株式会社三井物産戦略研究所
食品製造業-成長の方向性とポテンシャル-
2016年7月7日
三井物産戦略研究所
産業調査第二室
高島勝秀
Main Contents
世界の食品製造業は、2000年まで停滞していたが、2000年代に入って新興国を中心に急成長した。2014年の世界主要73カ国の食品工業出荷額(飲料を含む)は総計6兆468億ドルと、実質ベースで2001年の2.2倍となっている(図表1)。2011年以降は世界全体としての成長は鈍化しているが、国ごとのばらつきが目立っている。2001年から2011年の年平均成長率を見ると、73カ国全てがプラス成長であったが、2011年から2014年は、約半数の35カ国がマイナスとなっており、各国の食品産業の位置付けや、産業としての実力の差が明確になってきている。
近年の成長は輸出が牽引
世界の食品工業出荷額が急成長した2000年以降は輸出も急拡大している。2001年から2011年の年平均成長率は、出荷額全体の7.7%を上回る9.6%であった。2012年は前年比2.6%減と落ち込んだものの、2013年の同2.1%、2014年の同5.7%と、いずれも出荷額の1.5%、1.4%を上回る伸びとなっている。各国ごとに見ても、経済活動全体の中で食品製造業のプレゼンスが高い国では、輸出比率が高い。国内市場が飽和状態にあり、他の産業が発達している先進国では、食品製造業が経済全体に占める割合は相対的に低くなる傾向にある。しかし、アイルランドやオランダ、ハンガリーでは、輸出の拡大によって食品工業出荷額のGDP比率(以下「対GDP比率」)がアイルランド13.4%、オランダ10.2%、ハンガリー10.6%と、世界平均の8.1%と比べて高い水準となっている。近年の輸出の伸びも、2011年から2014年の年平均成長率で、アイルランド4.7%、オランダ6.9%、ハンガリー7.7%と高くなっている。アイルランドでは、チーズやベビーフード等の乳製品や、蒸留酒、ビール等のアルコール飲料、オランダではチーズ等の乳製品、ハンガリーでは伝統的なワイン等が主要な輸出品目である。ベルギーやデンマークでは、対GDP比率は低いが、食品製造業の輸出比率は高くなっている。ベルギーではチョコレート製品等、デンマークではチーズ等の乳製品やベーコンやハム等の加工肉が主要な輸出品目となっており、両国の食品製造業の輸出比率はベルギー71.3%、デンマーク73.3%と極めて高い。
また、ドイツやイタリア、スペイン、ポルトガルも、対GDP比率は低いが、輸出比率が高い。これらの国からは、レディミールの冷凍食品等、加工度の高い製品やワインやビール等のアルコール飲料、トマトピューレ等の野菜調理品、パスタ、オリーブオイル等の調味油や調味料が輸出されている。
上記の国々に共通しているのは、チョコレートやワインのように、世界に広く価値が認められている食品を伝統的に生産・消費してきたという点であるが、国民が他国へ移動することで食品の輸出が拡大するケースもある。ポーランドでは、英国へ移民が多数移り住んだことにより、英国内でポーランド食品店が増加し、ソーセージ等の加工肉等、英国への食品の輸出が拡大した。その結果、ポーランドの食品製造業の輸出比率は、23.0%と高水準となっている。
良質な原料も拡大要因に
マレーシアやインドネシア、タイ、トルコ、モロッコ、チリ、ベトナムでも、対GDP比率、輸出比率の両方が高くなっている。マレーシアやインドネシアでは、パームオイルの輸出が主力となっている。インドネシアではそれに加えて地場大手総合食品メーカーのIndofoodが即席麺を製造し、輸出している。タイでは、鶏肉缶詰とエビの加工品が、またトルコではヘーゼルナッツ等のナッツ加工品やイチジク等の乾燥果物、トマトピューレ等が欧州先進国を中心に輸出されている。モロッコでは、水産物のタコやイカを加工したものを缶詰や瓶詰にしたものや、オリーブオイルの輸出が活発となっている。チリでは、ワインの原料になるブドウの生産が豊富であることから、ワインを主要輸出品目としている。ベトナムでは、地場大手企業のVinamilkが乳製品を製造し、東南アジア等、周辺諸国へ輸出している。同国では輸出比率に加えて、対GDP比率も33.9%と突出して高くなっており、食品製造業が経済全体に占める位置付けが高いといえる。これらの国に共通するのは、良質な食品原料が豊富に産出されているという点である。先進国でも、酪農が盛んで生乳の生産量が多いニュージーランドでは、地場大手企業のFonterraに代表される乳製品の加工や輸出が伸びている。同国は、高い輸出比率に加えて、対GDP比率も先進国の中では比較的高い水準となっている。
これらの国では、輸出が食品製造業の伸びを牽引する形で、2011年以降も輸出額、工業出荷額ともに大きく伸びている。タイでは政情不安、マレーシアとチリでは天候不順に伴う農業生産の不振によって輸出が落ち込んだが、マレーシアとチリは回復に向かっており、2014年の輸出額は前年比でマレーシア17.0%増、チリが5.5%増となっている。
潜在力を有する国
各国のこれまでの状況を見ると、中国のように内需が大きく伸びて食品製造業の成長を促したケースも多く、インドなど人口規模の大きい国では内需の拡大に期待することもできるだろう。しかし、国内の食品市場の伸びは所得水準の向上に伴って鈍化する傾向があり、産業の伸びを内需だけで長期的に維持していくことは難しい。食品製造業を継続的に拡大するためには、輸出を伸ばすことが重要になる。今後、食品製造業が輸出産業、そして国の主要産業となる可能性を秘めているのは、食品加工向けの良質な原材料が存在する国が中心と考えられる。
未加工の農産物(ゴム等の非食品や、消費地加工が中心の穀物を除く)の輸出額が大きい国としては、既に食品製造業が成熟している米国やオランダのほか、ブラジル、中国、アルゼンチン、インドネシア、インド等が挙げられる。また、2013年の未加工農産物の輸出額の対GDP比率を見ると、牛肉等のアルゼンチン(5.8%)、茶葉やコーヒー豆のケニア(5.0%)、トマト等のヨルダン(4.3%)、落花生や粟等のセネガル(3.6%)、ココナッツや茶のスリランカ(3.4%)、カカオやコーヒー豆のカメルーン(2.4%)などの水準の高さが目立っている。
これらの国では、輸出している未加工食品原料を国内で加工することで食品製造業が成長する可能性を有していると考えられる。例えばケニアでは、コーヒーや紅茶、乾燥果物等がすでに輸出品目として製造されており、2014年の食品製造業の輸出比率は46.0%と高水準になっているが、マンゴーや落花生、トマト等では未加工のまま輸出されている。同国の食品工業出荷額の対GDP比率は6.6%と依然として低く、同国が有する素材を用いた食品製造業の輸出産業化には拡大の余地が大きい。同国政府は、農産物を加工することで付加価値を高め、食品製造業を成長させることを目標に掲げている。加えて同国では、これまで家庭で行われていた粉砕等の香辛料の簡単な加工を工業化し、粉砕済みの加工製品が市場に出回るようになることなど、食品産業化の機運が高まっている。
これらの国で食品製造業が未発達な原因として、原料加工を工業化するための機械や設備、人材の不足が挙げられる。今後、資本の投入が進めば食品製造業が発展する可能性が高い。そこでは、先進国企業との連携が契機となることも考えられる。実際に外資が導入されたことで製造設備が整い、周辺諸国向けの製造拠点となった例もある。ナイジェリアでは、コカ・コーラ等の飲料を製造・販売するNigerian Bottling Companyや、アイルランドのGuinnessが飲料ボトリングの拠点として同国で製造された商品を周辺諸国へ輸出しており、食品製造業の輸出比率は38.7%と高水準となっている。同国ではゴマやカカオ豆等、農産物の生産も活発であることから、今後はそれらを加工して輸出することも考えられる。地場企業のDangote Groupは、製糖や製粉等の食品加工の分野において国内市場でのプレゼンスが高い。同国の対GDP比率は1.4%と低く、食品製造業が発展しているとはいえないが、このような大企業が存在することも含めて成長ポテンシャルは高いと考えられ、今後の動向が注目される。