二酸化炭素の除去技術「DAC」とは。世界の最新事情と私たちにできること - Green&Circular 脱炭素ソリューション|三井物産

ソリューションカーボンオフセット

最終更新:2025.05.30

二酸化炭素の除去技術「DAC」とは。世界の最新事情と私たちにできること

大気中のCO2を分離・回収するDAC(直接空気回収技術)は、気候変動対策と将来の資源確保の両面で注目されています。技術や課題、国際的な動向について金沢大学の山田秀尚教授に伺いました。

大気中のCO2を直接回収する技術「DAC(ダック)」に注目が寄せられています。2050年までに、温室効果ガスの排出量と吸収量の均衡が取れた状態である「ネットゼロ」を目指す今、CO2をできるだけ排出しない削減対策に加えて、DAC技術が有効なソリューションとなり得るのか。長年、DAC技術の研究に関わっている金沢大学の山田秀尚教授に解説いただきました。

除去だけじゃない。将来的な資源という壮大な役割

——DACはどのような技術で、なぜ注目されているのでしょうか。
山田 DAC(直接空気回収技術)とは、空気中に含まれるCO2を選択的に捉えて、吸収液や吸着剤、分離膜等を使って分離し、濃縮する技術です。空気中のCO2は約0.04%と、火力発電所や工場等「ポイントソース(固定排出源)」の排ガスに比べて極めて薄いため、その分離は技術的ハードルが高いものとなります。
DACの仕組みのイラスト
ちなみに、米国などはDACを行う場所について明確に定義しています。例えば、人為的にCO2濃度が高くなるポイントソース付近はDACの対象外となります。技術的な難しさや回収するCO2の価値を正当に評価するためです。日本でも2024年に経済産業省のDACワーキンググループで評価の方法論を策定し、公表しました。
やはり、注目されている理由は、将来CO2を除去する必要性が高まるからでしょう。気温上昇を1.5度までに抑えるためには、2050年までにネットゼロを達成する必要があり、そのために現在さまざまなCO2排出の削減対策が進められています。しかし、どうしても残る排出があります。そこで、多かれ少なかれ大気中に排出されたCO2を除去することが不可欠となります。
山田 秀尚(やまだ ひでたか)
山田 秀尚(やまだ ひでたか)
金沢大学 教授。1972年長崎生まれ。京都大学大学院博士課程修了。関西光科学研究所、地球環境産業技術研究機構、奈良先端科学技術大学院大学等を経て、2021年から金沢大学 先端科学・社会共創推進機構に所属。
山田 DAC以外にもさまざまなCO2除去のオプションがあります。例えば、植林やブルーカーボンといった自然資源を活用する方法や、BECCSといって、化石資源の代わりに木質チップ等のバイオマスからエネルギーを得る際に排出されるCO2を地下に貯留する方法等です。それぞれにコストや除去量における利点と課題があると言えます。DACもCO2除去量のポテンシャルは大きいのですが、コストが高いことと、回収後にいかに固定するか、例えば大規模なCO2貯留施設が必要な点が課題です。
IEA(国際エネルギー機関)の発表では、2050年時点で年間2ギガ(20億)トン程度のCO2除去が必要であるとされ、DACとBECCSを有効的な対策としています。一方、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書等のシナリオの多くは年間2ギガトンを超える除去を必要としています。いずれにしても、CO2除去に対して更なる技術開発とコスト削減が求められているのが現状です。私は、現時点で考えうるすべての方法を進めるのが良いと考えています。どれか一つの技術が問題を解決してくれるわけではありません。それぞれの技術や取組みができることを担うことが重要だと思います。
DACが重要なもう一つの理由は、将来、化学資源に代わる原料が必要となると思われるためです。ネットゼロを実現した社会では、化石燃料の使用は大幅に抑えられるため、原油から得られるナフサがない。つまり、プラスチックや合成繊維等、私たちの暮らしの多くを占めている炭素化合物を作る原料がない、ということです。そう考えると、空気中のCO2はバイオマスと同様に、将来とても重要な原料になるはずです。
2050年のネットゼロを実現するために欠かせないDACは、今後更に技術としての価値が高まっていくでしょう。その重要性に気づいて、DACの研究開発を始める人はこれからもっと増えてくると感じています。
——山田教授はこれまで、どのようにDAC技術の開発に関わってきたのでしょうか。
山田 金沢大学に移籍する前は、地球環境産業技術研究機構という公益財団法人に在籍していました。そこで2008年から、国のプロジェクト等で主にポイントソースにおけるCO2分離・回収技術の研究開発に携わってきました。この期間、2015年にはパリ協定が採択され、日本では2020年に当時の菅首相によるネットゼロ宣言もある等、脱炭素の重要性は年々高まっていきました。
2021年に金沢大学に来てからは、それまでCO2分離・回収を行っていなかったような企業からの問い合わせも増え、DACを含むCO2分離・回収技術開発において産学連携を進めています。2021年はIEAがネットゼロ報告書を公表した年です。この時期から、企業のDACへの関心は急速に高まってきたと感じています。その他、経済産業省の委員会やDACワーキンググループでの議論、海外のスタートアップ企業や研究者との意見交換、学会活動等でDACの重要性を日々実感しています。

米国がリード。政府とグローバル企業の支援

青空にCO2の形の雲が浮かぶ写真
——世界のDACにおける最新事例や実装の実現性について教えてください。
山田 米国エネルギー省のレポートによれば、2025年時点で世界には150近いDAC企業(DAC事業実施のために開発を行う企業)があり、うち70社以上が米国の企業です。日本では川崎重工業、本田技研工業、それから九州大学発のCarbon Xtract社と東京大学発のPlanet Savers社の4社がリストアップされていました。
米国では2022年、IRA(インフレ抑制法)で税制優遇措置が拡充されました。DACに対しても、回収・貯留で1トンあたり最大180ドル、回収したCO2を燃料に変換するなどして利用した場合には、1トンあたり最大130ドルの税額控除が受けられることになっています。
しかし、この税制優遇だけではDAC企業の採算は取れないため、エアバスやマイクロソフト、日本でも全日本空輸(ANA)等の企業がクレジットを購入することで支援しています。ビル・ゲイツ氏は「過去に自社が排出したCO2をすべて吸収する」と宣言しており、こうした企業の取組みが続けば、実証実験やビジネス化が加速し、雇用も創出されていくでしょう。
さらに、米国政府はインフラ投資雇用法にもとづき、特定の地域に「DACハブ」と呼ばれる産業サプライチェーンを構築しようとしています。すでに多くのDAC関連企業が米国に存在していますが、今後もM&A等によりそれぞれの強みが集約され、数社の大企業が誕生すると考えられています。ただし、短期的にはいわゆる「トランプ2.0」の影響がありそうです。
カナダのカーボン・エンジニアリング社はリーディングカンパニーとして、最先端のDACプロジェクトを進めています。米国の石油会社オキシデンタル・ペトロリアム等が出資しているもので、2025年中に、年間25万トンのCO2を回収する世界最大規模の装置が稼働する予定です。2026年には同規模の装置が追設される予定ですので、年間50万トンのCO2を回収できるようになります。もう一つのリーディングカンパニー、スイスのクライムワークス社も今後、年間100万トン規模の回収施設を建設する計画を公表しています。これまでにない規模ではありますが、ネットゼロに向けてはギガトン規模のDACが必要になるわけで、現状ではまったく足りていません。
先にDACの課題の一つはコストだと述べましたが、その多くはエネルギー消費によるものです。現状、DACでは濃度10%程度のポイントソースからCO2を回収する技術と比較して、2倍以上のエネルギーが必要です。DACが地球温暖化対策技術として持続可能なものになるためには、本質的なコストダウン、すなわちエネルギー効率の向上や装置の改良といった技術の進化が必要です。日本の技術開発の強みが活かされる機会なのではないかとも感じています。

競争より協力。世界全体で達成するネットゼロに貢献

雲の写真
——日本におけるDAC技術の課題は何でしょうか。
山田 まず一つは、装置の設置や回収したCO2を貯留するための場所の確保です。すでに貯留地がある米国と異なり、日本は貯留地の検討段階にいます。また、先行するDACプロジェクトは寒冷地や乾燥地で行われており、温暖湿潤な日本に適した技術が求められます。もちろん、クリーンエネルギーが潤沢でないことも課題です。
それから、これまで企業にとっても、DACビジネスの将来性や方向性が不透明では投資も技術開発も進めようがない、という課題がありました。ただ2025年にはエネルギー基本計画が新しくなり、温暖化対策の推進計画も出る中で、国の方針としてもCO2除去の必要性が明確に示されました。CCUS(CO2回収・利用・貯留)やネガティブエミッション市場の創出に向けて、具体的な支援策が検討され始めています。今後、官民一体となってDACへの投資が増大し、DACの技術開発、環境整備、商用化が進むことが期待できます。
——将来的なクレジット化や国家間取引の可能性についてはどのようにお考えですか。
山田 日本企業が主体となってDACを海外で行うことが合理的な選択肢となる可能性もあります。例えば、日本のNDC(国の温室効果ガスの排出量削減目標)を提出する際には、海外で行った取組みも日本の貢献としてきちんと数値化していく仕組みが必要になるでしょう。
その際、他国との協力事業において日本が過度な負担を強いられるケースも考えられます。例えば過去には、天然ガスを液化して日本に輸送するプロジェクトで、日本が多額の投資を行って整備したインフラを他国が利用している事実があるからです。適切に利益が還元される仕組みを構築し、国益を守るという観点も忘れてはいけないと思います。
——DACの実用化に関して、企業や政策にはどんなことを期待されますか。
山田 お伝えしたいことは、みんなで進めましょう、ということです。日本は、省エネ技術や独自の素材開発といった強みを持っています。大阪・関西万博では日本の最新技術によるDACの実証試験が行われています。そうした優れた技術を活かし、DACの分野でも世界で活躍してほしいですし、きっと国際的な競争力も発揮できると思います。しかし、本当に大切なのは競争することではなく、CO2を取り除くという社会のニーズに応えられる技術や、それを担う人や企業を育てていくことだと思います。
ネットゼロを実現するためには、CO2の「削減」と「除去」の両方が必要不可欠であり、世界全体で達成して初めて意味があるものです。私は、日本の技術が世界のCO2除去に貢献してほしいと思っているからこそ、先行する欧米のDACプロジェクトを応援しています。失敗事例によって、投資家のDACへの期待が薄れ、せっかくの流れが止まってしまうかもしれない。それは避けたいことです。
同時に「CO2除去の技術があるなら、削減努力を怠ってもいいのでは?」との考えが現れるのでは、という懸念の声もあります。つまり、本当はCO2を削減したくない企業が除去技術に頼りすぎてしまうのではないか、ということです。たしかにそうなのですが、だからといって相当量の除去が必要であることは変わらないと考えます。重要なことは、ネットゼロの必要性にみんなが合意し、納得したうえで一緒に進めていくことです。立場の違いをお互いに尊重しながら取組んでいく、そういった姿勢こそが大切ですし、私自身、そこにやりがいを感じています。

関連する記事

ご質問やご相談など、
お気軽にお問い合わせください。

お問い合わせフォームはこちら