP15でできた世界目標に基づいて、各国の目標やターゲットをどこまで作り込めるのか。これは気候変動条約でいうところの「国が決定する貢献」、NDCの生物多様性バージョンとも言えます。
そして資金の問題も議題に挙がると思います。気候変動条約のCOP27でも、「損失と被害の基金」ができましたが、生物多様性でも2023年の8月に「生物多様性枠組基金」、GBFファンドが発足しました。先進国負担、途上国における有効活用や、資金目標設定は次回の議題になると思います。
もう一つ注目しているのは、遺伝資源に関する塩基配列情報、というテーマですね。これはデジタル化された遺伝子情報を利用した際の利益配分のこと。少しテクニカルな話ですが、環境DNAと呼ばれる調査手法があります。例えばあるエリアで水を採取し、DNA情報を調べて、データベースと照合すると、その水辺にどんな生物がいるかがわかります。森林の水辺で汲んできた水を照合しただけでも、絶滅危惧種のカスミサンショウウオがいる地域だとわかる、といった具合です。
これが水に限らず、大気からも取れるんじゃないか、あるいは、森の木々に伝わる雨水からも調査できるんじゃないか、といった研究が進んでいます。そのため、自然資源を守っている途上国と、その利用からビジネスを生み出す先進国のフェアな関係性を考えた時、電子化された情報だって利益配分が必要なのではないか、という主張がなされています。これは生物多様性条約全体の課題でもありますが、先進国と後進国のフェアな関係性を保つための議論は、まだまだ時間をかけて話し合う段階にあると言えます。
――これから生物多様性の問題に取り組むひとは、どんなことから始めるのがいいでしょうか。
道家 先ほどお伝えした情報開示、TNFDに注目していただくのが良いと思います。すでに『自然関連財務情報開示タスクフォースの提言』が日本語版も公開されていますので、まずは一度じっくりと目を通してみてもらいたいです。読んでもらうと、自社と自然環境がどんな関係にあるのか、今はどのように自然資源を利用しているのか、あるいは、自然環境に依存せずに自社ビジネスは成り立つのかどうか、といったことに考えが及ぶと思いますし、世界の動向を理解することができると思います。
自然環境と無関係の企業はない、という認識も強まると思いますし、世界の現状を知ることは重要です。気候変動と連動するリスクなど、さまざまな課題がありますが、まずはTNFDを知り、できることから始めてみてほしいです。また、情報を持っているNGOの会員になることや、最新の質の高い情報を得られる媒体を把握することも大事です。生物多様性を巡る国際動向は、これからも急速に動きます。最新情報が得られる環境をつくることも考慮するべきステップと言えるでしょう。

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