「主観的ウェルビーイング」の測り方とは?ウェルビーイング研究の第一人者、石川氏に教わる、「よく生きる」ためのヒント[前編]

2024.12.20

人生100年時代といわれる今、人々は「物質的な豊かさや地位」を優先する従来の価値観から脱却し、それぞれの価値観に根ざした幸せや豊かさを模索し始めています。しかし、多様化し複雑さを増す社会では、それぞれの幸せを見つけることはより難しくなっているともいえます。
このような現代において、「ウェルビーイング」はサステナブルな社会づくりや企業経営においても重要なキーワードとなり、産官学民から注目が集まっています。今回は、「人がよく生きるとは何か」をテーマにウェルビーイングを研究される石川先生に、ウェルビーイングの捉え方やビジネスへの応用、そして、私たちが人生をよりよく生きるためのヒントを伺いました。

石川 善樹 氏

予防医学研究者 /医学博士
公益財団法人 Well-being for Planet Earth 代表理事

東京大学大学院医学系研究科健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)を取得。2018年に公益財団法人Well-being for Planet Earthを設立し代表理事を務める。「人がよく生きる=ウェルビーイングとは何か」をテーマに、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は予防医学、行動科学、計算創造学、概念進化論など。近著に『フルライフ』(NewsPicks Publishing)、『考え続ける力』(ちくま新書)などがある。

2種類の「ウェルビーイング」

ウェルビーイングは、大きく分けて「客観的ウェルビーイング」「主観的ウェルビーイング」の2つがあります。

「客観的ウェルビーイング」は、客観的な基準で定量的に測ることができます。例えばGDP(国内総生産)や平均寿命、平均教育年数といった客観的な基準で評価でき、統計データに基づく、いわば「正解」のある捉え方といえます。

これに対して、「教育年数が短いからウェルビーイングではないの?」「自分のウェルビーイングをどうして他の人が決められるの?」といった疑問も出てくると思います。そこで、自分自身の感覚や認識によるものが「主観的ウェルビーイング」です。本人が自身の状態をどのように感じているのかを指すので、万人に共通する「正解」のない捉え方といえます。

例えば、年収や学歴、職業といった客観的な指標でみると「ウェルビーイング」な状態にみえる人でも、本人が実際にどのように感じているのか、つまり、主観的ウェルビーイングは、その人次第となります。

近年、注目が集まっているのは「主観的ウェルビーイング」です。

1950年~1960年頃に、米国では従業員の「職場満足度調査」の結果と離職率の相関性が明らかになったことを受け、離職率の上昇を防止する手立てとして同調査を活用する企業が増加しました。一方、職場満足度調査では生産性との関連性を表すことが難しかったため、1990年頃から、生産性も調査対象となる「ワーク・エンゲージメント」が注目されるようになりました。現在では、このワーク・エンゲージメントは、多くの企業で用いられるようになっています。

さらなる課題として、人口減少などにより組織の人材獲得がより厳しさを増す中、「従業員のエンゲージメントは、職場外からも影響を受けている」ということが意識され、より良いワークライフバランスを実現するための、さまざまな制度の充実が求められるようになります。こうした背景から注目されるようになったのが、仕事を含む人生の幸福感や満足度を測る「主観的ウェルビーイング」です。

その本質は、「楽をする」ということではなく、一人の人間として尊重され、尊厳ある職場生活を送ることにあります。「主観的ウェルビーイング」はワーク・エンゲージメントと同様に離職率や生産性と高い相関性があるほか、採用力にも直結しています。同等の給料・仕事内容の会社であれば、ライフもワークも満ち足りて生き生きしている従業員が多い会社の方が魅力的に映りますよね。

また、「主観的ウェルビーイング」は政治的にも注目されています。その背景として、GDPや失業率以上に主観的ウェルビーイング、つまり、国民の生活における自己評価の方が選挙結果に影響を与えるということがわかってきたことで、政治家にとって無視できないものになってきたと考えられます。

「主観的ウェルビーイング」は、どう測る?

歴史的にみると、客観的ウェルビーイングの測定方法はさまざまな議論が積み重ねられてきた一方で、主観的ウェルビーイングの測定が始まったのは比較的最近のことです。2013年に、経済協力開発機構(以下、OECD)が国際的なガイドラインとして、当時の共通認識を発表して以来*1、わずか10年ほどの歴史しかありません。

現在、主観的ウェルビーイングは、主に「体験」「評価」で測定され、中でも「評価」が主要な測定指標となっています。

「体験」とは、ある出来事を通じて、対象者がどのような「感情」を抱いたのかを指します。一方、「評価」とは、その出来事について、個人の基準を用いて総合的な判断を行うことです。デートを例に挙げて考えてみましょう。ランチをして、映画を見て……多くの場面で「楽しい」「嬉しい」といったポジティブな感情が占めていました。しかし、別れ際に突然大喧嘩になってしまい、そのまま別れてしまったとします。すると、別れ際までの体験がどれほど良かったとしても、そのデートの評価は「最悪だった」となるでしょう。このように、人が何かを評価する際、「どう終えたか」に影響を受けやすいといわれています。日々の仕事においても、終わり方を良いものにするだけで、その日1日の評価は良いものになるでしょうし、会社で行われる納会や忘年会も「終わりよければ全てよし」の考え方に沿っているといえます。

 この「体験」と「評価」の指標は、マーケティングや行動経済学でも取り入れられています。デートの例に沿って「User Experience(UX)」」と「User Evaluation(UE)」を考えてみると、良いUEを得るためには、デートのプロセスで生じるUXを全てポジティブなものにするより、「ポジティブ体験もネガティブ体験もあったけれど、最後に振り返った時に良いデートだった」といえるような評価に着地させることが重要といえます。

「幸福度ランキング」という名前から、日本人の幸福度が低いと誤解されやすいのですが、あくまで生活の自己評価ランキングといった方が正しいです。この調査報告から読み取れるのは、日本は幸福度が低いということではなく、他国と比べて生活の自己評価が低い国民性があるということなのです。自己評価を低くつける国・文化圏と、高くつける国・文化圏があるため、国同士の比較で幸福度を測ることはあまり重要ではなく、一つの国の変化を時系列で見る指標として活用すべきなのです。

主観的に何が良いか悪いかの感じ方は人それぞれですが、「評価」に影響を与える要因は世界価値観調査に基づく長年の国際調査によって報告されています。この調査結果はウェルビーイング研究の大発見で、その要因は「選択肢」と「自己決定」です*3。人は働いたり、生活したりしていく上で、「数ある選択肢の中から自分で選択し、決定した」と感じるとよりウェルビーイングが向上しやすいことがわかっています。

この「選択肢」と「自己決定」をビジネスや政策検討における指針とすることが可能です。つまり、選択肢を充実させ、自己決定しやすい環境を整備することが、従業員や国民の主観的ウェルビーイングを向上させることにつながります。また、選択肢と自己決定に影響を与える指標の一つとして、客観的ウェルビーイングの指標の一つである経済成長がよく挙げられますが、日本の現在の経済状況と主観的ウェルビーイングの相関は諸外国ほど強くありません。したがって、今の日本に求められているのは、経済成長はもちろんですが、同じくらい大事なのがダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)ではないかと考えます。多様な働き方や生き方のロールモデルを増やしていくことが、日本の主観的ウェルビーイングを高める上で重要な要素となると感じています。

後編では、ウェルビーイング領域におけるビジネスの可能性や、現代をよりよく生きるためのヒントについて紹介します。後編はこちらを参照ください。