Main

株式会社三井物産戦略研究所

2014年に注目するイノベーションと技術の動向

2013年12月16日


三井物産戦略研究所
新事業開発部


Main Contents

戦略研究所は、エネルギー、環境、ICT、マテリアル、ライフサイエンスの全11分野計173領域について技術革新動向をウオッチしている。本稿では、多面的な視点から世界の技術動向全体を俯瞰した上で、2014年に特に注目すべき技術分野として以下の5テーマをピックアップし、ポイントを解説する。

二次エネルギーとしての水素

2002年にトヨタが燃料電池ハイブリッド車「トヨタFCHV」を日米で限定販売し、環境に優しい水素社会の到来かと世間をにぎわせた。2009年に熱と電気の両方を供給できる定置型の家庭用水素燃料電池(エネファーム等)が発売され普及拡大が進んでいるが、2015年からは一般向けの水素燃料電池車(FCV)の販売開始が予定されており、水素の利用拡大機運が高まりつつある。また、各国で再生エネルギーの導入が進むにつれ、エネルギー貯蔵用途としての利用も注目され始めている。その一方で課題も多い。現在、世界の水素生産の約96%が化石資源を原料として製造されているが、ほとんどは化学プラント等でのプロセスガスとして消費されている。水素をエネルギー用途として普及させるには、コストの低減とCO2を排出しないクリーンな水素製造が課題となる。一つの方法として、石油産出国で随伴ガス等を原料として水素とCO2を発生させ、分離したCO2を生産量が落ちた油井に吹き込み、原油生産を増加させ、CO2を油井内に貯留する(EOR-CCS)という一石二鳥の取り組みがある。また、豪州等で埋蔵量は豊富であるが、乾燥すると発火しやすく輸送と貯蔵に適さない安価な褐炭から水素とCO2を生産し、分離したCO2を地下貯蔵(CCS)する方法もある。それらの方法で生産された「クリーン水素」を消費国に大量輸送する方法も検討されている。マイナス260度以下に冷却して液体水素の形で運搬する方法や、水素をトルエンに化学的に固定させて、メチルシクロヘキサン(有機ハイドライド)として常温常圧で運搬する輸送技術も検討されている。
太陽光や風力発電の再生可能エネルギー導入拡大が続く欧州では、不安定な電力を平準化する方法の一つとして、余剰電力で水を電気分解して、水素の形で貯留することも検討されている。特にドイツでは、風力発電量が豊富な北部では余剰電力が発生しやすく、一方、工業地帯の多い南部では原発停止により、将来の電力不足が懸念されている。これを解決するための南北送電線網の強化計画はあるものの、根強い住民の反対により遅々として進んでいない。この代替案として検討されているのが、北部での余剰電力を水素に変えて、全長40万kmに及ぶ天然ガスパイプラインに貯留して燃料として利用したり、CO2と水素を反応させて都市ガス成分と同じメタンガスに転換して利用したりするもので、“Power to Gas” プロジェクトと呼ばれている。

大型化する洋上風力発電

欧州市場では、洋上風力発電が巨大産業に成長しつつあり、発電量は風車径の2乗に比例することから、風車の大型化の開発競争が活発化している。欧州での洋上風車の出力は、数年前の2.3MW(直径82m前後)から、現在は出力3.6MW(直径107m前後)の風車が主流であるが、さらに、6~8MW(直径154m~170m)の大型洋上風力発電の開発も進められている。
洋上風力発電用の発電タービンでも新たな技術開発が進んでいる。これまでのタービンの故障原因は、増速機と呼ばれる発電出力を上げるための巨大なギアボックスの不調によるものが多く、陸上なら現場に直行してすぐに修理ができるが、洋上ではさまざまな困難が生じる。このため、メンテナンスが容易な「ギアレス方式」と呼ばれる新たな発電タービンが開発されつつある。
欧州の洋上風力発電市場で圧倒的なシェアを誇るドイツSiemens社は、強力な永久磁石を多数配列して出力を上げるギアレス方式の6MW風車をいち早く開発し、2013年1月に英国沖に実証機を建設した。三菱重工は、2010年12月に油圧技術専門メーカーである英国Artemis Intelligent Power 社を買収し、ギアレス油圧方式による7MW大型風車を開発中で、2014年に実証機を製造する予定である。また、デンマークのVestas社でも8MWの大型ギアレス洋上風車を開発中である。一方、スペインのGamesa社はギアレス方式ではなく故障率を低減した改良型増速機を開発中で、同社の大型洋上風車に搭載される予定である。このように欧州市場では、故障率低下と稼働率上昇による洋上風力発電コスト低減を目的に、熾烈な開発競争が始まっている。

VPP(Virtual Power Plant)技術

地球温暖化対策のため、再生可能エネルギー発電の重要性は今後一層高まる。2013年11月の国際エネルギー機関(IEA)の発表によると、2035年時点で再生可能エネルギーの比率は総電力量の31%に達し、第1位の石炭火力の33%に次ぐ第2の電源となる見込みである。
一方、風力や太陽光などの再生可能エネルギーは自然任せのため出力変動が大きく、電力の需要と供給を一致させることが困難であり、かつ、大規模集中型電源の代表である原発や火力と異なり、小規模の分散電源であるため最適管理が難しい。従って、①出力変動、②分散電源管理の二つの困難を克服しなければ、長期的に再生可能エネルギーの普及は行き詰まる。
そこで、注目されるのがICTを活用し、多数の分散型の再生可能エネルギー発電設備を含めて、一つの大規模集中電源に見立てて管理するVPP(Virtual Power Plant) 技術である。風力、太陽光、バイオマス、地熱などさまざまな再生可能エネルギーと変動出力を調整する小型火力、蓄電池、デマンドレスポンスを組み合わせて、仮想的に一つの発電所として安定的な出力を保証する。例えば、予想以上に風力の出力が上がる場合は、バイオマスや小型火力の出力を抑制して、必要とされる供給力を維持する。もちろん、各分散電源は通信網で接続されていることが前提条件である。
各国で採用している再生可能エネルギーの固定価格買取制度(FIT)では、出力変動の有無に関係なく、電力を系統に流せばその対価を得られるが、買い取る側の電力会社や系統運用会社は、厳しいオペレーションを課せられる。VPPはFITの次の時代を見越し、再生可能エネルギー普及の鍵として注目される。

Internet of Things

データ解析技術の高度化、低廉化でビッグデータの処理解析が飛躍的に容易になってきたが、Internet of Things (IoT) の導入拡大で、取り込むデータがさらに膨大化してくる。
IoTは、「モノのインターネット」とも呼ばれ、世の中に存在するあらゆるモノ(商品、端末、設備等)が識別子やセンサーなどを備え、それらがネットワークに接続されることにより、個々のセンサーが発するデータをリアルタイムに処理してインテリジェントな識別・追跡・監視・制御を行う仕組みやそれら技術の総称・概念のことである。既に世界中で150億を超えるモノがインターネット上に存在し、その数は2020年には、500億に達すると予測されている。
IoTを実現する要素技術や関連技術は既に登場しており、ICタグのような識別技術といったものから、現在はM2M(Machine to Machine)と呼ばれる機器間を接続するネットワーク技術もある。例えば、GEの「IndustrialInternet」への取り組みは、GEが提供するエンジン等の機器にさまざまなセンサーを備え、それら機器の動作をリアルタイムで監視することで、障害等を未然に防ぎ、トータルでの機器の利用効率を高めることを目的としている。
これまでは、比較的「大型のモノ」「動かないモノ」が対象となるケースが多かったが、今後は、センサーの小型化・省電力化等が進むことで、「小型のモノ」「動くモノ」も対象となることが予想されている。「Google Glass」のようなウェアラブルコンピュータは市販間近であるが、これは情報を処理・発信できIoTを実現するデバイスとしての「小型で動くインテリジェントなモノ」の代表例といえよう。これまで概念先行であったIoTが徐々に現実化していくと考えられる。

産業基盤材料としてのグラフェン

グラフェンは炭素原子が六角形の格子状に並んだ一原子の厚さの層で、あらゆる物質の中で最も薄い素材(厚さ:0.3ナノメートル)。2004年にその存在が発見されてから、その驚異的な物性から大きな関心が寄せられ、次世代電子デバイスや産業用材料など幅広い領域で活発な研究開発が行われている。シリコンの100倍電気が流れやすく、質量当たりの表面積が物質中最も大きく(1グラムで3,000m²)、鋼鉄の200倍の強度があり、次世代の「夢の産業基盤材料」として期待されている。
欧州委員会は、2014年から始まる“Future and Emerging Technologies(FET)”研究開発プログラムの一つとして「グラフェン」を選定し、10年間で10億ユーロの予算配分を行うことを決定した。今後、この分野の研究開発が急加速して行くことが見込まれる。
当面の産業用途として注目されているのは、タッチパネル、液晶ディスプレイ、有機太陽電池セル、有機ELなどに使われる透明電極材料や、リチウムイオン電池のリチウム吸着材料、海水淡水化用分離膜などであり、今後の研究開発の進展が注目される。
透明電極材料には、これまで主としてインジウム・スズ酸化物(ITO)が用いられているが、より強靭でフレキシビリティーのあるグラフェンに置き換える研究が進んでいる。欧州では、欧州委員会第7次研究枠組み計画(FP7)の下、2013年11月1日から3年半にわたり、透明電極用途を念頭に、大面積グラフェン・シートの製造方法を開発する研究プロジェクト「GLADIATOR」が始まっている。
そのほか、リチウムイオン電池では、グラフェンの単位重量当たりの表面積が極めて大きい物性を利用して、リチウムの吸着材料として利用する研究開発が注目されており、海水淡水化膜では、グラフェンの強靭性を利用して、厚さが逆浸透膜の500分の1で、使用エネルギーが100分の1の淡水化膜の実現が期待されている。

Information