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株式会社三井物産戦略研究所

先進的再生水利用の現状と将来の技術開発動向

2014年7月14日


三井物産戦略研究所
グリーンイノベーション室
岡田智之


Main Contents

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人口増加や産業伸長を背景とし、世界の水需要は、2000年から2050年までに約1.5倍になるとOECDは予想している(図表1)。特にBRIICS(ブラジル、ロシア、インド、インドネシア、中国、南アフリカ)と呼ばれる経済新興国での伸びは著しく、都市需要は約3.6倍、産業需要は約8.3倍に膨らむと予想されている。これに加え、気候変動による乾燥地域のさらなる深刻化や中国等で既に問題となっている地下水や河川の水質汚染が、水の需給逼迫をさらに加速させるとみられる。このような背景から、2040年には世界人口の3分の2が水ストレス地域(1人当たり年間最大水使用可能量が1,700m3を下回る地域)で生活することになると予想されている。
水資源確保の方法は一般に、①雨水、②輸入・輸送水、③再生水、④海水淡水化水の4つに大きく分けることができる。水不足が深刻なシンガポールではこれら4つを“4 National Taps(4つの国家の蛇口)”と称し水資源確保の手段の多様化を推進している。先進国や経済新興国では、①雨水と②輸入・輸送水は、今後の伸び幅に限界があり、将来の水不足に対する解決策として、③再生水と④海水淡水化水の2つが有望視されている。これらは、経済性に問題があるとされながらも、水不足が深刻な地域では、既に導入され、また革新的技術の実証試験も始まっている。本レポートでは、この2つのうち再生水に焦点を当て、その現状と将来の技術動向について述べたい。

再生水の状況

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再生水は、廃水を浄化して再利用するものであるが、これまではある程度まで処理した後、限られた用途で利用する場合が多かった。例えば、工業用水には再生水が多く使われており、我が国では、工業用水の約8割に再生水が使われている。このほかの再生水の用途としては、消火用やトイレ用水等、飲用以外の用途がほとんどである。
古くから再生水を飲用水として利用している地域の例として、カリフォルニア州オレンジ郡等が挙げられる。オレンジ郡では、図表2に示すプロセスで下水等の廃水を活性汚泥法等により処理した後、膜処理や紫外線照射により飲用水の基準値以下まで浄水している。再生水は、井戸から帯水層に一旦注水しているが、地下水は飲用水等に利用され、約60万人分の需要を満たしている。
また、再生水の利用は今後世界中で広がると予想されることから、国際標準化機構(ISO)では標準化に向けて動いている。ISOでは2013年6月に再生水に関する技術委員会(TC282)を設置した。TC282では、種類、目的を問わず、あらゆる再生水に関する標準化を行い、技術的、経済的、環境的、社会的側面から検討する。イスラエルが議長国、日本と中国が幹事国となり、2018年までの標準化を目指すが、この標準化が、世界中での再生水利用をさらに加速させると予想される。

先進的なシンガポールの事例

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再生水技術の最新動向を見る上で注目すべき国にシンガポールが挙げられる。シンガポール政府は、世界的に成長が見込まれている水ビジネスを成長産業と位置付け、シンガポールを水技術の拠点とすることを目指して“Global Hydrohub”構想を掲げている。この構想の下に“WaterHub”を設立し、国内外企業にシンガポールの研究機関と連携して水技術の研究開発を行うことのできる環境と世界で水ビジネスを展開するための拠点を提供している。現在、米GE Water、仏Veolia Water、米Black & Veatch、日東電工、東レといった世界の水関連企業の130社以上が同国に生産・研究拠点を持ち、大学やシンガポール公益事業庁(PUB)との共同研究を進めており、シンガポール内の下水処理場等の施設を新しい水技術を開発する実証試験の場として活用している企業もある。また、先端技術分野の技術・市場動向調査を行う米Lux Researchは、世界の水分野において先進性の高い大学のランキングを2013年に発表しているが、1位、2位ともにシンガポールの大学(1位:シンガポール国立大学、2位:南洋工科大学)が選ばれており、国を挙げて研究を推進していることがうかがえる。もちろん、同国で研究開発された全ての技術が世界中で利用されるとは限らないが、同国のHyfluxやKeppel、Sembcorpといった企業が、中国、北アフリカ、中東、インド等で事業展開していることから、同国の技術開発動向は大いに注目すべきである。
シンガポールでは、既に水需要の30%を再生水で満たしているが、2060年までには、この割合を50%まで伸ばす計画を打ち出している。シンガポールでは再生水にNEWaterというブランド名を付けて対外的にアピールしている。NEWaterは、主に電子機器の洗浄やクーリングタワー等の産業用途に用いられているが、一部は飲用水としても利用されている。廃水処理から再生水回収までのプロセスはカリフォルニア州オレンジ郡と同様図表2に示すとおりである。一次沈殿から活性汚泥法、二次沈殿までは下水分野であり、その後の膜処理から再生水利用までは上水分野となっているが、シンガポールはこの下水・上水の取り組みをPUBが一体的に管理している。後半の上水の部分は官民連携で進めていることが多く、例えば同国最大のChangi再生水プラントでは、Sembcorpが25年のDBOO(Design、Build、Own、Operate)契約により、PUBにNEWaterを供給している。
廃水処理には、酸素の多い好気状態で廃水中の有機物を微生物により分解する活性汚泥法が広く用いられている。この方法で発生する汚泥は、従来、沈殿槽で除去されていたが、汚泥を膜で除去する効率的な膜分離活性汚泥法が近年普及している。しかし、活性汚泥法は空気を吹き込む際のエネルギー消費が大きいことが問題となっている。これを解決するためにAnMBR(Anaerobic Membrane Bioreactor:嫌気性膜バイオリアクター)が開発されている(図表3)。これは、酸素の少ない嫌気状態で有機物を微生物が分解し、発生するメタンを回収するというものである。シンガポールでは、AnMBRを用いたNEWater生産の実証試験が2014年3月から始まっており、2022年に西部のTuas再生水プラントでの供用開始を目指している。AnMBRは、膜分離活性汚泥法よりも汚泥発生量が4分の1程度となるため、その汚泥処理に掛かるエネルギーやコストを削減することができる。また、従来のメタン発酵の約1.2倍のメタンガスを回収することができ、AnMBRによって発生したメタンを用いた発電により廃水処理に掛かる全てのエネルギーを賄えるとの試算がある。さらにAnMBRは高濃度でも処理できることから、従来法に比べて省スペースで処理できるという利点がある。しかし、AnMBRは、高濃度で処理することから汚染物質の付着や微生物の繁殖による膜の目詰まりがしばしば問題となるため、この対策(前処理等)が必要となる。

今後注目すべき技術開発動向

世界の企業や研究機関の再生水分野の研究開発内容を見てみると、「廃水を価値のある資源と見なし、廃水から有価物を回収すること」に重点が置かれている。ここでの有価物には、これまで述べた再生水やエネルギーのほかに、肥料分(窒素、リン)、レアメタル等が挙げられる。肥料分の回収は、化学物質を用いた回収法のほかに微生物を用いた回収法が研究開発されているが、我が国をはじめ多くの国で実証試験が行われており、10年以内には実用化されるものと考える。また、レアメタル等についても微生物を用いて回収するメタルバイオテクノロジーと呼ばれる分野の研究が進んでいる。この分野は、現在までのところ基礎研究段階にとどまっているが、近年のバイオテクノロジーの急速な発展により、実用化に向けた技術開発のスピードが一気に加速する可能性があり、注目すべきである。

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