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株式会社三井物産戦略研究所

黎明期にあるデータ流通ビジネス

2018年2月16日


三井物産戦略研究所
技術トレンド基礎調査センター
金城秀樹


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国内では、Society5.0(政府が提唱する超スマート社会)の実現に向け、IoT、ビッグデータ、AI等を活用した新たなサービスや製品の創出が求められている。しかし、鍵となるデータについては、企業内での閉じられた利用にとどまる状況にある。そこで、データの価値を最大限に活用するため、データ流通に向けた官民の取り組みが加速している。本稿では、注目される3つのデータ流通の仕組み、「データ取引市場」、「PDS(Personal Data Store)」、「情報銀行」(図表1)を解説し、その展望について述べる。

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データ流通がもたらす変化

データの流通は、企業の新たなサービスや製品の創出を促進し、さらには個人に自らのデータの価値を享受させる機会を与えると考えられる。流通するデータの種類には、個人に関わるものとしては、①「個人情報を含むデータ」(属性、購買履歴、ウエアラブル機器からの生体データ等)、②「匿名加工されたデータ」があり、産業に関するものとしては、③「個人に関わらないデータ」(生産現場のIoT機器データ等)がある。

企業は、データ流通の仕組みにより、自社単独では入手が難しいデータの取得が可能になる。さらには、保有データの二次利用として販売の機会を得る。新サービスや製品開発へデータ活用が進められているが、自社で保有するデータに加え、他社データを含め多様なデータを組み合わせることができれば、より競争力のあるサービスや製品の開発ができる。①の流通が実現すれば、より個別化したサービスの提供が可能となろう。例えば、観光分野では旅行者の期待以上のおもてなしサービス、医療分野では精度の高い個別化医療サービス等がある。②の流通が実現すれば、消費者のセグメント単位のトレンドや市場分析等の高度化が期待される。③の流通が実現すれば、例えば、プラント分野では経年劣化データ共有による効率的な保守サービス、自動車分野では最新地図データ共有による自動走行サービス等の進展が想定される。

一方、個人は、データ流通の仕組みにより、自らの意思でデータを提供することで幅広い企業とつながり、これまで以上に多様で手厚いサービスを受けることが可能となるだろう。また、データのニーズや価値を認識した個人が、データを固有の資産として運用することも想定される。前者ではPDS、後者では情報銀行が主に利用される。個人が主導する企業との新しい関係が形成されると考えられる。

データ取引市場

データ取引市場は、データの売り手と買い手を仲介し、売買取引を可能とする仕組みである。データの売り手と買い手には、企業や個人が想定される。この仕組みで流通するデータは、売り手と買い手の合意に基づき多様になるが、まずは「匿名加工されたデータ」や「個人に関わらないデータ」が主となると考えられる。

データ取引市場は、先導的企業による取り組みが進められている。エブリセンスジャパン(創業2014年)は、2016年からデータ取引市場「EverySense」を運営している。運営開始時には20社が参加した。その一社イードは、同社が運営する車の燃費情報共有サイトで集めたデータを、2017年5月から同市場で販売している。また、市場調査会社インテージは、多様化する消費者の生活に関するデータ等を、個人や企業から取得する目的で参加している。同市場では、買い手が求める要件に基づき、該当する売り手が選ばれ、データの対価や利用方法等の条件が合えば、データが提供される。対価は、データの量(種類や期間等)、売り手が開示する個人情報等の付帯情報、需給バランス等で決まる。ここでの対価とは、エブリセンスジャパン発行のポイントで、提携するポイント交換サイトで他社ポイント等と交換できる。ポイントは買い手がエブリセンスジャパンから購入する。同社は、加工された高付加価値の情報ではなく、流通への許容性が高い「素材」段階のデータの流通を市場運営の重要な点の一つとしている。IoTの進展で増加するセンシングデータはその例となろう。このほか、オムロンや日本データ取引所が市場開設の準備を進めている。

PDS(Personal Data Store)・情報銀行

一方、主に「個人情報を含むデータ」を流通させると想定されているのが、PDSと情報銀行である。個人が主体的に、データ提供者となることを可能とする仕組みである。個人が、企業との関係を管理するという意味で、VRM(Vender Relationship Management)と呼ばれる考え方である。

PDS

PDSは、個人が自分の属性、嗜好、行動履歴等のデータを自ら管理でき、企業等に提供できる仕組みである。個人がPDSを利用する主な利点は、自分のデータを活用できる点である。例えば、自分がサービスを提供してほしい企業に対して、主体的に嗜好等のデータを提供することで、より自分向けに個別化されたサービスを受ける、といった利用がある。一方、企業がPDSを利用する利点は、個人の関心事項を、さまざまな履歴分析からの類推ではなく、直接的に知ることができる点である。また、個人の承諾のもと、自社ビジネスにデータを利用できる点もある。

PDSは、経済産業省や総務省が進める観光分野での実証事業で利用が始まっている。2017年10月から始まった経済産業省の「おもてなしプラットフォーム」実証事業では、訪日外国人旅行者が自分の嗜好・禁忌等のデータを自らの意思でプラットフォーム(PDS)を介し、登録された観光関連事業者に提供している。訪日外国人旅行者は、自分の嗜好や禁忌に即したサービスが得られ、また、登録された観光関連事業者間でのデータ共有により、訪問する先々で都度必要となるさまざまな手続きが不要となる。観光関連事業者は、これまで得られなかったデータを利活用することで、利便性の高い個別化したサービスを提供することができる。また、データ共有により、シームレスな送迎等、観光関連事業者がつながった高品質なサービス提供が可能になる。政府は2020年までの社会実装を目指す。PDSプラットフォームの提供企業には、大日本印刷、NEC、富士通等がある。PDSサービスの提供企業となる利点は、データを介し、個人と直接的なつながりを形成できる点である。

一方、海外では、ベンチャー企業によるPDSサービスが始まっている(図表2)。英digi.meのサービスでは、個人は自分のSNSやファイナンス履歴等のさまざまなデータを統合・管理でき、アプリを介し自分が望む条件で、企業に提供することができる。個人から企業にデータが提供された際には、企業からdigi.meに手数料が支払われる。仏Onecubのサービスでは、個人は、自分のメールに含まれる購入等の特定のデータを管理でき、企業に提供することができる。例えば、オンラインショッピングサイトからのメールには、購入に関する豊富なデータ(商品名、金額、支払方法等)が含まれている。Onecubは、これらのデータをメールから抽出し、個人が活用できるようにしている。これらのサービスの背景には、EUが進める施策がある。EUは個人のデータ保護を目的とした「GDPR(General Data Protection Regulation)」を2018年5月に施行する。GDPRでは、個人が企業に提供したデータを個人が取り戻し、そのデータを他者に提供する権利(データポータビリティー)が規定されており、欧州経済領域においては、個人起点のデータ流通が先行する可能性がある。

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情報銀行

情報銀行は、個人の預託に基づき、PDSのデータを管理・活用する仕組みである。情報銀行事業者は、個人が示す条件に基づき、個人に代わって妥当性を判断の上、必要に応じてデータを匿名化し、第三者企業に提供する。企業によるデータ利用の対価は、データの開示度に応じて個人に還元される。情報銀行が複数の個人のデータを束ね、データを高付加価値化し企業に提供する、といった運用の可能性もあるだろう。個人が情報銀行を利用する利点は、データ提供の妥当性を個別に判断する必要がなく、プロによる効果的な運用により、多くの対価を享受できる可能性がある点である。企業が情報銀行を利用する利点は、PDS同様に、個人を知ることができる網羅的なデータが取得可能な点である。

情報銀行は、経済産業省・総務省主導のもと、「情報信託機能」を担う事業者に求められる要件や個人情報を含むデータの提供に関する法的整理等が、官民合同で検討されている。一方、民間による実証実験も始まっている。2017年8月から始まった富士通とイオンフィナンシャルサービス(AFS)による実証実験では、富士通従業員が属性や嗜好等のデータを自らの意思で、富士通の実験用プラットフォーム(PDS・情報銀行の双方の機能を富士通が担う)を介し、AFSに提供している。対価としてはデータの内容に応じポイント(実験協力企業の店舗で使用可能)がもらえる仕組みとなっている。実験を通し、PDSの機能、ポイントの効果、データ提供者の趣向に合わせた金融商品提案の実現可能性等が検討されている。また、大日本印刷は、総務省が進める「情報信託機能の社会実装に向けた調査研究」において、情報信託機能の有用性と課題の検証を進めている。

データ流通の展望

新たなデータ流通の仕組みはデータの流動化を進めると考えられる。①「個人情報を含むデータ」は、個人情報保護法により、他の企業に提供するには本人同意が必要であり、流通には限界がある。PDS・情報銀行は、このデータを企業が取得できる新たな手段となるだろう。ただし、個人から信頼される企業であることが前提となる。②「匿名加工されたデータ」は、個人情報保護法の改正により、一定の条件下で本人の同意なしに他の企業へ提供が可能となった。しかし、企業は風評リスクを警戒し、その流通は足踏み段階にある。データ取引市場での取引実績の積み上げは、この流通を加速させるだろう。③「個人に関わらないデータ」は、膨大な量が生成されているが、データは企業に囲い込まれている。データ流通市場は、企業に一次利用を終えた保有データのマネタイズの機会を与え、流通を促進させるだろう。

一方、データ流通実現に向けては、制度的な枠組みがないことで生じる課題、および技術的な課題、がある。例えば、前者では、データ流通事業者には、事業の中立性、透明性、公平性の確保が課題となる。データ提供者には、利用者が想定外のデータ利用を行う可能性への心理的抵抗感がある。また、データ利用者には、取得するデータの品質への不安がある。後者では、データ流通事業者には、多様なデータの円滑なマッチングが課題となる。これらに対し、2017年11月に発足した「一般社団法人データ流通推進協議会」では、データ流通に関わる事業者が連携し、データ流通事業者の社会的認知等に向けたさまざまなルール作りが進められている。2018年7月より、自主的ルールに基づき、データ流通に係る事業者が適正であるかの認定・監査を開始する予定である。データ流通は官民での議論を踏まえ、民間主導での黎明期に入った。

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