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株式会社三井物産戦略研究所

岐路に立つEUエネルギー政策

2014年5月19日


ベネルックス三井物産
戦略情報課
友永隆浩


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エネルギー政策は、各国の主権に属する問題であるため、加盟各国の政策が優先される政策領域だが、EU域内における市場の自由化が進むなかで、気候変動問題やエネルギー安全保障問題を契機に、EUレベルでの共通エネルギー政策の必要性を求める動きが進んでいる。
2007年に打ち出した「エネルギー行動計画」では、以下の三つのテーマを採択し取り組んできた。第一は気候変動問題である。CO2削減目標をEU全体で掲げ各国に削減目標を持たせた。第二はエネルギー単一市場の形成である。EU各国の電力・ガスを自由化し単一市場を形成し持続可能な競争力ある市場を目指す。第三はエネルギー供給の安全保障である。2006年と2009年のロシア-ウクライナの天然ガス供給交渉の決裂による供給危機によりEUとしてエネルギー供給の安全保障が必須となった。
これら三つの政策テーマはEUのエネルギー政策のベースとなっているが、ここにきてウクライナ危機によるエネルギー供給の不安がエスカレートし、加えて再生可能エネルギー拡大による電気料金の上昇、気候変動対策などエネルギー政策の舵取りが難しい局面を迎えている。本稿では、前述の三つのテーマのうち今後の動向が特に注目される気候変動対策とエネルギー供給の安全保障について課題を整理した。

気候変動対策の課題

EUは気候変動対策として2020年までにCO2削減目標を1990年比20%、再生可能エネルギーの全エネルギー消費比20%、エネルギー効率20%向上を掲げている。現状ではCO2削減目標と再生可能エネルギー目標は2020年に達成の見込みである。気候変動対策の課題の一つ目は、エネルギー効率目標がこのままだと達成できないことである。3月に欧州委員会は2020年20%の目標を下回り17%となる予想を出した。理由としてエネルギー効率を上げる(=エネルギー消費量を抑える)分野が多岐にわたり、法制化も遅れたことが挙げられる。欧州委員会は、2014年1月に2030年までのCO2削減目標と再生可能エネルギー目標の提案を発表した。CO2削減目標は1990年比40%とし、再生可能エネルギーはEUの全エネルギー消費の27%を掲げた。EU主要国の反応はCO2削減目標40%についてはほぼ賛成の立場で、再生可能エネルギー目標は各国の状況に応じて設定できるため異論は今のところ出ていない。しかし、エネルギー効率目標の2030年の設定については今回の提案には含まれておらず、現状の進捗レビューを踏まえ設定の是非が議論されることになっている。
二つ目の課題は再生可能エネルギーの2020年20%の目標に邁進するが故に電力料金が上昇していることである。現在、再生可能エネルギーの拡大のためEU各国は独自の目標値を定め促進策を進めている。この分野の投資を促すため各国は電力買い取り制度を導入した。その最中、2011年の福島原発事故によりドイツは2022年までに原発を停止し再生可能エネルギーへシフトするエネルギー転換政策をとった。電力会社は洋上風力発電の建設を加速し、その結果、洋上風力発電を陸へ結ぶ送電線と、さらに南北を結ぶメインの送電線の容量が不足し、増設の必要性が生じている。政府はこれら再生可能エネルギー関連のインフラ負担を電気料金に上乗せする措置をとった。ドイツだけでなくイタリア、英国等主要国の最終ユーザー電気料金は再生可能エネルギー固定価格買い取り制度(FIT)やインフラ等の負担により過去10年(2003年-2013年)で大幅に上昇した。一般家庭ではドイツ、英国が70%の増加、産業用は英国が倍増、ドイツが70%の増加となっている。産業界からはエネルギーコストの上昇がEUの産業競争力を阻害しているとの声が多い。電気料金の上昇を受けて独BMWはEV車体用の炭素繊維工場を米国に建設した。欧州の化学、自動車、鉄鋼産業の大移動は既に始まっているとの見方も出ている。欧州の代表的な経済団体であるBUSINESS EUROPEは2014年3月に欧州委員会バローゾ委員長宛てにEUのエネルギー政策を気候変動対策重視からコスト低減と供給の安全保障へ舵を切るべきとの提言書を提出した。
三つ目の課題は中長期的に見たCO2削減の見通しである。まず、欧州の産業セクターのCO2の削減メカニズムである排出権取引制度(EU-ETS)が機能していないことである。EUはこのEU-ETSを2005年にスタートし2008年にはCO2排出権価格が20~30ユーロ/CO2トンで取引されたが経済低迷による排出権余剰で現在4ユーロ/CO2トン前後になっている。産業セクターはCO2排出削減努力よりも安い排出権を買ったほうがコスト負担を抑えられるので、EU-ETSは排出削減の機能を果たしていない。またEUが期待をかけているCO2回収・貯留(CCS)システムはCO2排出価格の低迷と技術的な目処が立っていないことから実現が危ぶまれている。加えてドイツでは全原発を2022年までに停止するため再生可能エネルギーへの加速と並行して火力発電、特に石炭火力発電の稼働が増えている。既にシェールガスを使い始めた米国から安価な石炭がドイツと英国に輸入され、両国ともに2012年からCO2排出量が増加傾向にある。中長期的なCO2削減に向けては、EU-ETSの改革を含む抜本的な施策が求められている。

安全保障のためのエネルギーインフラ相互接続

EUは電力・ガス市場の自由化を目指し、2009年に電力・ガス分野の事業者アンバンドリング政策を打ち出した。これにより電力は発電・送電・小売りを、ガスは供給元・パイプライン・小売りを水平分離し、新規事業者を参入しやすくさせ市場競争を促すというものである。自由化のためには各国間の相互接続が必要になるが、西欧の大きな需給関係があるところは既に自由化が進んでいる。しかしながら需給関係のあまりない二国間では相互接続に予算をかけることができないため、2009年ウクライナ経由のロシア産の天然ガス供給停止の際に一番被害を受けた中東欧地域は、ガスパイプライン接続が進んでいないのが現状である。この地域では自由化および安全保障対策としての相互接続が急務だが、国内の老朽化したエネルギーインフラ、発電所の刷新が優先課題でもある。
そのような状況のなか、2014年に入り状況が深刻化した。ウクライナのクリミア自治共和国のロシア編入によりロシアとの緊張が一気に高まっている。4月10日、プーチン大統領はウクライナを経由してロシアが天然ガスを供給している欧州各国に対し声明を出した。これは、関係国の協議を提案しウクライナの安定とロシアのガス供給に関する協調を求めるもので、ウクライナに対してはガス代金の負債が増えており今後ガス供給は代金前払いに変更し、条件が満たされない場合はガス供給の停止もあり得るとしている。EUの天然ガス消費の約30%はロシアから供給されている。ロシアにとってのEUは天然ガス輸出の約50%を占める最大の顧客であり簡単に供給を停止するとは考えにくかったが、ウクライナ問題では交渉圧力を与えるツールとして既に使われている。EUはこの事態を受け、ロシアの天然ガスに依存している中東欧はガス備蓄を増やすこと、LNGの供給元(例:アルジェリア等)の輸入を増やすことに動き始めた。ロシア天然ガスの最大の消費国であるドイツは2014年3月時点でガス備蓄58%、平均消費換算で53日分。ポーランドは70%で28日分、チェコは40%で20日分のガス備蓄しかない。
天然ガス供給の安全保障の中期的な課題は、前述の各国間の相互接続建設を加速しLNGの受け入れ設備のない国でも天然ガスの供給を受け入れやすくすることである。また長期的にはなるが、トルコ経由のアゼルバイジャン産天然ガスパイプライン(TANAP-TAP)の建設(2018年完成予定)、さらに3月末のEU-USサミットを受け4月2日のEU-US Energy Councilの共同声明で将来的に米国のLNG(シェールガス)を欧州に供給する方針が示された。欧州内のシェールガス開発を促進すべきとの意見もあるが環境規制の壁がある。
3月末、ハンガリーとスロバキアが天然ガスパイプラインの相互接続をようやく完了した。今後はさらに相互接続を広げポーランドからクロアチアを縦断し相互に需給を補う。年内に完成予定のポーランドLNGターミナル(バルト海沿岸のシフィノウィシチェ港)はカタールより天然ガスの供給を受ける。スロバキアは将来的にクロアチアのクルク島のLNGターミナルから天然ガスの供給を受ける構想である。中東欧のエネルギーインフラ相互接続がようやく視野に入ってきた。EUは第一優先としてエネルギー供給の確保を進めつつ相互接続を推進し、さらにエネルギー効率を各分野で改善する策を講じなければならない。例えば建築物の断熱率の向上、省エネ設計の暖房設備の普及も必須である。エネルギー政策の課題は山積しており、EUはこの難局をうまく乗り越えられるかどうかの岐路に立たされている。

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