レポート | NAFTA再交渉、批准までは長い道のり - 株式会社三井物産戦略研究所

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NAFTA再交渉、批准までは長い道のり

2017年10月4日


三井物産戦略研究所
北米・中南米室
山田良平


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再交渉の意味

トランプ政権が通商政策公約の筆頭で「再交渉、さもなければ離脱」と主張する北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉は2017年8月16日から始まった。発効から23年経ったNAFTAは、電子商取引の普及など世の中の変化に合わなくなってきた部分があり、アップデートが必要となっている。通常のFTA交渉よりも相当な過密スケジュールで、年内6~7回の交渉会合が行われる予定だ。
再交渉はトランプ政権が初めて持ち出したわけではない。2008年の大統領選時にも複数の民主党の候補者が再交渉を主張したが、オバマ政権は発足後何も始めず、通商代表部(USTR)は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の交渉にカナダとメキシコが加わったことがNAFTA再交渉だったと後付け的に説明するにとどまった。トランプ大統領による「NAFTAは史上最悪の通商協定」という挑発的な形容を別にすれば、今回、政権が能動的に交渉を始めたことは一定の評価が可能である。
しかし貿易赤字を減らすとするトランプ政権の目標を、少なくとも政権1期目で達成するのは難しい。そもそもFTAだけで国家間の貿易収支全体を変えることは難しい。仮にメキシコとの貿易赤字が減るような合意内容になっても、その分の輸入が中国などに替わり他国との赤字が増えるだけと指摘される。さらには交渉が妥結しても批准までには一定の時間を要し、すぐに合意内容が実施されるわけでもない。こうした事情のなか、米国内で民主党は共和党政権による交渉を「合意内容が不満でTPPから離脱したのだから、TPPとは違う合意内容を見せてみろ」とお手並み拝見の姿勢で注視しており、隙あらば結局TPPと何も違わないと批判する構えである。

仮に離脱した場合に損をするのは米国

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ライトハイザーUSTR代表は、公式には「Do-no-harm(害を与えない)」アプローチを交渉の原則に掲げる。米産業界はこれを支持しており、貿易赤字構造が変化することは想定していない。このとおりに交渉が進むなら、米国のNAFTA離脱といった極端な事態は起こらないはずだ。トランプ大統領やロス商務長官といった、交渉の外にいる閣僚が交渉戦術として離脱をけしかける可能性はあるが、実際には離脱が米国を利することはなく、既に相手国にもそれを見透かされている。また、議会は離脱を全く支持しておらず、もし本気で離脱するなら、政権の裁量だけで進める必要がある。
NAFTAからの離脱は、協定文 2205条で「他の締約国に対し書面で通知6カ月後に離脱が可能」と定められており、政権の判断でカナダとメキシコに離脱を通知することは可能だ。しかし、協定に基づいて議会の批准により変更された国内法は別の問題である。米国の場合、FTAは、締約国との取り決めである協定文と、それを国内法に反映させた批准法で成り立っており、協定から離脱しても自動的に批准法まで撤廃されるわけではない。完全にFTAから離脱してFTA発効前の状態に戻すには、批准法を撤廃する必要があるが、その撤廃を政権の裁量のみで行えるのか、あるいは議会で法案を通す必要があるのかは、確固たる解釈がない。どの分野(関税、非関税分野)でFTA発効前の状態に戻せるのかも解釈が一定しない。仮に議会で法案を通す必要があるとの解釈になっても、離脱を支持していない議会が応じる可能性はない。となるとFTAから離脱はしたが、輸入品にFTA税率が課され続けることも起こり得る。
そうした解釈論は置いて、トランプ政権が万が一NAFTAから離脱し、さまざまな手続きを経てFTA発効前の状態に戻すことができたとする。この場合、米国の、カナダとメキシコからの輸入には、日本や中国からの輸入と同じく、WTOの最恵国待遇(MFN)税率が課される。トランプ政権は、米国の関税が引き上げられ輸入が減ると喜ぶかもしれないが、より重要な点は、メキシコの関税もMFN税率に戻ることだ。そしてメキシコのMFN税率は一般に、米国よりも高い。MFN税率の全品目平均は、米国は3.5%、メキシコは7.0%であり、さらに農産品に限れば米国5.2%、メキシコ14.6%と大きな差となる。つまりNAFTAを用いて無税で輸出となる恩恵を普段受けているのは米国の方であり、MFN税率に戻ればメキシコの対米輸出よりも、米国の対墨輸出の方が阻害される可能性が高い(図表1)。農産品のみならず、例えば乗用車の平均税率も30.2%と高い。
トランプ政権内でこの点を一番認識しているのはパーデュー農務長官(元ジョージア州知事)である。ジョージア州自体、鶏肉やナッツを主要生産品目とする農業州であり、その鶏肉のメキシコの平均税率は64.1%と高く、NAFTAの恩恵を大きく受けている。パーデュー長官は折に触れ、NAFTAからの離脱は米国にとって得にならないと説いている。またメキシコのビデガライ外相もこうした事情を認識しているとみられ、「米国が離脱手続きを始めたら、メキシコは交渉から退く」と8月に述べた。メキシコが慌てて譲歩することは起こらず、トランプ大統領の交渉戦術には全く取り合わない意思表示を行っている。

交渉妥結のポイントとなる基準

交渉妥結内容を見通すのは難しいが、一つの目安となるのが、米国、カナダ、メキシコが2015年に合意していた環太平洋パートナーシップ協定(TPP)だ。この内容と同水準なら合意は可能であり、「知的財産権」、「労働・環境」、「電子商取引」、「為替」などが該当する(図表2)。例えば、TPPでの「為替」は協定本文ではなく、「TPPマクロ経済政策当局による共同宣言」とする付帯文書に含められ、競争上の優位を不当に得る目的で為替操作を行わない原則を確認した。米国が今回、協定本文に盛り込んで法的拘束力を上げることにこだわれば、交渉は難航する可能性が高い。
3カ国がTPP以上に踏み込んだ合意を目指そうとする分野は難航する可能性が高く、その代表例は原産地規則である。自動車ばかりが関心を集めているが、品目はほかにもあり、どの品目で譲る、譲らないが生じるか分からない。NAFTA再交渉は、既に無税となった関税を交渉対象としない方針で進んでおり、米国が貿易赤字を減らそうとするなら、原産地規則の修正により米国製品を今まで以上に用いる仕組みが必要となる。しかし、NAFTA域内で調達が不可能な品目で基準を引き上げれば、域内調達を諦め、中国など域外から一般税率を負担して生産国へ持ってくる必要が生じる。それは製品のコスト増を引き起こし、また貿易赤字が他国に転嫁されるにすぎず、交渉目的に合致しない。そもそも原産地規則の変更だけなら再交渉、議会批准の必要はなく、これまでも政府間協議で淡々と進んできた。
カナダやメキシコが勝ち取りたい分野としては「商用目的での人の入国」が挙がる。特にカナダでは3DプリンタやAIなどのハイテク分野を中心に上級職や専門職が不足しており、専門職の人の移動の容易化を目指す。米国にビザの発給緩和などを求めるものとみられるが、この分野は移民政策であり、米国では議会の管轄となる。政権には交渉権限がないとして米国は応じないだろう。

批准を意識した米国のスケジュール

交渉を妥結し、新協定に署名するだけでは再交渉のプロセスは終わらない。合意内容が国内制度として反映されるには、米国では議会の批准が必要となる。批准がいつ行えるかは議会の政治環境次第であり、早期に妥結しても批准までに間が空くことも十分起こり得る。批准のタイミングをいくつかのシナリオから考えてみる。
まず前提として、妥結から批准を始めるまでには政権が議会に通知を行うなど手続き上の義務があり、一定の時間が必要となる。批准過程で議会が法案を修正するようだと合意内容との違いが生じ、相手国との再交渉すら必要となりかねない。このため、批准法案は議会に修正権を与えず賛否のみで採決を行う、その代わりに政権は、交渉開始前に議会に目的を通知し、合意内容を開示した上で署名を行うなど透明性を持った手続きを踏む。この仕組みを大統領貿易促進権限(TPA)といい、NAFTA再交渉もこの手続きに倣っている。具体的には、交渉妥結に伴う議会通知から90日後に署名が可能となり、議会通知から105日以内に国際貿易委員会(ITC)が協定の影響報告書を議会に出すなどの手続きを経る必要がある。従って妥結から批准法案提出までには、どう短くても4カ月はかかる。通常は合わせて公聴会を開催することも考えると、半年かかってもおかしくない。
もう一つの前提として、米国は2018年11月に中間選挙を控える。批准法案の提出権限は議会、それも下院が持っている。選挙結果を反映した新会期は2019年から始まるが、仮に下院で民主党が多数になれば批准法案の提出を遅らせたり、再交渉が必要となるような要求を出したり、トランプ政権の政策課題実現を阻止するだろう。もし共和党が少数派に転じるなら、改選議席が一部分である上院よりも、435議席全てが改選となる下院の方が、可能性が高い。従って共和党としては下院の多数を維持する意味は大きい。なお、中間選挙が近づくと議会の審議は滞るが、交渉は政権が担うため、その進捗に大きな影響はない。 妥結から批准法案提出まで半年空くと仮定すると、以下の3つの批准シナリオが批准が考えられる。

①最速シナリオ

中間選挙前に批准するには、どう遅くても2018年初夏が期限である。議会は、有権者への配慮から選挙戦を前にFTAの批准法案を採決することを避ける。依然としてFTAは雇用減につながるとして有権者に良い印象を与えない。よって期限に間に合わせるなら2017年内の交渉妥結が必要となる。3カ国は一応2017年内の妥結を目標として共有しているが、これは相当な楽観論といえる。仮に年内妥結しても、2018年春先には既に議会が批准を嫌がる可能性もある。

②標準シナリオ

その次に批准が行われるタイミングは、2018年の中間選挙後である。選挙後から年末はレームダック会期といわれ、選挙前の議会構成で数週間開催される。選挙後であれば、落選した議員も有権者の顔色を気にせず採決に臨めることから、賛否が分かれる法案をレームダック会期で通すことが起こる。
2018年半ばまでに妥結すれば、選挙戦の裏で準備を進めてレームダック会期に批准可能な道が開ける。その上で、もし共和党が2018年の中間選挙で負ければ、2019年からは議会運営を主導できないことから、レームダック会期で多数のうちに批准する可能性が高まる。これに対し共和党が議会の多数を守れば急ぐ必要はなく、2019年のどこかで批准するだろう。2018年半ば以降の妥結でも同じことで、2019年半ばまでに妥結すれば2019年中の批准は可能だ。

③遅延シナリオ

批准が遅れるのは、まず2018年半ばまでに妥結せず、共和党が選挙に負ける場合。2019年からは民主党議会が追加的に注文を付けるなどしてトランプ政権の政策課題実現を阻止すると考えられ、政権第1期中の批准は絶望的となる。もう一つは、中間選挙結果にかかわらず、2019年半ば以降まで交渉が長引く場合。2020年に入れば大統領選の予備選が始まるため批准は難しくなる。大統領選後のレームダック会期の批准可能性は残るが、いずれにせよ選挙後まで預かりとなる。

NAFTA再交渉が遅れれば、それだけTPP11も遅れる見込み

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各シナリオの確率を筆者の独断により割り振ると図表3のようになる。中間選挙での下院の勝敗を予想するのは難しいが、一般的な党派支持の循環サイクルは足元で民主党に傾いており、2014年以来の共和党への追い風はやんでいる。このため20対20と均等に確率を割り当てた。このように政治日程と多数党維持の確率を意識するなら、2018年半ばまでに交渉を終わらせるのがトランプ政権にとって得策である。遅れるほど、中間選挙結果や2020年大統領選の影響を受ける可能性が高まる。トランプ政権がこの点を認識するなら、離脱といった瀬戸際交渉を展開することなくFTAアップデートの模範を示すことが望まれる。
日本が関わるFTAへの影響を見通すと、TPP11がある。現在、メキシコ、カナダともNAFTA再交渉にかかりっきりで、TPP11に本腰が入っているようには見えない。一部では「カナダのTPP11へのスタンスは時に読めない」との指摘もある。メキシコは2018年に大統領選、カナダは2019年に総選挙をひかえる事情もある。2018~2019年までNAFTA再交渉が続くなら、カナダやメキシコがTPP11に向き合うタイミングもそれだけ遅れるのかもしれない。

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