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株式会社三井物産戦略研究所

新興国経済の成熟とグローバル経済の新展開

2017年4月6日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
小村智宏


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中国経済成熟のインパクト

英国のEU離脱、米国のトランプ政権成立と、グローバリゼーションへの逆風が強まっている。しかし、経済活動における地球規模での結合の拡大・進化という、経済現象としてのグローバリゼーションは、2010年代前半には既に変調の兆しが見えていた。
近年の世界経済においては、自国市場の成長が鈍化した先進国企業が、低廉な労働力と市場の成長性を有する新興国での事業で成長機会を獲得すると同時に、新興国は先進国企業が持ち込む資金と技術によって経済成長を加速させるという一種の「互恵関係」を基軸として、貿易や海外投資の拡大を通じて、地球規模での結合が進行した。その結果、今日では、商品・サービスの生産と消費を通じて各国の経済が深く結び付いた「グローバル経済」の構図が成立している。統計データを見ても、世界の貿易や海外投資はGDPを上回るペースで拡大している(図表1)。しかし、2010年代に入ってからは、そのペースは鈍化し、貿易と投資のGDP比の値はほぼ横ばいで推移している。その要因の一つに、先進国と新興国の互恵関係に乗って世界第2位の規模となった中国経済の減速がある。
2000年代に入ってから10%前後の高成長を続けてきた中国経済は、2008年末からの世界経済危機の影響を大規模な景気刺激策によって乗り切った2011年頃を境に減速し、足元の成長ペースは6%台にまで低下している。それには、投資依存や過剰設備、景気刺激策の副作用でもある不良資産の累増等、同国固有の要因もあるが、経済成長の結果としての経済の「成熟」も大きな要因と考えられる。
これまでの世界各国の経済発展の歴史を見ると、所得水準が低く、基礎的なニーズが未充足な段階では、近年の中国と同様、年10%前後の高成長を実現する国も少なくなかった。しかし高成長の結果として、所得水準が向上し基礎的なニーズが充足されると、新たな需要創出が難しくなることで、成長ペースが鈍化するケースが大半であった。賃金水準の上昇に伴い、コスト競争力を武器とした輸出の拡大にもブレーキがかかってくる。この一連のプロセスは、中国で「新常態」と呼ばれている状況とも重なるが、より一般的には、経済の「成熟」と呼べる現象であり、中国も先行した国々と同様に、経済発展の結果、成熟の段階に入ってきたものと考えられる。
低賃金・高成長という前提条件を次第に失ってきたことで、中国は前述の先進国と新興国の互恵関係の枠組みからフェードアウトしつつある。世界第2位の経済規模を擁する中国が枠組みから外れつつあることは、図表1で示した世界の貿易・投資の鈍化の主因の一つとなっている。

成熟に向かう新興国

中国経済の成熟を受けて、先進国の企業は、「中国の次」の展開先を探る動きを強めている。中国が対象から外れても、依然として低賃金・高成長という条件を維持している新興国は少なくなく、先進国と新興国の互恵関係の枠組みは、当面は機能し続けるものと考えられる。しかし、現時点で低賃金・高成長であっても、高成長を維持していけば、いずれは成熟の段階を迎え、近年の中国と同様に、先進国と新興国の互恵関係の枠組みから離れていくことになる。
日本や韓国も含めて、過去の事例を見ると、一国の経済が成熟し成長性を落とし始めるのは、経済発展のレベルを図る指標である1人当たりGDPが1万ドル(購買力平価ベース、2015年価格の実質値)を超えたあたりである。1960年代の日本の場合は1万5千ドルを超えるまでは高度成長を続けたが、それ以外に、ある程度の経済規模を持つ国で、1人当たりGDPが1万ドルを超えてから、それを年5%以上のペースで増加させ続けたケースはほとんどない。中国の場合も、1万ドルを超えたあたりで減速し始めている。さらに、2万5千ドルを超える高所得国になると、成長ペースは一段と低下し、日本のバブル期や米国のサブプライム・ブームのような、後に深刻な副作用をもたらした「異常」な状況を除くと高くても2%で、1%程度にとどまるケースが大多数になる。
近年では、中国のほかにインドネシアが1万ドルのラインを超えているが、従来の成長ペースを前提にすると、2020年代前半にはフィリピン、後半にはインド、ベトナム、ミャンマー、ラオスが1万ドルを超え、中国は2万5千ドルのラインを超えることが想定される。その後は、先進国と新興国の互恵関係の対象となる低所得国はサブサハラを中心とする少数の国に限られ、世界経済に占める低所得国のウエートは、2000年の23%から中国が抜けた2015年の14%を経て2030年には6%にまで、人口の構成で見ても約7割から4分の1にまで縮小することになる(図表2)。
その結果、従来のような先進国と新興国の互恵関係の存在意義は限定的なものとなり、「先進国では高付加価値品、新興国では基礎的な物資を生産する」あるいは「先進国では開発、新興国では生産」といった、商品・サービスの生産における分業を前提とした世界経済の一体化の流れは、次第に減衰していく可能性が高い。

グローバル経済の新たな展開

新興国経済の成熟は、従来型の先進国・新興国の互恵関係を希薄化させる一方で、グローバル経済の構図に新たな展開をもたらす可能性もある。
新興国では、経済の発展に伴って企業セクターも成長を遂げており、先進国企業に匹敵する巨大企業も大幅に増加している(図表3)。経済規模が巨大な中国の企業が最も目立つが、インドや東南アジアの企業も台頭してきている。少数ではあるが、サブサハラの低所得国でも巨大企業が生まれている。電力や通信、運輸、金融など国民の生活や産業の発展の礎となる分野を中心に、自国内市場で成長してきた企業が多いが、低廉な労働力を活かして安価な商品やサービスを国外市場に投入して伸びた企業も少なくない。
しかし、経済が成熟に向かうとコスト面での優位性は次第に薄れていく。既にその流れが鮮明になっている中国では、研究開発の態勢を充実させ、独自に開発した商品やサービスを国外に提供していこうとする企業が増えている。そのために必要な技術力を獲得するため、ロボットやバイオといった先端分野も含む先進国の有力企業を買収する動きも活発化してきている。ベンチャーによるイノベーションの事業化を、資金、経営、生産の各レイヤーでサポートする仕組みも次第に整ってきつつある。現段階では中国が先行しているが、同様の動きは他の新興国にも広がっていくことが予想される。
それに対して先進国企業は、技術面の優位性を維持するために研究開発を活発化させ、その成果を用いた事業をグローバルに展開しようとしている。AI、IoTといった最先端の技術分野や、ドイツの産業政策Industrie4.0への注目が高まっているのも、そうした動きを受けてのことと考えられる。
先進国、新興国双方の企業の研究開発は、各国の消費者のニーズや社会が直面する課題への対応に向けられるが、新興国においては、経済の成熟に伴ってニーズや課題も変化しつつある。消費者のニーズは、衣食住医の基礎的なものから、健康、美容、介護、教育、安全、娯楽、インフラ維持などへ、社会的な課題も都市整備や高齢化、資源確保・保全、環境保護などへ、いずれも国ごとの特異性は残るものの、大枠としては世界共通のテーマへと収斂していく。
その結果、このような世界共通のニーズの充足、課題の解決につながるイノベーションは、事業として展開できる市場が増えることで、経済的な価値を一段と高めることになる。その創出に、これまで取り組んできた先進国企業に加えて、新興国企業が参入してくることで、より多様なイノベーションが、より速いペースで生み出されていくことも期待される。これは、世界の経済活動における技術開発や事業創出のウエートが、従来以上に大きくなることを意味している。
その流れの先では、世界各国の企業が、自らが創造した技術や事業の世界展開を目指す動きと、他者が生み出したイノベーションを取り込もうとする動きが、これまでにない規模で繰り広げられることが想定される。そこでは、事業買収をはじめとする海外投資の拡大が再び加速することも考えられるが、アイデアの模倣や人材の引き抜きといった動きも広がるだろう。またイノベーションの成果の導入にあたっては、既存の制度や権益が障害となる先進国に比べて、それらの制約が比較的小さい新興国が先行する可能性もある。
こうした動きは、地球規模での経済活動の結合の新たな原動力となり、グローバル経済は、従来の商品・サービスの生産と消費の次元から、イノベーションの創出と導入の次元へと軸足を移し、新たな展開をスタートさせることになるだろう。

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