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株式会社三井物産戦略研究所

養魚飼料原料の多様化が創出する新たな事業機会と課題

2017年4月6日


三井物産戦略研究所
新産業・技術室
岡田智之


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国際連合食糧農業機関(FAO)によると、世界の魚介類需要量は2013〜2015年平均1.5億トンで、2025年には1.8億トン近くに達する見込みである。このうち天然の魚介類は年9,000万トン程度で一定に推移するため拡大は見込めず、今後の魚介類需要を満たせるかは水産養殖にかかっている。養魚飼料原料は、カタクチイワシなどの魚を乾燥して粉砕した魚粉が使われてきたが、魚粉の供給不足が懸念されており、2025年に120万~160万トンの魚粉代替飼料原料が必要といわれている。このような状況下で求められている魚粉代替飼料原料の現状と今後の事業機会や課題について述べる。

魚粉代替飼料原料の現状と課題

魚粉はタンパク質含有量が60%以上と高く、アミノ酸組成に優れていることから、養魚飼料として重宝されてきた。しかし、2000年に700万トンあった魚粉生産量は、2010年に入ってからは450万トン前後で推移している。また、世界第1位の魚粉生産量を誇るペルーでは資源保護と価格安定を目的に漁獲調整をしており、魚粉の増産は期待できない。魚粉は1,200~1,500ドル/トンと高価であり、魚介類生産コストに占める飼料コストの割合を高めていることも問題である。
このため、魚粉代替飼料原料の開発が必要である。現在使用されている主な魚粉代替飼料原料は、図表1に示すとおり植物性と動物性がある。魚粉代替飼料原料を検討する際には、①安全性、②嗜好性、③栄養価、④価格、⑤供給量、⑥社会的受容の6点が重要な検討項目となる。
植物性原料は、北・南米などで大規模生産されている大豆、トウモロコシ、菜種などを加工する過程で生産される副産物を利用するのがほとんどである。大豆油粕の価格は300~450ドル/トンと魚粉よりも安価である。価格や供給量の観点から利用価値が高く、サーモンなどの飼料原料として多用されている。しかし、植物性原料は、安全性、嗜好性、栄養価の観点から十分ではない。植物性原料には、魚介類の健康を損なう物質が含まれることが多く、この物質を除去する必要がある。嗜好性は、魚種によって異なるが、旨み成分の添加が必要となる場合がある。栄養価については必須アミノ酸が特に重要となるが、油粕は必須アミノ酸組成が不十分で、メチオニン、リジン、トリプトファンが不足することが多い。これらの理由から、植物性原料は一定量のみしか飼料に配合することができず、ほかの原料が必要となる。
ほかの飼料原料として動物性原料が使われている。食肉工場などの副産物の肉粉・肉骨粉などが挙げられる。アミノ酸組成が優れているものが多いが、副産物の発生場所は限定されるため供給量に限界がある。また、腐敗や細菌汚染への対応など安全性の確保にも注意が必要である。さらに、狂牛病の影響で一時的に使用が禁止されていた牛肉骨粉については社会的受容に注意が必要である。
現在使用されている魚粉代替飼料原料には一長一短があり、これらだけでは今後の養魚飼料需要を満たすことはできない。このため、新たな魚粉代替飼料原料の開発が求められている。

注目すべき新たな魚粉代替飼料原料

新たな魚粉代替飼料原料で開発が進んでいるものに微細藻類、昆虫、単細胞タンパク質がある(図表2)。これらは、安全性、嗜好性、栄養価の観点から利点があるが、価格と供給量の観点から大規模な事業として成立していない。しかし、昆虫と単細胞タンパク質については、価格と供給量の問題解決に向けて動き出しており以下で詳述する。なお、微細藻類は、化粧品、機能性食品など高付加価値製品用途の開発が優先されており、養魚飼料用途の開発はこれからである。しかし、良質な脂肪酸を豊富に含んでいるという特長があり、長期的観点で注目すべきである。

(1)昆虫

養魚飼料用に開発されている主な昆虫は、アメリカミズアブの幼虫(BSFL:Black Soldier Fly Larvae)やミールワーム(ゴミムシダマシ科の甲虫の幼虫の総称)などである。BSFLは、病原菌を媒介することがなく安全である。さらに、魚介類の嗜好性が高く、タンパク質含有量も高い。FAOの報告書によるとニジマスの養殖の場合、魚粉の25%をBSFLへの代替が可能としている。このため、新たな魚粉代替飼料原料として期待されているが、これまではBSFLの大規模飼育技術が確立されていなかった。このようななかでオランダのProtixや米バイオ企業のIntrexonなどが大規模化の計画を発表している。オランダの研究機関Wageningen URによるとBSFLの価格は、2,000ドル/トンと魚粉よりも高いが、大規模化によって価格を下げることを目指している。Protixは、食品加工技術を有するスイスBühlerと中国に合弁会社を2017年1月に設立した。既に300トン/年の飼育実績があるが、2.5万トン/年以上の規模まで拡大する予定だ。また、Intrexonは、2016年2月に300トン/年のBSFLの飼育技術を有する米EnvrioFlightの買収を発表後、米国の飼料メーカーのDarling IngredientsとBSFLの大規模飼育技術を確立するために合弁会社を設立した。規模は明らかとなっていないが、近いうちに商業規模のプラントを建設開始予定である。
大規模飼育技術は確立されつつあるが、事業拡大の課題はBSFLの餌の調達である。餌はアルコール発酵残渣、製菓工場副産物、食肉加工場副産物など多様な食品副産物を利用できるが、必要量はBSFLの重量の2倍程度である。このため、人口増加や経済成長が著しく、食品副産物の発生量の増加が予想され、また、魚介類の生産量が多い中国、インド、インドネシアなどが、昆虫を用いた新たな魚粉代替飼料原料開発に適している地域といえる。また、持続可能な取り組みに熱心な欧州では2016年12月に昆虫の養魚飼料原料としての利用を承認しており、政策面から昆虫の飼料としての利用を推進している。これらの地域では、飼料メーカーや養殖業者に加えて、食品・飲料メーカーなどと連携している企業にこの分野での事業機会があるといえる。

(2)単細胞タンパク質

単細胞タンパク質は、酵母やバクテリアといった単細胞生物を培養して増殖させた細胞そのものを飼料として利用しようとするものである。天然の単細胞生物では安全性、嗜好性、栄養価が不十分なものでも、育種によって改良できる。価格と供給量の観点から課題があったが、米国で安価に入手できる天然ガスに含まれるメタンを利用した単細胞タンパク質の大規模生産に向けた動きがある。
米国のバイオ新興企業のCalystaは、メタンを餌とするバクテリアを用いて単細胞タンパク質の大規模生産を目指している。2018年末までに2万トン/年の生産規模のプラントを稼働し、将来的に20万トン/年規模に拡大する計画である。米穀物メジャーのCargillがこの取り組みを支援している。Cargillは、2015年8月にノルウェーのサケ養殖用飼料メーカーEWOSを13.5億ユーロで買収するなど養魚飼料事業拡大を目指している。Cargillが支援するのは、多様な養魚飼料原料のポートフォリオの構築を狙ってのものであろう。Calystaによると、魚粉に比べて価格競争力があり、消費期限は1年間と長い。天然ガスの価格が10ドル/mmBTUまで上がっても魚粉よりも安くなるだろうとのことであり、3ドル/mmBTU程度と天然ガス価格の安い米国での事業展開は理に適っている。バクテリアを培養する際、プラントエンジニアリング力も求められるが、Calystaは実績のあるノルウェーのBioProteinを2014年に買収し、大規模生産に必要な要素技術をそろえたのである。デンマークのUnibioや米国のWhite Dog Labsも類似技術を有するが、飼料メーカーや養殖業者とのネットワーク、安価な天然ガスの調達、プラントエンジニアリング力といったことが事業成功の鍵となる。

今後の養魚飼料事業機会と課題

これまでは魚粉の安定調達が養魚飼料事業において最重要であった。しかし、今後養魚飼料メーカーは、多様な養魚飼料原料を選択肢として使いこなし、養殖業者の需要を満たせることが競争力の維持強化のために求められるだろう。また、新たな魚粉代替飼料向けの原料開発において新規事業参入機会が生まれる。上述のとおり昆虫や、メタンを原料とした単細胞タンパク質の生産が有望な新たな魚粉代替飼料原料であるが、現段階で発表されている生産規模では2025年の魚粉の不足分を賄うことはできない。これらのさらなる供給量拡大や価格低減のための技術改良に加えて、微細藻類や、ほかの種類の微生物による単細胞タンパク質の生産技術など新たな技術開発の重要性も今後さらに増すだろう。
新たな魚粉代替飼料原料の生産段階においては、異業種にも事業機会が生まれる。昆虫の例では食品・飲料メーカー、単細胞タンパク質の例ではシェールガス事業者やエンジニア会社との連携が事業成功の鍵となる。これまで全く飼料と関係なかった業種を巻き込むことにより、新たな産業が創出されていくだろう。
新たな事業機会が創出されていくが、養魚飼料原料は、地域によって生産するのに向き・不向きがあることに注意が必要である。例えば、既存の魚粉代替飼料原料や昆虫は、食品副産物発生場所近くで生産する必要があるし、メタンを用いた単細胞タンパク質の生産では安価なシェールガスが調達可能な場所で生産すべきである。事業の対象地域において安定調達可能な資源が何であるかを把握した上で、地域特性に応じた魚粉代替飼料原料の生産を行うべきであろう。

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