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株式会社三井物産戦略研究所

中国スタートアップ勃興の背景

2018年2月16日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
藤代康一


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中国で新規企業登録数が急増している。2010年には176万社だったが、2016年には553万社に達した。CB Insightsによると、全世界のユニコーン企業220社のうち、米国の109社に次ぐ第2位が中国企業の59社であり、企業価値トップ5の2~4位を占めている(2017年12月2日時点)。急速な勃興の背景には、中国政府の新産業育成策がある。政策の方向付けにより、新しく創業する企業群、いわゆるスタートアップに潤沢な資金が流れ込む。人材面では、潤沢な資金に引き寄せられ、著名な米国の大学や中国の有力大学の卒業生がスタートアップに加わっている。さらには、規制の導入を最小限にとどめてイノベーションを促す中国当局の方針や、消費者データの提供に寛容な国民性も追い風となり、いまや中国は新ビジネスモデル創出の壮大な「実験場」へと変貌した。本稿では、中国のニューエコノミーをけん引するスタートアップ勃興の背景と新産業創出の仕組みを明らかにし、我が国の新産業育成への示唆を提供する。

中国政府の新産業創出策

中国政府によるスタートアップへの環境整備は、中国経済をけん引していた輸出企業が多数倒産したリーマンショック後に始まった。中央政府は経済再生策の一つとして、2010年に「戦略的新興産業の創出政策」を打ち出し、企業の研究開発力向上への支援策、企業年金からスタートアップへの投資を可能にする規制緩和を実施した。2014年9月には李克強首相がダボス会議で「大衆創業、万衆創新(大衆による創業、万人によるイノベーション)を提唱。2015年には、起業を促進する制度改正や減税、資金支援、人材育成支援の方針が政府活動報告に盛り込まれた。「大衆創業、万衆創新」政策の発表後の2年半で、国務院、地方政府等を合わせて400を超える施策が実施されている。

政府主導の資金投入と豊富な人材供給

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こうした政府主導の環境整備が奏功し、足元で中国のベンチャーキャピタル(VC)には、豊富な資金が流れ込んでいる。2005年からの10年間で、中国のVC企業数は319社から1,775社と5倍超に、投資資本総額は631億元から6,653億元と約10倍に増加した(図表)。2015年の世界のベンチャーファイナンスの投資資本総額で、中国は米国に次ぐ2位である。

その資金源を見ると、政府部門が大きな役割を果たしている。2016年の中国VCの資金源の内訳は、政府・国有企業が35.3%と最大で、民間の機関投資家14.4%、個人12.0%、混合所有企業5.2%と続いている。中央政府だけでなく、地方政府も資金提供を行っている。地方政府が資金を供給する仕組みを見ると、まず、地方政府が親ファンドを創設。親ファンドは産業専門ファンドにLP(Limited Partner)として出資し、国有企業や民間企業などからも出資を得ている。このように中国では、政府資金が呼び水となって、新しく創業する企業群に潤沢な資金が流れ込んでいる。

人材面を担うのは、海外留学組の帰国者、国内の大卒者、既存事業者からのスピンオフ組等である。特に海外留学からの帰国者(海亀族)は、2001年単年で1.2万人程度だったが、地方政府の海外人材呼び戻し政策を受けて2010年には13.5万人、2016年には43万人まで増加した。帰国者の中には、MITやスタンフォード大などの卒業者が多数含まれる。 こうした人材を引きつけるのは、起業者に提供される潤沢な資金である。例えば深圳市政府は、一人につき約1,400万~2,500万円の支援金、有望プロジェクトには最大約14億円のプロジェクト資金を無償で提供している。このようなプロジェクトから、世界最薄のフレキシブル・ディスプレーを製造するユニコーン企業であるRoyole社(創業者はスタンフォード大卒)やアリババに顔認識技術を提供するOBBITEC社(創業者はMIT卒)等が生まれている。

起業の事例

「上昇気流のあるところで翼を広げれば自然に上昇する。」
「中国は、新しいことを始めるには、やりやすい市場である。なぜなら、オールドパターンがない。消費者は安全面に対しても寛容で、中国ではリスクを伴う新しい挑戦が、非常にやりやすい。」
「多くの日本人は、昔の中国のイメージしか持っていない。中国の若い人はどんどん変わっている。米国留学し、米国、欧州にも旅行に行っている。その経験が新しいマーケット創出につながっている。」
これらは起業のために中国へ帰国した留学生からよく聞かれる言葉である。特に、潤沢な資金が彼らに見合った報酬と処遇を提供し、海外で就職するよりも大きな成功をつかむ可能性を本能的に実感しているようにみえる。

例えば、大阪大学を卒業し、深圳で医療機器メーカーを起業したAさん(37歳)は、日本の中古医療機械をリニューアルして発展途上国へ輸出する事業での経験を踏まえ、2013年に深圳で合弁会社を創設して日本の中小企業の技術を利用した製品開発を行っている。医療機械の会社を3社経営しており、「中小企業は日本にいてもあまりチャンスがない。中国に来た方がやりやすい」と指摘する。大手企業が販路を握る日本国内では、日本の中小企業が伸びる余地が限られているが、中国では技術があれば、巨大な市場を見越した資金が豊富に付くという。

また、Aさんは事業経営で蓄えた資金をもとに自らがエンジェル投資を行った先に、他からの出資を募る方法で、多数のスタートアップを育成し、経営に参画している。事業に成功した経営者が投資家となって、他の事業を育てるエコシステムが出来上がっているのが現在の中国である。

米国、日本との比較

政府資金によりスタートアップが大量に創出される中国の状況は、1950年代に米国シリコンバレーで起きたことに酷似している。当時の米国では、ベンチャー企業振興政策の一環として、中小企業投資法が制定され、ベンチャー向け投資に対する税制面の優遇策が図られた。その結果、政府資金を利用したスモール・ビジネス・インベスト・カンパニー(SBIC)という政府認可のVCが600社ほど生まれている。現在の中国と同様、潤沢な資金の活用に引きつけられた、若くて優秀な人材が起業活動を担い、ヒューレット・パッカード社、インテル社(フェアチャイルド・セミコンダクター社からスピンオフ)等が創業されている。

中国に見られる失敗への寛容な姿勢もシリコンバレーと共通する。
「人の能力は、どれだけ成功したかで判断するのではなく、失敗した時にどれだけリカバリーする力があるかで判断されるべし。」
これは、LENOVO総裁の柳伝志氏など多くの中国人経営者が高く評価する褚时健(Chu Shijian)氏の言葉である。褚氏は、タバコ事業を創業して中国一のブランドに成長させたが、71歳で不正会計をとがめられ逮捕される。しかし、出所後、友人から1,000万円を借金して、オレンジ農園事業で起業。85歳で再び億万長者となった。中国では、事業に失敗した人間を地縁、学縁等で支える人的ネットワークが形成されている。失敗経験も次の事業経営に対してプラスに働き、信用につながる面がある。失敗に対する受容性の高さでも、米中には非常に共通点が多い。

他方、日本では起業に失敗した人に対するサポートは極めて弱い。提供される資金が限られ、失敗した時のリスクが大きいことから、個人で起業するリスクを避けて大企業に就職しようとする傾向が強い。スタートアップに投じられる資金は、米中が10兆円規模である一方、日本は米中の50分の1程度の約2,000億円にとどまっている。

実験場としての中国

スタートアップが勃興する中国では、新しい事業やビジネスモデルを生むためのトライアンドエラー(実験)が日々、至る所で行われている。中国が壮大な実験場と化している理由には、二つの要因が挙げられる。一つ目は、新しいことはまずやらせてみて、問題が起きた時点で規制を検討するという中国行政当局の姿勢だ。そしてもう一つは、中国社会では、新サービスを生み出すために必須となる消費者データ等の個人情報の収集や利用への観念が欧米や日本と違って寛容なため、スピード感を伴った個人情報の収集、分析が可能なことである。

中国行政当局の寛容な政策を示す上でよく知られた例として、モバイク社やofo社が提供し、バスや地下鉄等の公共交通機関を補完する移動手段として爆発的に普及した「どこでも乗り捨て自由」な自転車シェアリングサービスがある。交通法規の規制が緩やかなために可能なサービスである。また、広州市政府は、同市に拠点を置き、世界に先駆けて人乗りドローンを開発し、ドバイでのエアタクシー導入を目指すEHang社に対し、地元で試験飛行を行う許可を与えて事業化を支援している。2017年11月、欧州航空機大手エアバスCTOのPaul Eremenko氏は「近い将来やってくる我々の革命的なビジネスは、中国が起点になる」と述べ、深圳にシリコンバレーに次ぐ世界で2カ所目のイノベーションセンター設立を発表。エアバスは、Urban Air Mobilityのコンセプトで、4人乗りのエアタクシーの開発を進めている。

二つ目の要因である消費者データの収集や分析では、Alipayを運営するアントフィナンシャル社が提供する、「芝麻信用(Zhima credit)」が象徴的な例である。これは個人の決済データの蓄積により、個人の信用力を点数化するもので、評価項目を①購買・行動環境②信用履歴③履行能力④人脈関係⑤個人特性で構成する。評価点が高い人は、例えば、ホテル等でのデポジットが不要になり、シンガポールの観光ビザが取りやすくなる。また、高評価者同士のお見合いにも参加できるなど、さまざまな生活シーンでメリットを享受できる。「芝麻信用」の特徴は、運営者がEC事業を展開するアリババの関連会社であり、そこでの購買履歴等のあらゆる個人データが、信用力評価に反映されることである。

得られた膨大なデータは、同社のスマホアプリを通じて、ローン、保険、広告等の幅広いサービスにも適用される。世界最大の利用者数を持つ中国スマホ消費市場からは、人間の行動パターンに関するさまざまなデータを集積し、新しいサービスにつなげるサイクルができ始めている。世界のあらゆる企業が消費者の行動データを取ることに躍起になっているなかで、世界最大の人口を有する中国には、驚くべき速さでデータを取れる環境がある。

グローバルな事業展開の起点に

このように、新しい事業を行う入口で制約となる規制や個人情報の扱いに柔軟な中国では、日本や欧米と比較して素早くビジネスモデルの形成と事業ノウハウの蓄積を行うことが可能である。中国企業は、今後、国内で作り出した事業モデルを、東南アジアやアフリカなどの新興市場へ展開することが予想される。日本企業が同様のことを、日本国内を起点に行おうとすれば障害が多く、時間を要することになる。中国が先行すると目される分野では、現地企業との連携を通じて情報を取得したり、共同事業を行うことによってノウハウを獲得することで、事業展開を早めることができる可能性がある。

2017年12月、ホンダは中国のSenseTime社と、より高度な自動運転技術の開発を目指して、共同研究契約を締結した。SenseTime社は中国市場で蓄積した膨大な画像データをもとにAI開発を行っている。ホンダは、同社との提携によって、新しい製品開発に必要なデータ収集の時間を節約できることに加え、将来の自動運転車の大市場と目される中国の情報収集も可能になる。

今後は、中国を先進的な取り組みの場として活用し、さらにそこで蓄積したノウハウを生かして、第三国に展開するといった日本企業の取り組みも出てくることが予想される。中国は、新しいビジネスを生むためのふ卵器としての役割を強めていくであろう。

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