現代人の健康を守るのは「時間」に基づく栄養学? 管理栄養士、奥薗さんに教わる産学連携の取り組み

2023.12.26

体内時計を考慮に入れた栄養学として、近年「時間栄養学」の注目が高まっています。
現代社会を生きる人々の食生活を考えるにあたって、「いつ、どのように食べるか」に意識を向けた栄養学は、何をもたらしてくれるのでしょうか?
今回は、管理栄養士として時間栄養学に着目した産学連携の取り組みを推進しているエームサービス株式会社の奥薗美代子さんにお話を伺いました。

奥薗 美代子 様

エームサービス株式会社 管理栄養士

病院等での勤務後、1997年にエームサービス株式会社に入社。受託先の病院・福祉施設での給食管理、運営責任者、大学病院での受託責任者や栄養士リーダー等を担当。現在は、本社スタッフとして、主に、管理栄養士及び栄養士社員の教育・指導、業務改善、事業所運営全般のサポートに従事。
2022年4月から兵庫県立大学大学院環境人間学研究科博士前期課程(栄養教育・栄養生理学研究室)で時間栄養学分野の実践的研究を実施。

現代に「時間栄養学」が求められる理由

活動時間が24時間化している現代社会は本当に忙しく、ライフスタイルが不規則な人が増えています。時間を問わず対応が不可欠な病院や消防署での勤務や、24時間フル稼働をしているインフラ関係や工場の交替勤務など、こういった仕事に従事する人は勤務体系の影響で食生活が不規則になってしまうなど、体内時計のバランスを保つのが難しいと思います。
そうした健康・栄養課題を考えるにあたって着目されるようになったのが「時間栄養学」です。時間栄養学は、「何をどれだけ食べるか」という従来の栄養学の考え方に、「いつ食べるか」という時間軸を加えた栄養学です。栄養素の効果が摂取時間によって変化することや、摂取する栄養素によって体内時計が変化することがわかってきています。近年急速に発展している栄養学として、まさに今研究が進んでいる分野といえます(時間栄養学に関する詳細はこちら:問題は「いつ」食べるかだった?! 柴田重信先生に学ぶ「時間栄養学」を活用した体内時計の整え方 | 陽だまり | 未来に、ウェルネスの発想を。 - 三井物産 (mitsui.com) をご参照ください)。

私は、2019年に日本時間栄養学会学術大会※に参加したことをきっかけに、時間栄養学について本格的に学び始めました。厚生労働省が5年ごとに更新している「日本人の食事摂取基準*1」においても、今後の課題として、行動学的・栄養生理学的の視点から一日の中の食べ方をあげています。
また、最近はメディアで時間栄養学の考え方が取り上げられる機会も増えており、徐々にその概念が社会へ広がりつつあります。社員食堂・給食事業を運営する当社では、時間栄養学の考え方をサービスに取り入れていくことで食を通じた人々の健康維持により貢献できるのではないかと考えました。

※ 日本時間栄養学会:2014 年に発⾜した時間栄養科学研究会を前⾝とする、研究者や医師、管理栄養士、企業が集い、概日時計を考慮した食・栄養の健康科学を研究する研究会。

産学連携による実証実験で見えてきたこと

まず着目したのは、当社が食事を提供する企業で交替制勤務をしている従業員の健康や栄養上の課題です。先述した日本時間栄養学会学術大会に参加した際、つながりができた兵庫県立大学の永井成美教授が時間栄養学の視点から交替制勤務者の研究をされているという話を伺い、当社が運営する社員食堂を対象にした実証実験ができないかと提案し、産学連携の共同研究が始まりました。
時間栄養学の分野は、まだエビデンスが少ない状態です。その要因として、大学での研究だけでは、交替制勤務者に対する健康的な食事提供などの継続的な介入の場の確保が難しいことがあげられます。そのため、継続的なデータ収集や分析、そして、これらデータ分析結果に基づく知見を蓄積することがなかなかできないのです。そうした観点でも、社会実装を見据えた取り組みとして、産学連携が一番の近道ではないかと感じています。

多くの先行研究にもある交替制勤務者の栄養課題では、エネルギー摂取量が多い反面、食物繊維やビタミン、ミネラルの摂取が少ないことが報告されており、共同研究では、交替制勤務者が夜間に選択しやすい食事メニューの傾向を調べたところ、選択されやすい食事内容が、揚げ物や糖質・脂質が多い単品中心メニュー(ラーメン・カレー・丼)などであることがわかりました。この研究結果については、2022年に永井先生をはじめとした研究室の方々と論文*2を発表しています。この先行研究をもとに、夜間の食事介入の研究を行い、食事介入による体格、体調、意識・行動変容による変化がみられるかを検討し、今後、結果を公表予定です。

アプローチは時に「北風と太陽」?

本筋からは外れますが、給食事業側では、早朝や夜間勤務時には人手が不足しがちです。そうした状況も考慮しながら当社で取り組み始めているのが、カフェテリア形式で食べたいものを選びながら、食事を自分でアレンジできるサービスです。夜間に、健康のためにぜひおすすめしたい食事のみを用意すれば強制的に健康へのレールを敷くことができますが、食事が制限される環境は非常にストレスフルで、これでは本末転倒になってしまいます。夜勤時も日勤時と同じものを食べたいという方や、夜間であってもガッツリとした食事をとりたいという若い世代の方もいらっしゃるため、選択肢は制限しないようにしています。その上で、管理栄養士の立場としては、組み合わせやプラス1品のご提案など、より健康的でバランスのとれた食事になるようなアドバイスを行うことで「大人の食育」をサポートしていきたいと思っています。

交替制勤務者や夜間勤務の人は、体内時計が乱れがちです。体内時計が乱れると代謝やホルモン分泌のバランスが乱れ、食欲が増進するホルモン分泌パターンになることが示唆されており*3、糖質や脂質の高い食事を求めがちになりやすいのです。それを前提に考えると、「健康的な食事」に対して無関心な層をどのように意識づけしていくかが課題といえます。そのためのアプローチとして有効だと考えているのが、まず、関心のある層から働きかけていくことです。すでに健康に関心がある層には介入しやすいですし、無関心層にとってはそういった周囲の関心層の人々が食事によって変わっていく様子を身近で目にする方が、頭ごなしに食事改善を提示するよりも意識が変わるきっかけになるのではないでしょうか。また、ゲーム感覚で食事改善に取り組めるような施策も効果的だと思います。このように、人々の行動の中に改善に向かうアプローチをうまく取り入れながら行動変容を促していく、その積み重ねにより自己効力感が高まることで、健康意識と健康増進への取り組みを持続させられるような食事提供のあり方を模索する必要があると考えています。

栄養を、もっと働く人の味方に

人はそれぞれ、一日の中で示す活動の時間的指向性に基づいて、「朝型」、「夜型」といったクロノタイプに分類されることがわかっています*4。朝が苦手なのに、早朝から出勤しなければいけない人はつらいですよね。その際、朝食を食べなければ体の時差ボケも起きてしまいます。体の時差ボケを無くすため、体内時計のリセットに必要な炭水化物とタンパク質が十分量とれて栄養バランスが整った食事をとる、夜更かしをできるだけ避けて朝食をとることは、時間栄養学の上手な活用だと思います。
フレックスタイム制など、コロナ禍によって奇しくも柔軟な働き方が社会的に進んだ面もありますし、もっとそれぞれの体内時計のタイプに合った働き方が浸透しても良いのではないかと思います。もちろん、そうした働き方が可能な業務は限られていますが、個々人のパフォーマンスが高まるのであれば、健康経営を推進するにあたって考慮に入れることも一つではないでしょうか。

「どこに管理栄養士さんがいるかわからない」という声をよく耳にします。そのため、もっと管理栄養士が皆さんにとって身近な存在にならなければいけないと感じています。そして同時に、皆さんのヘルスリテラシーの底上げに貢献していく必要があると考えています。現在、管理栄養士は、病院や学校、職域、スポーツ団体などを通して集団・個人に対してアドバイスを行うことがほとんどですが、これからは、栄養面においてもパーソナルな時代が到来すると考えています。個人の健康状態や嗜好を考えながら、一対一でサポートする「一人ひとりのコンシェルジュ」になる、これをビジネスとして成り立たせることを考えると現状では難しいかもしれませんが、そのように管理栄養士のあり方を変えていくために働きかけていきたいと考えています。

これまでさまざまな研究を行ってきましたが、やはり人には食事、特に栄養バランスのとれた食事が不可欠です。そして、この食事に加えて、睡眠・運動の3つがバランスよく保たれていなければ、身体だけでなく心も疲れてしまいます。そのことはコロナ禍で経験している方も多いのではないでしょうか。
冒頭でも述べたように、24時間化している現代社会では、活動しようと思えばいくらでもできてしまいます。また、お金さえあれば大抵何でも手に入る時代になってきていますが、健康だけは例外です。意識していると人とそうでない人では、やはり10年後、20年後の心身の状態が大きく変わってしまうのです。だからこそ、自分自身のために栄養バランスを考えて、さまざまなものを食べてほしいと思います。1週間に1回だけでも健康や栄養に関心を向ける時間を設けていただくことで、今後の健康に対する意識や心身の状態も変わっていくはずです。そのためにも、私たち管理栄養士に気軽に相談していただけるような場を創出していけたらと考えています。

*1 厚生労働省,「日本人の食事摂取基準(2020年版)」策定検討会報告書 
 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/eiyou/syokuji_kijyun.html(参照 2023-11-21参照)
*2 栄養学雑誌,Vol.80 No.2 139-148(2022)https://www.jstage.jst.go.jp/article/eiyogakuzashi/80/2/80_139/_article/-char/ja/
(参照 2023-11-21参照)
*3 Sci Transl Med. 2012 Apr 11;4(129):129ra43.
*4 J Biol Rhythms. 2003;18(1):80–90.