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株式会社三井物産戦略研究所

スマート農業がもたらす新たな事業機会

2017年6月6日


三井物産戦略研究所
知的財産室
庄司直美


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スマート農業の現状と今後の見通し

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スマート農業とは、一般には、気象、土壌、作物の生育状況等の情報を収集し、それらを解析する技術を活用して、農家の利益拡大を目的とした体系的な農業を意味するが、本稿では、それを実現するために、農家経営を支援するシステムを指す(図表1)。このシステムは、生育状況等の情報を収集するセンサーと、そこから得られたデータの解析と、解析結果に基づき最適な肥料等を提示するソフトウエアによって構成される。2000年頃から農業分野向けでもGPSによるリモートセンシング機器が実用化され、各農場における作物の生育状況等のデータ化が始まった。その後技術の向上に伴って、農機最大手の米John Deereや農薬・種子大手の米Monsantoを中心にスマート農業の普及が進められている。Monsantoは、傘下のThe Climate Corporationが提供する有料スマート農業システム1の採用耕地面積を2016年の5.6百万ヘクタールから、2025年には北米を中心に120百万ヘクタール(北米耕地面積の約60%)まで拡大させる計画だ。またスマート農業は人口増加、資源偏在、気候変動、環境汚染、食料生産適地の制約、農業人口の減少による食料不足の深刻化といった世界的課題を解決する技術としても期待されている。
スマート農業の技術進展は図表2のとおり大きく3段階からなる。植物の生育環境を完全に制御できる人工光型植物工場では、農薬、肥料、水等インプットを最適化し、高付加価値な農産物2の生産、またその収量予測等(Prescribe)が現時点においても可能である。しかし、屋外で行う一般的な農業は、気象等多数の予測困難な要因が生産に関わるため、収量予測等が非常に難しい。そのため、現在は収集したデータを見える化(Describe)するだけのものが多く、トウモロコシ、大豆などの主要作物を対象に過剰使用している窒素肥料と散水量の削減を提示(Prescribe)するものが一部存在するのみである。今後、多様なデータの蓄積と科学的根拠に基づいた解析技術の進展によって、早ければ3年で農薬、肥料、水、種まき等インプットの最適な時期、場所、量等の提示(Prescribe)ができるようになり、さらには収量予測、病気予測、品質予測(Predict)も可能になる。スマート農業はインプットの最適化によってコストを削減し、また収量増大、品質改善の結果に伴う価格向上によって収入増加を可能とし、農家の利益3拡大に貢献できる。

スマート農業によって得られるデータの価値

スマート農業によって、農家は経験と勘に依存した農業経営から脱却し、インプットの最適化および収量等予測に関するデータに従い、農業経営の効率化を実現することが可能となる。Monsantoやその他種子メーカーによると、インプットの最適化に資するデータは、トウモロコシ、大豆、小麦、綿等の主要作物では今後3年から5年程度を目途に活用できるようになるとしている。これに伴い、農業資材供給会社等にとって、データに基づく適時適切な資材供給、農薬、肥料、種子等資材のパッケージ供給、さらには資材の新規提案も含めたアドバイザリーサービス等の新しい事業の可能性が広がると見込まれている。
また収量などの予測データについては、トウモロコシは5年以内に活用でき、その他作物は5年から10年程度の時間を要するとしている。インプットの最適化に比して実現時期は遅れるものの、スマート農業によって得られる予測データは、農業を取り巻く関連事業への貢献度も高く、アドバイザリーサービス以上の利益を生み出す可能性を秘めている。例えば、農薬事業においては、病害要因を考慮した農薬開発への活用が期待され、より効果の高い農薬を提供することが可能となる。種子事業においても、種子の遺伝子データ等と組み合わせることで、コンピューター上で育種のシミュレーションができるようになる。その結果、試験栽培が最小限にとどめられるため、短期に品種改良を行うことが可能となる。さらに金融事業においても農業保険へ活用することができ、新たな保険商品の開発や保険対象者の拡大を可能とする。なお、精緻な情報を必要とする農薬・種子開発よりも収量と病気等との相関関係の情報で足りる農業保険の方が先に活用が始まることが推測される。

データを取り巻く新たな事業機会

前述のとおり、スマート農業によって得られるデータは、農家に対するアドバイザリーサービスだけではなく、農業関連事業にも活用され、アドバイザリーサービス以上の利益を生み出す可能性を秘めている。そこで、データ取得を目的として、農家に割安でスマート農業を提供し、データを活用するプラットフォーム型ビジネスに新しい事業機会があるとうかがえる。一方で、プラットフォームの提供者がセンサー、解析およびソフトウエアといった改善・向上速度の著しい技術を独自に保有した場合の陳腐化リスクが高い。よってプラットフォームの提供者は、最適な技術を適宜選択し、競争力のある価格で農家に対してスマート農業を提供することが望ましい。そして取得したデータを種子事業、農薬事業、農業保険事業といった新しい事業に活用し、自社事業の収益力強化につなげていく。プラットフォーム型ビジネスを手掛ける有力候補としては、農薬・種子メーカー、農機メーカー、さらには農業資材の会社とチャネルを多数有する商社等が挙げられる。
資金力がある前述のMonsantoは、自社の農薬・種子販売ビジネス網を活用してスマート農業を普及させ、データを集積しており、自社の農薬および育種開発に活用する狙いがうかがえる。費用モデルについては現在検討中としているが、利用料を抑えており、農家への普及を最優先にしていることが推測される。また農薬・種子メーカーのSyngentaも灌水関連のデータを集積したプラットフォームを作るなど積極的にスマート農業に取り組んでいる。同社は既に信用取引保険という金融サービスを展開していることから、金融事業への活用が推察される。

参入の狙い目

プラットフォーム型ビジネスに参入する際には、既に取り組みを開始している企業に対し、作物の種類・地域等で差別化が求められる。

作物の種類

先行企業が対象とする作物は大型作物であるため、稲、野菜、ワイン用ブドウ等の高付加価値農産物に商機があるとうかがえる。
稲:フィリピンの国際稲研究所(IRRI)等においてデータ、科学的知見が蓄積されており、早期にデータを活用できる可能性が高い。なお、国等の公的機関が生産量の調整を行うなど生産へ関与している場合も多く、関係者との合意形成が求められる。
野菜:需要の増加、機能性の追求等においてスマート農業が果たす役割が大きい。データ活用の時期は主要作物に比べて遅れるものの、野菜の開発を中心とする種子メーカーにおいてデータ、科学的知見が蓄積されているため、これら企業と連携することで早期にデータを活用することが期待できる。
高付加価値農産物:インプットの最適化をはじめ、スマート農業が果たす役割は大きく、地域に蓄積されているデータと知見を活用するために地域と連携することが求められる。

地域

既に普及が進んでいる北南米以外の、欧州、日本、アジアが検討候補として挙げられる。
欧州:北南米の単一品種大規模型ではなく、同一農場で多様な作物を同時に管理することが求められるため、新たなスマート農業の提案による新規参入が可能であるとともに、同じ農場において多様なデータの獲得が期待できる。
日本:農場の環境や作物の生育状況等のデータを共同で利用する仕組みについて検討を始めているが、農家の高齢化および農業人口の減少への対策が目的として優先されている。スマート農業を活用した事業については検討が遅れているため、早期に参入するメリットが大きい。
アジア:地域によっては農業生産の環境が整備されておらず、作物によっては生産方法についても確立されていないため、インフラ面の構築含めて政府の協力が不可欠となる。しかし、日本と同様小規模型の農業であるため、日本からの展開を視野に入れておくべき市場である。

普及へのカギ

プラットフォーム型ビジネスを行う上で最も大切なことは、いかにスマート農業を農家へ普及させるかに尽きる。農家にとって、スマート農業は農家が抱える経営課題を解決するソリューションの一つであるため、農家の要求を的確に満たすことが必要である。そこで、①農家へのアクセスが良く、関係構築ができている企業(農薬・種子・農機メーカー、資材販売会社等)と連携して普及を進める必要がある。また②システムの利用料については、使用者を増やすという観点においても可能な限り抑えることが必要であろう。そして③農家が提供するデータの取り扱いについては丁寧な対応が必要である。一般的にはデータの所有権は農家に帰属し、データを取得した企業には提供するサービスの改良や自社事業への利用が認められているものの、データの販売等までは含まれないとされている。このことからも取得したデータは、農家の利益のために活用するということを説明していくことが必要である。スマート農業を普及させるためには、①から③それぞれを満たすことがカギとなる。


  1. The Climate Corporationは、米国の農家を中心に気象、土壌、作物の生育状況のデータに基づき、最適な肥料の与え方、種まきの時期等に関する情報を提供し、例えば1,499ドル/年(1,000ヘクタールまで)の有料サービスを展開している。
  2. 高付加価値な農産物の例として、栄養価(カロテン、ポリフェノール等)の高いベビーリーフ、高糖度トマト、低カリウムレタス等が挙げられる。
  3. 農家の利益は、収入(単位面積当たり収量×栽培面積×単位収量当たりの価格)-インプット(農薬代+肥料代+水代+種子代+土地代+人件費…)で表すことができる。

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