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株式会社三井物産戦略研究所

ドイツで今後注目されるPower to Gas事業

2013年11月15日


ドイツ三井物産
新産業・技術室
後藤雅史


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ここ数年、ドイツでは、Power to Gasという事業コンセプトが注目を集めている。Power to Gasとは、主に風力発電を中心とした再生可能エネルギー発電で発生した余剰電力を利用し、水を電気分解して水素を取り出し、あるいは水素と二酸化炭素を混合反応させて合成ガスを取り出すことである。生成された水素はそのまま、あるいは合成ガスの形で、天然ガスに混ぜて都市ガスや発電に用いるか、液化あるいは圧縮した後、水素充塡ステーションに貯蔵して水素として利用される(図表)。

ドイツの電力事情とPower to Gas

ドイツは、Energiewende(ドイツ語でエネルギー大転換の意)政策に基づき2022年までの原子力発電全廃と再生可能エネルギーの大幅な拡充を目指している。2012年には総発電量のうち、再生可能エネルギーによる発電量は22%に達しており、これを2020年に35%、2030年には50%まで持っていくという高い目標を掲げている。同政策に基づき、2000年からの13年間で陸上風力の発電容量は、6GWから31GWと約5倍、太陽光発電は0.08GWから32GWとおよそ400倍の伸びを示した。この急速な再生可能エネルギーの拡大は、一方でドイツの電力安定供給に大きな支障を来している。
風力発電は風況の良い北部に、一方太陽光発電は日照条件の良い南部に集中しているという地理的偏在がある。例年5~8月は南部で太陽光発電の稼働率が高まり、月平均3,500GWh水準の発電をするが、冬場の11~2月は一気に1,000GWh以下まで発電量が落ちるという形で季節変動が極めて大きい。また、ドイツは、産業が集積する南部の方が電力需要は大きく、南北をつなぐ高圧送電線が圧倒的に不足している。
ドイツエネルギー機関(DENA)が、2010年12月に公表した「グリッド報告Ⅱ」では、蓄電設備が全く導入されなかったと仮定すると、2020年までに新たに必要となる高圧送電線の距離は3,600㎞に及び、その設置費用は年間9.5億ユーロになると試算されている。このうち、現在までに設置されたのは、100㎞にも満たない。その結果、北の風力発電所で発電された電力のうち、2010年には150GWhが、翌2011年には250GWh程度が受電容量の不足のために系統に接続できず、捨電されたと考えられている。このままでは、2050年には、余剰電力が年間40TWh(ドイツの年間発電量の6%)発生するという試算もあり、電力をガスに変換し長期間、大量に貯蔵できるPower to Gasが注目されている。

ドイツの水素インフラと政府支援策

ドイツは、歴史的にNordrhein-Westfalen州(NRW州:州都デュッセルドルフ)を中心にしたライン川沿いに化学品工場が集積しており、水素製造拠点やパイプライン等のインフラが充実している。NRW州内には、全長240kmに及ぶ水素の専用パイプラインが1930年代頃より設置されている。
一般的に、既設の天然ガスパイプラインに水素を5%程度まで混入させて家庭に供給しても全く問題ないといわれている。さらに15%程度まで水素を混入させても漏洩等安全上の問題はないとされているが、個々のガス組成や圧力、パイプライン・インフラの状況に応じて検証が必要であり、中期的な課題と位置付けられている。15%程度の混入が可能になれば、ドイツで発電される再生可能エネルギーを全て水素に変えて、40万kmにも及ぶ天然ガスパイプライン網に貯留しておくことができるという試算もある。
現在、ドイツ国内15カ所で水素燃料電池車(FCV)用水素充塡ステーションが運営されており、ドイツ政府は、今後のFCV普及を睨みこれを2030年までに1,000カ所にするという方針を打ち出している。
ドイツ水素・燃料電池技術機構 (NOW)は、水素・燃料電池の市場促進支援プログラムである水素・燃料電池技術国家技術革新プログラム(NIP)を策定しており、2016年までに、水素・燃料電池関連のプロジェクトに14億ユーロの予算枠で支援する計画である。
ドイツ大手電力会社のE.ONや自動車メーカーのAudiもPower to Gasのパイロットプロジェクトを推進している。また、FCVの普及を目的として活動するドイツ任意団体Clean Energy Partnership(CEP)が運営母体となり、全国に5カ所の水素充塡ステーションを展開。CEP がFCV充塡に必要な個人認証、決済、一般利用者向け講習などを行っており、将来のFCV普及を想定したモデル作りを実施している。

Power to Gasのコア技術

Power to Gasでコア技術となるのが、水の電気分解により水素を製造する水電解装置(エレクトロライザー)である。液体中に正極・負極となる2本の電極を浸し、電極の間に電圧をかけることで液体中の化学物質と電極の間で電子の受け渡しが起こり、化学反応(水の電気分解)が生じる。エレクトロライザーの技術は、大きく分けてアルカリ型と高分子電解質膜(PEM)型が知られている。水酸化カリウム等のアルカリ水溶液を用いるアルカリ型は、これまで化学産業等で水素生産に用いられてきており、既に成熟した技術となっている。一方、PEM型ではプロトン交換膜を用いることで純水を使用できることが特徴だが、開発段階にあり、電解セルの耐久性向上やコスト低減が課題となっている。
今後増加する再生可能エネルギーの余剰電力を水素に変えるにはエレクトロライザーのさらなる大型化が必要である。大型化に関しては、PEM型よりアルカリ型が進んでおり、独ENERTRAG、カナダのHydrogenics等の企業が知られている。一方のPEM型を開発しているのは英ITM Power、米Proton OnSite、独Siemens等である。この二つの型に加えて、固体酸化物型を利用した高温エレクトロライザーも開発されているが、技術的なハードルが高く、実用化にはまだ時間がかかる。
生産された水素を天然ガスパイプラインに送入するだけでなく、FCV用として水素充塡ステーションへ輸送する技術や、水素の貯蔵技術も必要である。これまでは、高圧化しての水素貯蔵、マイナス約260度に冷却し液体化しての水素貯蔵などが主流であったが、最近は他の方法も開発されている。例えば、千代田化工建設がトルエンに水素を化合しメチルシクロヘキサンとして常温で貯蔵・運搬し、目的地で水素を取り出す技術を開発している。また仏McPhy Energyは、マグネシウム合金に水素を吸蔵させ、水素化マグネシウムという形で水素を貯蔵する技術を開発している。
さらに前述の通り、水素の状態では天然ガスパイプラインに注入できる割合は5%程度であるが、二酸化炭素と反応させて天然ガスの主成分であるメタンを合成すると、都市ガスへの混入割合に制限はなくなる。Audiが2013年6月、ドイツ北西部にて世界初となる大規模スケールのメタン合成のPower to Gasプラントを稼動させたが、ここで用いられた技術は独ETOGAS社が開発したプロセスである。これはメタンから水素を取り出す工業的製造方法である水蒸気改質反応や水性ガスシフトの逆反応を行わせるものである。このようなメタン化の取り組みはドイツで複数行われている。

課題と今後の見通し

技術がどれだけ進歩したしても事業としての経済性が合わなければ無論意味がない。現状においてPower to Gasの経済性を評価することは難しい。なぜならば、都市ガスへの水素混入比率や水素製造、運搬、貯蔵コストが明確になっていないからである。一方、上記のとおり、ドイツでは数多くのパイロットプロジェクトが進行中であり、中には、1時間当たり数百Nm3/hという規模で水素を製造して都市ガスに混入しているプロジェクトもあり、これらの実験から得られるデータを基に、近い将来経済性が評価されていくであろう。
また、メタン化技術を採用する場合、水素だけの場合に比べて初期投資と追加エネルギーコストがかさむことになるが、天然ガスパイプラインに混入するための水素の精製処理コスト、排出権取引価格が上がった場合のCO2排出コストを考慮するとメタン化による追加コストはほぼ相殺できるとの試算もある。
以上、述べてきたように、再生可能エネルギーの増大により発生する余剰電力や高圧送電線施設の大幅な遅れ等、ドイツが根本的に抱えている電力問題を解決する有効な手段としてPower to Gasは注目を集めている。独Fraunhofer研究機構の試算では、ドイツ国内のPower to Gas市場規模は40億~60億ユーロと予想している。ドイツ政府が今後、Power to Gas事業を後押しするような政策を打ち出すかは未定であるが、今後のドイツエネルギー政策を左右する重要な意味を持つことは間違いないと思われる。

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