株式会社三井物産戦略研究所
我が国の天然ガス輸入価格低減に向けた方策
2014年7月14日
三井物産戦略研究所
国際情報部
堀内由記男
Main Contents
2011年の福島第一原子力発電所事故により我が国において原子力発電の安全性への懸念が高まった結果、稼働中であった原子力発電所は定期検査入りの順に稼働を停止し、現在48基全てが稼働停止を余儀なくされている。震災前に我が国の電力供給の3分の1を占めていた原発による発電量は、主としてミドル電源である天然ガス火力ならびにピーク電源である旧式石油火力(緊急設置を除き、9電力保有機数の77%が1980年以前に運転開始)により代替されている。一方、日本の貿易赤字は2012年度で8.1兆円、2013年度で13.7兆円と年々拡大しており、昨今その主たる要因としてエネルギー輸入価格、特にLNG(液化天然ガス)の価格に焦点が当たっている。本稿では天然ガスに関する我が国の現状を整理するとともに、安定調達を前提とした上で価格低減を図るための方策について考えてみたい。
現状


BP統計によれば、2012年の世界の天然ガス確認埋蔵量は187.3m3、生産量が3.36兆m3で、可採年数1は2012年末で55.7年となっている。一方、貿易量はパイプライン(0.71兆m3)、LNG(0.33兆m3)合計で1.03兆m3(生産量の31%)となっており、我が国の輸入量は0.12兆m3とLNG貿易量の36%を占めている。主たる供給源は、豪州(18.2%)、カタール(17.9%)、マレーシア(16.1%)、ロシア(9.5%)、インドネシア(7.4%)となっており、中東依存度が83%(2012年)となっている原油に比べ、供給源の多様化は一定程度達成されているといえる。
次に価格について。図表1に日本、米国、欧州の主要価格指標の推移について示すが、特に米国においてはシェールガスの増産が進んだ2008年以降ガス価格は急速に低下している。一方、日本の入着価格については原油価格の高位安定を受けて高いレベルで推移しており、複数の指標を有する欧州については米国と日本のほぼ真ん中のレベルでの推移となっている。
天然ガスは、常温・常圧で気体であるという特性から経済的に大量輸送を行うためには輸送手段に制約があり、元来地産地消型の燃料である。この特性により、貿易量が増加した現在においても、三大市場である北米・欧州・極東アジアにおいて、その資源賦存状況、地理的条件の違いにより図表2のとおり独自の価格体系を有しており、おのおの異なる価格推移を見せる要因となっている。
北米は、自らが資源保有国であり域内で生産されたガスが隅々まで整備されたパイプライン網によって供給されており、域内需給により変動する価格体系となっている。欧州については、ロシアからのパイプライン供給が主体となるものの、域内(北海等)からの供給、ならびにアフリカからのパイプライン、アフリカ・中南米・中東からのLNGという複数の供給源を有する。一方、日本をはじめとする極東においては、中国を除き自国内埋蔵量は些少であり、ほぼ全量をLNG輸入に依存しているのが現状である。我が国においては、LNGを石油火力の代替を主たる目的として導入したことにより現在の原油リンク価格体系が採用されたが、欧州のようにパイプライン等の競合する供給手段がないことから、需給環境により原油リンクの割合の上下動はあるものの、長期契約については現在に至るまで同価格体系のみとなっている。
天然ガス輸入価格低減に向けた方策
我が国の天然ガス輸入価格低減のためには、我が国が置かれた地理的状況を踏まえた上で、可能な限り幅広いオプションを確保し、輸入国としての交渉力を向上させる必要がある。具体的には、多種多様なエネルギーを組み合わせて「使用エネルギーの多様化」を図りガスへの依存度を一定程度にとどめることと「供給源・供給手段の多様化」を図り、おのおのの供給源への交渉力を向上させることが重要となる。
まずは「使用エネルギーの多様化」について。2014年4月11日に閣議決定されたエネルギー基本計画において各燃料の位置付け、特に電源としての使用方法が記載されている。原子力、化石燃料、再生可能エネルギーにはおのおの特徴があり、安全性、供給安定性、経済性の観点で見るとまさに一長一短であり、全てに優れるものはない。従い、安全性の確保を大前提とした上で、原子力から化石燃料、再生可能エネルギーまで、全てのエネルギーを適切に組み合わせて使用していく、いわゆるベストミックスが極めて重要となる。具体的には、現在48基全てが稼働停止中の原発については、安全審査に合格したものについては順次稼働させることで前述のLNG火力および石油火力への過度の依存を低減させるとともに、再生可能エネルギーについては、安定的な発電が期待できる地熱や洋上風力、中小水力発電の導入を促進する。加え、ベース電源として経済性に優れる石炭発電の増設も必要となるが、環境負荷低減の方策として、日本において技術開発が進んでいる高効率発電技術(超超臨界やIGCC5)、およびCCS(CO2回収貯蔵)の活用が不可欠となる。この結果、発電における天然ガスの割合を適正水準に保つことが可能となり、交渉力を維持・向上させることとなる。
次に「供給源のさらなる多様化」について。日本のLNG供給源については、黎明期を支えた東南アジア、中東、豪州に加え、今後米国・アフリカ等さらに供給源が拡大していく流れとなっている。米国についてはシェールガスの大幅増産により2018年周辺で天然ガス純輸出国になるとみられており、多数のLNG輸出プロジェクトが計画されている。米国からのLNG導入は、供給源のさらなる多角化に寄与するのみならず、極東市場の長期契約に米国ガス価格リンクという新たな価格体系が導入されるという意味で、輸入国にとって極めて重要な取り組みとなる。
これに加え、特に我が国にとって重要となるのが「ロシア」である。地図を広げると一目瞭然であるが、我が国が国境を接する国々の中で唯一エネルギー輸出国となっているのがロシアである。 BP統計によれば、ロシアは埋蔵量でイランに次ぐ世界第2位(32.9兆m3:世界の18%)、生産量で米国に次ぐ世界第2位(0.6兆m3:世界の17%)、輸出量で世界第1位(0.2兆m3:輸出全体の19.4%)を占める資源大国である。日本向けについては三井物産が参画するサハリン2プロジェクトを主体に供給され、現在日本の一次エネルギーに占める割合は原油で4.6%、天然ガスで9.5%(2012年数値)となっている。
ロシアは、2007年に公表された「東方ガスプログラム」に基づく東シベリア・極東の天然ガス開発に加え、原油についてもESPO(東シベリア・太平洋石油パイプライン)を活用したシベリア地区の原油開発・輸出を進めている。「輸入源の多様化を進める日本」と「アジアへの供給増加を梃子に東シベリア・極東開発を進めるロシア」が共同取り組みを進めることは、双方の目的達成のために極めて有効な施策となる。2014年4月のプーチン大統領訪中時に懸案の露中間の天然ガス売買(2018年より30年間、最大380億m3/年。契約総額4,000億ドル規模)が合意され、東シベリアの大型ガス田開発ならびに大型パイプライン建設が決定されたことは、当事者の中国のみならずアジア向けの天然ガス供給量が増大するという意味で極東輸入国にとって歓迎すべき合意である。
昨今のウクライナ情勢をめぐる欧米諸国とロシアの関係冷却、日露間に大きく横たわる北方領土問題と、残念ながら政治的には日露関係は微妙な状態であるが、供給源多角化の観点で見た場合ロシアは間違いなく組むべき相手、組まざるを得ない相手であり、真剣に考えるべきは「いかに取り組むか」となる。具体的にはサハリン2プロジェクト拡張、東シベリア・極東資源開発への参画により本邦への供給増を図ることが主筋と考えるが、10年ぶりに議論が出てきているサハリン島から北海道を経由したパイプライン構想についても、実現のための課題は山積するもののオプションとして検討する時期に来ているのかもしれない。
エネルギーは一種の巨大インフラ事業であり、各施策実行には一定の時間がかかるため、眼前の課題をすぐに解決する「特効薬」はない。我が国の国民生活、経済活動に必要な量を安定的に調達しながら、価格の低減を図っていくためには、これまで述べてきたような事柄を地道に一歩一歩積み上げていくことのみがその方策となり得る。
- 現在の生産量ベースで何年分の埋蔵量があるのかを示す指標。
- 米国ルイジアナ州にあるパイプライン集積拠点(ハブ)の価格。先物価格がニューヨーク商品取引所に上場されている。
- National Balancing Point:英国における指標価格。同国の高圧幹線網全体を一つの概念上のハブと捉えた指標価格。
- Japan Crude Cocktail:全日本輸入原油平均CIF価格。
- Integrated coal Gasification Combined Cycle:石炭ガス化複合発電。