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株式会社三井物産戦略研究所

米国抜きTPPの行方

2017年11月27日


三井物産戦略研究所
アジア・中国・大洋州室
股野信哉


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TPPから米国抜きTPPへ

2010年に米国や豪州等8カ国が参加して始まったTPP(環太平洋パートナーシップ)協定交渉は、順次マレーシア、カナダ、メキシコ、日本が加わり、2016年2月に12カ国で署名に至った。
しかし、2017年1月、米国第一主義を唱え、自由貿易に背を向けるトランプ大統領が、米国のTPP離脱を決めたことで発効の見通しが立たなくなった。そこで、自由貿易に前向きな日本が主導し、2017年5月に開催された米国を除く11カ国による閣僚会合で、米国抜きでTPPの早期発効を目指すことを決めた。ただし、11カ国は将来、米国がTPPに復帰することを期待している。そこで米国抜きTPPは元のTPPとは別の協定とし、米国の復帰により元のTPPを発効させるという。

米国抜きTPPに対する主要国の立場

12カ国による発効を想定していたTPPから米国が離脱したことで、残る11カ国の立場の違いが生じている。当初より高水準の米国抜きTPPを早期に発効させるという総論では一致していたが、TPP交渉時に受け入れざるを得なかった米国の要求を、米国抜きTPPでは修正・凍結したいと考えている国もあり、各論では一致せず、協議が続いた。その結果、2017年11月には11カ国による閣僚会合が開催され、閣僚レベルで大筋合意に至った。しかし、カナダは一旦は大筋合意に加わったものの、直後に翻し、首脳会合は開催できず、想定されていた首脳レベルでの大筋合意の確認は見送られた。また、修正・凍結するか決める項目の中には、大筋合意までに11カ国の意見が一致しなかった項目があることも明らかとなった。米国抜きTPPの発効には、11カ国がこれらを解決できるかがカギとなる。また、離脱した米国の立場や、もともとTPPには参加せずRCEP(東アジア地域包括的経済連携)等、他の取り組みに加わっている中国の立場も見逃せない。これらのうち主な国の立場は、以下のとおり分析できる。

(1)米国

トランプ政権は、米国はTPPに復帰することはないとの立場。米国抜きTPPに反対はしていない。二国間の貿易不均衡解消を重視し、日本も対象にしている。そのためにFTAを二国間で結ぶことを望んでいる。通商はWin-Winの関係ではなくゼロサムの関係にあるとの認識を背景に、11カ国を交渉相手とするTPPよりも、1カ国のみが相手のFTAの方が自国の利益を実現しやすいとの考えがある。
TPP参加国のうち、米国がFTAを結んでいない国は、日本に加えベトナム、マレーシア、ブルネイ、ニュージーランドの4カ国である。米国のFTA政策で優先度が高いのは、NAFTA見直し、米韓FTA見直し、日米FTA締結とみられ、当面、前出の4カ国とのFTA締結に向けた動きは具体化しない見通しである。逆に、4カ国にも米国と二国間でFTAを結ぼうとの目立った動きは見当たらない。
一方、米国内を見ると、ステークホルダー全てが米国のTPP離脱に賛成しているわけではない。例えば、米国商工会議所はTPP交渉の段階からその実現を支持し、トランプ氏が大統領選で勝利した後もTPP離脱反対を主張していた。また、全米肉牛生産者・牛肉協会は、後述のように日本が牛肉関税について、米国産より豪州産を低くしていることを念頭に、TPPが発効しないため多大な損失を負っていると批判する声明を出している。

(2)日本

米国抜きTPPを主導し、早期発効を目指している。当初、米国抜きTPPに慎重で、米国の早期復帰を期待していたが、米国が対日貿易不均衡是正を要求し始めたのを機に、2017年4月頃から米国抜きTPP実現に取り組むようになった。これにより、米国を牽制する戦略。具体的には、日米二国間FTAの交渉入りを避けたり、回避しきれず交渉入りしてもTPPを上回る要求を拒む理由として活用する考え。また、保護主義的な姿勢の米国に代わり、アジア・太平洋地域において、中国の影響力拡大への牽制としても、この取り組みを活用する考え。
一方、TPP参加国のうち、日本がFTAを結んでいないのは、米国とニュージーランドおよび交渉中のカナダだけである。ニュージーランドはかつて日本と二国間でFTAを結ぶ提案をしたが、日本が乳製品輸入増加に慎重である一方、同FTAにより期待できる利益が小さいことを背景に受け入れなかった。今後仮に米国抜きTPPが実現しない場合、再提案の可能性はあろうが、日本は同様に受け入れない見通しである。

(3)豪州

米国抜きTPPに前向き。背景に、国土を海に囲まれ、他の大陸から遠く離れている地理的条件や、天然資源と農産物の輸出に競争力があることから、従来、自由貿易の推進に積極的なことが挙げられる。特にアジアとの経済連携を強化するツールとして米国抜きTPPを活用したい考え。
一方で、ジェネリック医薬品の活用促進のため、TPP交渉ではバイオ医薬品のデータ保護期間を5年と短くするよう求めたが、交渉の最終段階で米国の要求を受けて8年で妥協した経緯を踏まえると、米国抜きTPPの協議では5年に見直すよう要求したとみられる。

(4)ニュージーランド

多くの国々から遠く離れている地理的条件や、乳製品の輸出に競争力があることから、従来、自由貿易の推進に積極的。米国抜きTPPでも長年望んでいた日本とのFTAになることで、日本への輸出拡大を期待している。こうした背景を踏まえれば、2017年10月の政権交代により、ニュージーランドが米国抜きTPPから離脱することはない見通し。

(5)カナダ

2015年の政権交代後、現政権はTPPに慎重で、米国抜きTPPにも同様の立場。ただし、自由貿易には反対していない。上述のとおり、大筋合意を確認した閣僚会合直後にそれを翻したが、NAFTA見直し交渉への影響を考慮したためとみられている。例えば、米国抜きTPPで譲歩した事項と同様の要求がNAFTAでもあれば、譲歩せざるを得なくなるといった影響が出るとみられる。なお、カナダとともにNAFTA見直し交渉中のメキシコも同様の立場にあると考えられよう。

(6)ベトナム、マレーシア

米国抜きTPPに慎重。両国ともTPP交渉で、米国への輸出拡大を期待し、国内規制の緩和を受け入れた。そのため、米国抜きTPPでは、期待した利益の多くが得られない一方で、規制緩和の痛みばかり負うことになると懸念している。また、すでに日本とはEPAを結んでいるので、特段日本への輸出拡大は期待できないとみている。そのため、米国抜きTPPへ参加するに際し、国内規制の緩和受け入れの見直しを求めたとみられる。

(7)中国

米国抜きTPPの行方を注視している。現状、中国が高水準で包括的なTPPに参加することは困難。TPPが実現していたら、対米貿易等で不利になる懸念があった。そのため、自身が受け入れ可能なほどほどの水準でRCEPを結び、その不利益を緩和する戦略であったが、当面その必要性が薄れたことで、RCEP交渉の妥結を急ぐ必要もなくなった。米国抜きTPP実現により、TPPほどではないにせよ不利益を被ることや、将来TPPに米国が復帰する可能性を否定できないことを懸念している。

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今後の見通し

上述のように、11カ国の立場の違いを背景に、閣僚レベルでの大筋合意後も、今後の発効までの道のりに不透明感が残った。例えば、発効までに必要な署名が遅れたり、カナダ等、国によっては国内手続きも遅れるかもしれない。そうなれば2018年内に早期発効するのは困難な見通しである。国内手続きが遅れる国が出れば、6カ国の国内手続き完了により発効するとの発効要件により、11カ国そろっての発効にはならないかもしれない。ただし、TPPを過去のものにはしたくないとの考えは共有されており、いずれにせよ米国抜きTPP実現のための取り組みは続くだろう。

米国抜きTPP発効の効果

米国抜きTPPが発効した場合、どのような効果が生じるかは、元のTPPからの修正・凍結の度合いによりさまざまであろう。そこで、TPPが米国を除く11カ国にのみ適用されること(TPP11)のほかに特に修正がない(最小限の修正)と仮定し、米国も参加した12カ国による元のTPP(TPP12)と比べて、どの程度の効果が期待できるか分析すると、主なものは以下のとおりである。

(1)TPP参加国間貿易

TPP11では、TPP12と比べ限定的ながら貿易拡大効果が期待できる。これに関し、カナダの研究機関 が、TPP12とTPP11の参加国間における輸出の押し上げ効果を試算している。TPP12が発効すれば422億2,300万ドルの押し上げ効果があるが、米国が抜けてTPP11になると、249億7,000万ドルも目減りして172億5,300万ドルにとどまるという。

(2)ベトナムの対米繊維輸出

対米輸出の拡大を期待し、TPPに参加したベトナムが特に期待した輸出品目は、国際競争力が高い縫製品であった。上述の試算によると、TPP12ではベトナムの域内輸出押し上げ効果は139億5,100万ドルだったが、TPP11では94億2,000万ドルも目減りして45億3,100万ドルにとどまるという。目減り分の多くは、縫製品の対米輸出拡大分が剥落したことによると考えられる。輸出を上回る生産能力を持つベトナムの繊維産業は、米国のTPP離脱で輸出先の多様化を迫られており、例えば、2018年の発効を目指すEUベトナムFTAを活用し、EUへの縫製品輸出拡大に注力する見通しである。

(3)豪州の対日牛肉輸出

豪州は、発効済みの日本とのEPAで日本の牛肉関税が削減されているため、牛肉の対日輸出は米国に比し有利である 。TPP12が発効すれば、豪州と米国は日本の牛肉関税に関し、イコール・フッティングが実現するはずであった。上述の試算によると、豪州のTPP12参加国向け輸出は1億7,900万ドル減少するが、これが一因とみられる。TPPにおける日本の牛肉関税の削減幅は、日豪EPAより大きく、TPP11では一層、豪州が有利となる。同試算では、豪州のTPP11参加国向け輸出の押し上げ効果は8,800万ドルとなる。

(4)ニュージーランドの対日乳製品輸出

ニュージーランドがTPPに参加したのは、日本とのFTA実現の意味合いが大きかったので、米国抜きのTPPでもあまり期待外れにはならない。特に、競争力の高い乳製品の対日輸出拡大を狙っており、日本がTPPで約束した乳製品の関税減免は、TPP11でも実現する見通し。これを受け、上述の試算によると、ニュージーランドのTPP12参加国向け輸出の押し上げ効果は17億4,200万ドルだったが、TPP11では15億5,600万ドルとなり、大きく目減りすることはない。

世界の通商システムへの影響

最近まで世界の貿易自由化は、二国間を主とする多数のFTAを、多くの国々が参加するいくつかのメガFTAとしてまとめ、将来的に世界のほとんどの国々が参加するWTO協定に反映させるという流れで進んでいた。しかし、2017年1月に米国のトランプ大統領が、代表的なメガFTAであったTPPからの離脱を決めたことで、この流れは停滞している。
たとえ米国抜きTPPが発効しても、それを機にこの流れが再び活性化することはないだろう。RCEP等、他のメガFTA交渉は、日EU・EPAが大枠合意したことを除き妥結の目途が立っておらず、構想段階にあったFTAAP(アジア太平洋自由貿易地域)の実現性は大幅に遠のいた。以前のような世界の貿易自由化の流れに戻るには、米国の政権交代を待つ必要があろう。
一方で、米国抜きTPP実現へ向けた取り組みは、世界の通商システムの現状に何ら影響を及ぼさないわけではない。上述のように従来の貿易自由化の流れは停滞していても、世界の自由貿易体制は現在でも維持されている。これは、世界でWTOから離脱する国はないこと、WTO協定を保護主義的なものに改悪する動きは見られないこと、また現在の米国でさえもトランプ大統領が米国のNAFTA離脱ではなく見直しに改めたことや、あからさまにWTO協定に違反するような関税引き上げは行っていないことからもうかがえる。米国抜きTPP実現へ向けた取り組みは、世界の自由貿易体制を今後も維持するのに資することになろう。
(2017年11月15日記)


  1. “The Art of the Trade Deal: Quantifying the Benefits of a TPP without the United States” June 2017, Canada West Foundation.なお、原文ではカナダドルでの試算だが、本稿では1カナダドル=0.76米ドルで換算。
  2. 農水省によると、日本の牛肉輸入(2015年)は豪州からが1,921億円(約17億ドル)、米国からが1,181億円(約11億ドル)。

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