機関投資家と社外取締役との対話


2025年6月、
社外取締役のサミュエル ウォルシュ氏と
約30社の機関投資家との間で
対話を実施しました。
社外取締役
サミュエル ウォルシュ
Samuel Walsh
はじめに
本日は、このように皆様と直接お会いできることを大変うれしく思います。三井物産にご関心をお寄せいただき、ありがとうございます。私は当社の取締役になって8年になりますが、当社との関わりはそれ以前からあり、以前General Motorsに在籍していた頃は鋼材調達において当社の支援を受けていました。その後、Nissan Motor Australiaを経てRio Tintoに入社し、66歳で退任したタイミングで三井物産の社外取締役に就任しました。
現在は豪州パースを拠点に、パース造幣局や西豪州のRoyal Flying Doctor Serviceの会長を務めています。また、教会系銀行や小規模劇団の理事、教会の法律部門の責任者も兼任しています。その中でも三井物産での業務は、私にとって特に重要な位置を占めています。耳を傾け、変化に柔軟に対応する当社のプロフェッショナルかつオープンな企業文化を尊重しています。社外取締役として、ガバナンスや戦略、改善の取組みに注力してきました。本日は皆様からのご質問を楽しみにしていますし、有意義な時間になることを願っています。
Rhodes Ridge鉄鉱石案件への投資について、
取締役会ではどのような議論が行われたのでしょうか。
Rhodes Ridgeは当社にとって過去最大の投資であり、初期の段階から何度も協議を重ね、取締役会でも時間をかけて慎重に検討を進めました。このプロジェクトは、私が以前CEOを務めていたRio Tintoとの共同事業であり、一定の知識と理解がありました。守秘義務を守りながら、採掘計画や環境対応、先住民の遺跡保護等の面でチームを支援してきました。
本件の売主についても以前から面識があったので、私自身は交渉自体には関わっていませんが、彼らの意図は把握していました。州・連邦レベルでの許認可や、外国投資審査委員会(FIRB)の承認等、本件に必要な手続きは多岐にわたります。そうしたやりとりは、透明性を重視して取締役会で共有を続けてきました。
このプロジェクトは長期間の操業が可能であり、鉱石の品位が高く、Rio Tintoとしても非常に重視しています。ピルバラブレンド(Rio Tintoが西豪州で生産する主力鉄鉱石ブランド)の鉄分品位62%を回復させることにつながります。
Rhodes Ridgeにはどのような課題やリスクがあるとお考えでしたか。
私が意識した点は、細部まで丁寧に確認を続けることでした。優れたプロジェクトであっても、小さな取りこぼしが全体に悪影響を及ぼすことがあります。そのため、当初から「一見重要ではなさそうなことも含め、注意深く対応するように」と伝えていました。環境面への対応は特に重要で、適切に対処しなければ遅延や中止を招く可能性があります。
もう一つの大きな要素は、州政府の承認を確実に得ることです。州政府の承認が得られなければ、プロジェクトが大幅に遅延する、もしくはまったく進まなくなることもあります。政府関係者と協力し、規制や政策と整合性を保つことが長期的な成功には欠かせません。
三井物産のグリーン戦略についてどうお考えですか。
グリーン事業に収益性はあるのでしょうか。
また、グリーン事業は株主にどのように価値を提供できますか。
三井物産は、気候変動対応に関して具体的な目標を掲げています。2030年までにGHGインパクトを半減し、2050年にネットゼロエミッションを実現するというものです。例えば、風力や太陽光、低炭素アンモニア等の分野に積極的に投資を進めており、残っている石炭火力事業からの撤退も検討しています。気候変動は現実の課題であり、私が住んでいる西豪州でも、農家が気温の上昇と乾燥の影響を受けて作付け作物を変えなければならなくなっています。
私たちは目標を示すだけではなく、それを実行に移しています。目標を発表するにあたって、私は「目標は、信頼でき、かつ実行可能なものであるべき」と提言しました。その後も会社は取締役会と連携しながら、具体的な施策を進めてきました。環境への貢献と経済的なリターンは両立できると考えています。例えば、台湾の洋上風力発電は、しっかりとした事業性と経済性評価に基づいています。環境影響は重要ですが、同時に株主利益も大切な要素です。この考え方に基づき、当社の使命である「大切な地球と人びとの、豊かで夢あふれる明日を実現します。」を守りながら、適切な投資判断を行っています。
三井物産の株価には、コングロマリット・ディスカウントが生じていると思います。
これを解消するために、どのような取組みが必要だと思われますか。
おっしゃるとおり、当社の現在の株式時価総額は、保有資産の評価合計額を下回っています。つまり、当社の本来の価値と市場評価の間に差があるということです。この課題を踏まえ、取締役会と経営陣は配当政策の改善に取り組んできました。2025年3月期決算公表時には、1株あたりの配当を100円から115円へと増配する予想を発表しています。過去10年で発行済株式の約2割に相当する自己株式取得を行い、発行済株式の減少を通じて1株あたり利益(EPS)を高めてきました。
今後も累進配当に基づく増配や自己株式取得を続けながら、株主の皆様との対話を大切にしていきます。また、堀社長のもとで、景気変動に左右されにくい分野や高成長分野への投資を増やし、よりバランスのとれたポートフォリオへのシフトが進みました。特に、アジアにおけるIHH Healthcareへの出資はその好例です。
私がサポートするもう一つの大きな進化として、当社がオペレーターの立場で運営する事業を拡大していることが挙げられます。それは戦略の成熟を示し、グローバルに信頼されるパートナーとしての立場を築く動きでもあります。Waitsiaガス田事業のように、主体的に事業運営を担うことは、当社の事業的な成功のみならず、求められるガバナンスやコンプライアンスの面でも重要だと考えています。
商社の強みについて、海外企業と比べてどのようにお考えですか。
商社である当社の最大の強みの一つは、十分に計算されたリスクを適切に取る力と、マーケットに対する深い洞察力だと思います。三井物産の現在の収益性は、当社が有する深い市場知見に基づいて保有・運営している事業から主に生み出されています。経営層には優れた人材が揃っており、中堅や若手のリーダー層にも権限を与えられ、付加価値を生み出す文化が根づいていると感じます。
もう一つの強みは、地理的な広がりです。三井物産は現在、62カ国・地域に展開しており、この多様性が全体のポートフォリオを強くしています。
社外取締役の任期についてお考えをお聞かせください。
長く務めることで独立性が損なわれるという考えもありますが、
どのようにお考えですか。
私は現在、社外取締役として9年目に入っています。ただ、任期の長さだけで独立性が決まるわけではなく、人によると思います。私は率直に意見を伝えることを重視しており、当社が考慮すべきことについて、できるだけ筋道を立てて提案するように心がけています。取締役会には毎月出席し、Rhodes Ridgeのように特別な案件を除いて、業務の執行からは建設的な距離を置きつつ、必要十分な情報を得るようにしています。
時には経営陣に対して難しい質問をすることもありますが、それが私の役割だと考えています。実際に、いくつかの案件では反対の立場を取りました。当社の取締役会では全会一致を重視しており、一人ひとりに実質的な拒否権があります。そのため、意見を述べる時には思慮深くかつ論理的であることが重要だと感じています。過去、当社には適さないと考えた案件については、私からその理由を詳しく説明しました。
任期については、経験並びに継続性の価値と、新しい視点の必要性をどうバランスをとるかが大切です。最終的には、その取締役が取締役会に引き続き価値提供できているかを評価することだと思います。私自身は当社での経験を誇りに持っています。
取締役が単独で案件に反対することはあるのでしょうか。
また、取締役会の議論の活発さ、改善の余地について、どうお考えですか。
私が反対した案件は、鉱山関連のものでした。私自身に専門性があったこともあり、意見を述べる必要があると考えました。私が懸念を表明した際には、経営陣も真剣に受け止めてくれましたし、他の社外取締役も理解を示し、それに続いて意見を述べていました。皆それぞれの視点から、はっきりと意見を共有しています。
当社では取締役及び監査役によるフリーディスカッションの機会が設けられており、率直な対話がなされています。投資が中長期的な優先事項に沿うかどうかについて、さまざまな観点から意見を交わしています。
取締役会での地政学的リスクの扱い方や、
リスクマネジメントの取組みについて変化はありますか。
リスクマネジメントは取締役会でも重要なテーマの一つです。私たちは外部機関の情報も活用しながら、世界各地の地政学的リスクについて定期的に説明を受けています。62カ国・地域でトレーディングを含む事業を展開するコングロマリットの当社にとって、市場の動きを正しく把握し、機会を見つけることは大きな意味があります。政府関係者、例えば経済産業省等からも有益な視点を得ています。
ビジネスにおいてリスクはつきものであり、避けるのではなく適切にマネージすることが重要です。リスクを恐れすぎると、取れるリターンも制約されます。重要なのは、徹底的に分析を行い、規律に基づいて十分に管理されたリスクを取ることです。プロジェクトの提案資料には、必ずリスクと対応策をまとめたページがあります。取締役会はそこを丁寧に確認し、理解を深め、そのリスクを管理するようにしています。
また、事業ポートフォリオの分散と、コモディティ分野で世界最上位のコスト競争力を持つこともリスクマネジメントにおいて大事な要素だと考えています。
社外取締役に就任された当初と比べ、取締役会の多様性が高まりました。
これにより、どのような影響があったとお感じですか。
多様性は、昨今のグローバル化が進んだ複雑な事業環境において、ガバナンスの有効性を高めるための重要な要素だと思います。当社の取締役会は、さまざまな国からベストプラクティスを導入しています。当社では、カナダ、シンガポール、オーストラリア、日本とさまざまな国籍の社外取締役が在籍しています。社内取締役も多くが海外での勤務経験を有しており、多様な視点や知見が集積されていると感じます。
多様性は議論に深みと広がりをもたらします。取締役会の議論も、ビジネスケースや健康・安全、環境対応、ガバナンス等、幅広い観点から活発に意見が出るようになりました。特に、女性管理職の比率を高める取組みには注力しており、経営陣が2030年の女性管理職比率の目標を20%と設定した際には、社外取締役からはほぼ全員一致で目標達成を早められないかと意見が出ました。当時は10%未満でしたが、1年半ほどで約12%まで増え、現在は2030年の20%目標に向けて取組みを続けています。適切なジェンダーバランスを達成するにはまだやるべきことは多いですが、取締役会を含め、多様性を高めることは、組織の知見や能力を十分に活かすためにも欠かせないテーマだと考えています。
この三井物産での8年間で当社が最も変わったと感じる点と、
まだ改善の余地がある点を教えてください。
私が長く使ってきたリーン・シックス・シグマ(業務の無駄を省き、品質を安定させる改善手法)の考え方では、「どんな業務でも結果にムラや変動があるなら、そこには改善できる余地がある」という前提があります。過去8年間で取締役会の構成は大きく変わりました。人数は12名に絞られ、その半数を社外取締役が占めています。そのことで、議論がより深く、実質的なものになったと感じます。女性取締役が4名になり、それぞれ多様な経験や知見を活かしています。例えば、サラ・カサノバ取締役は、消費者分野や物流分野での知見をもたらしています。他の取締役も、デジタル、政策、製造業等、それぞれの専門性を持ち寄っています。
取締役会での議論も深化しています。取締役会では、全会一致を重視し、議論を重ねています。それは、600億円を超える投融資保証案件についても同様です。取締役会では戦略との整合性や中期経営計画との関係を常に確認し、収益性の低い事業は改善や撤退も含めて定期的に検討しています。パートナーや市場の状況も関係し、撤退は簡単ではありませんが、重要な取組みです。健康・安全についても以前より強い関心が向けられるようになり、会社として改善への意識や、ウェルビーイングへの強いコミットメントを持つようになりました。環境分野にもより注力し、取締役会による目標の進捗管理が行われています。不確実性の高い事業環境ではありますが、経営陣は変化への対応に注力しています。三井物産は伝統的なトレーディング機能にとどまらず、62カ国・地域で真のコングロマリットとして事業の質を着実に高めてきました。今では、よりバランスがとれた事業ポートフォリオを実現し、特定の分野への過度な依存を減らすことができています。
この8年間の在任期間で感じた難しさや課題はありましたか。
最初は言語面で若干のハードルを感じることはありましたが、通訳等のサポートを受けながら議論に積極的に参加しています。取締役会は合意形成を重視しており、議長も公平性を意識して進行しています。
現在の大きな課題の一つは株価です。これについては皆様のご協力も必要です。新しい成長機会を探すことは非常に重要であり、当社は長期的な投資を重視していますが、その中でもより早期に収益貢献を開始する案件の比率を高めるよう努めています。ただ、真に価値のある機会は、日常的に現れるものではありません。取締役会としても、特に気候変動といった分野で再生可能エネルギー比率を高めるための取組みを大きく拡大するよう、経営陣に積極的に働きかけてきました。現在は、2030年までに再生可能エネルギー比率を30%に引き上げる目標を掲げています。とはいえ、私自身、世界中のあらゆる成長機会を把握することはできません。そのため、経営陣が新しい可能性を見出し続けることが、私たちにとっても株主の皆様にとっても極めて重要だと考えています。
数ある企業の中で、商社という複雑な業態の
三井物産の取締役を務めているのはなぜでしょうか。
三井物産の持つ多様性と国際性に魅力を感じているからです。就任以前から長い関わりがありましたが、社外取締役になってからは、経営陣が常に改善を意識している姿勢を高く評価してきました。現在ではすべての社外取締役が入念に準備を行った上で、重要なテーマについて活発に議論に参加しています。
私は毎回、対面で会議に出席しています。そのほうが集中した議論ができますし、率直に支持や懸念を伝える雰囲気をつくることができると感じています。時々、経営陣に対して厳しい指摘をすることもありますが、彼らはその声に真剣に向き合い、次の議論に備えてくれています。
おわりに
本日は多くのご質問をいただき、ありがとうございました。こうして三井物産に関心を持ってくださる皆様と直接お話しできる機会はとても貴重です。三井物産は透明性と対話を大切にしており、利益や配当の見通しについても真剣に考え、丁寧にご説明しています。私たちのコミュニケーションは憶測ではなく、しっかりした分析に基づいています。社内取締役であるか社外取締役であるかに関係なく、当社は透明性と率直な対話を今後も重視していきます。本日はお時間をいただき、ありがとうございました。