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株式会社三井物産戦略研究所

中国のグローバル化戦略—「一帯一路」の成果・課題・機会—

2017年7月3日


三井物産北京事務所
経済研究室
岸田英明


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「今日ほど世界が中国に近づきたがっている時代はない」。中国が5月14日、15日に北京で催した一帯一路国際協力サミットフォーラムに先立って新華社が配信したPRムービー1の一節だ。実際にサミットにはAPECやG20を上回る29カ国の海外首脳、日米を含む数十カ国の政府高官らが集まった(図表1)。15日には一帯一路建設の推進をうたった共同声明が出され、2019年に2回目のサミットを開催することが告知された。

目的と変化

「一帯一路(Belt and Road)」は2013年秋に習近平国家主席が提唱した「シルクロード経済ベルト」と「21世紀海上シルクロード」を合わせた構想であり、近年経済関係が強まっているユーラシアの「65カ国、44億人」2の間で政策協調、インフラの整備と連結、貿易・投資の促進、金融協力、文化交流等を加速させ、シームレスな巨大経済圏の構築を目指すものだ(図表2)。中国は市場の拡大と影響力(ソフトパワー)の向上を図る一方で、過去に「走出去(Go Global)」戦略が、技術移転や現地人材育成の不足、環境破壊などの問題から「新植民地主義」などと批判を受けた反省もあり、一帯一路では特に「共商、共建、共享」原則を強調している。
一帯一路は、①発展の遅れた国内西部地域の振興、②ポテンシャルの大きなアジア諸国との関係強化、③「アジア太平洋リバランス」を唱えていた米国との摩擦回避と他地域での米国との協力強化等を目指す「西進」構想3がベースになっているが、変化も生じている。一つ目は「開放」原則の下でのパートナーシップの地理的な拡大だ。習主席はサミット直前の5月13日に北京でチリのバチェレ大統領と会談し、一帯一路の下で両国の発展戦略を結び付け、相互投資を増やしていこう、などと呼びかけた。サミット共同声明では、(一帯一路沿線の)欧州およびアジアと、南米およびアフリカとのパートナーシップを促進していく、とうたわれている4。二つ目は既存の国際ルールを尊重する姿勢だ。共同声明には「公平な競争」、「良き統治、人権の促進」、「ジェンダーの平等の推進」、「経済、社会、財政、金融と環境の持続性」、「知的財産権の尊重」等の文言が並ぶ。いずれも中国が2015年3月に公布した一帯一路政策文書5には含まれていない。三つ目はBrexit国民投票や米大統領選挙の後、中国で一帯一路が反保護主義の文脈の中で語られることが多くなっている点だ。一帯一路は地域戦略の枠を超え、習近平政権のグローバル化戦略の代名詞となっている。

成果と課題

現時点での最大の成果は、多数の国や企業を巻き込むことに成功している点だといえる。中国は2017年5月までに68の国・国際機関と何らかの一帯一路協力協定を交わし(政府発表)、一帯一路のシンボル的な機関であるAIIBの加盟承認国は6月までに80カ国・地域に達している。ソブリンファンドのCICが6月6日に北京で開いた一帯一路投資フォーラムには中国企業やファンドに混じり、トヨタやシーメンス等の幹部が登壇した。日立やGEは一帯一路への期待を公言しているし、DHLは一帯一路をうたったサービス(中国~欧州の陸上鉄道輸送)を展開している。香港政府が一帯一路支援のために2016年7月に設置したIFFO(インフラ融資促進弁公室)のパートナーには欧米の金融機関やファンドのほか、日本のメガバンク3行も名を連ねている。日中関係でいえば、安倍首相が2017年6月5日に初めて公の場で一帯一路を評価する発言を行い6、中国側がこれに歓迎の意を示したことで、政府間協力が進む可能性も出てきている。
一方で一帯一路が今後も求心力を高め続けられるかといえば、課題・リスクも少なくない。まずは資金の問題がある。CPEC(中国パキスタン経済回廊)やインドネシア高速鉄道のような中国にとっての戦略プロジェクト7の資金が枯れることはないだろうが、一帯一路はそうしたプロジェクトだけで成り立っているわけではない。アジア開発銀行(ADB)は2016~2030年のアジア44カ国(中国を除く)のインフラ需要を年間平均約7,300億ドルと試算している8。中国の経常黒字(1,964億ドル、2016年)のおよそ4年分に相当する。今回のサミットで中国はシルクロード基金の増資等、一帯一路資金の拡充を約束したが、需要全体から見れば小さな額でしかない。中国人民銀行の周小川総裁は「1カ国だけが頑張ればいいものではない」と強調し、多国間の商業銀行の協力や沿線国の国内貯蓄の活用等、金融スキームの多様化を呼び掛けた。投融資済み案件で大きな回収リスクを抱える中国の慎重姿勢は当然であるが9、慎重になり過ぎれば、一帯一路の求心力を落とすことなる。
次に国際政治リスクがある。インドは今回、サミットへの政府代表の派遣を断った。印パの係争地(カシミール北部)を通過するCPECへの反発のためであり、外交当局が5月13日に「主権に関わる最も重要な関心事項を無視するプロジェクトを受け入れる国はない」との声明を出している。人民解放軍の動きも重要だ。中国の海洋進出を主導する軍と一帯一路主管官庁(外交部や商務部等)のコミュニケーション、連携の状況は不透明であり、仮に軍が唐突に南シナ海やインド洋で関係国を強く刺激する行動に出れば、既存の一帯一路関連の協力関係を破綻させる可能性もある。また習主席はサミットで「(一帯一路建設においては)政治をアジェンダにしたり、排他的な動きを取ったりはしない」と強調したが、香港から30人の代表団を受け入れる一方で台湾を招待しなかったり、THAAD(米製ミサイル防衛システム)問題で関係が悪化していた韓国には大統領選挙(5月9日)後まで招待の連絡を入れないなど、非常に政治的な動きが見られた。一方ラトビアの閣僚はサミットで自国と中国、ロシアの3カ国での対話・協力枠組みの創設に意欲を示した。中国を対ロのカウンターバランスとして利用したい狙いがうかがえた。パートナー国の側にもそれぞれ政治的な思惑がある。中国が軍や国際政治リスクの対応を誤れば、一帯一路の安定的な発展は難しくなる。 最後に国内の問題がある。一つ目のポイントは改革への取り組みだ。中国はEUと一帯一路協力の覚書を交わしており、反保護主義の立場でも足並みをそろえているが、EU側は中国政府の鉄鋼等業界への支援が保護主義的だとして、中国が求める市場経済国認定を拒否している。サミット共同声明は「あらゆる形式の保護主義への反対」をうたっている。中国が国内改革の加速によりこれを実践できなければ、自ら一帯一路の推進力を弱めることになるだろう。二つ目のポイントは国民の支持だ。中国メディアは一帯一路ブームをあおっているが、政府系研究機関の研究員や地方政府役人の一部には一帯一路の経済効果を疑う声もある。一般の中国人はそもそも関心自体が高くない。関心が低いうちはいいが、国内経済の減速と財政の悪化が進めば、一帯一路への不満の声が広がらないとは限らない。そうした状況が権力闘争と結びつく可能性もある。秋の共産党大会時に一帯一路の新しい司令塔組織ができるとのうわさもあるなか、国内の支持を長期的に広げていけるか、政権の手腕が問われている。

広がる機会

一帯一路はなお未成熟かつ不透明な構想ではあるが、その包括性とスケールの大きさ、中国の経済力と強い関与姿勢、これまでのネットワークの広がりを見る限り、一定のポテンシャルは認められる。日本企業のマインドはどうか。トムソン・ロイターが5月に実施したアンケート調査で「一帯一路プロジェクトへの参加を希望しない」と答えた企業が95%を占めた10。インフラ投資に限定した質問であるとはいえ、かなり消極的であると感じられた。一方で一帯一路はもっと多元的であり、道路や鉄道等のインフラ整備のほか、中国の有力メーカー(北京汽車や華為技術等)やITサービス大手(アリババやテンセント等)の沿線国への進出、これらの企業の受け皿となる産業パークや都市建設、人民元の国際化に向けた沿線国通貨とのスワップ協定や直接取引のネットワーク拡大、FTA交渉等、さまざまな動きが同時に起きている。一様に順調に進むことはなくとも、既に完成しているインフラもあり、その他の取り組みも一部は進展し、それによって発展が促される国や地域も出てくるだろう。その結果、沿線国と中国の間で、あるいは沿線国同士の間で、新しいモノ・カネ・サービスの動きが生まれる可能性もある。日本企業においては、上述した課題・リスクの動向等、全体の状況を見つつ、個別の国や政策、中国企業等の動向11に目配りしながら、事業開拓に向けたアプローチの仕方を検討し、時機を逃さずに行動する、マクロ・ミクロ両方の視点と柔軟な対応が求められている。


  1. 世界舞台上的习近平-新华网
  2. 新華社等が報じている数字。日韓朝台と欧州の一部(西欧、北欧等)を除くユーラシア諸国とみられる。
  3. 2012年10月17日 王缉思:“西进”,中国地缘战略的再平衡
  4. 北米が言及されていないのは、サミットに首脳を派遣しなかったためとみられる。
  5. 推动共建丝绸之路经济带和21世纪海上丝绸之路的愿景与行动
  6. 国際交流会議「アジアの未来」晩餐会スピーチで「一帯一路の構想は、洋の東西、そしてその間にある多様な地域を結びつけるポテンシャルをもった構想です」等と発言したもの。ただし「プロジェクトに経済性があり、そして、借り入れをして整備する国にとって債務が返済可能で、財政の健全性が損なわれないことが不可欠」等の注文も付けている。
  7. 前者はマラッカ海峡を通らないエネルギー等の輸送ルート、後者は中国初の高速鉄道システムの輸出案件という意義を持つ。
  8. 2017年2月 ADB“Meeting Asia's Infrastructure Needs”数字は気候変動問題への対応コストを含む。
  9. 例えばFinancial Timesが2016年5月に、中国政府高官の「個人的な予測」として、中国の中央アジア向け投資の3割、ミャンマー向けの5割、パキスタン向けの8割が回収不能になる、と報じている。James Kynge, “How the Silk Road plans Will Be Financed” May 9, 2016
  10. 2017年5月25日 ロイター企業調査:中国「一帯一路」構想、95%が参加希望せず
  11. 中国には案件開拓の効率化やリスクヘッジ等の理由から事業パートナーを求めている企業やファンドも多い。

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