荒川雅志先生に聞く、長寿地域から考えるウェルネス社会

2023.07.14

コロナ禍を経て、心身の健康状態に関心が高まっています。活き活きと輝きながら生きるためには、どのようなことが大切なのでしょうか。長寿地域の文化やライフスタイル、そしてその地域に生きる長寿者たちのマインドや生き方を知ることで、そのヒントが見えてくるかもしれません。
今回は、ウェルネス研究の第一人者である荒川先生より、長寿地域から学ぶ「ウェルネスな生き方」について教えていただきました。

荒川 雅志 教授

国立大学法人琉球大学 国際地域創造学部
ウェルネス研究分野 教授 医学博士

ウェルネス研究者、海洋療法学者。ブルーゾーン(世界5大長寿地域)である沖縄県の100歳長寿者研究で福岡大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。新しいウェルネスの定義提唱、日本の大学初のウェルネスツーリズム科目開設、ウェルネスメニュー研究開発を産官学連携で多数実施。

求められる次世代のライフスタイル

日本は長年「長寿世界一」の座を守り続けています。しかし、自立した生活を送れる期間を表す「健康寿命」と比べてみると、平均寿命と健康寿命には約9年※もの差があり、世界中の調査実施国との比較において決して上位ではありません。

活き活きと輝くことなく長く生きた人生は、幸せといえるでしょうか。アフターコロナの今、心身の健康状態に関心が高まっている要因は、この問いにあるのではないかと考えています。自粛のストレスから解放されたい、充実したライフスタイルを実現したいというニーズが高まってきたことで、新たな働き方や生き方を求めるニューノーマル時代が到来しています。

私は沖縄県で長寿研究・ウェルネス研究を行う中で、多くの100歳長寿者(センティナリアン※)と交流してきました。人生百年時代であり、さらには百年に一度の大災害といわれるコロナ禍を経た今だからこそ、一世紀を生き抜いた人々の知識やライフスタイルから、アフターコロナ時代をより良く生き抜くヒントを得ることができると考えています。
冒頭に述べた「健康寿命」ですが、「健康」という言葉を使っている間は、まだ医学的な物差しで寿命を捉える固定観念が拭いきれていないと考えます。生きがいを持ちながら生活してきた結果として「長寿」がある。それを踏まえて、私は「ウェルネス長寿」と表現しています。

※ 2015年度,世界疫病負担研究(Global Burden of Disease)より
※ Century(一世紀)を生き抜いた人々という意味

長寿の秘訣は「つながり」の力?

世界5大長寿地域「ブルーゾーン」における研究をもとにお話しします。ブルーゾーンとは、100歳を越えた人が多く暮らす地域のことです。沖縄県をはじめ、イタリア・サルデーニャ島、アメリカ・カリフォルニア州のロマリンダ、コスタリカ・ニコジャ半島、ギリシャ・イカリア島の5つが挙げられます。研究者で探検家のダン・ビュイトナーを筆頭に、世界中の長寿研究者が現地調査や取材を重ねた結果、ブルーゾーンの100歳長寿者に共通する以下9つの健康と長寿の秘訣が明らかになりました※。

1. 適度な運動を続ける
2. 腹八分で摂取カロリーを抑える
3. 植物性食品を食べる
4. 適度に赤ワインを飲む
5. はっきりした目的意識を持つ
6. 人生をスローダウンする
7. 信仰心を持つ
8. 家族を最優先にする
9. 人とつながる

沖縄のライフスタイルを見ても、「医食同源」の思想で食生活・食文化を大切にすること、生涯現役として身体活動を維持すること、良質な休養・睡眠をとること、地域社会と深いつながりを持つことなどが特徴として挙げられます。
その中でも、特に注目すべきは「つながり」がもたらす力です。人の長寿要因として、「社会とのつながり」が最も大きいことが研究・報告されています。「社会関係資本(ソーシャルキャピタル)」とも言いかえられるように、社会とのつながりは生きる上での「資本」になるのです。

「ユイマール」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。ユイ(結い=協働)+マール(廻る=順番)という意味で、沖縄に根付く相互扶助のあり方を表しています。家族や知人友人、さらには血縁地縁のない人々とも互いに支え合いながら生きていく考え方は、沖縄の人々の精神的支柱として今も色濃く継承されています。
こうした地域とのつながりが精神的な安定をもたらし、生きる気力となっていることは、ブルーゾーンの長寿者たちに共通しています。さらにいえば、自然へ畏敬の念を持ちながら共生することや、世代を超えて受け継いできた先人の知恵を大切にすることなど、「つながり」は長寿地域のあらゆる面から見てとることができます。

※ さらに詳しく知りたい方は、『The Blue Zones 2nd Edition(ブルーゾーン・セカンドエディション)世界の100 歳人に学ぶ健康と長寿9つのルール』 祥伝社(2022)ダン・ビュイトナー著,仙名紀 (翻訳),荒川雅志 (翻訳, 監修) をご参照ください。

沖縄の方言に「イチャリバチョーデー」という言葉があります。「一度会えば、みんな兄弟」という意味です。この言葉が表すように、相互扶助の精神で助け合いながら暮らしていることが長寿に影響していることは間違いありません。お会いした100歳長寿者に共通するのが、多くの地縁血縁者と関わりがあり、社会活動や行事にも積極的に参加していることです。また、畑仕事や家事を担うなど、家庭や地域で自身の「役割」を持ち続けていることも挙げられます。ウェルネスの象徴である彼らは、いわば地域にとっての「宝」です。家族や地域に支えられ、もはや自分一人の命ではないからこそ、そのつながりが生きがいという精神的支柱になっている部分が大きいといえます。

そもそも、私が今もこうして沖縄に住み、研究を続けていることが、つながりの確かさを示す何よりの証拠かもしれません。というのも、当時27歳だった私が沖縄に降り立ったのは、生活を一度リセットするための放浪の旅の通過点に過ぎませんでした。しかし、その日から「イチャリバチョーデー」と盛大に歓迎され、ユイマールの精神に支えられ、気づけばそのまま沖縄にとどまり、現在に至っています。ここで何をして生きていくかも決まっていない中で、思い返せば大きなアクションでした。それは私にとって、より良い生き方を求める「ウェルネスの旅」だったといえるかもしれません。

「健康」はゴールではない

沖縄の風土に根付くウチナータイム(沖縄時間)は、スローライフの精神の中で、忘れかけていた大切な時間に気づかせてくれます。じっくりと心身のケアをしながら自身を見つめ直し、明日への活力を得られる旅がウェルネスツーリズムです。

そして、唯一無二の自然や文化は、沖縄に限らず日本全国のあらゆる地域に根付いています。それらの地域資源は全てウェルネス資源として、新たな価値を提供することができると考えています。大都市でも同様です。ファッションやアート、音楽など五感を刺激する物事がさまざま生み出される中、それらに触れて心が動かされる体験も、まさにウェルネスに他なりません。次世代のライフスタイルが求められる中で、このようにあらゆるものがウェルネスに転化できる可能性を秘めている今、あらゆる領域から、ウェルネスをキーワードとしたビジネスの創造に期待が高まっています。

何かに熱中・没頭している人は、おのずと内側から輝きが放たれていると思います。
100歳長寿者たちに健康の秘訣を伺った際、全員が「分からない」と答えました。厳しい時代の中で、自身や家族が生き抜いていくために必死に日々を積み重ねてきた結果として「100年」という人生があるのであって、長生きするために何かをしてきたわけではないというのです。

健康志向の高まりとともに、今やさまざまなヘルスケア産業が台頭していますが、「健康になる」ことを意識しすぎるあまり、かえって「不健康」を作り出してしまうことがあります。「健康」は、何かを手に入れるための基盤です。「何か」とは、自身の人生を豊かに輝かせるためでのものあり、没頭できる生きがいを見つけることができれば、おのずとウェルビーイング(well-being)につながっていきます。何のために健康でありたいのか、健康そのものが目的化していないかどうか、一度ご自身の生活を振り返ってみてはいかがでしょうか。