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株式会社三井物産戦略研究所

ウェアラブルデバイス—進展する産業利用と技術の深化—

2018年5月17日


三井物産戦略研究所
新産業・技術室
木下美香、永島学


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近年、ウェアラブルデバイスの製品開発が活発化しており、個人向けだけでなく産業向けの活用が進みつつある。本レポートでは、現時点でのウェアラブルデバイスの活用シーンを分類しつつ全体動向を俯瞰し、市場規模の拡大が予想される産業向けウェアラブルデバイスの事業領域における事業機会と課題について考察し、ウェアラブルデバイスをめぐる事業の未来を展望する。

製品開発が活発化するウェアラブルデバイス

ウェアラブルデバイスとは、持ち運べるだけでなく、身に着けたまま利用可能で、通信機能、センサーを備えたコンピューターのことを指す。開発は1980年代に始まり、1990年代にマサチューセッツ工科大学に在籍したスティーブ・マン氏が開発した「カメラを付けたヘルメット」や「コンピューターを入れたリュックサック」が初のウェアラブルデバイスといわれている。

市場の拡大を促したのは、2009年に発売されたFitbitのリストバンド型活動量計の登場である。さらに消費者向けとして最も売れるウェアラブルデバイスとなったアップルウォッチ(腕時計型)が2015年に登場したことで、ウェアラブルデバイスの認知度は高まった。

現在、ウェアラブルデバイスには、手首装着型だけでなく、メガネ型(スマートグラス)、頭部への装着型(ヘッドマウントディスプレイ:HMD)、ウェア型、靴型、ベルト型などがあり、新たな製品開発が進められている。

メガネ型の代表例としては、Google Glassが挙げられる。2012年以降、米国を中心にウェアラブルデバイスやアプリなどのコンテンツ開発者向けに販売され、ウェアラブルデバイスが注目されるきっかけにもなった。Google Glassはバッテリーの持続時間や発熱に加え、画像録画による意図しないプライバシー侵害などの課題があり、発売が中止されたが、2017年にGlass Enterprise Editionとして、法人向けに、デバイスだけでなく、用途展開に必要なシステムも含めた形で販売が再開されている。

頭部装着型のHMDでは、これまでHTC社(製品名:VIVE)、Oculus社(製品名:Rift)などのVR型HMDが主流で、機器を通して見える世界の全てが仮想であり、ゲームや映画鑑賞など特定のコンテンツへの没入感を得るものが中心だった。しかし、2017年末にGoogleやアリババから計19億ドルの出資を受けて開発を続けていたMagic leap社が発表したAR型HMD(製品名:Magic Leap One)では、現実世界に仮想を重ねることで、例えば作業員に煩雑な作業の指示を直観的に理解させることが可能になったほか、地図案内といった日常生活の利便性を向上させる用途での活用が可能になり、AR型HMDの用途展開や今後の動向が注目されている。一足早く市場投入されたマイクロソフト製HoloLensは、AR機能を備えるHMDとして主に産業用途向けでの製品展開を進めている。

ウェアラブルデバイスの用途展望

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ウェアラブルデバイスの目下の用途としては、ヘルスケア向けが主流であり、消費者向けのリストバンド型活動量計やスマートウォッチが多く流通している。ただし、これまでは個人の健康管理目的だったものが、最近では投資コストを回収しやすい産業利用へと用途を拡大させており、保険会社と連携して活動量に応じた加入者へのインセンティブを提供するものや、企業の保険組合などが従業員の健康管理向けに配布するもの、建築現場などの作業員の健康管理に利用するものなどが製造されている。

ヘルスケア用途向けウェアラブル活用の最新事例にmediVR社が開発したVRリハビリテーション治療機器がある(図表1)。このVR機器は、医療現場に効率化をもたらすと同時にリハビリにゲーム感覚を付加することで、楽しみながら運動機能を回復させることを可能にしている。個人の達成状態に合わせて次のメニューの提示が容易で、リハビリ効果の定量化、リハビリにおけるノウハウの標準化が可能となる。標準化されたノウハウは医療機関同士で共有することも容易になる。さらに、このVR機器を使用すれば1人の理学療法士が同時に複数人の患者を指導することもでき、将来的には遠隔にて自宅での使用も期待される。

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ウェアラブルデバイスの種類は図表2のように整理されており、それぞれの出荷台数推移は図表3のとおりである。産業利用を目的とするウェアラブルデバイス「Other Wearables」は長きにわたる研究開発によって一定の市場が形成されており、個人利用が主である「Fitness Wearables」、「Smart Watches」に対して市場規模は大きい。他方、「Smart Glasses and HMD/cameras」の市場規模は小さいながらも成長率は最も大きく、VR/AR技術が融合することによって今後は産業利用が中心となり、既存の産業向け市場に加算されていく。従って、産業利用におけるウェアラブルデバイスの市場拡大が予見され、注目を要する。

工場や製造現場で使用される産業用ウェアラブルは、煩雑な作業における的確な指示などのサポート機能の活用が主流であるが、最近では、未熟な作業者への教育といった新しい使われ方も増えてきている。

エアバスは、航空機の座席位置決め作業(ボルト穴へのマーキング作業)において、Vuzix Corporationのスマートグラスを活用した最先端アプリケーションをアクセンチュアと共同開発し、位置決め間違いの解消につながったほか、作業時間の短縮にも成功し、業務効率を500%改善するなど大きな効果をもたらしている。

マイクロソフトが開発するHoloLensなどのAR型HMDは、撮影した画像データをもとに立体図面を再現することができるほか、設備機器の作業手順などを現実の機器に重ねて示すことで、特定技能の未習熟者に対する技能支援を実現している。これらは企業のデジタルトランスフォーメーションを促すものとして、企業側が雇用者に利用させ効率を上げることで利益を得て、投資コストを回収する形をとっており、こうしたモデルを中心に産業利用の拡大が予想される。

また、日本で外食産業が人手不足に直面しており、新人を教育する指導者の不在や教育時間の不足に悩む現場が増えていることを受け、パナソニックは業務用スマートグラスKronosysを開発。映像・音声による遠隔でのトレーニングに加え、デバイスと厨房機器を連携させ効率的な調理作業を実現することで、教育といった視点だけでなく、長時間労働の解消や省人化への貢献が期待されている。

ウェアラブルデバイスを起点とする事業機会と課題

ウェアラブルデバイスの普及の過程は、最初は軍事技術だったものが民生利用に至ったインターネットやGPS技術の普及モデルと類似している。産業分野において従業員が利用することで、その利便性と認知度が高まるだけでなく、技術開発の進展でデバイス本体のコストの低下が進むことも予測されており、その相乗効果で個人への普及が今後、加速していくと考えられる。米国では、アメリカンフットボールやベースボールのスポーツ分野において、ウェア型ウェアラブルデバイスの活用で選手のパフォーマンスを最大化するための研究、選手の体調予測を通じたスターティングメンバーの選定といったスポーツインテリジェンス研究が進められている。また、試合中の選手の挙動(走行距離、カバーエリアなど)を見える化して視聴者に提供することが活発化している。日本でもプロ野球などの分野で、ウェアラブルから取得したデータを選手のパフォーマンス向上に役立てる試みが始まりつつある。スポーツ分野も、プロが先導する形で、アマチュアに使用が拡大していく可能性がある市場の一つといえる。

産業利用においては、ウェアラブル事業者、ユーザー企業の両者にとって、ウェアラブルデバイスの活用による業務効率化、価値創造による収益化が大きな鍵となる(図表4)。

ここでいうウェアラブル事業者には、ハード部分を担うウェアラブルデバイスの製造開発事業者、ソフトに当たるアプリなどのコンテンツ開発企業、それに付随するプラットフォーム運営事業やクラウド上でのデータ処理・人工知能(AI)開発企業が含まれる。ウェアラブル事業者側は、さまざまな事業者間の連携を通じ、既存のシステムにとって最適となるようウェアラブルの機能を融合させ、ユーザー企業がイメージしやすい具体的な利用システムの提案にまで落とし込んだ形でウェアラブルの活用方法を提示することが必須である。そこでは、課題解決の実証実験のために顧客との密接な連携、および特定の課題に関する知見を持つ企業とのパートナリングが求められる。一方、ユーザー企業側は自社の競争優位性拡大を念頭に、ウェアラブルを自社のマーケティング、開発、保守などの業務効率化、品質向上に活用できるか検討を始めるべき時期に来ている。

ビジネスという視点においては、立場にかかわらずデバイスそのものでの利益を追求するのではなく、その先にあるサービスや事業を見据えることが重要である。ウェアラブルの価値は、クラウド上で接続する人工知能やコンテンツ拡充による、これまでにないユーザーエクスペリエンスの提供にあるといえる。また、デバイスの中で取り扱われる多種多様なデータは新たな市場やビジネスを創出する上で鍵となる。これら膨大かつ多種多様なデータを集計し、安全や健康管理、マーケティングなどさまざまな用途に活用することや人々の潜在的ニーズを発掘し形にすることもできる。つまり、アイデア次第で新たな事業機会を創出できるといえる。

前述のとおり、製造業からサービス業の現場にもウェアラブルデバイスの利用機会は拡大しており、今後の技術改良でコストが低下し、機能が改善されれば、労働集約型サービス事業の現場における利用機会のさらなる拡大も期待される。具体的には店頭の販売員や巡回セールスの従業員がウェアラブルデバイスを装備することで、常連客の好みやニーズ、購入履歴といったデータをリアルタイムに確認しながら商品の提案を行うといった生産性の向上と、そのデータ参照履歴を含む行動データによる新たなニーズの発掘、ソリューションの開発が挙げられる。

なお、グーグルは、VR/ARを活用するゲーム開発にグーグルマップの地図データを使用できる機能を「Google Map APIs」として追加するなど、ウェアラブルデバイス向けのコンテンツ開発をさらに拡大させ、その市場の裾野を拡大していくと予想される。

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ウェアラブルデバイスがもたらす社会変化

スマートフォンはこれまでの携帯電話利用者をそのまま取り込み、さらにユーザーフレンドリーな操作法で、これまで携帯電話を持っていなかったユーザーをも取り込むことに成功し、現在世界で40億台利用されるインターフェースとして機能する。一方、ウェアラブルデバイスは、現時点での利用台数がいまだに1億台程度と大きな差がある。今後、産業利用を契機にウェアラブルデバイスの利便性がユーザーに認識され、スマートフォンの利用に至らなかったユーザーも対象に含めるなど、広範な利用者拡大を促すことができれば、スマートフォンに代わる、デジタル社会に不可欠なユーザーインターフェースとして発展する可能性は高い。

産業利用における見通しとしては、生産効率向上、コスト削減といった企業の生産活動のさらなる効率化への寄与が予想される。加えて、労働者人口が減少する先進国社会での生産力確保への一助としても機能するものと考えられる。

現在のウェアラブルデバイスにおいては、電池等の電源に制約される稼働時間の長期化、リアルタイム化を実現する通信速度の向上と低消費電力化の両立、さらなる小型化、軽量化、生体親和性などが技術的課題として挙げられ、また、社会的な課題として、ウェアラブルデバイスで取得されたデータが、新たなプライバシー問題(個人データや他人の画像データの流出)を誘発しかねないとも指摘されている。

課題は想定されるものの、「いつでも、どこでも、誰でも」利用可能なデバイスというユーザーフレンドリーな設計に基づくウェアラブルデバイスは、その利便性によって得られる利益が極めて大きいことから、さらなる発展が期待されている。

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