ウェルネスとは:世界的な潮流と今後の展望について解説

2023.01.16

ウェルネスは、健康と幸福の最適な状態に向けて取り組む「積極的な追求」であり、身体的な健康だけでなく多くの領域に広がりをもちます。今回は『日経ヘルス』元編集長であり、現在はウェルネスに関するコンサルティングも行なっている西沢邦浩氏にお話を伺い、ウェルネスの意味や他の類似用語との違い、ウェルネスを構成するさまざまな要素について解説します。また、世界的なウェルネスの潮流と事例をふまえ、新たなトレンドや今後の展望について考えていきます。

西沢 邦浩 氏

株式社サルタ・プレス 代表取締役
株式会社日経BP 総合研究所 客員研究員

早稲田大学卒業。小学館を経て、1991年日経BP入社。1998年「日経ヘルス」創刊と同時に副編集長に着任。2005年より同誌編集長。2008年「日経ヘルス プルミエ」を創刊し、2010年まで編集長。2016年から日経BP総合研究所主席研究員。2018年、株式会社サルタ・プレスを設立し代表取締役。日経BPでは、総合研究所客員研究員に。
ほかに、同志社大学生命医科学部嘱託講師、公益財団法人日本腎臓財団評議員、公益財団法人ライオン歯科衛生研究所理事、社団法人ウエルネスフード推進協会評議員、などを務める。著書に「日本人のための科学的に正しい食事術」、共著に「ヒットする!食品の機能性マーケティング」など。

ウェルネスの意味と概念

ウェルネスとは、従来の健康(ヘルス)と区別する目的で1960年代にアメリカで提唱されたもので、「より良く生きようとする生活態度」のことを意味します。単に病気かどうかだけで健康を考えるのではなく、よりいきいきとした人生を目指す積極的な生き方を表しています。
近年では、さまざまな文脈でウェルネスという言葉が用いられるようになり、医療分野のみならず、スポーツ、美容、ツーリズムなど、あらゆる分野で取り入れられています。

『日経ヘルス』『日経ヘルスプルミエ』の元編集長で、現在、日経BP総合研究所の客員研究員である西沢邦浩氏は、ウェルネスの実現は「新しい市場の創造につながる」と説明します。

「ウェルネスが目指すものは、意識せずとも健康を得られるような環境を作り出すことで、人々がいきいきと生きられる期間を長くすること。それによって、元気に働き活発な消費行動を行う人が増えれば、社会が活性化し、新たな市場が生まれると考えられています」(西沢氏)

2017年のアメリカの国勢調査をベースとし、寿命延伸による経済効果を算出した研究では、平均余命が1年伸びると、アメリカ全体で37兆6000億ドルの市場(総支払意思額で推計)が生まれるとされています*1

「つまり、ウェルネスの実現によって、医療にかかるコストを減らそうという後ろ向きの『治療・予防』の思考にとらわれず、消費拡大によって経済を活性化させていこうというポジティブな『老化抑制(Stay Young)』の思考へと変わってきているのです」(西沢氏)

「ウェルネス」と「健康」・「ウェルビーイング」との違い

「ウェルネス」と類似した表現に、「健康」「ウェルビーイング」があります。それぞれの違いを見ていきましょう。

1947年に採択されたWHO憲章では、健康を「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」と定義しています。これに対して、ウェルネスはここからさらに一歩踏み込み、健康な状態を基盤として、生きがいや尊厳といった総合的な視点から心身ともに豊かで充実したライフスタイルの実現を目指すこと、といった考え方に発展しています。

ウェルビーイングは、上述のWHO憲章で初めて登場した言葉で、身体的・精神的・社会的にすべてが「満たされた状態」を表します。

「ヘルス(=健康)というのは、現状の一般的な認識においてあくまでも何かの目的を実現するための手段です。その手段を使って、『より豊かな人生』を実現できる状態が、ウェルネスなのでは。ウェルビーイングは、さらにこれを幸福感や社会的な関係性、未来的な時間軸まで広げたものとしてとらえるのがいいのではないかと考えています」(西沢氏)

近年では、企業経営においてもウェルビーイングの実現が重要視されるようになり、労働環境の見直しや福利厚生の充実などに、積極的に取り組む企業が増えています。

ウェルネスの構成要素

アメリカの全米ウェルネス協会(National Wellness Institute)の共同創業者であるビル・ヘトラー氏はウェルネスの構成要素を「身体・感情・精神・知性・職業・社会」の6つであるとしました。現在ではこの6つの要素から発展し、環境を含む多次元的な要素で成り立つのがウェルネスであると言われています。これらの要素すべてがバランスよく満たされていることが、健康で豊かな人生を送るためには重要だと考えられています。

環境:脳にも影響を及ぼす大気汚染

ウェルネスを構成する7つの要素のなかで、西沢氏が今後、大きなテーマになると考えているのが「環境のウェルネス」です。

「環境における大気汚染の問題は深刻です。たとえば、遺伝子が同じ双子でも、幹線道路沿いに住んでいるのと、田舎に住んでいるのとでは、シワのでき方をはじめ、老化のスピードに違いが出るという研究があります*2。また、大気汚染が脳に与える影響についても多くの研究が発表されており、認知症との関連性も指摘されています。WHOは、大気汚染物質が喫煙とほぼ同じレベルのリスクだとして注意を呼び掛けています*3」(西沢氏)

食:日本人にしのび寄る栄養不足の危機

さらに、社会や文化といった環境要因に左右されやすいウェルネスの要素が「食」です。食におけるウェルネスに詳しい西沢氏は、日本人の食習慣に警鐘を鳴らしています。

「WHOが公開している世界の疾病負担研究(Global Burden of Disease study)を解析したところ、全粒穀物の摂取不足が、健康寿命を短くする一番の食事関連因子だということがわかりました*4。こうしたエビデンスを背景に、アメリカでは幼少期から1日に摂るべき全粒穀物の推奨量が決められています。主要先進国で、全粒穀物の摂取を食事ガイドラインで推奨していない国はほとんどありません。他の先進国では、不足しがちな栄養素を戦略的に摂取するための政策がとられているのです」(西沢氏)

欧米では、必要な栄養素を補うためにサプリメントが活用されています。アメリカを例にとると、なかでも特に需要があるのが、ビタミンD、マグネシウム、オメガ3だといいます。

「ビタミンDとオメガ3は、魚から摂取することできますし、マグネシウムは海藻に多く含まれています。本来、日本の伝統的な食文化は、世界が注目している栄養素を豊富に摂取することができるものなのですが、どちらも日本国内の消費量は落ち込んでいます」(西沢氏)

世界におけるウェルネスの取り組み

上述したようなウェルネスの観点や構成要素を切り口に、世界ではさまざまな研究や取り組みが進められています。

UKバイオバンク

その一つが、イギリスの「UKバイオバンク」をベースにした研究です。バイオバンクとは、血液・尿・唾液などの試料や、個人の医療・健康情報を、研究目的で収集・管理・保管するシステムのことをいいます。このUKバイオバンクの参加者とそのデータをもとに、遺伝的素質や栄養状態、生活様式などが、疾患に対してどのような影響を与えているのかを調べる大規模研究が数多く進められています。

「イギリス全域の40~69歳、約50万人から得られた遺伝子データと健康データから、続々とエビデンスが生み出されています。UKバイオバンクをベースにした食関係の論文だけでも、すでに500以上に上ります」(西沢氏)

エピジェネティッククロック

さらに、今、世界で話題になっているのが、実際の老化がどの程度進んでいるかを推定する「エピジェネティッククロック」です。

「エピジェネティッククロックとは、遺伝子のエピジェネティックな変化※を測定することによって、その人の生物学的な年齢(心身がどれだけ若いか)を見る指標のことです。エピジェネティッククロックだけでなく、各種血液データや体力指標、脳の状態などのデータを総合して、より正確なエイジングクロック(老化時計)を作ろうという動きも盛んです。こうしたデータの蓄積が増え、さらに精度が上がれば、老化指標をもとにした健康管理も可能になり、老化抑制(Stay Young)がもっと身近なものになるかもしれません」(西沢氏)

※ エピジェネティックな変化:後天的にDNAに起こる遺伝子発現を制御するための化学的な修飾で、DNAを構成する塩基配列を変えることはない。

日本における各業界でのウェルネスの取り組み事例

最近では、日本国内でも各業界でウェルネスの概念を取り入れ、より良い運営やビジネス展開を目指す動きが出てきています。ここでは具体的な事例をご紹介します。

医療・看護

医療・看護におけるウェルネスの視点として、健康維持や健康増進、病気の予防、未病への対応などが挙げられます。医療業界はいまだに「治療」をメインとしていること、また日本では医師の残業や医療職の担い手不足が課題です。
それらに対するソリューションとして、健康管理のためのウェアラブル端末やアプリの活用、治療の最適化のための医療データ利活用、オンライン診療、AI問診といった事例が出てきています。

「素晴らしいビジョンを持っている医療関係者が多い一方、人材不足や長時間労働によってそのビジョンを実現することが難しい状況です。そのような現実を踏まえ、AIやICTを活用する、また唾液や尿など、非侵襲的な手段を用いた検査を行うことで、診断に至る前に手を打つことが重要になってきそうですね」(西沢氏)

企業経営

企業経営におけるウェルネスには、従業員の精神面・身体面の健康管理を経営方針に取り入れる健康経営があります。従業員がいきいきと健康的に働ける環境を整えることで、結果的にその企業の利益にもつながると考えられています。
また、栄養が偏りがちな外食を減らし、栄養バランスの良い食事を提供できる社員食堂も、従業員の健康維持に非常に効果的です。
身体に現れる不調だけでなく、メンタルヘルスの悪化を防ぐための取り組みとして、2015年にはストレスチェックが義務化されました。そのほか、産業医との連携やストレスマネジメント研修の導入など、目に見えない心の不調への対策の必要性も高まっています。

「健康経営への投資が経営へのプラスになるのか、エビデンスがないためリターンが見えづらく、本格的なチャレンジに踏み切れない企業もあるのではないでしょうか。企業としても人材への投資・若い働き手を増やせるような新しい仕組みづくりが大切です」(西沢氏)

ツーリズム

ウェルネスと旅を掛け合わせた「ウェルネスツーリズム」は、心身の健康維持・自己発見・自己実現を目的にしています。旅先で心身をリフレッシュさせることにより、生活への活力を生み出すことにつながると考えられ、市場も拡大を続けています。
地方創生やインバウンドの観点からもウェルネスツーリズムに期待が高まっており、海外では医療施設と連携したウェルネスツーリズムの取り組みも始まるなど、観光や医療、福祉を融合して事業領域を広げています。

一方で、西沢氏はツーリズムや美容、不動産におけるウェルネスについてこう指摘します。

「ツーリズムや美容、不動産のウェルネスにはいろいろな発想やサービスが生まれている一方、ユーザーのターゲティングがシャープになることでコミュニティー間の格差も生まれているように思えます。個々の資金力や生活圏の違いによって行動が分断され、同じフィールドでの交流が生まれにくくなっているのではないでしょうか。ビジネスとしては効率がいいのかもしれませんが、タコツボ化が進むと新しい世界感が生まれにくくなるおそれもあります。そこに集まる人同士が垣根を越えて交流できるような、面としての広がりを持った事業が生まれるといいですね」(西沢氏)

新たなウェルネスのトレンド

ライフスタイルの変化に伴い、新しいウェルネスの在り方も生まれています。
近年、家や職場といった、特定の振る舞い・役割が求められる場所のほかに、何にも縛られず自分の心に向き合い、落ち着きを取り戻すことができる場所としての「サードプレイス」に注目が集まっています。自分だけの落ち着いた時間を過ごすことのできる場所や、ありのままの自分でいられる場所、周りの人々と交流することで息抜きになる場所がサードプレイスになるといわれており、旅行先などの特別な場所に限らず、カフェや公園といった私たちの身近な場所もサードプレイスになり得ます。社会的役割にとらわれず、自分自身を大切にするというサードプレイスの考え方は、ウェルネスの新しい形と解釈することができるでしょう。

「人々との交流がともなうサードプレイスの課題として、当初の理念や質を維持し続けることの難しさがあります。居心地の良かったサードプレイスがいつしか一部の人に都合がいい場に変容していってしまう、ということも往々にしてあるでしょう。人々との交流が生まれるサードプレイスにおいては、倫理的規範を遵守し、本当に開かれた状態を維持できるよう個々人が努めることとそれを守る管理者の役割が大切ですね」(西沢氏)

これからのウェルネス

今後のウェルネスの在り方について、西沢氏は「老化抑制(Stay Young)」がキーワードになると分析しています。

「老化促進に関わるタンパク質が多くなる年齢は、34歳、60歳、78歳の3か所あるということを明らかにした研究があります*5。つまり、20代から加齢のリスクをチェックしていく必要があるということです。20代から30代にかけての最初の老化を抑えられれば、60歳以降の老化も緩やかになる可能性も高くなるというのが、老化制御(Stay Young)医学の考え方の一つです」(西沢氏)

西沢氏は、「若いうちから老化を防ぐ」という視点が、今後のウェルネス領域の新たなサービスにつながっていくだろうと予想しています。

さらに、ニュージーランドの研究では、ダニーデン在住の約1000人に対して、26歳から45歳までの20年間の老化の進行を観察した結果、生物学的年齢の老化が早いと見た目も老けて見えることが実証されました。生物学的老化を測定したところ、1年に0.4歳しか老化しなかった人もいれば2.44歳も老化していた人がいることがわかったのです*6

バイオマーカーを20年間測定して判明した生物学的老化ペースの違い(Zスコア表示)

PoA (Pace of aging)=1.0の場合、1年あたりのバイオマーカーの生物学的老化ペースが1年、PoA=2の場合、1年あたりのバイオマーカーの生物学的老化ペースが2年であることを意味する。
(Nat Aging. 2021 Mar;1(3):295-308. , Fig.2bを元に作成)

このようなデータからも、若いうちから健康リテラシーを高め、投資することが非常に大切であることが分かります。

「少子化によって一人の子どもにかけるお金が増え、『シックスポケット』という言葉が生まれましたが、これからはまだ健康に投資する意識が芽生えていない20代の孫に、健康や若さの維持に役立つ食品やサービスをプレゼントするような、新しい『シックスポケット』が生まれてもいいのではないかと考えています」(西沢氏)

日本国内だけでなく、世界でも各業界でウェルネスを意識した取り組みが進められています。日々の暮らしのなかで、さまざまなウェルネスのトレンドを取り入れることで、より健康的で充実した人生を実現させましょう。

*1 Nature Aging volume 1, pages616–623 (2021)
*2 J Invest Dermatol. 2010 Dec;130(12):2719-26.
*3 Lancet Planet Health. 2022 Jun;6(6):e535-e547.
*4 Lancet. 2019 May 11;393(10184):1958-1972.
*5 Nat Med. 2019 Dec;25(12):1843-1850.
*6 Nat Aging. 2021 Mar;1(3):295-308.

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