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株式会社三井物産戦略研究所

サブサハラ・アフリカの課題と日本

2016年10月5日


三井物産戦略研究所
中東・アフリカ室
白戸圭一


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日本政府が主催する第6回アフリカ開発会議(TICAD Ⅵ)が2016年8月27、28日にケニアの首都ナイロビで開催され、安倍晋三首相は今後3年間で官民合わせて総額300億ドルのアフリカ向け投資を約束した(図表1)。1993年に始まったTICADは、2013年のTICAD Ⅴまでは5年に一度の開催だったが、アフリカ経済の動きが速いため今回から開催間隔を3年に短縮し、今回初めてアフリカで開催した。
サハラ砂漠以南48カ国から成るサブサハラ・アフリカ地域では、従来、旧宗主国の英仏が大きな経済権益を有していたが、近年は世界のさまざまな国が自国企業のサブサハラ・アフリカ進出を促す取り組みを強化している。本稿ではサブサハラ・アフリカ諸国が直面する課題を踏まえ、世界の主な国々の取り組みを概観し、日本の取り組みについて考察したい。

人口増への対応が急務

サブサハラ・アフリカのGDPの約6割は石油産業が占めているため、原油価格の低迷は経済に大きな負の影響を与える。IMFによると、サブサハラ・アフリカの2016年の実質GDP成長率は1.6%にまで落ち込む見通しだ。引き続き6~8%台の成長が予想されている国も一部あるが、サブサハラ・アフリカ全体の平均成長年率が5.9%だった2003~2012年の10年間と比べると、経済成長は鈍化傾向にある。
こうした状況の下、サブサハラ・アフリカの人口増加率は年率2.6~2.7%と、地域別で世界最速だ。国連推計では、2015年時点で約9億6,230万人の総人口は2050年には約21億2,323万人にまで増加し、世界人口のおよそ5人に1人を占める。
人口増加を生産力拡大につなげるには、雇用と食糧の安定供給が不可欠だ。雇用の供給には製造業の発展が重要だが、製造業がサブサハラ・アフリカのGDP総額に占める割合は1割程度にすぎない。最も製造業の発展した南アフリカでさえ、失業率は25%を超えている。
食糧問題に目を転じると、灌漑と化学肥料の普及が不十分なために、サブサハラ・アフリカの1ヘクタール当たりの穀物収穫量は約1.63トンと、世界平均約3.91トンに遠く及ばない(図表2)。サブサハラ・アフリカは労働人口のおよそ6割が農業従事者なのに、主食穀物の多くを輸入している。資源価格低迷を引き金とする経済の減速は、サブサハラ・アフリカ諸国の課題が産業の多角化と農業近代化であることをあらためて浮き彫りにした。

アフリカ市場を目指す各国

サブサハラ・アフリカ諸国では、こうした脆弱な産業構造からの脱却に向け、製造業育成と農業近代化を進めようとの機運が高まっている。一方、主要国の側は、人口が増え続けるアフリカ市場の将来性に注目し、さまざまな国がアフリカ支援の枠組みを構築して自国企業のアフリカ進出の拡大を図っている。
アフリカにとって最大の貿易相手国である中国は、かつては資源分野を中心とするアフリカ投資を進めていた。しかし、2012年ごろから鉄道、発電所、港湾などインフラへの投資に軸足を移し、最近はアフリカへの製造業移転を強く打ち出している。中国政府は2000年から3年に一度開催している「中国アフリカ協力フォーラム(FOCAC)」の第6回会議(2015年12月開催)で、600億ドルのアフリカ支援を表明し、工業化や農業近代化など10の優先分野を打ち出した。中国による工業化支援は、鉄鋼、セメント、ガラスなど製造業の生産設備を発展途上国に輸出する「国際産能合作」と称する新戦略の一環である。そこにはアフリカのニーズに応える姿勢を見せながら、中国国内の過剰生産設備を国外移転する内政上の狙いも透けて見えている。
インド政府は2008年、2011年、2015年と計三度の「インド・アフリカフォーラムサミット(IAFS)」を開き、アフリカとの関係を強化してきた。モディ首相は2015年10月のIAFSⅢで、5年間で100億ドルの信用供与や、保健分野などへの無償支援計6億ドルから成るアフリカ支援策を発表した。インドは同じ英国植民地だったアフリカの国々との結びつきが強く、アフリカには少なくとも270万人以上のインド系住民が暮らし、ケニア、タンザニアなどでは地元財界で重要な地位を占めている。インド政府はこうした人脈を足掛かりに、自国企業のアフリカでのビジネス拡大を目指しており、今後は旧宗主国の英仏や中国と並ぶアフリカ開発の主要プレイヤーとなっていく可能性が高い。
米国はアフリカ産品を非関税で輸入するアフリカ成長機会法を2000年から施行してきたが、自国企業のアフリカ進出を後押しする発想は弱く、アフリカへの関心はテロ対策を中心とする安全保障分野に偏っていた。だが、オバマ大統領は2013年6月にアフリカの電力普及率を2倍にする「パワー・アフリカ計画」を発表し、70億ドルの援助と90億ドルの投資を約束した。その上で2014年8月、アフリカ各国の首脳をワシントンに招く「米・アフリカ首脳会議」を初めて開催した。ただし、首脳会議を定例化している日本、中国、インドと異なり、米国が再び同様の会議を開くかは判然としない。

日本側の課題

TICADは当初、援助論を中心にアフリカ開発の在り方を議論する政策フォーラムとしてスタートしたが、アフリカ経済の成長を受け、2008年のTICAD Ⅳの時から、日本政府が企業のアフリカ投資を後押しする「官民連携」が打ち出された。そして、2013年のTICAD Ⅴで「民間セクター主導の成長の促進」を盛り込んだ「横浜宣言2013」が採択され、日本のアフリカ外交の政策手段は「援助」から「投資」に大きくシフトした。
今回のTICAD Ⅵでは、こうした民間主導路線の踏襲に加えて、中国との差別化を図る姿勢が強く打ち出された。採択された「ナイロビ宣言」では、アフリカの「3つの課題」として、①一次産品価格下落、②エボラ出血熱の流行、③過激主義・テロ・気候変動-を挙げ、これに対処するために「経済の多角化」に向けた日本による支援が明記された。これは、製造業育成と農業近代化への支援を望むアフリカ諸国に応える姿勢を示した内容といえる。
そして、その具体策の目玉として「質の高いインフラ」への投資促進が盛り込まれた。2014年末の日本の対アフリカ投資残高約100億ドルに対し、インドは約136億ドル、中国は約325億ドルと推定され、米英仏は500億ドルを超えている(図表3)。アフリカへの投資規模だけでなく、価格競争の点でも日本製インフラは中国製やインド製に対して劣位にある。「質の高さ」の強調は、日本の高い技術力こそがアフリカの課題解決に寄与すると売り込むことで、とりわけ中国との差別化を図った結果だろう。
環境に配慮した発電設備や都市化に伴う廃棄物処理など、アフリカには日本製インフラの「質の高さ」が強みを発揮できそうな商機が存在する。その反面、「質の高さ」は多くの場合「コストの高さ」でもあり、サブサハラ・アフリカで常に歓迎されるとは限らない。アフリカが熾烈な国際競争の場と化しているなかで、「質の高さ」には諸刃の剣の面がある。
TICAD Ⅵで表明された日本の支援策に対しては、アフリカ諸国からは概ね肯定的な声が寄せられている。しかし、ルワンダのカガメ大統領が、TICAD Ⅵに合わせたNHKとのインタビューで「日本はアフリカへの投資を拡大し、協力関係を強化することをためらっているようだ」と本音を語ったことには留意すべきだろう。世界中からアフリカへ投資が流入するなか、日本の大企業の「腰の重さ」はアフリカでも知られており、アフリカのエリート層の日本企業に対する近年の一般的認識は、仕事の正確さや高い技術力への評価と同時に「経営陣がリスクを取りたがらず、決断が遅い」であることは否定できない。
アフリカの一部の地域ではイスラム武装組織の活動が見られ、治安の悪い国や政府職員の汚職が蔓延している国もあり、アフリカ・ビジネスが相対的に困難なのは事実だろう。だが、各国企業のアフリカ向けビジネスに詳しいアジア経済研究所の平野克己理事は「だからといって他国の企業も逡巡しているというわけではない。ということは、アフリカにおける日本企業の出遅れは、アフリカの問題ではなく日本の問題だということを示唆している」と指摘する。各国の企業がアフリカを目指す今日、アフリカ市場への参入の成否は日本企業の「世界で戦える力」を測るバロメーターとなるのかもしれない。

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