脳科学研究の第一人者である川島隆太先生に学ぶ、脳から紐解くマインドフルネス

2023.07.28

今、この瞬間に向き合う「マインドフルネス」は、ストレスとの上手な付き合い方をはじめ、集中力や想像力、幸福感を高める方法として、医療のみならずビジネスや教育現場、スポーツなどさまざまな分野から注目されています。これらの効果は、科学的な根拠を持って実証されていることをご存知ですか? 心身の健康のために、どのように取り入れることができるのか、脳科学研究の第一人者である川島先生に教えていただきました。

川島 隆太 教授

株式会社NeU 取締役CTO
東北大学加齢医学研究所 教授

1989年、東北大学大学院医学系研究科修了。スウェーデン王国カロリンスカ研究所客員研究員、東北大学加齢医学研究所助手、講師、教授を経て、2014年より同研究所所長、加えて2017年より東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター長を2023年3月まで務めた。脳機能イメージングの基礎研究を行いつつ、積極的に産学連携活動を展開。「脳トレ」ブームの火付け役として知られるほか、総務大臣表彰、文部科学大臣表彰、井上春成賞、河北文化賞などを受賞している。

ついてまわる「評価」から、自分を解き放ってみる

マインドフルネスとは、「今、この瞬間」の体験に意識を向け、聞こえるものや見えるものをありのままに受け入れることです。美しいものを見たときに、それを何かと比較したりせずに、ただ「美しい」と感じること、といえばわかりやすいでしょうか。そこに「良い/悪い」といった評価が介入しないことがポイントです。

マインドフルネスの源流は仏教にあり、仏教用語である「サティー」を英語に訳したものとされています。サティーは、「気づくこと」「注意を向けること」「記憶すること」の3つの意味を持つ言葉であり、直接明言はされていないものの、自身のありのままの心の状態に目を向けることと捉えられます。

マインドフルネスが現在のように注目されるようになった契機は、1990年代後半、欧米で医療や教育現場に取り入れられるようになったことです。では、この時代に何が起こったのか? ICT革命です。人々がさかんに情報発信を行い、情報が価値を持つ概念が生まれました。その潮流の中で活躍する人がいる一方、全ての人が適応できるわけではありません。次第に心を病んでしまう人も出てきました。

そこで、ストレスマネジメントの手法として取り入れられたのが、マインドフルネスです。グーグル社やマイクロソフト社は、福利厚生としていち早くマインドフルネスを導入しました。東洋文化への憧れや神秘感など、欧米では馴染みがなかったからこそ、波及していったのかもしれません。日本では、すでにあった禅の瞑想などの先入観が、ストレスマネジメントへの適用をかえって遅らせた形で、今やっと逆輸入的に進んでいるといえます。

これまでは身を置く環境によって、例えば自然豊かな郊外などではマインドフルネスな状態になりやすいとされていました。しかし、今はスマホやSNSなどの普及によって、どこにいてもあらゆる情報が手に入る情報社会です。膨大な情報にさらされる現代人の日常は、意識しなければ心のゆとりを持つことが難しくなってしまった、これが教育現場や職場でマインドフルネスが取り入れられる要因の一つといえます。

メリットだらけ! 瞑想を日常に取り入れてみよう

マインドフルネスがもたらす効果は、医学的な研究によりすでに解明が進んでいます。

まず、脳にある「ワーキングメモリ※」の容量が拡大します。これにより、記憶能力が向上するほか、感情のコントロールができるようになり、心の安寧を保ちやすくなります。また、疲労感を軽減することもでき、自殺願望の軽減や注意能力の向上にもつながっています。

さらに、マインドフルネスな状態を日常的に作り出せる人は、認知機能が低下しにくく、アルツハイマー型認知症の発症率が低いこともわかっています。

※ ワーキングメモリ:作業や動作に必要な情報を一時的に記憶し処理する能力のこと

初めての人でも実践しやすいのは、集中瞑想の一つである「呼吸瞑想」です。集中瞑想とは、一つのことに集中することで周りの情報をシャットアウトする方法のことです。

呼吸瞑想は、自身の呼吸に意識を向けることで、周囲からの刺激や雑念を忘れ、脳をリラックスした状態に整える効果が期待されています。

それでは、呼吸瞑想を実際にやってみましょう。瞑想する場所は注意が散漫になりにくい、心地よく静かな場所が最適です。目線は数メートル先の床のあたりをぼんやりと見るようにし、楽な呼吸を心掛けながらゆっくり息を吸い込みます。そして、呼吸に合わせて頭の中で1から10まで数えます。基本的には5~10分間、これを繰り返してみましょう。
さまざまな考えが浮かんで注意が逸れたとしても、自分を責めないことが大切です。心の中の雑念に気づいたときは、ゆっくり呼吸に意識を戻していく、この繰り返しによってマインドフルネスが深まっていきます。

集中しなければいけない仕事などの前に、ほんの少し実践するだけでも効果が期待できます。一度行うだけで効果がありますが、継続していくことが大切です。身体の機能と同様に、脳の機能も使えば使うほど向上していくからです。瞑想を日々の生活に取り入れていけると良いですね。

マインドフルネスに至るとき、脳では何が起きている?

人の脳を解析する研究中に偶然発見されたものですが、脳内には、デフォルトモードネットワーク(以下、DMN)という神経回路があります。DMNは、何も考えずにぼんやりしているときに活発に働き、反対に何かに集中しているときは活動を潜める特性を持っています。

この働きが活性化しているとき、私たちの脳では情報の整理が行われていて、さまざまな発想が生まれやすいことが分かっています。ですから、このDMNを測定することで、マインドフルネスな状態に達していると科学的に見極めることができるのです。

そういった相談は多く寄せられます。そこで、私がCTOを務める、東北大学と日立ハイテクによる脳科学カンパニー(㈱NeU※1)では、正しく集中状態に入れているかどうかを測定し、マインドフルネスをサポートするアプリ「stress manager※2」を開発しました。DMNの活動状態を脳センサーでモニタリングしながら呼吸瞑想を行うことで、脳の鎮静度を確認することができます。脳の状態を可視化することで、マインドフルネス時の心身のあり方を、感覚をもって覚えていくことができます。

また、ストレスを感じる状況では、心拍数が上がったり頭が真っ白になったりしますよね。それらを自らの意思でコントロールすることは難しいという印象があるかもしれませんが、それも最新研究によって覆っています。アプリでは、脳の活動や心拍のコントロールをゲーム感覚で身につけられる「バイオフィードバック・トレーニング」を展開しています。自律神経を自身でコントロールできるようになることは、自律神経失調症の予防にもつながります。

皆さんが思っている以上に、意識の向け方次第で、できることはたくさんあります。そして、トレーニングすることで、その領域は広がっていきます。今後、より自身の内面を可視化し、改善を図れるツールを展開していきたいと考えています。

※1 ㈱NeU:東北大学加齢医学研究所川島研究室の「認知科学知見」と、日立ハイテクの「携帯型脳計測技術」を統合して設立した会社です。三井物産㈱は、㈱NeUに出資参画しています。
※2 stress manager:詳細はこちら https://www.neu-active-brain.com/stress-manager/ をご覧ください。

誰しも「心のセルフケア」ができる社会に

現代は、極めてマインドフルネスになりにくい時代といえます。情報があふれ、常に「評価」がついてまわり、強いストレスに晒されやすい社会になってしまっているからです。だからこそ、自分の心の悲鳴に気づかず、心がぽきっと折れてしまう人が出てしまう。

そんな時代を生きるからこそ、自分の内面に意識を向けることを大切にしてください。シンプルな取り組みを習慣化することで、脳のパフォーマンスは上げることができます。そして、ストレス状態から脱却できれば世界は広がっていきます。それが脳科学の観点からも根拠を持って証明されているのですから、もう取り入れるほかないですよね。

私は、「心のセルフケア」を当たり前にできるような社会にしていかなければいけないと考えています。そのために、教育現場の改善はもちろんですが、企業においても従業員にその機会を提供してほしいと思います。

心のセルフケアが正しくできていれば、それだけ前向きに業務に向き合うことができます。そんな従業員が増えていけば、企業としての業績も向上していきますよね。従業員はさらに幸福になります。そんな好循環を持った社会を目指していくことが大切ではないでしょうか。