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株式会社三井物産戦略研究所

中国・深圳の製造ベンチャー誕生の背景と今後の展開

2017年3月8日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
藤代康一


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中国・深圳で新しい企業が次々に生まれている。深圳市の中小企業数は、2016年末に約140万社となり、前年比で約26万社増と大きく伸長した1。かつての深圳は、労働集約的な製造業が主であった。そのため、人件費上昇により、労働コストで優位性を持つ東南アジア低所得国と技術力の差が大きい先進国との板挟みによる衰退が予想された。しかし、深圳ではこれまで築いてきた産業基盤を活用し、新たな企業が勃興しており、アジアのシリコンバレーと呼ばれている。

新産業創出の動き

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中国では、経済発展に伴って、賃金上昇が続いている。特に製造業が集積する深圳の賃金は10年前の3~4倍に上昇して安価な労働力に頼った組立製造モデルが成り立たなくなっている。かつて年率10%を上回っていた中国の経済成長率も今や6%台へと減速するなか、中国経済は、新たなビジネスの育成と産業構造の転換を迫られている。
中国政府は、企業による研究開発や高付加価値製品の開発・市場投入を促すような政策や、草の根レベルのイノベーション創出を重視する「大衆創業・万衆創新(国民による創業・イノベーションを呼びかけるスローガン)」政策を打ち出している(2015年6月公表)。政府が整備した全国2,300カ所以上のインキュベーション施設「衆創空間」2では、日々、多数の起業が行われている。
こうした政策的支援もあって、中国の新規企業開業率(新規設立企業数/企業総数)は、2013年の18%から2016年の25%へと伸長した。これは日本の開業率5%はもちろん、米国の同10%をも大きく上回っており、中国で新産業の担い手が多数誕生していることを示している。
これら新規企業の中には、中国で急速に普及したスマートフォン(以下、スマホ)3を基点とする消費に関わるITサービス企業が多い4。2016年に急速に普及したモバイク社が展開する自転車シェアリングサービス「モバイク」は、ユーザーがスマホのアプリを通して地図上で居場所に近い自転車の位置を確認してすぐに乗れ、利用料金が安く(平均8円/30分)、乗り捨ても可能である。2016年12月時点で、アプリのダウンロード数は1,900万に至り、今後は1億まで届くと予想されている。同社は、こうして得た多くの会員の行動パターンのデータを蓄積し、銀行、観光、ホテル、飲食、教育等へサービスの拡大をしようとするなど、新たな展開を見せている。2017年に入ってからは、シンガポール政府系投資会社テマセク、IT大手テンセント、鴻海精密工業傘下のフォックスコン5などから3億ドル超の資金を調達し、欧米へのサービス展開の準備を進めている。

シリコンバレーにもない深圳モデル

ITサービス産業の台頭が目立つ一方で、製造業においても注目すべき動きが見られる。その一つが、深圳で次々に誕生している製造ベンチャー企業群の存在である。
深圳の製造ベンチャーの代表的な存在といえる、ドローン業界最大手のDJI(未公開企業)は、2006年に深圳で創業され、現在では約6千人の社員が働く大企業に成長した。ドローンの世界市場シェアの70%以上を占める。創業者でCEOのフランク・ワン氏は、杭州出身で香港科技大学在学中に友人とドローンの中核技術(空中制御技術であるフライトコントロール)を開発した。深圳に拠点を構えて高性能かつ安価な製品で市場を席捲し、事業を急拡大した。DJIはなぜ深圳で生まれたのだろうか。
深圳地域の製造業は、もともとはデジタル時計のコピー製品を製造したことから始まったともいわれている。電子回路の製造を経て半導体を製造できるまでになり、さらにスマホの製造にまで発展した。ドローンの部品の多くはスマホ部品と共通しており、DJIの製品は、このような深圳の産業集積を使えたことが大きい。
DJIは、巨大な中国市場をてこに、大量生産によってコスト優位を得て、この分野で一気に世界市場を支配していき、現在でも高性能スタビライザ6などのスマホ関連商品群を開発して、次々に市場に投入している。DJIはこれまでの多くの中国企業のように国内のガリバー企業ではなく、グローバル市場においてもリーダー企業となった。
深圳ではこのほか、教育用ロボットを開発・製造するメイクブロック社、世界最薄のタッチパネルを開発する柔宇科技(ロヨル)社など、ユニークな製造企業が次々登場している。こうした企業に支えられて、深圳のGDPは全国平均を大きく上回る伸びを示している(図)。

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さかのぼれば、深圳にはDJIのような製造ベンチャーが生み出される土壌があった。もともと小さな漁村にすぎなかった深圳は、中国政府の改革開放政策のなかで、1979年に輸出特区、1980年には経済特区に指定された。優遇政策によって、外資系企業の工場が多く進出し、深圳は、中国最大の製造業の集積地となった。1988年には、今ではアップルを支える鴻海精密工業が、台湾以外で初めての工場を深圳に建設している。
また、土地・建物や、資金提供など手厚い行政支援を受けて、同じく1980年代にはファーウェイ、テンセント、ZTE等の、今では中国を代表する企業が誕生した。深圳市政府による企業支援は、現在でも、中国の他都市の中でも抜きん出ており、起業支援でも、有望事業には最高500万元(約8,500万円)を支給するなど、潤沢な支援金を準備している。
この発展段階において、深圳の最大の特徴である産業集積(サプライチェーン)が築かれた。広さが秋葉原の30倍という電気街、華強北(ファーチャンベイ)には、エレクトロニクス製品に必要なあらゆる電子部品を扱う店舗が集まり、深圳では必要な部品が2時間で全てそろうといわれている。これほど多様な電子部品がすぐに手に入る場所は、世界のどこにもない。
また、深圳にはかつて山寨(シャンジャイ)工場(非合法に偽物のスマホなどを製造)が数多く存在したが、現在ではこれらの中小工場が次々と出てくる新製品の小ロット生産を受託する役割を果たしている。こうした集積によって、部品調達から試作品組立において、「深圳での1週間は、シリコンバレーでの1カ月に匹敵する」といわれ、世界の製造ベンチャーの一大拠点となっている。

資金と人材を引き寄せる深圳

製造ベンチャーが深圳に集まるもう一つの大きな理由に、投資先を求める巨額の資金との出会いがある。深圳に集まるベンチャーキャピタル(VC)やプライベート・エクイティ・ファンドの数は、約5万機関、資本規模は約48兆円程度といわれ、これは、中国全体のベンチャー資金の約3分の1に当たる。この中には、深圳の製造ベンチャーにとって重要な資金の供給源になっている中国IT大手や米国VCも含まれている。
ファーウェイ、アリババ、テンセントなど中国IT大手は、自らのインキュベーション施設で、技術と資金を提供し、手足となる会社を育て、新事業創出を図る。また、シリコンバレーのIT大手やVCも伸びゆく深圳の獲り込みを狙い、深圳に拠点を構え始めるなど、巨大な中国市場へのアクセスと新しい人材や技術の発掘を図っている。
さらに、巨大な市場と資金は、国内外から多くの人材を呼び込んでいる。ファーウェイ、テンセント、ZTE、レノボ等IT関連の研究開発拠点は深圳に集中している。これら大手企業の幹部人材が部下を引き連れ、起業することも少なくない。機会を求めて若く優秀な人材も数多く流れこんでいる。2016年にはノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏もレーザー照明技術の実験室を深圳に設立した。かつて中国の改革開放の尖兵であった深圳は、中国の他地域や海外からの人材を数多く受け入れてきたことで、外部に対して非常に開放的な気風が生まれた。
1980年にわずか3万人であった人口は、現在では1,200万人である。65歳以上の割合が、全国平均8%程度に対して深圳は3%程度で、平均年齢は33.6歳と若い。その中心は、1980年代以降に生まれた新しい価値観を有する中国新世代の80后(バーリンホウ)である。

今後の展望

クラウドやスマートフォンといった基盤を誰もが簡単に利用できるようになった現在では、中国に限らず世界の各地で消費者のニーズを捉えた新しいサービスが次々と生まれている。スマホ利用人口が世界一の中国では特に顕著で、消費者に近いところで、その動きが加速している。しかし、新しいサービスを具現化する製品(モノ)のアイデアがあったとしても、実際にモノを作るための基盤がなければすぐには製品化できない。深圳の、シリコンバレーにもない強みは、そうした新しいアイデアをすぐに製品につなげて市場に投入するための製造業の集積を持っていることにある。
美图(メイトゥ)社は、中国の人々が自撮り写真を必ずSNS上にあげることをヒントに、写真を綺麗に見せるカメラアプリを開発し、大ヒットにつなげたが、ここからさらに、このカメラアプリに機能を特化したスマートフォンも発売して人気を博し、2016年12月に香港市場に上場を果たした。これもビジネスが持つポテンシャルを深圳の基盤が大きく広げた例である。
世界の各地域の多様なニーズから生まれたアイデアを製品化するための拠点として、深圳の存在感はますます高まっていくであろう。


  1. 深圳市の発表による。登記手続きは、PC経由で簡単に行え、深圳では10人に1人が社長といわれている(参考:日本の2014年の中小企業数は380.9万社)。
  2. 創業初期段階での、オフィススペースの提供や市場開拓、少額資金提供などのサポート機能を備えた施設。
  3. 中国のスマートフォン普及率は58%超(7.9億人)で39%の日本を凌ぎ、巨大な消費市場の基盤になっている。
  4. 中国のITサービス産業は、BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)など世界的に見ても巨大な企業を擁し、中国経済の新たな成長エンジンとなっている。
  5. フォックスコンはモバイクの自転車生産1,000万台(2017年)を担うといわれている。
  6. ドローンの動きを制御する技術を使って撮影画像のブレを補正する装置。

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