有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示が2027年3月期から段階的に義務化され、気候変動への取組みは財務と並んで語るべき経営課題になった。しかし、開示した数字を、社内と生活者の行動に変えるまでの道のりは、どの企業にとっても険しい。
1日約2,000万人が来店するセブン-イレブンを擁するセブン&アイ・ホールディングスは、2026年夏、渋谷区内の90店舗を舞台に、気候変動を正面から発信する取組みに踏み出した。執行役員・サステナビリティ推進室長の宮地信幸氏に、e-dash代表の山崎冬馬が、事業リスクとしての気候変動、社内浸透の手法、そして共創への志を聞いた。
「暑すぎる夏」を渋谷の90店舗から発信する
山崎:この8月、渋谷区内のセブン-イレブン90店舗が「暑すぎる夏を終わらせるWEEK」の舞台になりました。JCLP(日本気候リーダーズ・パートナーシップ)主体の取組みへの協賛ですが、店舗をラッピングして社会的メッセージの映像を流すのは珍しい試みです。
https://www.sej.co.jp/company/news_release/news/2026/202607311030.html
反響はいかがでしたか。
宮地:暑すぎる夏にこそ気候変動を考えるべきなのに、夏の報道は「熱中症に注意」ばかりで、気候変動という言葉が出てきません。世の中全体的に遠い先の話として、自分事になっていないんですね。まず多くの方が自分事化して、声を上げていく。それが世論になれば国も動き、制度や仕組みも動きます。その積み重ねが社会変革につながる、という設計です。

山崎:ラッピングした店舗は直営店だったんですか。
宮地:オーナー店、つまりフランチャイズ加盟店です。この件で大きかったのは、オーナーさんの問題意識です。お子さんが3人いらして、「自分たちの子どもが大きくなったときに、気候変動で大変な世の中になっていたら」とおっしゃっていて、最初から自分事として捉えているんです。そして「全面的に協力します」と言っていただきました。
ただ、社会にいい、環境にいい、の一本槍ではダメで、経済合理性も重要です。現場が乗り気になるように、ハチ公グッズの取り扱いやクイズラリー等、従業員とお客様の会話のきっかけになるように企画を一緒に考えました。

宮地 信幸|みやぢ のぶゆき
株式会社セブン&アイ・ホールディングス 執行役員 サステナビリティ推進室長
1991年に情報システム会社に入社後、1994年に株式会社セブン-イレブン・ジャパンへ中途入社。店舗勤務とOFC(加盟店の経営相談員)として約3年の現場経験を経て、1997年より広報室。株式会社セブン銀行への出向を経て、2006年頃から株式会社セブン&アイ・ホールディングスにて広報を担当し、広報歴は通算約20年に及ぶ。その後、秘書室、社長室、取締役会事務局等を経て、2025年より現職。
山崎:店内のサイネージでは「2050年の天気予報」( https://www.japan88.jp/2050tenki )を流されたそうですね。
宮地:JCLPとNHKが中心となって制作した映像の30秒版です。ただ、90店舗のうちサイネージがある9店舗で実施しました。映像や音声で伝えるのは非常に有効で、内容についても多くの反響があったと伺っております。加えて実施したクイズラリーでは、3問正解した方には、UCCさんと共同開発した、焙煎時にCO2が出ない水素焙煎コーヒーをお配りしました。これをきっかけに店頭で会話が生まれて、終わった後も「あのコーヒー、環境に良かったんですね」という反応がありました。
リアルの接点を持つ店舗でこそ、ストーリーをお客様に届けなければいけません。滞在時間は短くても、何かしらのつながりがあればいいんです。来年は東京全体に広げたいですし、ウィーク(週間)をいつかマンス(月間)に、イヤー(年間)にしてもいいと勝手に妄想しています。

山崎 冬馬|やまさき とうま
e-dash株式会社 代表取締役社長
三井物産株式会社に入社後、主に電力等のインフラ事業の新規案件開発及びM&Aを担当。2015年に米シリコンバレーに駐在し、エネルギーやモビリティ等のクリーンテック分野でのベンチャー投資・事業開発を担当。帰国後、e-dashの事業を企画・立案し、2022年のe-dash株式会社の設立と同時に代表取締役社長に就任。
コーヒーと米、気候変動が「事業の数字」になる
山崎:情報発信の話に聞こえますが、ここまでやる理由は事業の側にあるはずです。御社と環境とのつながりをどう見ていますか。
宮地:2つあります。1つは、我々自身の営業による影響です。24時間営業、2万店の店舗網が、電力、プラスチック、食品ロスといった外部不経済も生んでいます。日本企業のCO2排出量でも、間違いなく100位以内に入ってしまっているんです。※編集部注
山崎:事業に対する気候変動の影響はいかがですか。
宮地:コーヒー豆は「2050年問題」と言われるように、気候変動の影響で品質と量が取れなくなってきます。2050年に求める品質・量の豆が調達できない場合の売上減少額は497億円と試算し、昨年出したTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の統合レポートで開示しました。
お米も、おにぎりやお弁当に使う一等米が、暑さで収量が減ってきていることは、すでに起きています。比率が下がれば単価が上がるので、調達費用は最大で322億円増える試算です。販売する商品がなくなってしまうという、事業に直結しているんです。だから我々自ら、そういう世界が来ないようにしないといけません。
山崎:一方で、生活者に対する啓発は、排出削減の効果としては小さいはずです。
宮地:生活者全員が心がけたとしても、削減効果は数パーセントかもしれません。それよりも大事なのは、みんなが声を上げて機運が高まることです。高まらないと、次のステップが見えてこないと思うんです。
「近道はない」から、社内浸透を繰り返す
山崎:TCFDでいえば、いまの数字はリスク側です。渋谷の取組みは売上に直結しないコストですが、生活者の意識が変われば会社のベネフィットになるはずです。この構図は、経営陣にどのくらい理解されていますか。
宮地:今はまだ途上です。社会的価値は中長期の時間軸、株主や株価、売上は短期の時間軸です。それをトレードオフではなくトレードオンで両立していかなくてはいけない、というテーマを取締役会レベルで議論しつつあります。こうした議題を取締役会で取りあげる素地は、充分にできてきたと思います。
予算削減、コスト削減となれば、社会的価値が毀損されやすいんです。ただ経営層にも、期初に一度決定した非財務領域の予算は崩さないという意気込みが出てきました。約1,000人規模の全社会議で15分の枠を設けて、環境をテーマに定期的に情報発信もしました。
山崎:ご着任から3年で、社内の意識は変わりましたか。
宮地:まだまだですが、着実に変わっています。内部から言われるより、外の人から言われると効くんです。先日のグループサステナビリティ委員会には江守正多先生(気候科学者/東京大学 未来ビジョン研究センター 教授)に来ていただき、「2050年の天気予報」を流した後に解説もしていただきました。
また、EY Japanの「Four Futures」という、30年後の地球社会を4つのシナリオで映像と音で描いた没入体験型プログラムにも、会長や副社長、一部の執行役員に参加してもらいました。すると「頭では将来世代や中長期的な視点について分かっているつもりだったけど、我々は本当に分かっていたのか」というコメントが出て来ました。
山崎:では、現場である店舗を見ている社員の意識はいかがですか。
宮地:現場は正直、そこまでではありません。ただ、今回、渋谷地区の地区マネージャーと京浜ゾーンのゾーンマネージャーが企画の当初段階から「いい取組みですね」と言ってくれたのは大きかったです。
現場からの「なんでこれやるの?」という声には「なぜならば」と、丁寧に説明を重ねました。体感的に、社員の3割くらいは環境に関心があって前向きですが、残りの7割は同じ揺さぶり方では動きません。そこはまだ模索しています。
山崎:そうした苦労は、他の企業でも同様です。では、そうした社員を動かして行くためには、どんな取組みをされていますか。
宮地:先日、気候変動をテーマにした新聞広告を全国紙の朝刊に出したんですが、最初は暑さの象徴として当社のロゴマークが溶けている案が出てきたんです。広報が長かった私は、さすがにマズイかなと思いつつも、インパクトと直感的な側面から社長や会長にまで相談しました。
最終的に広告ではロゴをいじらず、汗や日傘のモチーフを添える案ならばOKというところまで社内のコンセンサスを得ましたが、実際の広告では使いませんでした。ただ、気候変動について、こういったプロモーションの在り方を経営層や関係部署と協議できたことは大きな一歩だと考えています。
サステナビリティ推進室は、従来のセオリーに従わないことも役割の一つです。「また変なこと持ってきやがった」と思われるくらいでいいんです。それによって普段は気候変動の話をしない部門とコミュニケーションが生まれます。今回の広告のことで、来年に向けてまた相談できる素地ができました。
もちろん我々が言ったことで直ぐに会社が変わるわけではありません。こうやってひとつずつ案件を動かすことで、社内浸透を少しずつ図っていく地道な取組みです。近道は多分ありません。

1日2,000万人の接点を「まだ使い切れていない」
山崎:全国のセブン-イレブンの店舗には1日あたり約2,000万人が訪れます。その顧客接点によって行動変容を促せたら、社会への浸透が一気に進むと期待してしまいます。
宮地:これは本当にいいご質問ですが、逆にちょっと痛いところでもあります。というのは、これだけの接点があるのは仰る通りなのですが、脱炭素の文脈ではまだまだやりきれていません。
例えば、持続可能な原材料や環境配慮パッケージの商品はあるんですが、そういう商品が本部から加盟店に何アイテム推奨されていて、店内には何アイテムがあって、何年までに何アイテムに増やすのか、という目標感が、実はないんですね。
山崎:私は1日3回は行くので、2,000万人のうち3人分は担っています(笑)。
宮地:ただ、1日3回いらっしゃっても、店内にいる時間は1回あたり2、3分でしょう。
山崎:ルートも買うものも、全部決まっていますから。
宮地:ですよね。ポスターを貼ってもすごく注目されるわけではないし、店員との会話もそうありません。その前提での売り場づくり、品揃え、KPIは、まだまだこれからです。それでも1人平均3品を買われるので、全国のセブン-イレブンから1日に6,000万個の商品が世の中に出ていきます。商品やサービスを通じた啓発、発信は無視できません。
アプローチは2つあって、今回のキャンペーンは健全な危機感を正面から伝えるストレートなやり方です。もう1つは、関根澄人さん(脱炭素化を支援する商品・サービスの企画を行うEarth hacks株式会社の代表取締役社長CEO)の言う「正解と別解」の別解で、推し活や応援消費を入口にしたような取組みです。好きだから、美味しいから、というきっかけで手に取り、後から気づいたら環境にも良かった、という情緒的な価値のほうです。
両方とも大事で、使い分けはこれからの検討課題です。
山崎:ブランドへの効果は分析されていますか。
宮地:それもこれからです。店舗や企業のイメージ、来店客数、社員の誇りや離職率、株主総会での役員選任議案への賛否まで、効いてくる先はいくつもあります。定性と定量の両方で、非財務領域の取組みを可視化することが、今まさに我々に求められています。そこがなかなか進まないから経営層や会社の理解が得られない、と多くの企業が悩んでいると聞きますね。
山崎:まさに、非財務の取組みの企業価値化ですね。今年亡くなられた鈴木敏文さんは「競合を見るな」と説かれました。この領域で競合は意識されますか。
宮地:意識しますよ。当社グループのDNAとして「競争相手は競合ではなく、お客様のニーズの変化だ」とずっと言っていて、我々はそれを叩き込まれてきました。それはあくまで競争領域の話であり、共創領域において連携は必須です。
うちの「エコだ値」と同じ、販売期限が近い商品の値引きで、ファミマさんは「涙目シール」を始められました。あれを見て、やられたな、と思ったんです。競合さんにやられた、と思うようなことは我々が真っ先にやりたいですよね。メンバーには、競合に先にやられて悔しいと思う取組みは絶対に先にやろうぜ、と言っています。
志 ――「1社ではできないから、共創する」
山崎:一方で、この領域は1社が飛び抜けても社会は変わりません。業界を挙げてやるべきだという考えと、「先にやれ」は矛盾しませんか。
宮地:コーヒー豆ひとつ取っても、メーカー、商社の機能がないと、1社だけでは何もできません。そういう共創は、コーヒーのみならずもっと増やしていきたいと思っています。
山崎:「てまえどり」は神戸市の呼びかけから広がったそうですね。ああいう形はどう生まれるんでしょうか。
宮地:店の側から「手前から取ってください」と言うのは、当初は正直、抵抗もなくはなかったんです。でも行政からの依頼という形なら掲出できます。神戸市と市内の小売店との連携に神戸のセブン-イレブンも協力し、効果があるとわかって全国に、そしてコンビニ業界全体に広がりました。「エコだ値」も現場から出てきました。いい取組みは現場から出て、業界に広がるんです。
山崎:e-dashの顧客企業でも、いま最大のテーマはScope 3、サプライチェーン全体の排出です。サプライヤーとの対話で難しいことはありますか。
宮地:CSR監査で課題を洗い出して対応することはサプライチェーン全体の強靭化であり、リスク低減になります。セブン&アイが言うからではなく、win-winで財務的なメリットもある、という共通認識の浸透を図ろうとしています。それもコミュニケーションを繰り返して、地道に伝えていく取組みです。社内を巻き込むのと同じです。
山崎:最後に、宮地さんの志をお聞かせください。
宮地:薗田綾子さん(サステナビリティ経営コンサルティングの株式会社クレアンの代表取締役会長)が紹介されていた『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』という本があります。
過去5万年で生まれた人類は約1,000億人です。仮に今の出生率が続けば、これからの5万年で生まれる未来世代はなんと6兆7,500億人にもなります。その運命を、今の我々が担っているんです。昨今の気候変動の影響と思われる自然災害一つとってみても、2030年や2050年にどうなっていればいい、という話ではなく、まさに今、そしてこの4~5年が極めて大事なんです。
後戻りできないティッピングポイント(転換点)が来ると科学者が言うのであれば、諦めることなく、企業も、わかっている人も、お客様も一緒に、ポジティブな未来が来るように動かなくてはいけません。
1社ではできないから、共創するんです。いろんな企業やお客様と一緒に、スピードアップ、スケールアップしていきたいと思っています。
山崎:今日のお話を伺って、改めて気候変動を「事業の数字」で引き受けることが、社内と生活者を動かす出発点だと感じました。「まだ途上です」と言い切る率直さが、近道のない社内浸透を支えているのでしょう。6兆7,500億人の未来世代から見れば、渋谷の90店舗も、3人のお子さんがいるオーナーさんも小さな一歩ですが、変化はそこから始まります。e-dashとしても、共創に踏み出す皆様に伴走し、可視化の力で貢献していきます。本日はありがとうございました。
※編集部注:「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度 フロン類算定漏えい量報告・公表制度ウェブサイト( https://eegs.env.go.jp/ghg-santeikohyo-result/ )」において、2023年度の排出量で株式会社セブン-イレブン・ジャパンは44位。



